鬱蒼とした深い森の中で、場違いな少女達の笑い声が響く。 彼女達は、この森の主たる蟲惑魔。 人の少女の姿で哀れな犠牲者を誘い、そして喰らう化物達だった。 だが、今彼女達が話している内容は見た目と相違ないものであり、とてもそんな凶悪な化物だとは思えないような他愛もない雑談だった。 最近は天気も良くてお日様が気持ちいいだとか、 だが、そんな穏やかな会話を破るように、ふとひとりが口を開いた。 「そういえば、皆も彼氏って居るの?」 すると、その言葉を皮切りにそれぞれが何か自慢げな表情になる。 どうやら、全員彼氏と呼べる相手が居るようだった。 蟲惑魔は人を食べる怪物‥‥ではあるのだが。 雌しか居ない種であり、もっぱら、人間の雄の中から運よく餌にならなかった者が番いになる。 森から逃がさず、自分の巣で他の保存食と言う名の犠牲者と一緒に過ごす事になる‥‥という扱いではあるが、 番いになった男性は、何だかんだでその状況を受け入れてしまう事が多い。 一種のストックホルム症候群とも言えるし、単純に美少女であれば人外でも構わない、というような男性である事も。 なお、あくまで選ばれた場合はそうなるだけであり、その選別の時点で大半の男は蟲惑魔にとっての「雄」として認識されない。 餌と判断された場合は、そのまま生きたまま捕食されてしまうのだけれども‥‥ 蟲惑魔たちは、意中の彼の話をし始める。 「私の彼は、もうかれこれ13年くらい一緒に暮らしてるんだけどね」 最初に発言した、アトラが話を始める。 すると他の蟲惑魔達は黙ってその話を聞き始めた。 「最初は私の糸に絡まって、情けない声で鳴いてたんだけど‥‥その時はちょっと前にご飯食べてたし、お腹一杯だから保存食でいっか、って縛ってたの」 アトラは自慢気に言いながら、少し遠くを見つめた。 当時のことを思い出しているようだった。 「そしたら、死にたくないからか必死に私に語りかけて来るんだもの!命乞いっていうの?他の人間が諦めたり助けてくれーって叫んでる中で、一人だけ私にお話を聞かせてくれたのよ、自分を食べたら絶対後悔するからって!」 そこまで一息でまくし立てると、アトラは再び皆を見渡すように顔を向けた。 「あの時は話の中身はあんまり分からなかったけど、でも私に沢山話しかけてきたのが面白くって、面白くって!それで、気が付いたらしばらく話相手になってもらおうって思っちゃったのよね」 他の蟲惑魔たちも興味津々といった様子で耳を傾けている。 「最初はそんな理由だったんだけど、小腹が空いた時に食べようかな、って思った時、私の巣で彼の声が聞けなくなると想像したら、無理だったのよねぇ」 そう言ってアトラは嬉しそうに微笑んだ。 「毎日毎日同じ声を聴いて、私に話しかけてきて、それが無くなるのは嫌だなーって思って。なら、番いにしちゃえばいっか、って」 他の蟲惑魔が口々に感想を漏らす中、アトラは得意気な顔をする。 「今は私の巣の中を掃除させたりしてるの。でも、時々絡まった状態で私に情けなく助けを求めてくるのだけど‥‥そういうところも可愛くて好きなのよ」 その言葉に周りの蟲惑魔たちは羨ましげな顔をしたり、微笑ましい目線を向ける。 「じゃあ次はわたしね!」 ふと、手を挙げながら声を上げたのはカズーラだった。 「えっと、わたしはまだ付き合って7年くらいなんだけど、皆と同じで、やっぱり最初は餌として捕まえたんだけどさ」 少し照れくさそうにしながらも続ける。 「ちっちゃい子で、一緒に遊ぼーって誘ったらあっさり捕まっちゃって、正直食べても満足感があんまり得られなさそうだったんだけど‥‥まあ美味しそうだったから食べようとしたらね?」 そこまで言うと、周りの面々は興味深そうな表情で聞いていた。 「美味しく食べてね?って泣きながら言われちゃった!自分の胸に手を当てて震えてたの!」 そして、思い出すようにクスクスと笑い出した。 「どうせならもっと美味しくしてあげようかなーって、痩せてたし。森の果物とか狩り残しのお肉とかで太らせてあげようかなって」 そう言うと、今度は少しだけ顔を赤らめた。 「それで、本体のお世話させてあげたりしてたんだけど、その子の何が可愛いってね」 その言葉に他の蟲惑魔達が期待するように見つめている。 「今でもまだ、わたしがそろそろ食べようかなーって言ったら、それを本気にして震えながら、美味しく食べてってお願いするの!その怖がってる姿が可愛くて、食べるつもりなんてあんまり無いんだけど、つい言っちゃうの!」 それに対し、周りからはくすくすと笑い声が上がったり、共感するように頷く者もいた。 「もう結構おっきくなったし、多分美味しいんだろうけどさ、勿体なくてねー‥‥最初にえっちした夜に、やっぱり食べようかなって言った時の反応も可愛かったなぁ♡」 ビンテージのワインを飲む機会を伺うような、そんな感覚。 とっておきを食べるなら相応しい機会に、そして、それを長引かせるのもまた一興。 彼の特別さに釣り合うだけの特別な機会はきっと訪れないだろうと思いながらも、その時を楽しみにしていた。 「じゃあ今度はボクだね!」 そう言いながら元気に名乗り出たのは、トリオンだった。 「ボクの番いはさ、道に迷ってたらしくて、そんな中でボクの罠を見つけて、あっさり引っかかったんだけどさ」 トリオンはそこまで言ってから一度言葉を切って、周囲の反応を見つつ更に続けた。 「蟻地獄に入ったのは良いんだけど、そこですっ転んでぐるぐる回ってビターンってこっちまで落ちてボクにぶつかって来たんだよ!あれは面白かったなぁ!」 トリオンはくすくすと、当時の事を思い出したのか可笑しそうに笑っている。 「で、ボクにぶつかっておきながら大丈夫!?助けに来たよ!って言ってるのが凄いおかしくってさぁ!正直大分退屈してたし、別に今は食べなくてもいっか、と思って逃がしてあげたんだよ」 それを聞いた周囲の蟲惑魔たちは意外そうに声を上げた。 トリオンはそんな事は気にせず続ける。 「本体出して、食べちゃうつもりだったけど笑わせて貰ったから逃がしてあげるーって言ったらさ、すっごいびっくりして数回転びながら必死で逃げようとするの、それがもうおかしくておかしくて!」 あの光景を見れるのはたまらなかったなぁ、と、どこか懐かしそうな表情。 「で、一番面白いのがさ、そうして逃がしてあげて1週間位したら、また来たんだよ」 それを聞いて、他の蟲惑魔達は驚きと困惑の混じった表情になる。 「そんな面白い顔した子なかなかいないし、どうしたのかなーって思ったんだけど、さ」 そこまで言って、トリオンは少し自慢げに口を開いた。 「『道に迷って結局帰れなくて、飢え死にして変な動物に食べられるならキミに食べられに来た』だってさ!それ聞いたらもうダメだったね!」 トリオンはそれを思い出したのか、楽しそうにケラケラと笑う。 「折角だから可愛い子に食べられる方が熊とか鳥とかに食べられるよりはマシだってさ!どうせ食べられるなら一緒なのにね!それがあんまりおかしくって、折角だから飼ってあげる事にしたんだよね」 どうにも、トリオンの笑いのツボにはまってしまったらしいその青年は、結果的にそのおかげで命拾いしたと言えるかもしれない。 「一緒に居ると楽しいし、本体の毛繕いもしてくれるし、慣れたらカッコいいねーって言ってくれたりするし、一緒に居て退屈しないかなー?」 飼い殺しのような状況だが、本人が納得しているのであればそれでいいのかもしれない。 「私はまだ4年ぐらいねぇ」 そう言って話し始めたのはフレシア。 「私はあんまり食べないから、他の皆の所に誘導してあげたりしてるじゃない?そうしてるから、いつも私の所に来る人間はあんまりいないんだけど‥‥」 そう言いながら、少し困ったように眉尻を下げた。 「『可愛い女の子に食べて貰えるって聞いて森に来ました!一目惚れしたから是非食べて欲しいです!』なんて子が来て、真正面から来て言われた事なんかないからびっくりしちゃったわよ」 そう言うと、周りの面々も納得するように頷く。 「別にご飯そんなに要らないから困っちゃったんだけど、どうしても私に食べて欲しいーって言う物だから、分かった、分かった、って適当に返してたんだけど‥‥」 そして、その先を言い淀みつつ、少し恥ずかしそうに口を開いた。 「そんな風に私に好意を向けて来てくれるのって初めてだったから、ちょっと恥ずかしかったんだけど‥‥他の子も可愛いわよ?って言っても、私が良いって言うの。ちょっとドキッとしちゃったわね」 その言葉を聞いて、他の蟲惑魔達から囃し立てるような歓声が上がる。 「そんな感じでしばらく悩んでたんだけど‥‥ふと、一目惚れしてくれたのは嬉しいし、私にはまだ番いが居なかったから、折角だし番いにしちゃえって」 そして、少し誇らしげな様子になりながら続けた。 「じゃあ番いにするからね、って言ったら、心底驚いてたわね。まあ、こんな怪しい所まで命を差し出しに来るんだから相当拗らせちゃってる子なんだろうし、こんな子が人里に戻れるわけもないのにね」 そう言うと、フレシアは苦笑いを浮かべる。 「それで、今もいつ食べるのかーって聞いて来るんだけど、旦那さんを食べる訳無いのに、困っちゃうわよねぇ」 ある意味で、一番番いらしく扱われていると言えるのかもしれない。 「たまーにお腹が空いたからって他の人間を食べると、すっごい嫉妬して、何で僕は食べてくれないのにって♡その晩たーっぷり嫉妬えっちしてくれるの♡」 それが番い当人の望む形であったかは別として。 そう言いつつも、フレシア自身はその言動を喜んでいるようで、幸せそうにしている。 そうして、森の中で蟲惑魔達の女子会というべきものが開かれていたのだけれども。 「あら、人間の集団さんが来たみたいね」 ふと、フレシアがそう呟くと、それに続くようにアトラも声を上げた。 「割とお腹空いて来たし、丁度良いごちそうかなー」 その言葉に合わせて、トリオンやカズーラが涎を垂らす。 ‥‥蟲惑魔の番いは、基本的に生涯1人だけである。 つまり。 既に番いを持つ彼女達が、森に迷い込んだ哀れな犠牲者に、気まぐれに慈悲をかける事は‥‥もうないだろう。