・01 ロップモンがブラックラピッドモンへと暗黒進化し、デジタルワールドを駆け回るようになってから、しばらくが経っていた。 彼は強いデジモンを見つけては戦い、倒していった。 自分がどこまで強くなったのか…そして、更なる経験値を稼ぐためでもあった。 それは、いきなりブラックセラフィモンやアンコに挑んで勝てると思えるほど、無謀ではなかったからだ。 悔しいが、今の自分ではデジモンイレイザーの座から大切なミヨを引きずり下ろすことはできない。 そんな中、彼が目をつけたのがイレイザーベースだった。 そこには、デジモンイレイザーに従う守護完全体がいる。 こちらもあの二体ほどではないが、いずれ倒さねばならない相手…ならば、アレも倒せばいい。 ブラックラピッドモンは迷わなかった。 「消えろ」 シリンダーから大量のミサイルがばらまかれる─黒跳のイレイザーベースを守護するラモールモンは強襲に驚きつつもそれらを豪腕で打ち落としてみせた。 爆煙を破り、背後から姿を現したブラックラピッドモンはゼロ距離から暗黒弾・デスキャノンを打ち込む。 「ガァっ!?」 吹き飛ばされる巨体に追い付くと、そのアームで地面に叩きつける。 そのまま推進エネルギーを全開にし、紅葉おろしにする。 絶叫を無視しながら、空中へ投げ捨てる。 再び背後に回り込むと、塔の壁に向かってラモールモン蹴り飛ばした。 トドメに両腕から大型ミサイルを発射─その壁ごと爆破した。 素早くイレイザーベースへ侵入したブラックラピッドモンは、ラモールモンを踏みつけて眼前に銃口を押し付けた。 あまり厳しい戦いではなかった。 このままトドメを刺そう…だがその時、そこには見知った顔があった。 「ここまで来れるとは、正直思ってはいなかったよ」 祭後終─彼は、ミヨの兄だ。 デジタルワールドを、この大陸を駆け回っているうちに、ブラックラピッドモンもそんな噂を耳にしていた。 デジモンイレイザーに捕らわれた妹を助けるため、別世界にまで飛び込んできた人間がいるらしいと。 だがブラックラピッドモンの目には、シュウの姿がひどく頼りなく映った。 守護完全体とやらに苦戦し続けている男が、自分にできない事をできるはずがない。 妹を救うためにここまで来たというのなら、なおさらだ。 下手な抵抗はミヨの死に繋がりかねない…ならば。 (障害は排除する…!) ブラックラピッドモンはシュウとその相棒に飛びかかった。 ・02 「……目が覚めたか」 聞き覚えのある声に、ブラックラピッドモンはゆっくりと顔を上げた。 そこに立っていたのは、ブラックセラフィモンだった。 かつて自分の故郷を焼き、デジメモリを奪った存在。 自分が憎み、いつか必ず倒すべき相手だと考えていた存在が今は傷ついた自分を見下ろしている。 「貴様…」 ブラックラピッドモンは身体を起こそうとするが、身体が動かない。 各部の装甲は砕け、隙間から露出した機械が火花を散らしている。 「無理をする必要はない」 ブラックセラフィモンが手をかざす。 その掌から聖なるエネルギーが溢れ出し、球体となってブラックラピッドモンの身体を包み込んだ。 砕けた装甲が光に覆われ、少しずつ元の形へと戻っていく。 「…やめろ」 「お前には、まだ使い道がある」 「やめろと言っている…!」 それでも傷は塞がっていく。 砕けた装甲が元へ戻り、露出していた内部の機械も再び覆われていった。 ブラックラピッドモンは拳を握り締める。 自分がいつか倒すつもりだった相手に、命を救われている。 それが、たまらなく屈辱だった。 「クソッ…」 やがて治療が終わると、ブラックラピッドモンの身体から力が抜けた。 巨体が縮み、装甲が消えていく。そこに残ったのは、傷の治りかけたロップモンだった。 戦う力も、立ち上がる力も残っていない─ただ力を使い果たした、それだけのことだった。 ブラックセラフィモンは立ち上がることさえできないロップモンを眺めると、仮面の下で口元を歪めた。 「さあ、行こうかな」 「どこへ…?」 「君が行きたかった場所へ」 ロップモンは眉をひそめる。 だが答えを聞くより先に、ブラックセラフィモンの力がその身体を包み込んだ。 「な」 視界が処理落ちしたようにカクつき、周囲の景色が幾重にもずれていく。 やがて視界は完全に黒く染まった。 次の瞬間─ロップモンは、巨大な塔の内部に立っていた。 「…ここは」 「イレイザータワー。デジモンイレイザーの本拠地だよ」 ブラックセラフィモンの声を聞きながら、ロップモンはゆっくりと顔を上げる。 巨大な空間の最奥に、一人の少女がいた。 白く、淡い青の髪。 以前とはまるで違う装甲を身に纏い、左右の手首には二つのデジヴァイスが装着されている。 その姿を見た瞬間、ロップモンの口から思わず名前が漏れた。 「…ミヨ」 少女の表情は、装置されたゴーグルでわからない。 それでもロップモンは一歩、少女へ近づいた。 胸の奥から、押し込めていたものが込み上げてくる。 「僕だよ…わからない?」 震える声でなんとか話すロップモンに、少女は首を傾げるとやがて小さく口を開く。 「ねぇ、"コレ"はなに?」 その一言に、ロップモンの身体が止まった。 自分にとって、ミヨと過ごした時間は決して曖昧なものではなかった。 故郷を失い、デジメモリまで奪われた自分が、あの少女と出会い、一緒に旅をして、もう一度誰かの隣に立つことができた。 その先でミヨを守れなかった悔しさがあったからこそ、自分自身の力を求め、ブラックラピッドモンへと進化した。 そのすべてが、今も確かな記憶として残っている。 なのに、目の前の少女は、それを何一つ知らない。 ブラックセラフィモンは何も言わず、その様子を眺めていた。 やがてデジモンイレイザーは、ロップモンから視線を外す。 「キミがオモチャを持ち帰る癖があるとはね…ま、飾っておいてもいいよ」 淡々とした声だった。 ロップモンは、しばらく動かなかった。 けれど、追い出されなかった…それどころか、ここにいていいのだと許された。 「…そうか」 それだけを呟くと、ロップモンはデジモンイレイザーから少し離れた場所へ座り込んだ。 彼女の隣にいることだけは、許された。 その様子を見つめていたアンコが、くすりと笑った。 「まあ…なんて幸運なのでしょう」 ロップモンが顔を上げる。 「……何?」 アンコは胸の前で両手を組み、嬉しそうにデジモンイレイザーを見つめた。 その表情には、冗談めいた軽さなどない…むしろ、どこか熱に浮かされたような恍惚が滲んでいる。 「だって、貴方は今、あの御方のお側にいることを許されたのですよ?」 「…許された?」 アンコは黒目を小さくしながら、ロップモンへ微笑みかける。 「貴方のような者が、あの御方のお側にいることを許していただけたのですもの。赦しを頂けて、感謝すべきではありませんか?」 その声音には、信仰にも似た熱が宿っていた。 「なんと慈悲深いのでしょう…なんとお優しい御方なのでしょう…!」 アンコの潤んだ視線が、再びデジモンイレイザーへ向けられる。 「貴方は幸せ者ですわ。たとえ、その御心に貴方の記憶がなくとも…その御足元に侍ることが許されているのですから」 ロップモンは何も答えられなかった。 ただ、少し離れた場所に座る少女を見つめている。 ミヨはもう、自分を知らない。 それでも、ここにいていいと言った。 それだけが、今のロップモンに残されたものだった。 アンコはそんな彼を見て、さらに嬉しそうに微笑んだ。 「さあ…感謝なさいませ」 ロップモンは黙ったまま、ミヨから視線を逸らさなかった。 「この世界で、あの御方のお側にいられること。それこそが、貴方に与えられた赦しなのですから」 おわり