【患者】男性 神父 年齢三十代 【症状】日常作業中、薪割り用の刃物にて右前腕を深く負傷。     出血を認めるも意識清明。駆け付けた修道女により回復魔法を施行。     創部は速やかに閉鎖し出血停止。疼痛も著しく軽減し作業に戻った。     翌日、閉鎖した創部周囲に発赤、膨張及び熱感を認める。疼痛あり。     再度回復魔法を施行。施術後、膨張・発赤ともに一時軽減。     さらに翌日、再び膨張が出現。以降、回復魔法の施行により一時改善するも膨張が再発を続けている。     また、膨張範囲は発生ごとに拡大が認められる。 「キヒッ…オーケーオーケー、だいたいわかった」 ヤミ医者…Dr.スプラッタはそう言い、経緯書を無造作に投げ捨てた。 両側頭部に刺さった巨大なボルト、ツギハギで統一性のない皮膚色、そして武骨な機械の右腕、異様な風体の女である。 しかも彼女は“奇跡”の否定者として世界教会から邪教徒指定を受けているお尋ね者、平時なら絶対に教会に入れてはならない存在だ。 だがそれでも、今の私には彼女に頼らなければならない理由がある。 「貴女に任せれば本当に神父様は助かるのですね?」 「あァ、こんな症例アホほど見てきたからな…カネさえ払えば助けてやるよォ」 現在、神父様は奥の部屋のベッドで苦しげに臥せっている。 その右腕はパンパンに膨れ上がっており、高熱を発して今もなお神父様を蝕んでいるのだ。 こうなってしまったのは全て治療にあたった私の責任、絶対に助けなければならない。 「…お願いします、裕福な教会ではありませんが払える分はお支払いいたします」 「キヒヒ…足りねェ分は血で払ってもらうぜ…若くて健康な血は貴重だからなァ」 やはり邪教徒の類を疑わざるを得ない、Dr.スプラッタの発言はとても不気味だ。 生理的嫌悪を催して顔をしかめた私を見、彼女は軽く鼻で笑って質問を返してきた。 「しかし…本当にいいのかァ?世界教会から指名手配を受けてる私に治療を任せてよォ」 その質問に対する答えは決まっている。 「…構いません、神父様が助かるのであれば私は悪魔にだって魂を売るつもりです」 答えを聞いたDr.スプラッタは軽く驚いたようだった。 覚悟はとうに決まっている。“神の奇跡”である回復魔法で助からないのであれば、今度は悪魔の力を借りるしかない。 例えそれが神に背くことになっても、私にとっては神父様が助かることが一番なのだ。 私の覚悟を知ったDr.スプラッタは鋭い歯を見せて笑う。 「キヒヒッ!それじゃ悪魔らしく契約に応えてやらねェとな…ちゃっちゃと治してやるよォ」 「…その前に、今神父様の身には何が起こっているのか説明して頂けませんか?」 私からの注文にDr.スプラッタは少しバツが悪そうに頬を搔き、困ったように言葉を続けた。 「あァー…そいつは“神の奇跡を疑うべからず”の教義に反することになるが、マジで聞く?」 「聞きます、一次治療したのは私ですから…聖職者としてではなく回復術師として、原因を知りたいんです」 「ずいぶん立派な志じゃねェか…うちの故郷の連中に爪の垢を煎じて飲ませてやりてェくらいだね」 こちらに背を向け低い声で呟いた彼女の表情を窺い知ることはできなかった。 その後、振り返って私の方に向き直ったDr.スプラッタは義手の指を二本立て、説明を始める。 「今回の問題点は二点ある、一つ目は回復魔法で止血した時の状況だ」 「私の回復術式に問題があったということでしょうか?」 「いや、見た限り止血自体に問題はねェな…創部の清浄化もちゃんとしてやがる」 では何故…そう続けようとした私の言葉を遮り、Dr.スプラッタは問いかけてきた。 「お前さん、回復魔法がどういう働きで創部を塞ぐか知ってるかァ?」 「ええ、勉強しましたから」 回復魔法、それは魔力によって対象の自己再生力を促進し、本来ならば数日かかる負傷の再生をものの数秒に短縮する術である。 神が齎したとされるこの術によって人類は止血技術を与えられ、失血死の概念は我々にとって縁遠いものとなった。 また、近年の術式改良により傷口を清浄化する作用が加えられ、汚れた傷を塞いで体内に毒が回り死亡するといった案件もかなり少なくなった。 まさしく神の奇跡と呼ぶに相応しい神聖術、それが回復魔法なのだ。 私の答えを聞いたDr.スプラッタは満足げに頷きながらも、鋼鉄の指を振ってにやりと笑う。 「だが、そこに罠がある…死んで自己再生力を失った組織は回復魔法でも再生できねェ」 「…なんですって?」 「神父が怪我を負ってからお前さんが駆け付けるまでの数分、その間に刃で挫滅されて血流が途絶えた皮下組織の一部が壊死しちまってたのさァ」 死んだ組織は本来ならば新陳代謝によって傷口から体外に排出されて除去される。 しかし気付かず、回復魔法で強制的に傷口を塞いでしまったことによって壊死組織が体内に残り続けることになってしまった。 それが今神父様の腕の中で腫瘍となって毒を生み、体の内側から蝕んでいるのだ。 「こ、これまで回復魔法で傷を癒してそんなことになったことは…」 「キヒヒッ!そりゃそうだ、人間には免疫反応ってもんが備わってるからなァ…多少の感染や腫瘍は体が勝手に処理しちまうのさ」 「だ…だとしたら何故今回はこんなことになっているのです!?」 「キヒヒ…そこで出てくるのが二つ目の問題ってこったァ」 不気味に笑うDr.スプラッタは鉄の指でコツコツと経緯書を指す。 そこに書かれていたのは膨張に対し回復魔法を施行したという一文だ。 「お前さん、今まで炎症に回復魔法を使ったことあったかァ?」 「…いえ、初めてでした…腕が腫れて神父様があまりにも苦しそうだったので…」 「だろうな、その瞬間は腫れと痛みが引いて治ったように見えるが…だが実はそうじゃねェんだ」 「…腫れをどうにかすれば良いのではないのですか?」 「キヒッ、それが違うんだなァ…炎症は感染を食い止めるために起こる症状だぜェ」 Dr.スプラッタはにやりと笑って解説を続ける。 体内に留まった腫瘍は感染源となり毒を生む、だが体はその毒を拒絶し防御するために反応を起こす。 その反応によって創部近辺が腫れとなって熱を持ち、疼痛を伝えるのだ。 つまり毒によって腫れが起きるのではなく、毒を排除するために腫れが起きるのが正しい認識なのである。 しかし今回はその反応を回復魔法によって早回し…即ち毒を排除しきる前に強引に反応を抑えてしまっていたことになる。 「免疫反応の処理が中断されれば感染はこれ幸いと広範囲に拡がる…結果、腕全体がパンパンに炎症を起こしちまったってワケだ」 「そんな…私の回復魔法が逆に症状を悪化させていたなんて…」 「キヒヒ…世界教会はあくまで回復魔法を便利で都合の良い“神の奇跡”として標榜してるからなァ…勘違いしちまうのも無理はねェ」 「わ、私は…何のために回復魔法を…」 「まァ、すべての技術は使い方次第ってこった、むやみやたらに魔法治療を施すのが正解ってワケじゃねェのよ」 Dr.スプラッタの見る先にいるのは苦しそうに横たわる神父様。 私の治療ミスでこんなことになってしまうとは…罪悪感と責任感で押しつぶされそうな私は縋るように彼女を見る。 「Dr.スプラッタ…本当に神父様を救うことはできるのでしょうか…」 その言葉に、よっこらしょと立ち上がった彼女は不敵に笑った。 「キヒヒ…何度も言わすんじゃねェ、そのために私がここに来たんだろうがァ」 「しかし、どうやって…?」 「塞いだ創部を切開、溜まりまくってる膿を排出、腫瘍になっている壊死部を切除、数日は開放管理して縫合ってとこかァ」 「切っ…!?」 奥のベッドに歩いていく彼女の義手が機械的な駆動音を立て、手にした巨大な鞄から未知の道具がずらりと現れる。 神の奇跡とは程遠い、まるで拷問のような施術が今まさに行われようとしていた。 「その…ドクター…それはかなり痛いのではないでしょうか…」 「あァ…まァ、一応麻酔草は使うが患者も弱ってるから少量だなァ…」 「他に対処は…!?」 「キヒッ…神にでも祈っててやりなァ」 Dr.スプラッタはテキパキと消毒を終え、麻酔を飲ませた神父様の体を縛り上げると、鋭い鉤爪で膨れ上がった右腕を切り裂いた。 野太い悲鳴が上がってガタガタとベッドを揺らし、血とともに黄色い膿が流れ出て床を汚していく。 正しい、恐らくは正しい施術のはずだが、凄惨な光景に私は思わず頭を抱える他なかった。 「神よ…!」 「キーッヒッヒッヒ!なァに、熱心に神サマに祈ってりゃすぐ終わるさァ!」 やはり彼女は悪魔だったのかもしれない。 私の選択が間違っていなかったと安心できたのはそれから数日後、神父様の腕がすっかり良くなってからのことだった。