〇  ――4/10 9:00  自らをロビンと名乗った男が教壇の上に立つ。暗い紫の髪、切れ長の瞳、赤いサングラスに黒いスーツ、見た目はどうしても教師に見えないもっと別の何か、例えるならその筋の人間にしか見えない上にロビンと言う名前だけでは偽名にすら思える。その上で好きなものはギャンブルというどこまでも破天荒な存在に、椅子に座っている教室の生徒全員は茫然と言った顔をせずにはいられなかった。一部、そう言ったことを面白がる人間を除いては。  颯乃は飽きれる側にいた、横目で見る、先ほどハッっちゃん呼びをしてくれた問題児2人は明らかに面白がる顔でロビンを見ていた、頭を抱えそうになる。奇跡的なかみ合わせで何かが起きる予感がする  それは当然のように起きた。 「ロビンセンセ!ギャンブル好きってマジっすか!」  明日子が手を上げて目を輝かせながら叫んだ、問う、というよりはもっとその体験を聞きたいという好奇心にあふれた声色にロビンは茶目っ気たっぷりに応、と答えた。そのままに指を立てて、即座にどこからかカードを出す。トランプだ、ジョーカーがプリントされたそれを人差し指と中指で挟んで立てていた。早業だ、颯乃は目が良い、それは剣を振るう上での才能の1つであり、その眼でもとらえられない技巧。思わず息をのむ、それはクラスの誰もが同じで、目を奪われ、ロビンをとらえている。 「自慢じゃないが大半の有名どころもマイナーもある程度はやったね、カード、ダイス、麻雀、マシン、競争遊び……ベガスから法律破って道端でやってる賭け事に飛び込みまで」 「ベガス!?ベガスってラスベガス!?」 「そうだ!ちなみに大負けしたぞ」 「負けてんじゃないっすか!?」 「くくく……途中までは勝ってたぞ……勝ってたんだがなぁ」  遠い目で虚空を見つめながら口を開く。 「アジアからやってきたサムライギャンブラーと言う触れ込みで勝負していたんだ」  ロビンが指をたて、 「その日はツキもあったから全ての勝負に勝っていた……だから途中でやめておけば良かったんだが、うん、最後の1勝負と洒落こんだ、ブラックジャックは知っているか、聞いたことはあるんじゃないか21に数字を近づけるあれだ……相手もなかなか強敵でな、イカサマ合戦になったんだが最後の最後で運に突き放されてなぁ……純粋な勝負でバースト……まあ21をオーバーしてベットしていた掛け金全部持っていかれた……ふふ……その時の視線はヤバかったぞ」  自らの首をかき切るように動かし、ジェスチャーを行う、つまり、と、 「サムライならば腹を斬れ、ということだな、なぜか……いつの間にか俺と相手のどちらが勝つかのギャンブルが始まっていたギャンブラーがギャンブルの賭けの対象になっていた……流石ラスベガスだな、危うく内臓を持っていかれるところだったが逃げおおせることができたのは最後の運だったな、何とか逃げ込んだバーの親父に売れ残りの冷めたピザと掃除で処分する前のぬるいコーラを奢ってもらったこと、それがあの日の最大の勝利だったつまりはすきっ腹を抱えずに済んだ」  言いながらジャケットの内ポケットからコインを取り出した、日本の硬貨ではないように見えるから他の国のものかもしれない。  それを弄ぶ。コイン回しの容量で指の間を移動させてから1度はじく。コイントスだ。 「こいつが表だ」  危うげなくそれをキャッチして見せた、それは手の甲に落とすものではない、親指と人差し指でつかみ取って見せた。そのままにコインの外側の面を見せてながら机と机の間をゆっくりと回りながら見た人間が表と裏を間違わないように。  教壇に戻り軽く握った手の人差し指の上に置き、親指でいつでも弾ける形に持っていく。 「賭けをしようぜ……俺はこいつを今から連続で10回コイントスする、そして宣言しようか、こいつを今から10回全部表を出してやるよ、勝負の内容は簡単だ、俺が成功か失敗か、どちらか選んでいい……もし選んだ方が当たったらそうだな、当てた生徒の宿題は俺が担任の間半分にしてやろう、しかし負けたら宿題は倍だ」  クラス中がどよめいた、普段はこういったことで表情を崩さない颯乃ですら、一瞬呆けてしまった。  そんな生徒の姿を見てロビンは楽しそうに笑った。 「どうだ、簡単な賭けだろう?勿論ギャンブルに乗らなくてもいい、その場合は降り、だ、倍にもならないが半分にもならない……さあ、起立、俺の成功にかける奴は廊下側に、負けにかける奴は窓側に、降りる奴はそのまま座れ、時間は5分、さあ、始め!」  ざわついた教室の中、にわかに生徒たちが動き始める。者によっては近しい友人と雑談を交えながら、少しずつ。  颯乃もまた動く、その動きにはよどみがない。迷うことなくロビンが成功することを選んだ、やや驚いたように有無と明日子が口を開いた。 「まさか糞真面目なハっちゃんが賭けに乗るとは思わなかったっすよ」 「だねー、我関せずで決め込むと思ってたよ」  からかうような言葉を聞き颯乃が鼻を鳴らした。勿論最初はそれも考えた、このような賭けは別に好んでやることではなければ趣味でもない、デジタルワールドに行く前であったならばあるいはその選択肢をとっていてもおかしくはなかった。だが精神性の変化は確実にある、無鉄砲な友人たちとの交流や戦いの記憶がもたらしたものだ。だからこそ選択しないという選択を今颯乃はしない。  なにより、と、ロビンを見る。目の前の胡散臭い男の言う言葉が本当であるならば手練れであり、そして先ほどのコインの動きを思い出す。コイントス、それを掴んで見せた動き、あれを偶然と言うにはあまりにもできすぎている。あの動きは最初から表を外側に見せることを前提として見せたもの。颯乃は洞察する、ロビンはコインを繊細に操るテクニックを身に着けている。颯乃は考え、成功にかける。勿論わざと失敗するかもしれないがその時はその時だ。 「勝てる戦いでわざわざ手を抜くのは私の本意じゃない」  小さく短く2人に告げて笑って見せる。有無と明日子が一瞬呆けてから小さく笑った。 「思った以上に……ハっちゃん……愉快な人っすね?」 「あるいは……愉快になったのかもねー?」  知ったように言う2人をしり目に始まりを待つ。  数分後すべての生徒が教室の所定の位置に付いていた。1番多いのは賭けないという選択肢、その次が失敗、性向が番少ない。  ロビンはその姿を見てから嗤うのを見た、愉快そうに小さく。そしてコインを掲げて。 「さあ、ギャンブルを始めようじゃないか」  親指でコインをはじく。勝負の瞬間が始まった。