この素晴らしい新婚生活に祝福を! IF:ダクネスと結婚してしまった俺の新婚生活  魔王を倒して英雄になり、莫大な報奨金を手に入れ、これからは働かずに悠々自適の生活を送る。そんな俺の完璧な人生設計がどこで狂ったのかと聞かれれば、おそらく三ヶ月ほど前、ダクネスの親父さんに「娘をよろしく頼む」と頭を下げられた辺りだろう。  いや、正確にはもっと前から色々あった。あったのだが、今さらそれを一つ一つ振り返ったところで、結婚式を挙げてしまったという事実が変わるわけでもない。  つまり何が言いたいのかというと。 「……おい、ダクネス。お前、いつまでそこで正座してるつもりだよ。俺は別に怒ってないし、そもそもお前が謝るようなことなんて何もしてないだろ」 「そ、そう言われてもだな! 私にも心の準備というものがあって……! いや、もちろん覚悟はできている。こうして正式に夫婦となった以上、妻としての務めを果たすことに異存はないのだが、その、いざとなると、どうにも落ち着かなくて……」 「だから、なんで新婚初日の朝からそんな決死の覚悟を決めてるんだよ。俺はただ、一緒に朝飯を食おうって言ってるだけなんだけど」 「そ、そうなのか!?」  ベッドの横で正座していたダクネスが、目を丸くして俺を見上げてきた。  結婚して初めて迎える朝だというのに、俺の妻は昨晩からずっとこの調子である。普段なら、ちょっとからかえば頬を赤らめながら嬉しそうにするくせに、いざ本当に夫婦となった途端、借りてきた猫のように大人しくなってしまったのだ。  まあ、気持ちは分からなくもない。俺だって昨日の結婚式では緊張のあまり、誓いの言葉を一度噛んでしまったし、ダクネスのウェディングドレス姿を見たときには、思わず見惚れてしまったことも認めよう。  認めるが、だからといって。 「なあ、ララティーナ」 「ひゃっ!? な、なんだ突然! その名前で呼ぶのはやめろと、あれほど……!」 「いや、もう夫婦なんだから別にいいだろ。それとも何か、これからもずっとダクネスって呼んだ方がいいのか?」 「そ、それは……その……。二人きりのときなら、構わないが……」  小さな声でそう言ったダクネスが、俯いて指先をもじもじさせる。  ……なんだろう。この、いつもの変態騎士からは想像もつかない可愛らしい生き物は。  俺はしばらくその姿を眺めていたが、やがて一つの重大な事実に気づいてしまった。  そうだ。よく考えたら、こいつは美人なのだ。  金髪碧眼でスタイルも抜群、実家は大貴族で、性格だって変態的な部分を除けば真面目で面倒見がいい。普通に考えれば、俺みたいな元引きこもりの日本人が結婚できる相手ではない。  そして、その事実を改めて認識した俺が少々照れくさくなって視線を逸らすと、ダクネスは何を勘違いしたのか、急に表情を引き締めた。 「……カズマ。やはり、その、昨夜のことが気になっているのか?」 「昨夜? ああ、そりゃまあ……」 「す、すまない! 初めてのことだったとはいえ、私も少々取り乱してしまった自覚はある! だが、ああいったことは夫婦の間では当然の営みであると、母も生前に……いや、母から直接聞いたわけではないのだが、乳母から色々と教わっていてだな!」 「分かった! 分かったから朝っぱらから大声で昨夜の反省会を始めるな! 廊下に使用人がいるんだぞ!」 「っ!?」  慌てて口を押さえたダクネスが、耳まで真っ赤になった。  ……どうしよう。こいつ、結婚したらもう少し落ち着くものだと思っていたのだが、むしろ以前より面倒くさくなってないか?      * 「お帰りなさいませ、カズマ様。本日からはこちらの席をお使いください」 「あ、どうも。……いや、だからそのカズマ様っての、何とかならないんですかね。俺、こういうの慣れてないんで」 「ですが、正式にダスティネス家のご令嬢とご結婚なされた以上、私どもといたしましても、以前のように接するわけにはまいりません」  朝食の席に着いた俺は、執事の丁寧すぎる態度に早くもうんざりしていた。  結婚を機に、俺はダスティネス家の屋敷で暮らすことになった。もちろん、以前から住んでいた屋敷もそのまま所有しているのだが、貴族の娘を嫁にもらった以上、色々と面倒な付き合いや義務が発生するらしい。  俺としては、これまで通り好きな時間に起きて、好きなものを食べて、好きなだけゲームみたいな娯楽に興じる生活を送りたかったのだが。 「カズマ。今日は午後から、領内の商人たちとの顔合わせがある。それが終わったら父上への挨拶に付き合ってもらいたいのだが、構わないだろうか?」 「……なあダクネス。ちなみに、俺がそれを全部断って部屋で寝てたらどうなる?」 「別に構わないぞ。父上には私から説明しておくし、商人たちとの話も私一人で済ませられるからな。そもそもお前にはこれまで何度も領内の問題を解決してもらっているのだし、無理に貴族としての仕事を押し付けるつもりはない」  そう言って微笑むダクネスに、俺は少しだけ感心した。  なんだ、意外と理解があるじゃないか。これなら俺の理想のヒモ生活も、そう遠い未来の話では……。 「ただ……そうだな。せっかく夫婦になったのだし、もう少し一緒に過ごせたら嬉しいとは思う。いや、お前が嫌だというのなら、もちろん無理強いするつもりはないが……」 「……分かったよ。午後からだな。付き合うよ」 「本当か!? ありがとう、カズマ!」  嬉しそうに笑うダクネスを見ながら、俺は早くも自分の将来に不安を覚えていた。  ……まずい。  こいつ、俺の扱い方を理解し始めている。      * 「ねえカズマ、結婚したんだからお祝いに何か奢りなさいよ! 普通こういうときって、幸せのお裾分けとかするものでしょう? 私、まだ結婚式のご馳走だけじゃ全然足りてないんですけど!」 「お前には結婚式で散々飲み食いさせただろうが! というか、なんで新婚夫婦の家に当然のように入り浸ってるんだよ! お前には元の屋敷を好きに使っていいって言っただろ!」 「何よ、薄情者! 結婚した途端に昔の仲間を邪魔者扱いするなんて、これだから男って嫌なのよ! ダクネスも何とか言ってやりなさいよ!」  結婚して一週間。  俺がようやく新しい生活に慣れ始めた頃、アクアとめぐみんが揃って屋敷を訪ねてきた。  訪ねてきたというより、食事の時間を見計らって押しかけてきたと言った方が正しい。どうやら二人とも、ダスティネス家の料理人が作る食事の味を覚えてしまったらしく、すっかり常連になる気でいるらしい。 「アクア。カズマだって色々と慣れないことが多いのだし、あまり困らせてやるな。食事なら私から料理人に頼んでおくから、今日はゆっくりしていくといい」 「さっすがダクネス! やっぱり持つべきものはお金持ちの友達よね! あ、そうだ、お酒もお願いしていいかしら?」 「ダクネス、お前はこいつを甘やかしすぎだ。というかアクア、お前はもう少し遠慮というものを覚えろ。ここはお前の実家じゃねえんだぞ」 「いいじゃない別に! あんただって私が日本から連れてきてあげなかったら、ダクネスと結婚することもなかったんだから! それを考えたら、一生食事くらい奢ってくれてもバチは当たらないと思うんですけど!」  ……こいつ、こういうときだけ自分が女神であることを思い出しやがる。  俺が言い返そうとしたところで、それまで黙って紅茶を飲んでいためぐみんが、カップを置いてこちらを見た。 「しかし、まさか本当にカズマとダクネスが結婚するとは思いませんでしたね。ダクネスがその気だったのは以前から知っていましたが、カズマの方は最後まで煮え切らない態度でしたし、正直なところ、結婚式の当日になって逃げ出すのではないかと少し心配していたのですが」 「お前は俺を何だと思ってるんだ。俺だって一度決めたことくらい、ちゃんと最後までやり遂げる男だぞ。……まあ、結婚式の朝にちょっと逃げたいと思ったのは事実だけど」 「カズマ!?」 「冗談だよ冗談! おいダクネス、そんな泣きそうな顔をするな! というか、結婚式当日の花嫁の方が緊張してたんだから、俺が逃げようにも逃げられなかっただろ!」 「わ、私は別に緊張など……! いや、多少はしていたが、あれはドレスの締め付けがきつかっただけであって……!」 「はいはい。そういうことにしておいてやるから」  ダクネスが恥ずかしそうに俯くと、めぐみんは何やら面白そうに口元を緩めた。 「それにしても、随分と仲が良いようで何よりです。ところでダクネス、ひとつ聞いてもいいですか? 結婚してからというもの、カズマはちゃんと夫らしいことをしてくれていますか?」 「おい、めぐみん。お前、何を聞こうとしてる?」 「別に大したことではありませんよ。ただ、カズマのことですから、結婚した途端にダクネスに家事を押し付けて、自分は毎日ゴロゴロしているのではないかと心配になっただけです」 「失礼な奴だな! 俺だってそれなりに頑張ってるわ! 昨日だって領内の商人たちと会って、取引の話をまとめてきたんだからな!」 「ほう。それは意外ですね。では、ダクネスに不満はないということでしょうか?」  めぐみんの問いに、ダクネスは少し考え込んだ。  そして、俺の方をちらりと見ながら、おずおずと口を開く。 「……不満というほどではないのだが。その、カズマはもう少し、私に厳しくしてくれてもいいのではないかと……」 「おい」 「い、いや、違うんだ! 決して変な意味ではなく、私は昔から人に頼るのが苦手だったからな! せっかく夫婦になったのだし、たまには夫として強引に引っ張ってくれてもいいのではないかと、そう思っただけで……!」 「その言い方で変な意味じゃないって言われても無理があるだろ!」 「なるほど。つまりダクネスは、カズマにもっと命令されたいわけですね」 「めぐみん! 頼むから話をややこしくしないでくれ!」  ダクネスが顔を真っ赤にして抗議する一方、アクアは既に追加の料理を注文し始めていた。  ……俺の結婚生活、本当にこれでいいのだろうか。      *  その日の夜。  アクアとめぐみんが帰った後、俺は寝室で一人、窓の外を眺めていた。  結婚してからというもの、毎日が慌ただしい。貴族としての付き合いだの、領内の仕事だの、使用人との顔合わせだの、今までの俺なら絶対に関わろうとしなかった面倒事が次から次へと押し寄せてくる。  それでも、不思議と嫌な気分にはならなかった。 「……カズマ。まだ起きていたのか?」  振り返ると、寝間着姿のダクネスが立っていた。普段はきっちりとまとめている金髪を下ろし、少し眠そうな顔をしている。 「ああ。ちょっと考え事をしてただけだ。それよりお前、今日もずっと忙しかったんだろ? 先に寝ててもよかったのに」 「そういうわけにはいかないだろう。夫婦なのだし、できれば一緒に休みたいと思って……。いや、もちろん、お前が一人で寝たいというなら、私は別の部屋でも構わないが」 「またそれか。お前さ、そろそろ遠慮するのやめない? 俺たち、もう結婚してるんだぞ」 「……そう、だな」  ダクネスは小さく頷くと、俺の隣に腰を下ろした。  しばらく二人で黙っていたが、やがてダクネスがぽつりと呟いた。 「……私はな、カズマ。こうしてお前と結婚できるとは、正直思っていなかったんだ」 「なんだよ、急に。お前の方からあれだけ迫ってきたくせに、今さらそんなこと言うのか?」 「そ、それは忘れてくれ! ……だが、本当なんだ。私は貴族の娘だからな。いつかは家のために結婚しなければならないと、ずっと覚悟していた。相手がどんな男であっても、ダスティネス家の娘として恥ずかしくない妻になろうと、そう思っていたんだ」  そこで一度言葉を切ったダクネスが、俺の手にそっと自分の手を重ねてきた。 「だから、お前が私を選んでくれたときは、本当に嬉しかった。……その、少々情けない話だが、今でも時々、夢なのではないかと思うくらいにはな」 「……大げさだな。俺なんかより、もっといい男はいくらでもいただろうに」 「そんなことはない。お前は口が悪いし、怠け者だし、時々信じられないほど意地が悪いが……困っている者を放っておけないし、いざというときには誰よりも頼りになる。私は、そういうお前のことが……」  そこまで言って、ダクネスが言葉に詰まった。  俺はしばらく待っていたが、どうにも続きが出てこないらしい。 「……なんだよ。最後まで言えよ」 「い、言わせる気か!? お前、本当に意地が悪いな!」 「そりゃまあ、お前の旦那だからな。これくらいの意地悪は許されるだろ」  そう言って笑うと、ダクネスは困ったような顔をした後、俺の肩にそっと頭を預けてきた。 「……好きだ、カズマ。これからも、ずっと一緒にいてほしい」  ああ、まったく。  普段はあんなに変態で、鎧を着ればどんな攻撃を受けても喜んでいるような女なのに、どうしてこういうときに限って、まともなことを言うのだろう。  俺は小さく息を吐いて、ダクネスの肩を抱き寄せた。 「……当たり前だろ。俺だって、そのつもりで結婚したんだから」 「……そうか。ふふっ、そうだな」  嬉しそうに笑ったダクネスが、俺の胸元に顔を埋めてくる。  俺もその金髪を撫でながら、これからの生活について考えていた。  まあ、色々と面倒なことはあるだろう。  貴族の仕事だって覚えなければならないし、子供が生まれたら今以上に忙しくなるに違いない。そもそも、この変態騎士が母親になった姿というのが、俺にはどうにも想像できないのだが。  それでもまあ、悪くない。  少なくとも、今こうして隣にいる女を幸せにするくらいなら、俺にもできるだろう。 「……なあ、カズマ」 「ん?」 「その……せっかく夫婦になったのだし、今夜はもう少し、夫らしく振る舞ってくれても……」 「…………」 「い、いや、別に無理にとは言わないが! ただ、こう、たまには強引に寝台へ押し倒されたり、逃げられないように腕を押さえつけられたりするのも、夫婦としての愛情表現なのではないかと……!」 「お前さっきまでいい話してたよな!? なんで最後の最後でいつものダクネスに戻っちゃうんだよ!」 「な、なんだその言い方は! 私だって妻として、夫の期待には応えたいと思っているのだぞ! それなのにお前ときたら、いつまで経っても優しくするばかりで……!」 「いや、お前、自分が何言ってるのか分かってる!? 普通の新妻は夫が優しいことに文句を言ったりしないからな!?」  結局、その晩も俺たちはしばらく言い合いを続けることになった。  まったく、結婚したら少しくらい落ち着くかと思っていたのに。  ……まあ、これが俺の選んだ嫁さんなのだから仕方がない。  そう諦めながら、俺は未だに顔を赤くして文句を言い続けるダクネスを抱き寄せ、その額に軽く口づけをした。 「……とりあえず、これで勘弁してくれよ。ララティーナ」 「……っ!」  途端に黙り込んだダクネスが、俺の胸に顔を押しつける。  どうやら、これが一番効果的らしい。  ……などと、俺が少しばかり勝ち誇っていたところ。 「……カズマ。もう一度、名前で呼んでくれないか?」 「え? いや、別にいいけど……ララティーナ?」 「……もう一度」 「……ララティーナ」 「……もう一度だ」 「おい、いい加減にしろ! 俺は何回嫁の名前を呼べばいいんだよ!」  新婚生活は、まだ始まったばかりである。