司令部と呼ばれる建物の一室。多分集会場として使われている部屋なのであろうか、そこには広い舞台の上にピアノが一台置かれていた。 その舞台上に二人の女性がいる。黒髪の女性はピアノを演奏し、可憐な顔立ちの少女はダンスを踊っていた。 人造勇者伍號トラウアーゲサングと人造勇者肆號フォルタ=アフィーツィアである。 先日スヮリゲーターと死闘を演じたばかりの肆號だが、負傷などどこ吹く風と言わんばかりに優雅に舞っている。 機械の手足は修繕をすれば良く、肉体に負ったダメージは一切感じてはいない。なぜならば彼女は無痛症だからである。 肆號には幼い頃から痛みと言う物を知らなかった。周囲は可哀想と憐れむが、当の本人はその意味が全く理解できなかった。 人間というのは失敗、特に痛みを伴うような出来事を経験することで恐怖や自身の限界を植え付けられる。 つまり痛みを知らないということは恐れる物がないということである。 裕福な家庭に生まれた彼女は幼い頃よりバレエを習っていた。バレエを始めとする舞踏には股関節の可動域を広げるために股割りという訓練を行う。 自分の限界以上に開脚をするのであるから子供はおろか大人でさえも悲鳴を上げる苦痛を伴うのだが、無痛症の彼女にとっては大した意味もない行いであった。 なぜみんなこんな簡単なこともできないのか? この傲慢な思考は自身を特別な者であるという特権意識を彼女の中に芽生えさせた。 彼女はバレエの技術をめきめきと上達させたが、年月が経つにつれ自分よりも才能を上回る者が現れてくる。 昔は股割りもろくに出来なかったくせに…。そんな思いを抱くも彼女は決して僻むことはなく努力を重ねるという方向性へと力を費やした。 これは自分は特別な者であるという意識が真っ当な方向に働いたからであろう。 文字通り寝食を忘れレッスンに励んだ。 爪先から血が滲み筋肉は悲鳴を上げる、そんな状況になっても彼女は踊り続けることができた。それは痛みを感じないからである。 努力を重ねると言っても気持ちや肉体には限界がある。そういう意味では彼女は努力の天才とも言える。 そうして重ねた努力の甲斐あって、肆號は見事主演の座を手に入れることができた。 そんな彼女の転換期となったのは△年前。彼女の住んでいた街に魔王軍の先兵が現れ戦場となったからである。 崩れた家屋の下敷きとなり、彼女は家族と四肢を失うこととなった。 瀕死の彼女を救い出したのは人造勇者壱號アインス=ドナー大尉である。 大尉は肆號を救うべく開発中であった義手義足型の試作聖剣の装着手術を嘆願する。 この手術は義手義足を滑らかに動かすために神経接続をする必要があり、麻酔程度では収まらないレベルの苦痛を伴うため少女の身では無理だと却下されようとしていた。 事実これまで3人の被験者が同様の手術を行ったものの失敗し廃棄されていた。 その会話を聞いた肆號は「大丈夫…私、痛み感じない…」と呟き、それを聞いたイナッテン=ドナー中佐が許可を出したのである。 手術は無事成功した。 懸念されていた義手義足との適合率は想像以上の数値を見せ、その顔立ちとは似合わない無骨な造りの両手足は元の肉体と変わらない滑らかな動きを見せていた。 以後彼女には厳しい戦闘訓練と様々な実験が繰り返されたが、彼女は事も無げにクリアをする。 やはり自分は特別な人間であり特別な存在であるべきだと、彼女の中で再認識される。そして人造勇者という新たな希望が彼女の中に芽生えた。 生命と夢、その二つを与えてくれたアインス大尉には感謝の気持ちしかなく、時が経つにつれその感情は崇拝の域にまで達したのだった…。    *   *   *   *   * 曲は佳境へと進む。クライマックスへ差し掛かろうとした時、ピアノの演奏が止まった…。 「どうした? なぜ止める?」 恍惚の表情で踊っていた肆號は、その演奏が止まったことに軽い不満を表していた。 「すまない。どうにも納得がいかなくてな…。あのパートはもっと優雅に…いや官能的なタッチで弾かねばならぬのに、何だか力が入りすぎてね」 「君ぐらいの適合率があれば、もっと思う通りに弾けたんだろうが…」 「トラウアー、自分に厳しい。音楽、もっと楽しめ」 「確かにそうだな。だがこれは演奏家の性ってもんでね、どうしても完璧を求めてしまう…」 ピアノを演奏していた黒髪の女性、彼女もまた両腕に金属製の義手を付けた人造勇者である。 彼女の辿った人生も先程の肆號フォルタ=アフィーツィアと似通った部分がある。 大きな違いはかつての彼女はピアニストであり、無痛症ではない普通の人間であるということだ。 彼女もまた裕福な家庭に生まれ、幼い頃よりピアノのレッスンを受けていた。 才能があった彼女はめきめきと腕を上げ、コンクールに出れば優勝や入賞を重ねていた。 そして彼女もまた厳しい努力を重ねていた者であった。 コンクールで優勝を逃せば、録音した演奏を何度も聞き至らなかった部分や優勝者の優れた部分を洗い出す。 譜面を読み込み、適した演奏プランの注釈を譜面が読めなくなるまで書き込む。 そしてその通り正確に弾く、納得の行かない場所があれば注釈を修正し再度弾く。これを果てしなく繰り返すことで力を付ける。 そう彼女もまた努力の天才であったと言えよう。 彼女の努力の方向性には一つの指針があった。それは完璧を求めるというものであった。 テンポ、タッチ、フィーリング、etc…、全てがプラン通りに行い聞き手にも想定していた感動を与える。 全てが自分の思う通りに進み着地する、それが彼女の目標とする完璧さであった。 彼女の転換期となったのは△年前、肆號が人造勇者入りしてから少し経った後である。 有名なコンクールをいくつも制覇し、将来を嘱望されるピアニストになった彼女の滞在先に魔王軍の襲撃があった。 魔族の兵士に斬りかかられ、とっさに頭を庇おうと手を出して防ごうとしたため、右目と両の手を失うこととなった。 気が付いた時には同行していた家族を失い、拠り所であったピアノも失っていた。 涙が枯れるほど泣き喚き、なぜ自分は一緒に死ななかったのだと自暴自棄になっていた時に出会ったのがアインス=ドナー大尉であった。 大尉は治療のため衛生兵の元に運ぶと、世を儚むようなことを口走る女性に一人の兵士の話をした。 その者は自分と同じように家族と両手足を失いバレリーナの夢も潰えたが、義手義足を取りつけ人造勇者として魔王軍と戦っている女性であると。 その話を聞いた手を失ったピアニストは私にもやってくれと志願をする。 こうして誕生したのが人造勇者伍號トラウアーゲサングである。 最初は魔王軍への復讐のために始めたが、徐々にその気持ちは仲間のために尽くすという方向へと変わって行った。 特にリーダーである大尉へは命の恩人というだけでなく自分の新たな目的をくれたこともあり、心酔を超え狂信とまで言える領域へと達していた。 ちなみに自分と似たような経緯の肆號とは同担拒否することもなく「大尉いいよね…」「いい…」で通じる間柄となっている。 部屋のドアが開き、演奏を止めた二人の元へ一人の女性がやって来る。人造勇者捌號ことキューケン=ピープ少尉である。 「二人ともこんなとこいたんだ。アインスがみんなに話があるから来いってさ」 大尉からの呼び出し、そう聞いた二人は足早に部屋を出て行くのであった。    *   *   *   *   * 「うわっ!お前どうしたんだよその顔? キモッ!」 人造勇者漆號レーベン=フィール軍曹が大尉からの総員呼び出しを知らせるために、人造勇者陸號ザット上等兵の部屋へ入った時に放った第一声である。 漆號の視線の先にはベッドから起き上がったばかりの陸號がいる。 いつもと違う点があるとするなら、その顔や体の至るところに継ぎ目のような筋が入っている。 「あぁこれですかぁ。何か昨日ぐらいから出ちゃったんですよね。多分あの合成獣人の血を吸ったからなのかなぁ…」 「でもこの肌結構便利なんですよ。すっげぇ丈夫で叩いても全然痛くない!」 陸號は自身の体に起きた変化をまるで事も無げに語る。 「それ大丈夫なのか? その内治んのかな…」 「まぁみんなその内見慣れますよ。そういえばレーベンさんは何しに来たんですか?」 「そうそう、大尉殿が話があるらしいから全員集合しろだってさ。さっさと着替えて行くぞ」 漆號は部屋に入った要件を思い出したかのように言う。 人造勇者壱號アインス=ドナー大尉の執務室に人造勇者たちが全員集合する、いや一人足りていない…。 「ブリッツのやつまだ来ねぇのか。おいキューケンお前探して来いよ」 漆號がこの場にいない惨號ことブリッツクリーク一等兵と仲の良い捌號に呼び出しを命じた。 大尉が漆號と捌號の会話を遮って話始める。 「構わない。皆に話したいのはその惨號、ブリッツクリーク一等兵についてのことだ」 「単刀直入に言うと彼女は我々を裏切った。よって発見次第始末せよ。以上だ」 「まさかブリッツのやつが…」 「大尉の命令、仕方ない。惨號、殺す…」 大尉に心酔する肆號、伍號の二人は困惑しながらもこれは命令だからと飲み込む。 「裏切りってどういうことだよ?! ヘタレのアイツが俺らを裏切るような真似できるか? 何かの間違いだろ!何納得してんだよお前ら!」 漆號は非情な命令に食い下がる。 「本当だよ。ブリッツのやつは生き残り組でも一番仲間思いな子だよ。騙されてるとかじゃないの?」 捌號も漆號の反論に乗っかる。 『いいえ残念ながら真実です。彼女が組織の情報を漏洩し、敵側に協力をすることを誓ったシーンを私が直接目撃しました』 大尉の横に立っていたシュッツガイストが口を開く。 「アンタの言うことなんか誰が信じんだよ?! それにブリッツのやつが裏切る理由なんてねぇだろ」 漆號が反論する。 『確かに彼女は仲間思いではありますが、組織には完全に忠誠を誓ってはいません。彼女は組織の方向性について大いに不満を持っていました。廻天計画のことです』 『最近現れた我々の敵、コージン=ミレーンとその一派は全ての忌器を破壊することを目的としております。彼女はそれに目をつけ、星骸炉の破壊への協力を申し出たところを私が目撃したという次第であります』 理屈としては筋が通っているが証拠は信用ならない人物の目撃証言だけである、一同に不満と不審の顔が現れる。 『信じてもらえないのでしたら、もう一つ気になる情報をお伝えしましょう。例のコージン=ミレーンの一派にはイナッテン中佐と思わしき人物がいます。おや?!これは言ってよろしい話でしたっけ?』 大尉は知ってて言うか…と言わんばかりの苦い顔を見せる。 「確かに中佐と思わしき人物がいるのは知っている。だが真贋が不明である以上、余計な動揺を与えたくなかっただけだ」 『でもそれがブリッツクリーク一等兵の裏切りに影響を与えたかもしれませんよね。まぁ彼女の情報を元にいずれ敵は忌器を破壊しに現れるでしょう。その時一等兵がその場にいたら…。これはもう完全なクロでよろしいですな』 その後、今後の方針・対策を決めるための会議が同室で行われることとなった…。 (続く) コージン=ミレーンの日記 D月R日 色んな行き違いがあったものの、敵の裏切り者は味方の理論で無理矢理引き込んだ人造勇者惨號ことブリッツクリーク。 最初は色々やかましかったが行き場のない自身の立場を徐々に理解したのか、最終的には一時的ではあるが共闘することとなった。 とりあえず合流してからの2日間、俺たちは彼女の知る情報の収集に当たっていた…。    *   *   *   *   * 「やはり大講堂とラボに合成獣人たちのが姿が増えているというわけか…」 俺はス魔ホでフリッツ博士と会話をしている。 俺たちが無暗やたらに外へは出れないため、ブリッツクリークからの情報が正しいのかをフリッツ博士とメトリに確かめてもらっていたのだった。 「あぁお前さんらの目的は忌器の破壊だから、その警備ってわけなんだろ。でも肝心の最終目標がどこなのかは、これじゃ分からねぇな…」 ブリッツの情報によると大講堂には例の天使像が、ラボにはそれ以外の研究の進んでいない忌器が保管されているという。 そして肝心の星骸炉の在処は人造勇者であるはずのブリッツクリークにも知らされてはいない。 「星骸炉の場所は重要機密だからって、アインスとドクトル・パンドラとシュッツガイストの3人しか知らないんだよ。今から思うとすげぇムカつく! ずーっとやって来た仲間よりもあんな変態仮面を優先するってひどくない?!」 裏切ったため仕方ないがこうやってベラベラ情報を流出させるメンバーがいるんだから当然だよな…と思ったが、俺はあえて言わないでおいてあげた。 「それにしてもよく連中の動きが分かる位置まで近づけたな。大丈夫だったのか?」 偵察の手段としてメトリはそこらに落ちているゴーレムの残骸からドローンを作り、フリッツ博士の方はいつも連れているアロという少女に任せたらしい。 「仮に連中に捕まった時は一番ヤバい場所でドカーンするように言ってある。もっとも俺はそんなことはしたくねぇんだけどな…」 アロとは博士の作った人型の生物爆弾である。思うところがあったのか普段は自爆機能を外しているが、今回ばかりはさすがに仕方がないようだ。 「メトリもよくやってくれたな。それにしてもそんな特技があったとは意外…でもないか…」 「自身の整備をする必要があるので最低限の知識と技術は持っている。適したパーツが揃いにくい分出来はイマイチだが、壊されるのを前提とするならこれで十分だろ」 「で、お前さんたち次はどっちを攻めるんだい?」 情報交換もひと段落着いたところで博士が今後の方針を聞いてくる。 「今回もやはり天使像の方を攻める。敵戦力を頭打ちにさせれば長期戦も視野に入れられる。それにブリッツの話だとパンドラもラボ側の忌器は大した物は少ないと言っていた」 「だが表に見える人数は…ざっと一個小隊分ぐらいか。恐らく地下道にもそれぐらいの兵力を配備しているだろうな…」 俺はブリッツクリークの方にチラリと目をやる。 「やっぱりやらなきゃならないのか…」 ブリッツは諦めたようにため息をつきながらこぼす。 「すまない。お前は建物の内部まで運んでくれるだけで戦わなくていい。無駄な消費をしたくはないのでな…」 「当たり前だろ!お前らのせいでこうなったのに何で仲間と戦わなきゃなんないんだよ!運んだら私はさっさと逃げるからね!」 ブリッツは半ギレ気味に言い返す。    *   *   *   *   * 「それにしても廻天計画だったな…。奴らは本気で実行しようと考えているのか? 魔王の遺体を呼び水にしてもたらされる星のマナを使って、星姫と呼ばれる精霊を倒して炉の中に入れて星の管理権を奪う。俺の目的が忌器の破壊でなければスルーしても問題ないレベルの荒唐無稽さだぞ」 「もちろん代替策は考えてはいるみたい。魔王の残滓と呼ばれる物体からマナを抽出したりとか。星姫に関しても居所の目ぼしは付いてるみたいな話は聞いたけど…」 当然ではあるが奴らも無謀な試みであることを承知してはいるようだ。 「もう一つ疑問があるんだが、その星皇とやらになって一体何をするつもりなんだ? シュッツガイストの奴は正義による完全なる統治と言っていたが、例の大尉とやらの反応を見るとどうもまだ裏がありそうでな…」 「何をするかって?そんなの特に考えてもいないよ。正義による完全な統治なんてのはあくまでも周囲に対する方便に過ぎない。具体的にどうこうってのはないけど、私たちはもう後戻りができない存在だからとにかく前に進むしかないのさ…」 ブリッツの発言に俺は何か引っかかるものを感じた。 「後戻りができないとはどういう意味なんだ?」 「初期型の人造勇者は程度に差はあるけど、力を得るために皆何らかの改造を受けている。幸い私は元の体を五体満足に残しているけど、それでも体のあちこちをいじくられてはいる。アインスたち機械式はかなりの割合を失っているし、中には人の姿を留めていないのもいる…」 俺の脳裏には仇號と呼ばれていた棒人間の姿が思い浮かんだ。 「だから私たちは戦って強さを示して、世間や部隊を見限った連中に自分たちの存在意義を証明しなきゃならない。こんな歪な体にまでなった意味を、そしてなった甲斐をね」 「アインスは特にその気持ちが強いから不毛と分かっていても進んで行くし、他の人造勇者たちもそれを理解しているから皆着いて行く。何せ人造勇者は彼女とその父である中佐の始めた物語だから…」 「だとしたら尚更理解できないのは、なぜ星皇にこだわるかだ? 仮にその力を振るうとしても魔王を倒すためだというのなら、俺だって目こぼしはするし協力をしたかもしれない。それに魔王を倒すことができれば、全ての人がお前たちを人造ではない本物の勇者と認めるだろう。もうそれでいいんじゃないのか?」 「私はそれでいいかもしれないけど、アインスはそれでは収まらないだろうね。彼女の求める物は最強の存在。それは彼女の父であるイナッテン中佐の立てた最終目標でもあり呪いでもある…」 ブリッツは側にいたシュウを見ながら、まるで吐き捨てるような恨み節の口調で言葉を締めた。    *   *   *   *   * 大講堂内部カンラーク天使像の周囲、そこに人造勇者弐號、肆號、漆號、捌號の四人とドクトル・パンドラがいた。 「おっさ…いや中尉殿、合成獣人たちの配置は完了したぜ。外と地下にはそれぞれ一個小隊分置いてこの建物内には俺たち以外の誰もいない。本当にこれでいいのか?」 警備の監督として合成獣人の差配をしてきた漆號が、広々としたこの講堂内に戻って来る。 漆號はさらに発言を続ける。 「とりあえずアイツらが来ることを見越して、忌器のある大講堂とラボに人造勇者と合成獣人を二分して配置する。そこまではいい、だがこっちに四人あっちには二人ってのはバランス悪くはないかい?」 ラボ側の方には伍號と陸號が待機している。スナイパーである伍號はともかく直接戦闘のできる人造勇者が陸號一人というのはバランスが悪い。 「大尉の見立てでは敵はこれ以上我々の戦力を増やさぬように、まずこの天使像のある大講堂を攻めるだろうとのことだ」 弐號が作戦会議の内容を再度ブリーフィングし始める。 「だが奴らが裏を掻いてラボ側を攻める可能性も無くはないから、もしもの場合に備えて二人残しておく。仮にそうなった時には我々が少尉の能力を使って即座にラボへ急行。逆の場合は二人がこちらに移動をして、敵が逃げられぬよう周囲を固めるという寸法だ」 「これ見よがしに外側には人員を割いているのに、中は俺たち以外はもぬけの殻ってのはどういうことだ? キューケンお前の策だよな」 漆號が不可解な人員配置の疑問を提案者の捌號にぶつける。 「ブリッツの奴が本当に裏切ったのかどうか試したいんだよ。これだけの厳重な警戒網を見れば、本当に裏切っていたのなら能力を使って建物内へ敵を侵入させる。裏切ってなかったら合成獣人たちに削られて、こちらが大いに有利になる」 「まぁいい。どっちにしても俺らはやって来たアイツらをぶっ殺せばいいだけだ。死ぬ前に降参したりぶっ倒れちまったら即座に天使像で合成獣人へと変える。この前は尋問しようと下手に生かしておいたせいで逃げられちまったからな。頼んだぞドクトル」 漆號が念押しのように声をかけると、パンドラは小さく頷いた。 「問題は一緒にいるのが本当に中佐かどうかということだが…」 弐號が最大の懸念事項を呟く。どうやらシュッツガイストは彼らに中佐と思わしき人物は偽物だということを伝えてはいないようだ。 「おまけに反転とかいう妙なスキルまで身に着けてやがる。顔を似せただけの紛い物ならまだいいが、もしも本物だったら…」 漆號も思わぬ強敵と化した元上官には判断を迷っている様子だ。 「中佐、確かに死んでる。死体、確認した。多分偽物、殺せばいい」 大尉に忠実な肆號には迷いがないようだ。 「確かに伍長の言う通りだ、今の我々のリーダーは大尉である。本物にせよ偽物にせよ我々の歩みを止める者は排除する。それが命令だ!」 弐號は決意を固めたようだ。 (続く) 大講堂と呼ばれている建物の地階、倉庫のような場所にミレーン、ライト、シュウそしてブリッツクリークの四人がいた。 皆はブリッツの能力を使って建物内に無事侵入できた様子である…。 「本当に凄い能力だな俺たち三人を一気にここまで運んでくるなんて…」 俺はブリッツの見せた能力の凄さを素直に感心していた。 「一応言っておくけど、私の能力って別に瞬間移動ってわけじゃないんだからね…。時間を操るだけだからアンタらをわざわざここまで運んで来てあげてんだよ…。あの距離三人なんてもう死ぬわ…。その無駄にデカくて重たいムキムキマッチョ本当迷惑なんだけど…」 ブリッツは倉庫の壁面にもたれかかりながら、息を切らしぶっ倒れている。 「君に無理をかけたようで申し訳ない。感謝する。だがここは一体どういう場所なんだ?」 この薄暗くだだっ広い空間の詳細をブリッツに質問した。 「ここは大講堂の地階にある倉庫…。こんな大量の机や椅子なんてもう使うことないから誰も来ないんで、一人でこっそり隠れる時に便利なのよ…」 疲れのあまり呼吸を荒くしながらブリッツが答える。 「じゃあもう帰らせてもらうわね。早くトンズラ決めないと私の身がやばいし…」 5分ほど経ち、落ち着いてきたブリッツがこの場を離れようとする。だがそこに声をかける者がいた。 「驚いた…。まさか本当に裏切っていたなんて…」 一同が声のする方向に目をやる。そこには一見女児かと見間違えるような小柄な女性が立っていた。 人造勇者捌號ことキューケン=ピープ少尉である。 「キューケン…。何でここが…?」 ブリッツは顔を会わせたくない相手と遭遇してしまったため、実にばつの悪い表情を見せている。 「いつもかくれんぼしている君を見つけ出すのはボクの役目でしょ。君のいそうな場所なんてすぐ分かるのさ」 「それにしても本当に裏切っていたなんて…。ボクは最後まで信じていたんだよ」 深く信頼をしていたがゆえの裏切りだけに、いつもにこやかな捌號の表情が怒りに満ちていた。 「待って!キューケン!人の話を聞いて! 確かに今はこいつらと行動を共にしているけど、みんなを裏切ったつもりは一切ない!」 「あの変な仮面野郎に唆されて妙な計画を始めて、仲間だった人たちも獣人に変えちゃったりしてさぁ! みんな頭おかしくなっているよ!だから私は止めに来たの!」 ブリッツは必死に弁解をする。 「でもそれがアインスの願いだから…。彼女はボクたちのリーダー。仮に間違っていたとしてもその命令に背くようなら仲間であっても始末する!」 「もちろん、中佐あなたもね…」 捌號はシュウに目くばせをする。 なぜだか分からないがシュッツガイストの奴は、他の人造勇者たちにシュウが中佐の偽物だということは伝えていないようだ。 捌號は傍らにあった机の山に手を置く、するとそれらは一瞬にして消えてしまった。 それを見たブリッツが俺たちに叫ぶ。 「みんな気を付けて!上!」 ブリッツの言に従い上を見ると、上空から大量の机が降って来る。俺たちは皆必死に避ける。 俺は降って来た机を一つ捕らえるとそれを盾代わりにしてしのいだ。 「あれが…例の捌號の能力か…。聞いてはいた通りだが、こんな厄介な使い方があったとはな…」 生き残った人造勇者たちの能力に関してはブリッツからはすでに聴収済みではあるが、その使い方や戦法についての対策は実戦の中で見つけるしかない。 周囲を見るとライトやシュウもどうやら無事な様子ではある。 「でも降って来るのが机や椅子だからまだいいよ。岩や瓦礫が降ってきたら厄介さはこんなものじゃ済まない…」 ブリッツが俺たちにアドバイスをするや否やのタイミングで捌號が動き出す。 そして別の机の山に触れると第二波第三波が俺たちに襲い掛かる。 避けられず机が肩にぶつかりダメージを受けたライトを俺は机の傘の中に呼び入れる。 シュウは避け切れなかった机を反転で返すが、反動のダメージが地味に蓄積されて行く。 早く何とかしないと俺たちの体力は削られて行くばかりだ…。 「仕方ない…。やり合いたくはなかったけど…。彼女のことは私に任せて。二人ともこの場から離脱する。後の事は頼んだわよ」 ブリッツがそう言い放つと、一瞬で彼女と捌號の姿が視界から消える。それと同時に降り注ぐ机や椅子の攻撃も収まったようだ。    *   *   *   *   * 俺はホーリーヒールでライトとシュウのダメージを治癒させる。そして天使像のある中央大講堂まで移動する。 その間警備にいるはずの合成獣人たちとは一度も鉢合わせにならない。メトリたちの偵察ではあれだけの数がいたのにだ。 何らかの罠なのか…、仮にそうだったとしても今の俺たちはそれに乗っかるしかない。 天使像のある大講堂に入るとそこには弐號・肆號・漆號の人造勇者三人とパンドラが待っていた。 もちろんこれも想定内ではあるがパンドラまでいたのは意外であった。 「下でガタガタ騒ぎが起きていたんでお前らだと分かってはいたが、まさか本当にブリッツの奴が裏切っていたとはな…」 漆號ががっかりしたようにため息混じりで言う。 「それに…マジで中佐だよ…」 漆號は疑心暗鬼の表情でシュウを見つめる。他の人造勇者たちも同様であった。 なぜシュウの正体がバラされていないのか疑問ではあるが、とりあえずこの流れに便乗しよう…。 「久しぶりだなアイゼンヴァント中尉にレーベン軍曹そしてフォルタ伍長…」 シュウは相手の名前を階級も交えて語りかける。 これは生前の中佐の言い回しであり、前回のようなヘマをしないためにブリッツから聞き出していたのだった。 「中佐殿、あなたは死んだはずなのでは? なぜこの場にいるのですか?」 弐號がシュウにごく当たり前の疑問を問いかける。 もちろんこういう展開は想定済なので回答もちゃんと用意してある。 「あの時死んだのは密かに用意していた私の影武者だよ。誤った方向に進む組織を私は危惧し、正そうとしたがアインス大尉には理解してもらえなかった。そこで私は地下に潜り、聖剣チップを埋め込みこの反転のスキルを身に着けた」 「そして私は再び帰って来た。皆を正しい方向へ戻すためにな。全てはあのシュッツガイストのせいである。奴を排除して部隊を健全な物に取り戻そう。ブリッツクリーク一等兵は裏切ったのではなく、理解してもらえたのだと受け止めてもらいたい…」 澱みのない見事な弁舌だ。正直使うかどうか分からないのに散々練習してきた甲斐があった。 人造勇者連中もかなり動揺している、もう一押しだな…。 シュウの言に応えるように弐號が反応をする。 「まさか本当に中佐でありましたとは…。正直頭の中が整理できておりません。長い間我々との交流を断たれておりましたが、奥様はまだ息災でいらっしゃいますか? あの方には大分お世話になりましたので…」 見知らぬ情報が入ってきたのでシュウは動揺をする。 少し考えたあげく今のところ上手く行ってはいるのだから乗っかっておこうと判断した。 「あぁ彼女は元気だよ。安心してくれ…」 シュウの発言を聞いた弐號はククク…と押し殺したような笑いを漏らす。 「馬脚を現したなこの偽物が!中佐の奥方は部隊の設立前にはとうの昔に亡くなっている! リサーチが甘かったようだな」 そんな個人のプライバシーのことまで聞いてる暇なんかねぇよ!  俺は自身の詰めの甘さを悔やむと共に、下らない小芝居を続ける必要がなくなったことに胸をなで下ろした…。    *   *   *   *   * 場所は変わりラボと呼ばれている建物内にある倉庫区画、そこには多数の忌器が無造作に安置されていた。 中には軍服を着た男女がそれぞれ1名ずつ待機している。人造勇者伍號ことトラウアーゲサング少尉と陸號ことザット上等兵である。 トラウアーの持つス魔ホに連絡が入る。 事前の予想通り侵入者が大講堂に現れたので段取り通り二人は現場に急行して、逃げられないように周囲を固めろとのことであった。 「やっぱあっちに来ちゃったか、彼の力を吸い取りたかったんだけどなぁ。フォルタさん派手に負けてくれないかなー。そうしたら僕と選手交代ができるのに…」 陸號ががっかりしたかのようにぼやく。 「めったなことを言うもんじゃない。それに肆號がダメになりそうでも他のメンバーがフォローを入れる。前に敵の合成獣人の血を吸ったせいでそのキモイ外見になってるんだから、これ以上得体のしれない力を吸収すると今度は人の姿を維持できるかも分からんぞ」 陸號の言を伍號が窘める。 「彼、女の子の時の姿は可愛かったから今度の見た目はイケメンに変わるかもしれませんよ。あーせっかくのチャンスもったいないなー」 伍號の忠告を陸號はまるで冗談かのように軽口で受け流す。 彼は自身の未来を全て諦めたかのような節があり、強くさえなれれば我が身や命がどうなっても構わない言動が目立っていた。 二人はラボの屋上へと上がる。 「結構距離があるから、こんなとこ来ないで早く行かないとまずいんじゃないんですか」 陸號の疑問に伍號が答える。 「大尉からは足として予備役を送ったから、ここで待っていろとのことだ」 「予備役?! ウチにそんなのいましたっけ?」 「いるだろ。それも飛びきりの戦力がさ…」 伍號がそういうと西の空に何やら飛行する物体が見え始める。 それは徐々に大きくなり、巨大な生物だということが判明する。 「久しぶりだね。今やS級冒険者様だったな!」 巨大なドラゴンが屋上に降り立つと伍號はそう言った。 「予備役って君のことか! 久しぶり!ドラシーナ!」 陸號も仲間との久しぶりの再開に嬉しそうに挨拶をする。 この全長12mもある巨大なドラゴンもまた人造勇者である。 人造勇者拾弐號ことツヴォルフ=ドラシーナ。 初期型メンバーの一人でありバイオテクノロジー型の強化実験を繰り返した結果、巨竜の姿と力を手に入れたのだった。 バルロス事変の際、バルロス起動の衝撃波で吹き飛ばされ機関員たちと離れ離れになった彼女は、紆余曲折の結果ギルドでS級冒険者にまで成り上がっていた。 風の噂でその情報を聞きつけたアインスはドラシーナと連絡を取り、事情が事情だけに離脱した件は不問にするが予備役として非常の際には部隊に合流するよう話をつけた。 そして今がその非常時なのである。 「まずは我々を大講堂まで運んでくれ。では行動を開始する!」 伍號の命令に陸號と拾弐號は了解の返事をしたのであった。 (続く) 「スヮリさんをやったのは君と陸號だよね。仇は取らせてもらうよ…」 ライトは両腕から刃を生やし、高速で震わせる。得意技の高周波振動ブレードだ。 「お前、見飽きた。ここで、殺す」 肆號は両腕両足から収納されている聖剣を引き出す。 お互い因縁のある相手だけに顔を見合わせた瞬間から戦うことは決まっていたようだ。 そして今までの流れなら俺が弐號でシュウが漆號とやり合うのであるが、今回はそれぞれ逆の相手と対峙する。 「ニセ中佐のスキルで俺を足止めするんじゃないのか? まぁいいお前がいくら腕が立つとはいえど俺を殺しきることは不可能だからな。ちょっとでも動きが鈍ったらこの聖剣の錆へと変えてやる…」 予想外の顔合わせに漆號はむしろ余裕の表情になる。 「偽物とはいえ中佐の見た目をした人物とやり合うのは妙な気分になるな。恐らく私のスキルへの対抗策だろうが、私を倒せるのなら倒してみろ!」 弐號の固い防御障壁に反転が通じるのか? 俺がシュウを差し向けたのはそれを知りたかったからである。    *   *   *   *   * 「行くよがーすけ!耐えられるギリギリまで力を引き出してくれ…」 戦いの火蓋を切ったのはライトであった。高速の動きで一気に距離を詰め、両腕の刃で襲い掛かる。 だが肆號も両腕の聖剣で払うと足技でライトの腹部を狙う。だがライトもそれを見越しており、バックステップで離れる…。 ライトと肆號の間で目にも捉えるのは困難な高速戦闘が始まる。 肆號はとにかく距離を詰めようとするが、ライトは飛び道具の真空波を交えたヒット&アウェイ戦法を取り寄せ付けない。 苛立ちを隠せない肆號が距離を詰めようとすると、ライトは相手のお株を奪うようなカウンターの蹴りをヒットさせる。 ライトのクレバーな戦いぶりに普段は冷徹な肆號も焦りを感じ始める…。 「(ヤバいのは右腕と右足に付いている剣だっけか。焦らず冷静に捌く、それだけだ…)」 戦いはライト有利のまま進んで行こうとした時、状況に変化が訪れる。 肆號は左腕の刃を突き出すような構えを取ると両目の瞼を閉じた。 肆號の戦闘中とは思えない妙な行動にライトは警戒心を抱く。 目ではなく気配を感じ取ろうとしているのかと推察したライトは離れた距離から真空波を放つ。 すると肆號は上体を左方向にスウェイすると最低限の動きで真空波を躱したのだった。 飛び道具がダメなら次は近接戦だ!とばかりに、ライトはフェイントも織り交ぜたジグザグのステップで距離を詰め肆號の左側から斬りかかる。 しかし肆號は分かっていたとばかりに左腕の剣で刃を払った。 まるで自分の動きが分かっているかのような肆號の反応にライトは危険な予感を抱く。 そうこれは肆號の左腕に仕込まれた『希望』の銘を持つ聖剣の能力であった。 剣を掲げ周囲を感知することで高度な未来予測を行っている。 肆號が目を閉じているのは予測されたビジョンを明確に見るためであった。 戦いは膠着状態に入ろうとする。 現状敵は待ち構えているだけだから距離を取って打開策を考えようと思った時、肆號が目を閉じたまま動き出す。 彼女は目を開けている時と変わらぬ素早い連撃を繰り出す。 ライトも反撃しようと前に出る、だが肆號はそれを待っていたかのように右腕の刃をカウンターで突き出した。 避け切れない。そう思ったライトは左腕で受けてガードをする。 「(しまった…)」 肆號の右腕の聖剣『慈悲』は短時間ではあるが切った相手を麻痺させる効果がある。 ライトが自身のミスを悔やんだ時には肆號の左腕の聖剣がガードをしていたライトの左腕を飛ばしたのだった…。 麻痺した状態を逃してはならぬと三発ほどライトは斬撃を食らう。麻痺が解除された時には立っているのもやっとなぐらいであった。 肆號が止めを刺そうと素早い寄せでライトに斬りかかる。もうダメか…と思った瞬間、何かが体を引っ張っる感覚があった。 ライトはバックステップで斬撃を躱す。生命の危険を察知したがーすけが一瞬だけ体の支配権を奪い体を動かしたのであった。 『希望』の聖剣の予測では確実に斬殺したはずなのに手応えがない。 肆號は違和感を感じたが、聖剣の能力はあくまで予測であって予知ではない。なのでミスもあるだろうと気を取り直す。 ライトは今の一瞬の出来事で何かの閃きが走った。 敵は自分の動きを読めるようであるが、突発的なアクシデントには対応ができないようである。 「(何とか対抗策が見つかった…。行くよ!がーすけ、一緒に倒そう!)」 ライトは右腕の刃一本で肆號に斬りかかる。 素早い斬撃も肆號は分かっていたとばかりに両腕の剣で払う。 そしてバック転を入れた右足の蹴りでライトの体を蹴り飛ばす。所謂サマーソルトキックのような動きである。 ライトの体がよろけた瞬間を見逃さず、肆號は両腕の剣を振り上げまるでモンゴリアンチョップのような角度でライトの首を跳ね飛ばそうとする。 肆號の瞼の奥で見えたビジョンでは確実に仕留められていた…。 だが現実はそうでなかった。ライトの切断された左腕の切り口から新たな腕が生える。 そして後退するのではなく逆に体勢を低くして前へと突っ込む。ショルダータックルである。 タックルを食らった衝撃で一瞬未来予測のビジョンが途切れる。 ライトはその隙を待っていたかのように肆號の両腕を肘を軸にして閂状態で捕らえる。 するとそのまま豪快に持ち上げスープレックスを決めると肆號の肘の関節は壊れ、腕を操作することが困難となった。 サマーソルトキックを食らった一瞬の間にがーすけと体の支配権を入れ替える。 『希望』の聖剣はライトの動きを予測していたため、思考の違うがーすけの動きを予測できなかったのだ…。    *   *   *   *   * 漆號は大振りの大剣を軽々と振るいミレーンへ斬りかかる。ミレーンは距離を取りながらそれを避けて行く。 「オラ!どうした! 逃げてるばかりじゃ俺を倒せねぇぞ!」 「そうだな、確かにこれでは勝負にならないな。じゃあ今度は俺も武器を使わせてもらう…」 ミレーンは腰に刺していた布にくるまれた長い棒状の物を取り出す。 布を外して中の物を取り出すと漆號の目つきが変わった。 「まさか…お前それは…」 「そうだよ仇號とやらが持っていた試作聖剣だ。こいつを食らったら何でも折れて戻ることがない不可逆のダメージを受けるんだろ。回復力が高い不死身のお前がやられたらどうなるのがコイツはちょっとした実験ってやつだ」 ミレーンは仇號の聖剣をフェンシングのスタイルで構える。 「少しばっかりブルっちまったが、所詮は細い棒っきれ。俺の聖剣の斬撃を受けたら一発で粉微塵だ!」 「そうか…。じゃあ俺から行かせてもらうぜ!」 ミレーンは素早い突きを繰り出す。 学んでいた流儀が違うとはいえ、かつては剣士を志していただけに細身の剣の扱い方も知っていたのであろう。 漆號はミレーンの突きを切り払おうと聖剣を構えるが、何かに気づいてバックステップで逃げる。 術式により移し替えられていた漆號の命が収められている場所は、彼の持つ聖剣であったからだ。 もし破壊されてしまえば、命は元通り自身の肉体に戻ってしまうため不死身のアドバンテージを失ってしまうのである。 ミレーンの攻撃は激しさを増す。 やべぇ…避け切れねぇ…、そう思った漆號は右腕でガードをする。 それは迷いのない動きであった。 漆號の右前腕が90度の角度で反り返る。 いつもなら直ちに修復されるのだが、今回は全くその気配がない。 これが不可逆のダメージの影響か…。 「しゃあねぇ!やるしかねぇか!」 漆號は覚悟を決めると自らの聖剣で右前腕を断つ。 すると傷口から新たな腕が生える。今度の腕はまっすぐな元通りの腕であった。 ミレーンはその様子を見て違和感に気づく。そして惨號の語っていた他の人造勇者たちのスキルについて思い出す。 漆號は命を別の場所に移し替えているから不死身だということを…。 どうやら突破口は見つかったようだ。    *   *   *   *   * 弐號は大剣の試作聖剣を振るってシュウに斬りかかる。 シュウはそれを上手く躱して行くが、避け切れないものも出てくる。だがそれは反転の能力で相手へと返される。 自らに跳ね返って来る聖剣を弐號は金属製の腕でガードする。どうやら真向勝負をするには不利な相手だと理解したのだった。 「面倒なスキルだがまぁいい。どうやらお前は攻撃するための手段を持たないようだから、私はこうやって待つだけで十分だ。その内我々の仲間が勝負を決めてこっちへ来る。数的優位が作れればそのスキルを使った隙間を狙うこともできるからな…」 弐號は防御障壁を周囲に展開させる。シュウはすかさず反転の能力を使うも変化は全く無かった。 「攻撃でない物を反転させたところで障壁の向きは変わるかもしれんが、残念ながらこいつは表側も内側にも固いのでね。大して違いはない…」 俺はシュウと弐號の戦いの様子を横目で見る。 どうやら反転のスキルは効果がない…ということを思い込ませたのは収穫だ。 「そろそろ頃合いだ! 交代するぞシュウ!」    *   *   *   *   * 両腕の肘関節を破壊された肆號は、ライトと距離を取り腕の動作状況を確認する。 上腕と指は正常に動作が可能なので腕を振り回す程度のことはできる。 両腕を背後に回して腰にマウントしているメインウェポンの鉈型聖剣を取ろうと試みる。 肘がグラつくのでなかなか上手く取ることができない。 もたつく様子を見てライトが攻撃を仕掛ける。 肆號は必死に避けている内に右手の指が鉈型聖剣の刃部分を掴むことができた。 強引に引っ張って取り出すことに成功する。 肆號は右上腕を大きく振るわせると手に持った鉈型聖剣をライトに投げつけた。意表を突かれたが避けれないわけではない。 ライトは上体を右側にスウェイすると、投げつけられた聖剣を躱した。 肆號の攻撃は腕をでんでん太鼓のように振るうことしかできないため、自然と蹴りがメインとなる。 だが蹴り技は動きが大味になるため、素早いライトにとっては絶好のカウンター機会であった。 一気に距離を詰め、右腕の刃で肆號に斬撃を加えようとする。だが次の瞬間ライトの背中に衝撃と激痛が走ったのだった。 ライトの背中に肆號が投げた鉈型聖剣が突き刺さる。何で…とライトが困惑すると鉈型聖剣は回転し背中から飛び離れて行く。 「聖剣、銘は『従順』。意思、そのままに動く。これが、奥の手…」 苦痛でよろけたライトに肆號は右足の『共感』の聖剣を突き刺す。 今まで彼女に加えてきたダメージが一気にライトへと帰って行く。ライトは膝を突いて倒れないように堪えるだけで精一杯の様子だ。 背後には『従順』の気配、そして正面に立ちはだかるのは肆號。ライトは荒くなった息を必死に整える。 「これで終わり、死ね…」 肆號は両腕を振り上げる。そのまま最上段から斬り伏せ、さらには『従順』で首を跳ねようとしているのであろう。 『従順』が動き出した瞬間、ライトは絶叫と共に高出力のブレスを放つ。 ブレスが肆號の腹部を撃ち抜くとライトはそのままうつ伏せに倒れる。 ライトの背後にあった『従順』はその勢いを維持したまま肆號の胸元に突き刺さったのであった。 いくら痛みを感じない肆號であっても、これだけのダメージを受ければ立つことはできず倒れる。 つまりこれはライトの勝利であった…。 (続く) グラウンド666。かつてのバルロス事変時に機工竜バルロスが起動の際に起こした衝撃波が作り出した不毛の地。ここには草木も生えず、ただ一面の荒野が広がっていた。 そこに軍服を着た二人の女性が立っている。人造勇者惨號ブリッツクリークと捌號キューケン=ピープであった。 「ここは一体?」 状況の把握をしようと捌號は周囲を見渡す。 「グラウンド666さ。ここなら何も無いから君の能力も使えないでしょ。それにちゃんと話もしたかったしね…」 ブリッツの能力を使い二人はここまで移動してきたようだ。 「話す?一体何を?裏切り者の言い訳なんて聞きたくないわよ」 「私がアイツらと一緒にいるのはほんの成り行きだよ。アイツらとシュッツガイストの奴に嵌められたようなもんでね」 「みんなのことは仲間として好きだし信頼もしている。だが今みんなが行おうとしていることを間違いだと思っているのも正解だ」 ブリッツはいつもの弱気な口調と違い、はっきりとした意思を伝えるように語る。 「やっていることがおかしいと思うのはボクも同じだよ。でもアインスが、私たちのリーダーが決めたことだからしょうがないでしょ」 「それは間違いだよキューケン。確かに昔みたいな軍組織だったらしょうがないけど、今はただの同志の集まりなんだ。仲間が間違いをしでかしたらそれを正すのも仲間の義務だよ…」 言いたいことを言い終えるとブリッツの視線は遠くを見つめている。 「ここから大講堂まではかなりあるからね。君が着くころにはもう白黒付いているはずさ。私はこれでお暇するよ、何せ皆に追われる裏切り者だからね…」 そう言うとブリッツは姿を消したのであった。    *   *   *   *   * 「またお前かコージン=ミレーン。私の防御障壁を破る方法は見つかったのか?」 弐號は余裕の表情で俺を迎え撃とうとしている。 「そうだな…、お前にもコイツを試してみようかと思う…」 俺は折るという概念武装である例の仇號の試作聖剣を取り出す。果たして物理的ではないスキルにも通じるのか?これは一つの賭けであった。 俺は試しに弐號へと蹴りを放ってみる。何か固い物に当たる感触がある。今現在障壁は展開中の様子だ。 おもむろに試作聖剣を弐號の真正面の空間に突き立てる。強烈な衝撃が聖剣に伝わり、空間がひしゃげたような錯覚を感じる。初めての経験に当の弐號も狼狽を隠せない。 もし隙間が出来ているのなら通り抜けられるはずだ…。俺はショルダータックルの要領で聖剣を突き立てた空間に突っ込む。 先程障壁があった場所から少し先に進むことができた。どうやら本当に隙間を作ることができたらしい。 隙間が出来たのなら後はこじ開けるだけだ。俺は両の腕を当てて伸ばし、障壁の隙間を広げようと試みた…。    *   *   *   *   * ライトは横たわる肆號を見下ろすと、高速に震わせた右腕の刃で肆號の両手両足の義肢と『従順』の聖剣を切断する。 彼女から戦闘能力を完全に奪い取ったのだった。 ライトが無力化させた肆號から離れようとすると、彼女はいきなり笑い出した。 「屈辱、殺せ。情け、いらぬ」 「君は殺されてもいいっていうのか?」 ライトは人としてごく当たり前のことを聞く。 「痛み、ない。死、眠りと同じ。生存、リベンジ。お前、仲間、家族、全部…」 生かしておけばライト本人だけでなく、仲間や家族まで対象とするという予告である。コイツは生かしてはおけない、だが人を殺すと思うと躊躇するのもライトの良心である。 「なぜ、ためらう。お前、偽善者」 肆號はせめてもの仕返しとばかりに煽り倒す。やらなきゃならないか…ライトが覚悟を決めようとした瞬間であった。 『もう良い…』 ライトの瞳と声色が変わり、圧倒的な強者のオーラが漂う。見かねたがーすけが主導権を交換したのであった。 「お前、何だ…」 先程とは明らかに違う変貌ぶりに肆號は狼狽する。 『この者は確か痛みを知らないのであったな。痛みを知らぬから恐れを知らぬ、故に死も恐れない。こういう始末に追えん相手はどうすれば良いか分かるか。自ら死にたくなるような生を与えてやれば良い…』 がーすけは深呼吸をする。そして黒いモヤのような物を吐き出すと、それを凝縮させ肆號の腹部に開いた穴に叩き込んだ。 腹部の穴の中から黒く小さな何かが大量に蠢き湧き出した。それは虫のようでもあり小型の爬虫類のようでもあり軟体生物のようでもあった。 それらが肆號の動けない全身にまとわりつく、ぬめりつくような感触が実に不快だ。そして黒い何かは全身に広がると肌に噛みつき肉を食い始めた。 黒い何かは目にもかぶりつく。視界が無くなり自分が今どんな状態か分からなくなる。耳には黒い何かが体液を吸い肉を食い漁る音だけが聞こえる。 肆號には痛覚はないので痛みは感じない。ただ体を貪り食われているという感覚だけはある。 とにかく不快だ。早く殺してくれ、なぜまだ生きている。頼む殺してくれ。 肆號は懇願するように叫ぶ。だが声は出ない。黒い何かは声帯を食い漁ってしまったからだ。 嫌だ嫌だ嫌だ。まさか骨になるまでこの気色の悪い状況は続くのか…。そう思うと肆號は心の何かが切れたような感覚に陥る。 そして肆號はただ引きつったような笑いだけを発するようになった。恐らく彼女の精神は完全に壊れてしまったのだろう。 「(がーすけ、何をしたの?)」 『この者は痛みを知らぬ駄々っ子のようなもんよ。手をかける価値もない。所謂メスガキというやつだな。そういう者にはわからせをさせるのが定番なのだろ』 『痛みを感じずとも快不快の感覚ぐらいがあったのは好都合であった。我が友を散々愚弄してくれたのだから相当濃い幻覚を食らわせてやった。死ぬか生まれ変わるかでもなければ晴れんぐらいのな…』 人を殺さずとも完全に無力化させることはできる、そう学んだライトであった…。 『すまない我が友よ。我が主導権を奪ってしまったために、また少し我が友の人格が削れて行く…』 「(いいよ…君は僕のために代わってくれたんだろ…)」 『そのついでと言っては何だが、何かとてつもなく嫌な予感がする。しばらくこの体の主導権を借りておくぞ…』    *   *   *   *   * 「ぬぅおぉぉぉぉぉ!!!!!!」 俺は全身の力を込めて障壁の間に生まれた空間を広げて行く。 するとその隙間から涼やかな風が流れてくるのを感じる。確かに障壁は開いてきているようだ。 力を入れると俺の体を挟む隙間はどんどん広がる。 障壁をこじ開けながら俺は前へ前へと進んで行く、待っていろもうすぐお前を捕らえてやるからな…。 弐號は始めて食らう状況に困惑している。 今までどんな攻撃にも耐えて来た見えない障壁が破られるだけでなく、まるで物理的にそこにあるかのように扱われているのだ。 敵が障壁をこじ開け、中に侵入しようとしている。弐號は大剣を構えて突きを放って迎撃しようとする。 だがそんなことぐらいこちらの想定済だ。 弐號の突きに合わせて俺は右足を振り上げる。剣を跳ね飛ばし敵を丸腰にさせる。 「どうした…もうすぐお前のとこまで辿り着くぞ…」 この能力を得てから始めて体験する窮地に弐號は恐怖した。 弐號は軽く狼狽をするも気を取り直し、両の拳を自身の顔の正面で突き合わせる。 得意技のアイゼンバイスを発動するつもりなのであろう。 見た目には拳と拳の間に挟んだゴムボールを少しづつ潰していく…。 そんなふうに見える無造作なムーブであるが、障壁に挟まれているこちらにはその何万倍もの力が加えられている。 まるで重機がこちらに向ってトルクをかけるような圧倒的なパワー。 だがこちらもおいそれと潰されるわけにはいかない。 俺は全身の体力気力精神力を振り絞る。そう『勇者のクソ力』だ! 障壁の間隔は俺の両腕が伸び切るほどにまで広がる、俺は一歩づつ歩みを始める。 自慢の堅牢な関門はもはやフリーパス状態だ…。 「その剛力、賞賛に値する。だが私のアイゼンバイスはその程度で屈っしはせん!止めだ!食らえ!」 弐號は全力の力を込めて拳を突き合わせようとする、俺はそれを待っていた! 「今だ!やれ!シュウ!」 漆號と対峙していたシュウがこちらへ飛んでくる。想定外の展開に弐號は動転する。 最初にシュウを弐號と戦わせたのは、シュウのスキルが弐號には通じないという先入観を植え付けるためであった。 「反転!」 シュウの右手が弐號の障壁に触れる。すると俺を潰そうとした障壁のベクトルが一気に弐號自身へと返って行く。 当初シュウの能力が通用しなかったのはあくまでも力のベクトルのない防御一辺倒だったためである。 だがアイゼンバイスは明らかに敵を倒すための攻撃の力であるから反転も効くのだ。 弐號は金属製の義手のパワーでそれを支えようとするが、俺を押しつぶそうとした最大の力はそんなものでは耐えられない。 両腕の義手はへし折れ、弐號は障壁に押しつぶされたのであった…。 (続く)