まるでトラックにでも衝突されたかのようなダメージの弐號を横目に俺は天使像へと向かう。 この場で唯一無事な戦闘要員である漆號が阻止しようとするが、シュウと自身の敵を倒して戦線に復帰したライトいやがーすけがそれを阻む。 「俺はこいつを破壊する。パンドラ、危ないから離れていろ」 俺の進路に立ちはだかったパンドラが、小櫃のような物を懐から取り出して俺に見せつける。 「この子を壊させはしない…。もしあなたがこれ以上近づくようなら私はこれを解放するわ」 「これは『絶望の匣』という忌器。もし発動すれば5分後には半径周囲5kmは消滅する…」 単なるブラフに見えなくもないが、何せ相手は忌器の専門家。俺の知らないヤバいアイテムを持っていてもおかしくはないのだ…。 俺がパンドラと交渉しようといくつかのパターンを考えていると、彼女の傍らに黒い影が一つ生じた。それはシュッツガイストである。 「ほう、なかなか面白いものをお持ちですねドクトル。このような混沌とした状況、そんな便利な物があるのなら使ってしまいキレイさっぱりにした方がよろしいですよ…」 シュッツガイストはパンドラから匣を取り上げると、それを解放して俺に向って投げつける。 一同の視線がそれに集中した瞬間、パンドラを自身が纏っていたマントのような布の中に入れると姿を消した。    *   *   *   *   * 人造勇者拾弐號ドラシーナに乗って大講堂の外周へとやって来た伍號と陸號。退屈そうに待機している彼女らの元にス魔ホのコール音が響く。 「えっ?!それはどういうことですか? 中にいる皆はどうすれば…? あっ、はい…了解しました…」 いかにも不穏な内容を告げられたことを察知してか、陸號が伍號に電話の内容を尋ねる。 「とにかくここを今すぐ超特急で離脱しろとのことだ。後5分後にここより半径5km圏内は消滅する」 伍號は拾弐號にその旨を告げると陸號と大講堂の周囲を囲む合成獣人たちにも退避を命じた…。 拾弐號は伍號と陸號を乗せて超高速で現地から離れる。 「ねぇトラウアーさん!アイゼンさんとかみんなはどうなるの?」 状況を完全には知らない陸號が伍號に質問する。 「わからん…。だがあっちにはキューケンがいるはずだから、何とかなるだろ。とにかくヤバい兵器が発動するようだ。私たちを共倒れさせるわけには行かないから、今すぐここから離れろというのが大尉の命令だ」    *   *   *   *   * 「半径5kmが消滅だと?!すぐさま逃げるしかないな…。ライト!がーすけに変身してくれ!今すぐここから離れる!」 ミレーンの指示を受けてライトいや、すでに人格を入れ替えていたがーすけが本体である竜の姿へと変身する。 シュウも呼び寄せ離脱しようとする彼らに声をかける者がいた、瀕死の状態となっていた人造勇者弐號である。 「すまない…。このような立場でないのは理解しているのだが頼みごとがある…。あの二人も一緒に連れて行ってくれんか…」 弐號は視線を漆號と乾いた笑いをこぼすだけの肉塊となった肆號に向ける。 「本気で言っているのか? 今まで命の取り合いをしてきた相手だぞ。それに俺たちがこいつ等を生かしたとして何のメリットがあるというんだ」 「まぁメリットなどはないな…、ならば取引だ。とっておきの情報を教えてやろう…、星骸炉の在処だ」 確かにそれは喉から手が出るほど欲しい。だが情報の正確性の検証等も考えると、こちらに大したメリットはない。 「おい!おっさ…いや中尉殿!俺はこいつ等に助けてもらう気なんてないぜ! 俺は不死身だからこんな爆弾ぐらい耐えてやるよ!」 漆號は断固拒否の姿勢を現した。 「軍曹、ドクトルが言っていたことを記憶していないのか? 彼女は爆発するとも吹き飛ぶとも言ってはいない、半径5km圏内は消滅すると言っていたのだ。つまりお前の不死身の肉体でも対応できない何かが起るということだ…」 「それに伍長はどうなる? お前のやせがまんのために彼女も犠牲になってもらうのか…?」 ぐうの音も出ない正論を突きつけられ、漆號は黙るしかなかった。 「この場は一時休戦ということにしてくれないか…。軍曹の奴も私から言い聞かせて黙らせる…」 大の男が誠意を通すのだ、それにこうやってぐだぐだしている時間ももったいない。俺は受け入れることにした。 「わかった。アイツらも一緒に脱出させる。アンタは一体どうするんだ?」 「私はここに留まって、この天使像の破壊を見届ける。これが無理難題を頼んだ君たちへの筋の通し方というやつだ…」 「アンタの覚悟は受け取った。では契約を果たしてもらう。星骸炉はどこにある?」 「星骸炉はグラウンド666へと移送された。大尉とシュッツガイストの奴が打合せしているのを偶然耳にしてしまってな…」 「グラウンド666のどこかにだと?! あのだだっ広い荒野のどこかにだと! クソっ騙された!」 「すまない…。だがこの広大なバルロス盆地を隅々まで探すよりかは大分マシだろ」 「私はこうやって匣を障壁で包み込む。1分いや数秒かもしれない、とにかく少しでも時間を稼ぐつもりだ…」 弐號の障壁で包み込まれた箱はとても濃密に力がかけられているらしく、障壁の向こうの様子が見えない。だがこれだけやってもどのぐらい時間が稼げるのかは不明だ。 「じゃあ行くぞ。がーすけ、とにかく全力で飛ばしてここから離れてくれ。おい漆號、もし妙な真似をするようなら途中で叩き落とすからな」 がーすけが大講堂の天井をブレスで破壊する。翼を広げて地上から離脱しようとした瞬間、弐號が俺に話しかけた。 「コージン=ミレーン! アインス大尉、あの方は我々や彼女自身の過去に縛り付けられて囚われになった哀しいお人だ。どのような形でもいい、彼女を解放してやってくれ!」 俺は彼の言葉に軽く頷くと、がーすけに出発するように指示をした。 がーすけは超高速で飛んで行く。一連のぐだぐだで大分時間をロスしてしまったが、果たして逃げ切ることはできるのか…。   *   *   *   *   * がーすけは右腕にシュウ、左腕に漆號と肆號を抱え、そして背中に俺を乗せて飛んで行く。 超高速のスピードが生じる風圧に吹き飛ばされそうになるが堪えるしかない。 速度を緩めて匣が起こす破壊に巻き込まれては意味がないのだ。 後ろを振り向き大講堂の方を見ると、そこには黒い球体のような物が見える。 光とも物体とも言えない黒い空間としか言えないそれが一気に広がる。 すると俺の胸元にある輝石にとびきり大きな二つの亀裂が入る。 恐らく絶望の匣と天使像、この二つの忌器が破壊された証なのであろう。 黒い球体は一気に広がりを見せる、がーすけの奮闘により俺たちはその圏内から逃れることができた。 その内部にあったであろう跡地を見ると物の見事に全てが消え失せていた。まさに虚無という言葉しか思い浮かばない…。 しばらく飛行しているとどこからともなく銃撃がやって来る。 周囲を見回すと背後側から赤い巨竜が飛んでくる。銃撃はそこから来ているようだ。 「おい!これはどういうことだ!一時休戦じゃないのか!?」 「トラウアーの奴か…。違うとこにいたアイツらにそんな話伝わっているわけねぇだろ! とにかく話が通る距離まで近づけろ!」 近づこうとするも敵ドラゴンはなかなかの手練れのようで背後をびっちりと押さえて離れない。 さらにドラゴンは口から炎、いや球体のような火炎弾を放つ。 もちろんがーすけもそれを軽々と避ける、地面に着弾した火炎弾は炸裂し周囲は吹き飛ぶ。 単なる炎ではなく爆弾やミサイルといった表現の方が近いのかもしれない。 連中にじわじわ追いつめられようとしている中、地上より赤いドラゴンに向けて数発の銃撃が来る。 それらは全てドラゴンに命中をしたのだった。 銃撃自体のダメージはさほどないものの、赤いドラゴンは怯み一瞬動きを止める。 がーすけはその隙を目ざとく捉え、逆にバックを取ったのであった。 「おい!お前ら止めろ!一時休戦だ!」 漆號が伍號と陸號へ攻撃を仕掛けるのを必死に止めさせる。 二人はまさに呉越同舟といった具合の異様な光景に困惑したのだった。 地上に双方が着地する。漆號がこれまでの成り行きを伍號たちに説明をする。 腑に落ちないもののとりあえず納得はしてもらえたみたいだ。 「アイゼンのおっさ…いや中尉殿の直々の申し出だ。今回はこれで俺たちもお開きにしてやる。とりあえず礼は言っておく…」 漆號はそう言うと全員を引きつれて退却し始めた。 その途中陸號は振り返ってこちらを見る。視線の先にはライトいや本体の竜へと変身したがーすけがいたのだった。 「やっぱり君、そんなにすごい正体隠していたんだね。君の血や生命力、味わうのが楽しみだよ…」 俺たちは忌まわしい天使像の破壊というミッションをクリアした。 だがこれはまだやらねばならぬ案件の一つに過ぎないのだ…。   *   *   *   *   * アジトへ戻ると、俺はこれからの展開について色々考える。 ふとある事を思いつくと、ス魔ホを取りレス兄へメッセを送った。 『アレを貸してくれないか』と…。 (続く)