カルデアの静まり返った自室には、甘ったるい果実酒の芳香と、わずかに澱んだ熱気が満ちていた。 机の上に転がった空のボトルが、硬質な音を立てて床へと滑り落ちる。藤丸立香は乱れた呼吸を整えようと喉仏を上下させたが、カッカと燃えるような食道の熱さは一向に引く気配を見せない。頭の芯が酷く痺れていた。戦いの緊張を紛らわせるために口をつけたはずの酒は、思いのほかアルコール度数が高く、全身の血液を沸騰させるかのように激しく巡っている。 そんなベッドの端に腰掛けて、ふわりと桜色の髪を揺らしながら無邪気に笑っている存在がいた。 「えへへ、マスターったら顔が真っ赤だよ? もう飲めないの? ボクはまだまだ平気なのにさー!」 アストルフォは、両脚をパタパタと小気味よく揺らしながら、からかうようにこちらの顔を覗き込んできた。肩をすくめるその仕草も、薄手の部屋着の襟元から覗く鎖骨の滑らかな白さも、どうしようもなく蠱惑的だった。大きな瞳がいたずらっぽく輝き、潤んだ唇が艶やかに弧を描いている。 理性が、じりじりと音を立てて摩耗していくのを立香は自覚していた。 (……可愛い。いや、駄目だ。こいつは男だ。正真正銘の男なんだぞ) 自分は決して同性に惹かれる趣味などない。女性を愛し、女性の柔らかな肉体にこそ昂ぶりを覚える、ごくありふれた嗜好の持ち主のはずだった。これまでだって数々の美少女サーヴァントたちに囲まれながらも、節度を保って生きてきた自負がある。だが、目の前で無防備に喉を鳴らして笑うこの少年は、あまりにも規格外だった。 「ねえねえ、聞いてるのマスター? なんだかぼーっとして……わっ!」 立香の腕が、無意識のうちにアストルフォの手首を掴んでいた。 引き寄せる力に抵抗する様子もなく、アストルフォの華奢な体は呆気なくバランスを崩し、シーツの上へと倒れ込む。バサリと鈍い音が響き、乱れた桜色の長髪がベッドの上に散らばった。 「うわ、なに? マスター、急に引っ張るなんて乱暴だなあ」 仰向けに組み敷かれたというのに、アストルフォの顔には怯えの欠片もなかった。むしろ、予想外のスキンシップを面白がるように、まん丸な瞳をパチクリと瞬かせている。理性が蒸発している彼にとって、目の前の男がどれほど危うい色香と衝動を孕んだ目をしているかなど、まるで危機感の対象になっていないのだ。 立香は覆いかぶさるようにして、アストルフォの両手首をシーツに縫い止めた。間近に迫る少年の顔立ち。鼻腔をくすぐるのは、男特有の汗臭さなど微塵もない、咲き誇る花のような甘やかな体臭だった。 「アストルフォ……お前、自分が今どういう状況か分かってるのか?」 掠れた声で問い詰めながら、立香は自分の下腹部が急速に熱を持ち、硬く張り詰めていくのを感じていた。ズボンの布地を押し上げるその感触に、激しい自己嫌悪と、それを塗りつぶすほどの抗いがたい劣情が渦巻く。 「どういう状況って……マスターがボクの上にのっかってる状況?」 アストルフォは小首を傾げ、悪戯が成功した悪童のように口角を上げた。 「マスターの心臓、すっごくドクドクいってるよ? ボクを押し倒して、何するつもりなの? ねえ、お酒の力でえっちなことでもしたくなっちゃったの?♡」 語尾に蕩けるような甘さを滲ませて、アストルフォは自ら腰を小さく浮かせ、立香の股間に自らの腿をすり寄せてきた。摩擦が生み出す直截な刺激に、立香の喉から掠れた呼気が漏れる。 「っ……ふざけるな。俺は、男を相手にする趣味なんてないんだ」 「えー? そんなこと言いながら、マスターのここ、カチカチになってボクのお腹に当たってるよ? すっごく熱いよ♡」 アストルフォは拘束されていない方の足を器用に絡め、立香のふくらはぎを撫で上げる。男の骨格であるはずなのに、その肉付きはどこまでも滑らかで、しなやかな弾力を帯びていた。何より、拒絶するどころか無邪気に受け入れようとするその態度が、立香の中に残っていた最後の分別を容赦なく焼き切っていく。 「……後悔しても、知らないからな」 「後悔なんてしないよ! ボク、楽しいことならなんでも大歓迎だし♡ マスターがしたいなら、ボクを好きにしていいよ?」 無邪気な快楽主義者の肯定。それが引き金だった。 立香はシーツを押さえつけていた手を放すと、荒々しい手つきでアストルフォの薄い布地を引き裂くように剥ぎ取った。顕になったのは、抜けるように白い肌と、引き締まりつつも華奢な胸元。小さく尖った薄紅色の突起が、夜の冷気に触れてキュッと引き締まる。 立香の太い指が、その突起を容赦なく摘み上げ、指腹で強引に押し潰した。 「ひゃうっ……!? あ、ん……っ、そこ、急にいじったら変な感じする……っ♡」 初めて漏れ出た艶っぽい喘ぎ声に、立香の背筋をぞくぞくと快感が駆け抜ける。男の身体だと頭では理解しているのに、指先から伝わる熱と柔らかさは、どんな女よりも立香の肉欲を狂わせていた。立香は顔を埋め、アストルフォの首筋に歯を立て、滴る唾液とともにその白皙の肌を貪るように舐めしゃくった。 「あ、は……っ、くすぐったいよマスター……んんっ、ちゅ、ちゅぅって吸わないでぇ……ああっ♡」 抵抗するどころか、快感に身を震わせて甘く声を張り上げるアストルフォ。その無防備極まりない肢体を前にして、立香はふと我に返り、首筋から顔を離した。 荒い息を吐き出しながら、目の前で赤く染まったアストルフォの顔を見つめる。乱れた桜色の髪、潤んだ瞳、そして鎖骨に残る自らがつけたばかりの赤い痕跡――そのすべてが、アルコールで濁った頭に冷水を浴びせかけられたかのような強烈な衝撃をもたらした。 「……っ、待て。俺は、何をやってるんだ」 立香は慌てて体を起こし、ベッドの端へと身を引いた。額にじっとりと浮かんだ脂汗を手の甲で乱暴に拭う。下腹部に残る熱と激しい拍動は治まらないものの、理性という名のブレーキが強引に踏み込まれていた。 「俺は……お前は男で、それに、酔った勢いでこんなことをするのは絶対に間違っている。悪い、アストルフォ。酒が入っていたとはいえ、無理やり……」 頭を抱えて激しい自己嫌悪に沈み込む立香。しかし、ベッドの上で衣服を乱したまま横たわっていたアストルフォは、怯えるでも怒るでもなく、きょとんとした顔で起き上がった。 「えー? なんで途中でやめちゃうのさ、マスター。ボクは別に嫌がってないのに!」 アストルフォは乱れた部屋着を直そうともせず、不満そうに唇を尖らせて立香の背中にすり寄ってきた。細くしなやかな腕が首に巻き付き、背中に伝わる柔らかな体温が、引き戻されかけた理性を再び激しく揺さぶる。 「嫌がってないって、お前な……! そういう問題じゃないだろ。俺自身の自認だってあるし、お前だってサーヴァントで……」 「そんな難しいこと、ボクには分かんないよ!」 アストルフォは立香の肩に顎をちょこんと乗せ、鈴を転がすような声で屈託なく笑った。 「マスターがボクに触りたくて、ボクもマスターとなら気持ちいいことしてもいいなって思った。それだけで十分じゃない? 『男だから』とか『ゲイじゃない』とか、頭でぐるぐる考えて楽しむのをやめちゃうなんて、すっごく損してるよ!」 理性が蒸発している少年の、どこまでも純粋で破天荒な論理。それは常識や固定観念に縛られた立香にとって、あまりにも眩しく、そして恐ろしいほどに甘い毒だった。 「お前は……本当に、何も考えてないんだな」 立香が苦笑交じりに呟くと、アストルフォは悪戯っぽく目を細め、耳元へと唇を寄せた。 「うん! だからマスターも、今夜くらいは難しいことぜーんぶ忘れちゃいなよ。ね?」 囁きとともに耳朶へと吹きかけられた熱い吐息に、立香の背筋が再びビクリと跳ね上がる。呆れと困惑、そして抗い難い惹きつけられる感情の狭間で、カルデアの夜はなおも深く更けていくのだった。 解きほぐされていく熱のあわいに、立香の指が深く呑み込まれていく。 「あ、ぅ……んんっ……! なんか、すっごく変な感じ……お腹のおくのほうが、じんじんして……っ」 アストルフォは細い首筋を反らせ、シーツをぎゅっと握りしめた。その額にはうっすらと玉の汗が浮かび、桜色の前髪が額に張り付いている。苦痛というよりは、生まれて初めて味わう異様な感覚に対する戸惑いと、じわじわと立ち上る快感に身悶えているようだった。 「アストルフォ、痛いか? 無理なら、いまならまだ……」 立香は息を乱しながら、少年の潤んだ瞳を覗き込んだ。額に落ちる汗を拭ってやりながら問いかける声は、どこまでも掠れて震えている。自分自身、男を相手にここまで昂ぶっている異常な事態に、頭の片隅で激しい警鐘が鳴り止まない。だが、目の前で赤く染まったアストルフォの顔を見ていると、その警鐘すらも熱狂のなかへ押し流されてしまいそうだった。 「や、やめないで……っ! 痛くないよ、痛いっていうより……なんか、ぞくぞくして……気持ちいいのが、あふれてきそうなんだもん……っ♡」 アストルフォは立香の首に手を回し、甘えるように自ら額を押し当ててきた。その吐息は熱く、まるで熟れた果実のように甘い匂いがする。理性が蒸発しているこの少年には、羞恥心や後悔といったブレーキがまるで存在しない。ただひたすらに、目の前のマスターに抱きしめられ、愛撫されることの喜びに全身を委ねているのだ。 「お前は、本当に……隙だらけすぎるだろ……」 立香は自嘲気味に呟きながら、アストルフォの張りのある柔らかな太ももをそっと割り開いた。目の前に広がる光景に、胸の奥が焼き切れるような熱を帯びる。男の骨格でありながら、信じられないほど滑らかでしなやかな肌のライン。自分自身がゲイではないという自負は、この奔放で愛らしい生き物の前では、あまりにも脆く崩れ去っていく。 立香はアストルフォの唇を奪った。深く、互いの舌を絡め合わせるようにして唾液を交わし合う。 「んむ……っ、ちゅ、ふ……んんっ……♡」 アストルフォは慣れないキスに戸惑いながらも、無邪気に立香の舌に自らの舌を絡めてきた。柔らかな口腔の感触が、立香の下腹部に集まる熱を臨界点へと押し上げる。唇を離したとき、二人のあいだに細い銀の糸が引いた。 「マスター……っ、ボク、もう我慢できないかも……。早く、マスターのぜんぶで……ボクをいっぱいにしてよぉ……っ♡」 蕩けきった瞳で、無防備に開かれた身体。その言葉が、立香の最後の箍を粉々に砕いた。 立香はアストルフォの細い腰をしっかりと掴み、自らの高まりきった熱を、ゆっくりとその最奥へと宛がった。 「っ……入るぞ、アストルフォ」 「うん……っ、きて……マスターぁ……っ!」 湿り気を帯びた熱帯へと、徐々に押し入っていく。未知の抵抗感と、それを取り囲む熱烈な締めつけが、立香の理性を根こそぎ奪い去っていく。きつく、けれどどこまでも熱く柔らかい感触が、立香の全身を震わせた。 「あっ……ぐ、ぅ……っ! おお、きい……マスターの、はいって……くるぅ……っ♡」 アストルフォは大きく背を反らし、立香の背中に爪を立てた。その細い指先が震え、華奢な胸元が激しく上下する。男同士であるという事実すら、二人のあいだで沸騰する肉欲の熱気のまえには意味を失っていた。 「アストルフォ……大丈夫か……?」 「は、ぁ……っ、んんっ……! だ、いじょうぶ……っ、すっごく、奥まで……マスターで、満たされてる……っ♡ 苦しいのに……なんか、すっごく、しあわせぇ……っ!」 完全に結合した瞬間、アストルフォは泣きそうなほどに蕩けた笑顔を浮かべ、立香の頬に自らの頬をすり寄せてきた。その健気で天真爛漫な姿に、立香の胸のなかにあった葛藤や罪悪感は、完全に激しい情愛へと塗り潰されてしまった。 立香はアストルフォの腰を抱え直すと、ゆっくりと腰を引き、そして再び深く押し込んだ。 「ひゃぁっ……!? あ、んんんっ……っ♡♡」 甘く高い悲鳴が部屋の空気を震わせる。 一度動き出すと、もう止まることはできなかった。立香は夢中で腰を打ちつけ、アストルフォの柔らかな熱を貪り尽くすように突き進んだ。シーツが乱れ、肌と肌が激しくぶつかり合う湿った音が、寝室の静寂を容赦なく壊していく。 「あ、はっ……! そこ、だめぇ……っ! 頭が、まっしろになっちゃう……っ♡ マスター、すごい……っ、もっと、もっと突いてぇ……っ!」 アストルフォは立香の首にしがみつき、快感に溺れながら叫ぶように甘い声を上げ続ける。理性の蒸発した快楽主義の騎士は、マスターの荒々しい愛撫に翻弄されることを、心から悦び、謳歌していた。 立香もまた、自らが抱いているのが正真正銘の男であることなど忘れ去り、この愛おしい少年のすべてを奪い去るかのように、ただひたすらに熱い突きを重ねていくのだった。 激しさを増す衝動のなかで、二人の呼吸は完全に一つへと溶け合っていった。 ベッドがきしむ音と、肌が激しく重なり合う湿った響きが、カルデアの一室を満たし続ける。アストルフォは立香の背中に回した腕にぎゅっと力を込め、爪を立てるようにしてしがみついていた。桜色の乱れ髪がシーツの上で踊り、その双眸には快感の涙が滲んでいる。 「あ、ぁ……っ! マスター、もう……っ、ボク、なんか頭のなかが真っ白で……っ! ぜんぶ、とけちゃいそうだよぉ……っ♡」 「アストルフォ……っ、俺も、もう……っ!」 立香は少年の華奢な腰を強く引き寄せ、最後の力を振り絞るようにして深く、強く身を沈めた。その瞬間、アストルフォの全身が弓なりに反り、甲高い嬌声が喉の奥から迸る。 「ひゃぅ、ああっ……んんんっ――!!♡」 痙攣するように震える少年の肉体に包まれながら、立香もまた限界を迎えた。背筋を駆け上がる強烈な痺れとともに、熱い塊が解き放たれ、体内の奥深くへと注ぎ込まれていくような濃密な感覚が全身を支配する。立香はアストルフォの肩口に顔を埋め、荒い息を吐き出しながら、その白く柔らかな身体をただ力任せに抱きしめ続けた。 ~~~ やがて、狂乱のような激動が去り、部屋には二人の乱れた呼吸音だけが静かに反響していた。 立香は力尽きたようにアストルフォの隣へと倒れ込み、天井を見上げた。アルコールの酔いは激しい運動と発汗によって急速に抜け始め、代わりに現実の冷徹な認識がじわじわと頭を占拠していく。 (……やってしまった) 本当に、最後の一線まで越えてしまった。 自分は女性が好きだと信じて疑わなかったはずなのに。目の前にいたのは正真正銘の男であり、カルデアのサーヴァントなのだ。それなのに、あそこまで夢中になり、全てを貪り尽くすように溺れてしまったという事実に、猛烈な羞恥と動揺が押し寄せる。 立香が片手で顔を覆い、激しく自己嫌悪の溜息を吐き出した、その時だった。 「えへへ……マスター、すっごく激しかったねぇ!」 横から、あまりにも屈託のない、能天気な声がかけられた。 見れば、アストルフォは汗ばんだ桜色の髪を手で払いながら、満足げにニコニコと笑っていた。疲労の色は窺えるものの、その表情には後悔や気まずさなど微塵も存在しない。むしろ、楽しい冒険を終えた後の子供のような、晴れ晴れとした笑顔だった。 「お前……本当に、なんとも思ってないのか? その、男同士で、こんなこと……」 立香が恐る恐る尋ねると、アストルフォは不思議そうにパチクリと目を瞬かせ、それから立香の胸元にすり寄って腕を絡めてきた。 「なんとも思ってないっていうか、すっごく気持ちよくて楽しかったよ? ボク、マスターのこと大好きだし! マスターが気持ちよくなってくれたなら、ボクも最高に嬉しいもん♡」 悪びれる様子など爪の先ほどもない、底抜けに純粋な肯定。 その笑顔を見ていると、頭を抱えて悩んでいる自分の方が酷く馬鹿馬鹿しく思えてくるから不思議だった。理性が蒸発しているこの少年にとって、性別や立場などの枠組みは、最初から何の障害でもないのだ。 「……はあ。俺はゲイじゃないはずなんだけどな……」 「えー? そんなの、どっちだっていいじゃない! 好きになっちゃったなら、それでいいんだよ!」 アストルフォはいたずらっぽく笑うと、立香の頬にちゅっと軽いキスを落とした。その温もりに触れた瞬間、立香の胸の奥で、まだ完全に鎮火していない熱が小さく跳ねる。 カルデアの夜はまだ長く、二人の奇妙で甘い関係は、ここから新たな一歩を踏み出そうとしていた。