「雫、あらためて、誕生日おめでとう。パーティーに参加できなくてすまなかったな…楽しめたか?」 10月15日、深夜。 みんなに開いてもらったパーティーもお開きになって、それぞれの時間を過ごしている頃。牧野さんが、約束通りに部屋まで来てくれた。 「お疲れ様、です。うん、みんなから、いっぱいお祝いしてもらった…。牧野さんも、ちゃんと来てくれて、ありがとう」 ついさっきまでお仕事を頑張っていたのは、わかっている。それなのに、日付が変わらないうちにって、大急ぎで駆けつけてくれた。 寮に着いたと連絡をもらった時、息が上がってるのが電話越しでもわかった。 「無理、させちゃった?別の日にしておけばよかったかな…」 「まさか。ちゃんと約束したことだし、雫には大変な仕事をお願いしてしまったしな…その恩に報いないわけにはいかないだろ?」 大変な仕事。新人オーディションの審査委員長のことだというのは、すぐにわかった。 「ううん。それは私も楽しかったし、全然大変じゃなかった。それに、すごくいい経験だった…」 「…そうか。そう言ってもらえてよかったよ」 「うん。だから、それは気にしなくていい」 その気持ちに、嘘偽りは無い。本当に、充実した日々だった。 「さ、それより、早く座って。今日の鑑賞会は、スペシャルバージョン」 牧野さんに部屋の中の座椅子に座ってもらって、私はデスクに置いておいたBDのケースを見せた。 「今日は、これを一緒に観よう」 「!そ、それは…もしかして、秋宮もねさんの、ソロライブの…?」 「そう。しかも、初回限定特装版」 もう何年も前に出たBDで、何度も繰り返し観たけど…このライブは何度でも観返したくなる。 「それじゃ、再生するね」 「あ、ああ。そういえば、映像で観たことはあるが、もねさんのライブを現場で観ることはとうとうできなかったな…」 お姉ちゃんがもう少し現役を続けていたら、もしかしたらライブバトルで対戦することもあったかもしれない。 でも、そうはならなかった。お姉ちゃんはやりたいことを全部やりきって、ステージを降りたから。 「…このライブは、お姉ちゃんのベストパフォーマンスだったと思う。いつ観ても、何度観ても、勉強することばかり…」 「雫がそう言うなら、本当に凄いライブだったんだろうな」 言葉にするよりも、実際に観てもらいたい。ディスクをプレイヤーにセットしてから牧野さんの隣に座ると、再生ボタンを押した。 ----- 「…どうだった?」 2時間弱のライブが、あっという間に終わってしまった。 まだ余韻が残る中、私は牧野さんに尋ねた。 「…本当に凄いライブだったな…。さすが、あのどりきゅんを抑えてずっとランキング2位にいた人だ」 そう、お姉ちゃんは、すごい。 でも、今日の鑑賞会にこのBDを選んだ理由は、それだけじゃない。 「…さっき、審査委員長の話があったけど」 「うん?」 「審査委員長をやってほしいって言われて、光栄だった。でも、何から始めたらいいかなって思って…最初に、自分のことを思い出すことにした。  アイドルに憧れたきっかけが何だったのか、どうしてアイドルになりたいと思ったのか…」 「なるほど、それでもねさんというわけか」 「そう。私にとってのアイドルとの出会い。そこからのことを、思い出してた…。  そうしたら、お姉ちゃんに、牧野さんに、アイドルに向いてるって言ってもらって、思いに蓋をしてたのを救ってもらって、今の自分があるんだって、改めて思った」 「そういえば、雫は遙子さんの勘違いで面接会場に通されたんだったよな…。でも、アイドルに対する情熱は、あの時面接したメンバーの誰よりも強かったと思うよ」 …今思えば、間違って入ったのに早口で色々と語りすぎていたと思う。多分、本来の面接時間もオーバーしてた。 「…もしあの時、アイドルじゃなくてマネージャーとして星見プロに入っていたら、きっと、今と同じ気持ちで選考できてなかったと、思う。  アイドルが大好きで、アイドルになれたから…アイドルにしてもらえたから、人生を賭けて応募してきてくれた子を、本気で選考できた」 今、私が全力で青春しているように。同じ熱量で『アイドル』になってくれる子を選ぶ。 もし、アイドルを通らずにマネージャーになっていたら。もし、その『熱』を知らずにいたら。 きっと、同じ選択ができていなかったと思う。 「…やっぱり、雫に任せてよかったよ。でも、今の言葉は訂正しないといけないな。  俺は何度雫の面接をしたとしても、絶対にアイドルとしてスカウトしていたよ。  それに、もし仮に雫がマネージャーとして入ってきたとしても、雫が選考にかけていた熱量は同じくらい熱いものだったはずだ。  そうじゃなかったら、オーディションを全面的に雫に任せようなんて思わないさ」 「……」 また、こうさらっと恥ずかしいことを言う。 「…そう、かな?」 「ああ。俺はそう信じてるよ」 信じてる。うう、は、恥ずかしい…。 「…うん」 「…っと、もうこんな時間か。そろそろ帰らないとな」 「あ、ほんとだ…。えっと、今日は、ありがとう」 「それで、その…。あー、さっきのBD、パッケージの状態を見るに、結構前に買ったものなのか?」 ?いきなり何の話だろう。 「ん、これは、私がまだ中学生だった頃に発売された。  当時の私は家に引きこもってて、中学生じゃ当然バイトもできなくて…。  どうしても欲しくて、おうちの手伝いをいっぱい頑張って、お小遣いを貯めて買おうとしてた。  でもお父さんとお母さんは、私が急にお手伝いを頑張り始めたことに違和感があったみたいで…。  ネットで調べてこのBDが発売されるって知って、誕生日に、プレゼントだって渡してくれた…」 「なるほど。それで、もねさんのBDってこともあって何度も繰り返し観ていたんだな」 「うん。一生の宝物のひとつ」 「そうだよな…うん、それはそうなるよな…」 うーん?いまいち話が見えてこない。 「牧野さん…?」 「実は、これを…プレゼントに持ってきたんだが」 牧野さんが、カバンから小さな包みを取り出して、渡してくれた。 「わ。色々あってすっかり忘れてた。ありがとう…何かな」 ごそごそ。 開けてみると、中から出てきたのは…。 「…あ」 「…そういうことなんだ…」 ついさっき、一緒に観ていたBD(初回限定特装版)。まったく同じ…ううん、違う。これは新品未開封だ。 「もう発売されて随分経つのに、新品が残ってたんだ…」 「それはまあ、業界のコネってやつでな…。まさか同じものを今日この場で観ることになるとは思わなかったよ。  よくよく考えれば、雫なら持っていても不思議ではないよな…失敗だった」 「ううん、そんなことない」 そう。このBDは、牧野さんが真剣に考えて、頑張って見つけてきてくれたもの。 「ありがとう、ございます。あの日、お父さんとお母さんからもらった時と、同じくらい、嬉しい…。一生の宝物が、もう一つ増えた」 「そ、そうか…それならよかった」 お姉ちゃんがアイドルを教えてくれたから、アイドルとしての想いを繋いでくれたから、私は今、ここにいる。 この幸せな日々は、まだまだ続く。 あの子たちと一緒に、どんな景色が見られるかな。 終わり。