鼻を通る潮の香り、船が波を切り進む音。白い電光と夜闇が照らす広大な海。篤人は五感に注ぎ込まれる充足感に目を緩め、柵に手をかけたまま「来て良かった」と呟くと、足元のジャンクモンも「だろ?」と笑いかけ、篤人もまた、笑って答えた。 「大きな船!ご馳走!お風呂にプール!! デジタルワールドにいる間に、こんな体験出来るなんて思いませんでした!」 「どうせ休むなら、環境がいいほう。ソフィーの言った通りだったな、アツト」 「……まぁ、まだ色々、疑ってるけどね」 ベンチに腰掛ける三幸とファングモンに篤人は振り向き、疑念は拭わぬまま乗船の経緯を思い返す。 ダークエリアから逃れて18日目。ソフィー・カンブルランの依頼を受け、霜桐雪奈、神田颯乃と共に灰被りの城をひと屋から奪還した三日後、割り当てられた部屋の机の上に招待状があり、同じ物は三幸達にも届いていた。 レッシェン・セレブリティ・クルーズ社。当然ながら中学生の自分達には聞いたこともない、だが大きな企業であろう所から届いた転移式の招待状。 疑うとキリがないが興味もある。篤人はそこで、自分には何かを楽しもうとする意思がある安堵と、楽しむこと自体への呵責を感じ、怪しいの一点張りで押し切ろうとも考えた。 それでも三幸やジャンクモンの「アヌビモンに言われた通り、楽しめる時は楽しんでいい」という言葉やソフィーの「休むなら環境のいいほうで」との言葉に篤人は感謝しながら従い、雪奈達にも声をかけようとしたが彼女達の姿は城にも船にも無く、恐らく本来のデジタルワールドに戻ってしまったようであった。 よくある、ことではあった。だが篤人はもっとしっかり礼と別れを言うべきだったと悔やみ、ただ彼女達の旅の無事を祈った。 それからトロピカルゾーンへ移動すると、広がる青い海と緑の島々、綺羅びやかな船に一同は只々、圧倒された。 船内も綺羅びやかさに違わぬ内装、ありとあらゆる設備。眺め歩くだけで時間が消えて行き、篤人はそうやって船内を巡るだけでもやはり来てよかったと、まだ残る呵責の中で思うことが出来た。 そうして時には皆で、時には個々人で羽根を伸ばす最中、他のデジタルワールドやリアルワールドからの招待客も居て、幾らか話をした。中には招待状もなしに乗り込んできた者や怪しい輩、何故か警官までおり……篤人はそれを思い返し、一体警備だのはどうなっていたんだろうと、ため息をついた。 「船内を確認はしたが怪しい物は無かったぞ。 疑うのは当然良いが、肩の力も抜いておけ」 「そうよアツト。ずっと張り詰めてたら大事な時に力が出せないわよ?」 ミミックモンとソフィーの言葉に、篤人はまた肩が軽くなり表情を緩めると、ジャンクモンに靴を軽く叩かれ、視線を下ろした。 「アツトよォ……こんな時に悪いが俺様、船で東でのことを思い出しちまったぜ」 げんなりした表情のジャンクモンに、篤人は強まり始めた風の音を気にする以上に過去の恥から顔を歪めた。 「え?篤人さん、船で何かあったんですか?」 「そういえばワタシ、貴方がバロッコでどう生きてたか知らないのよね……教えて?」 黙るつもりだったが、三幸達の興味のある表情を見た篤人は、不服な表情を一同の顔ではなく海へと向け、口を開いた。 「……バロッコ東の港町で、デジマグロ漁船に乗るハメになったことがあって」 「色々あって、借金背負わされてな……それで、返済のためによォ……」 思い出しながらジャンクモンと共に苦々しく過去を話す中、強まり続ける風に篤人は目を眇め、嫌々と柵から離れた。 ──── 「……って事で、僕らの網にだけ白金デジマグロが大量だったんだけど、難癖つけて横取りしようとした船員や借金取りを……後先考えないで船ごと沈めた」 「……貴方、やっぱり無茶苦茶やるのね……」 「こいつが紋章を管理者から貰う前の話だ。 あの時は俺様とこいつだけで旅してたが……死にかけた回数なんて数えきれねェよ」 困惑するソフィーの感想に、ジャンクモンがため息をつき、篤人に生暖かい視線を送る。 引き攣った笑みで返した篤人は、圧されそうな程強まった風を眼鏡を抑えて堪えた。 「恥ずかしい話だけど、あの時期は本当に余裕がなくて、荒れてたよ。 皆にも結構嫌な態度取ってたし」 「同じ目に遭えば誰でもそうなろう。 反省しておるなら、それで良いと思うぞ篤人」 篤人はミミックモンの言葉と、強い否定は見えない一同の様子から得た安堵で表情を緩めると、高低音が耳障りに混じり響き合う強風に圧され、顔を顰めて船室の入り口に目を向けた。 「あんな逃避行でも俺様一人よりマシだったんだぜ、アツト。一人だったら死んでるぜ俺様」 「僕は最初から君がいないと死んでるか売り物だよ」 思ったままを篤人が返すと、ジャンクモンは気恥ずかしそうに背を向ける。 苦笑でその背を見た直後、強まり続ける風と同じ理由で部屋に戻り始めたであろう他の乗客達を理由に「部屋に戻ろう」と言おうとした矢先、前を通りかかった片目を包帯で隠した灰色の髪の女が、何かに気付いた様子で足を止めた。 「ん……君のそれは、勇気の紋章か」 「私のと言われたらちょっと違うのですが……あの、紋章が何か?」 「すまない。私は不死原惠魅……傭兵でね。 私が知っている勇気の紋章と色が違うから、ちょっと気になってね」 「……その言い方だと、貴方も?」 戸惑った三幸と寂しげに話すソフィーに向け不死原と名乗った女は頷くと、ポケットから紋章を取り出して見せた。 「……誠実、か」 篤人は同じ紋章を持っていたかつての仲間、水嶋誠太郎の顔を思い出し、硬くなった表情を誤魔化すためにまた海を見る。 (……最初は口うるさくてイヤだったけど、思えばあれが、あの人の誠実さだったな) 選ばれる前の荒れていた自分は、彼の口うるささに辟易していた。そして、選ばれてからも仲良くなれたとは、今でも思っていない。 それでも、あの煩さは彼なりの誠実さから来たもの。当時の自分は愚かにも断ったとはいえ、追われていた時、一番最初に自分達と来ないかと誘ったのも彼であり……乗せられた漁船を沈め海に取り残された自分を助けたのも彼だった。 多分彼も、自分のことを良くは思っていなかっただろう。それでも、そんな彼だから、あまり良い仲とは思えずとも、力を尽くすに値した。 そして、そんな、彼、だから、火置さんは、彼を。 (……いま思うことじゃないだろ!!) 思い返した流れの中で浮かんだ言葉に、篤人は漏れかけた嫌悪感を咳き込んだフリで薄めると、湧いた感情を誤魔化すために何かしようと思い奇跡の紋章を取り出し不死原に見せると、彼女は一瞬、目を丸くした。 「おっ。これ奇跡の紋章ウホ?」 「かなり珍しいの持ってますぜ、姐さん」 不死原のパートナーであろうゴリモンとタンクモンの珍しそうな様子に、不死原も続けて「初めて見たな……」と紋章を凝視する。 「僕は片桐篤人です……あなたも選ばれし子供だったんですか?」 「ああ。それで彼女の紋章が気になってしまってね……どっちも訳ありみたいだが」 不死原が答え、続いて名乗っていく三幸達に返事をしている間に篤人は軽く息を吸い、会話の続きを考えた。 「僕には何も、思うことのない、代物……なんですが、珍しいんですか?」 「だね。他のデジタルワールドでも、それを持ったテイマーの話はあまり聞かなかったよ」 この役立たずの証が。歯切れ悪く話す最中に沸いた紋章への嫌悪感が顔に出かける前に、皮膚にあたった冷たい感触で、嫌々と空を見上げた。 「……イヤね、せっかくの豪華客船なのに」 「そろそろ船内に戻るとしよう。 どうにも、風も雲行きも怪しいようだしな」 「足を止めさせてしまってすまなかった。 だが随分と急な……む……」 雨を掌で受け、ソフィーが頬を膨らませ不満を口にする。ミミックモンの提案で全員が早足で船内に戻ろうと決めた所、視界一面にはっきりと雨脚が現れ、不死原は不審げに空を見上げた。 「おいおい一気に降……うおおっ!?」 ファングモンが目を眇めた瞬間、雨脚は堰き止められていた滝の流れのように勢いを増し、甲板の一面に鉄棒を叩きつける音を打ち鳴らし、船内へと駆け込む他の乗客達の足音をも掻き消し始めた。 「なんだってまた急に! すぐに戻ってお風呂にしましょう!!」 「全く、なんだって……おい待て!この雨、何か匂うぞ!?」 ファングモンが何かを嗅ぎ分け、未だに雨脚が途切れなく続く黒雲を見上げる。耐えかねて叫んだ三幸も続けて空を睨むと、何かを感じ取ったか苛立った表情を消す。 篤人も濡れた眼鏡を拭き取り周りを見渡すと、白い電灯が照らす甲板の水たまりに、薄い虹色が浮かんでいるのが見え不審げに顔を近づけると、雨風と潮の香りに混ざり、鼻を刺すような不快な甘みのある臭いに顔を顰めた。 「何が混ざって……いえ、この匂い、もしかして……」 篤人より先にソフィーが思い至ったように唾を飲み込むと、不死原が冷静な声音で「現実と同じ成分と限らないが」と前置くと、未だ雨脚が音を打ち鳴らす甲板一面に目をやり、篤人達へと振り向いた。 「この雨、ガソリンの類が混ざっている」 「ガソリン……」 表情を固くした不死原の単語で、篤人の目の前で浮かぶ虹色は鮮明となり、この雨が自分の浅い知識通りに反応するなら起こるであろう、客船が炎の色で埋め尽くされた光景を想像し、一先ず大きく息を吐き、船内への入口を見た。 「……場数は踏んでるみたいだね、片桐君」 「パニック寸前です。下手したら火花一つで船が爆発するじゃないですか」 状況からか固い表情のまま話す不死原に、篤人は身を濡らす雨とは違う薄ら寒さを堪えながら、すぐに避難の選択肢を取るべきだと叫ぼうとした。 「こんな状態になった船になんていられません! 一刻も早く雨を降らせてる奴を……いや全員避難「いつまで外にいる!早く……中、に……」 焦燥に突き動かされた三幸が足を動かした瞬間、彼女よりも顔に深い傷を負った船内れの入口から男が現れ、その姿を見た篤人、表情を強張らせた。 「……何さ。見回りならそれどころじゃないよ。お巡りさん」 男に付いて来たアグモンが鼻を動かしながら篤人を見ると、男も険しい目を動かした。 「電脳捜査課の竜崎です。 異常事態ならば、俺も協力しよう」 竜崎という名であった警官の後ろのアグモンを見て、篤人は聞いたことすらない部署名の職務ををなんとなく察し、思い返す。 竜崎とは、たまたまこの客船で会っただけである。そしてこの警官が怪しい連中を強引に取り調べようとしていた所で遭遇して、それが終わった後に篤人が話しかけた。それだけであった。 ただ見回りで来ただけかもしれないが、それでもこの異常事態に力になると言い切れる彼は頼もしく思え、篤人もただ「感謝します」とだけ告げた。 「大吾、この雨……ガソリンかなんかだギャ」 アグモンの話に竜崎が「やはりか」と頷くと海を見渡してから、篤人達に歩み寄った。 「デジタルゲートを開けるならば一番良いが都合良く行くまい。 恐らく、避難先するならあの島になるだろう」 「結構遠いけど、それでもあそこが一番近いか……」 篤人は未だ鳴り続ける雨音と強風を耳障りに思いながら、波紋を目で追いつつ竜崎が指差した先、薄暗くも緑に見える輪郭に目をやり、この異常かつ理不尽な嵐に湧いた苛立ちを、空を睨んでぶつけた。 「避難なら私も協力しよう。 こんな雨を降らせるような奴なら、間違いなくまだ何か仕掛けてくる」 「だろうな。船のスタッフも動いているだろうが、一刻も早く……ぐっ!?」 竜崎が不死原に対し言い終わらぬうちに、夜で暗まった海から飛沫と波が自分達を呑まんばかりに吹き上がる。その反動で船が大きく揺れ動くと、篤人は背中から倒れ、痛みで声を漏らした。 飛び起きた篤人が痛みを口に出す前に吹き上がった飛沫の方に目をやると、振り続ける雨の中、白い電灯が闇の海から現れた鮮明な青の輝きの主、リュウグウモンを照らしていた。 「容易く逃がすとでも!? 貴様らもこの船と共に沈むが良い!!」 「大吾!俺の用意は出来てるギャ!」 「助かった!ならば……アグモン!進化!!」 リュウグウモンは嵐の中でも透き通る声で篤人達にを見下ろし、額を輝かせる。アグモンは竜崎の返事を待たずに海に飛び込み、進化を告げた竜崎に反応して身体を光らせると、赤い巨大な恐竜、ダイナモンへと進化し、即座にリュウグウモンの頭部へと拳を振り抜くと、額から放たれたレーザーを海上へと逸らした。 「状況が変わった!こいつの相手は俺がする!」 「了解したが……まだ敵に手はあるはずだ! ゴリモン!!」 「OKウホ!海の方は任せるウホ!!」 振り向いた竜崎に不死原が右腕のデジヴァイスを輝かせると、アグモンとは反対の方向から海に飛び込んだゴリモンが体を輝かせ、リュウグウモンより更に巨大な機械の大亀、ジャンボガメモンへと進化し海中へと潜った。 「海中は旦那に任せてこっちも動きましょうぜ!」 「だったらワタシとミユキで乗客に呼びかけるわ! ファングモンの鼻なら見つけられるし、ミミックモンなら何かあっても連れていける!」 提案したソフィーと頷いた三幸に、篤人は「頼んだよ!」と返し船内へ進む姿を見送った。 ──── 「金になりそうな招待状でしたが、片桐共も居るとは……僥倖でありますな。マリナス殿」 「簡単に行くとは思えんが、そうだな」 ひと屋六幹部の一人、マリナス・オルデンバーグは現状は泡と暗闇だけがモニターに映るトロピカルゾーンの海底にて、無数の機器に囲まれたシャークモンの内部で座椅子に座り、腕を組んだまま通信機越しの薄ら笑いに淡々と返す。 バロッコ東の港町。ファヨンへと届いた豪華客船への招待状。こんな時期に行ける訳がないと話す彼女に対し、マリナスは精々【仕入れ】には良いだろうと座標の特定を目的とし行かせた。 それからしばらくすると、海中に潜ませた部下から抹殺対象である片桐篤人達まで客船に居たことを聞くと、ファヨンを先に脱出させてから作戦を組み直した。 「ファヨン殿はそこそこ楽しめたようで……マリナス殿は良かったのでありますか? まだ誰にも顔は割れてないでしょうに」 「俺は元々は貨物船の一員だぞシャークモン。船など乗り飽きた」 「こほん。これは失敬……あぁ、今の所はデジヴァイスも記録通りに嵐は起こせてますぞ。ファヨン殿提案の【一工夫】も滞り無く」 シャークモンのわざとらしい咳払いと報告の後、マリナスは身につけた【誠実の紋章】と濃灰のデジヴァイスに目をやり、小さく唸る。 天候の操作ではなく概念的な嵐の発生。元の持ち主であった選ばれし子供、水嶋誠太郎は小さく起こせば仲間の支援や恵みに、出力を上げれば何もかもを吹き飛ばし押し流す暴嵐とし、扱っていた。 与えられたこのデジヴァイスから読み取った記録の活用に悩んでいた所、先んじて選ばれし子供のデジヴァイスの活用を始めていたファヨンから「天候の操作じゃないなら、水以外にも降らせられるんじゃ?」と提案され、そこから自分なりに考え、今回の襲撃の一助とした。 「このような発想も、我々の顧客が人に求める一つの力ですからな。流石はファヨン殿」 「俺の頭はもう固くなる一方だからな。 そんな発想も、言われねば思いつかん」 そこから続いた苦笑には返さず、マリナスはワークジャケットから【航海安全】と書かれた濃紺の御守りを取り出すと、目を瞑って握り締める。 視界が塞がり沈黙が流れる間に、自然と片桐篤人の顔写真が思い浮かび、口元が固く結ばれたのを感じた。 (14歳か……ギャレットと、同じ年か) 真っ先に二度と会えることはないであろう息子の顔が浮かび、今は外している家族写真の入ったロケットペンダントのことを続けて想起すると、眉間に皺が寄ったことも感じたマリナスは御守りを仕舞い、目を開けた。 「お祈りは済みましたかな、マリナス殿。」 「俺の祈りに応える神も仏もいると思うか?」 「……それもそうで、ありますな」 低い声のシャークモンに構わず、マリナスはレーダーの反応を確認し、目を眇めながら逡巡した。 「結構な奴らも一緒か。リュウグウモンには頑張って貰わんとな」 「望み通り、安くない力をやった訳ですからな。 流石に、荷が勝ちそうではありますが」 シャークモンの返答にマリナスは相槌を返すと、そのまま暗い海中ではっきりとモニターに映るジャンボガメモンを睨んだ。 「一番の問題はこいつだ。 やりあいになったら、俺達でも苦労する」 「その通りですが、しばらく釘付けには出来るかもしれませんぞ、マリナス殿。 船はガソリンの雨の影響で、火花一つで燃えかねないのです。 奴はこの場は倒そうと思わず、抑えて誰かしらを海面に辿りつかせれば……」 「海中部隊は足止めに徹しろか。 なら俺達は、いつまで見つからずに済むかだな」 シャークモンの提言にマリナスは一度立ち上がると、モニターに映る大亀に舌打ちをして「迷ってられんか」と呟いた。 「奴らも動かす。力を与えた以上働いて貰わんとな……そしてそろそろ、嵐も別の手に切り替える」 「む、了解であります……こちらシャークモン。想定より速くなるが、お前達も出番だ」 シャークモンが通信を終えたのを聞いたマリナスはこの先起こす光景を、豪華客船が炎の色で塗り潰され、海上が、下手すると島まで燃えていく様子を想起し、眉間に皺が寄ったまま目を瞑った。 「俺は組織の、ボスの命令に従えばいい」 その言葉と共にマリナスは乱暴に座椅子へ腰を下ろすと、手甲のタトゥーへと視線を逃した。 ──── 「っはは!結構手に入ったな宮瀬!?」 「騒がないのエクスブイモン……【同業】もいたし、引き際ね」 叩きつける雨音や風、慌ただしい足音が重く響き合う船内で薄青の外套を纏った女、浅見谷宮瀬は笑うエクスブイモンを咎め、甲板を目指すであろう駆け足の乗客を見送っていく。 怪しくも抗えない魅力だらけの招待状で転移した後、怪しい連中だけではなく警察官まで現れ、過去の所業を知られたかと思い冷や汗をかいたが、何とか切り抜けた。 食べ物は確保出来るだけした、後は大人しくしていよう。そう決めていた矢先に嵐に見舞われただけではなく、避難指示まで出てきたのだ。 「外もやべぇのに避難たぁどんな状況だ? まさか沈没でもしかけてんのか?」 「……ま、何にせよそのおかげで稼げるのだけど」  首を傾げるくエクスブイモンに顔を向け、宮瀬は叩きつけられるような雨の中で、船から離れなければならない事態とはどのようなものかと想像し、今はいいかと取りやめる。 どのような事態だろうと、船から人が居なくなるこの好機を逃すまい。混乱に乗じた同業者とも出会しながら、宮瀬とエクスブイモンは持ち出せる限りの物を持ち出し、鞄とバイタルブレスは食料と調度品などでほぼ満杯となった。 「っかし、必要な労力とはいえ、少し重いわね……」 鞄の重みが僅かに苦と感じた宮瀬は細く息を吐き、目に入った壁飾りからすぐ顔を逸すと、こんな真似をしなければならない始まりの、あの憎い金色の義眼の女を想起し、宮瀬は苛立ちから歯を軋ませた。 「……さっさとズラかろうぜ。 さっきのポリ公が来るかもしれねぇしよ」 苛立ちの理由に気づいた様子らないエクスブイモンに、宮瀬は苛立ちを消しきらずに頷いて歩こうとした瞬間、エクスブイモンがいきなり手で制し、廊下の先を睨みつけた。 「どうしたのよ。まさかさっきの警官?」 「そうじゃねぇが誰か来るぞ……先に一発ぶちかますか?」 「無駄な争いはしないで。知らん顔で通り過ぎ……」それから宮瀬の視界に現れたのは、ファングモンとミミックモンを連れた二人の少女であった。 「居たぞミユキ、あいつらもだ」 鼻を動かすファングモンが、テイマーであろうミユキという名の右頬に傷がついた少女に告げると、彼女は大雨で濡れたえんじ色の髪や紺のセーラー服から水滴をしたらせ続けたまま、宮瀬の顔を怪訝に見た後、目を眇めた。 「こんな所で何してますの!早く避難なさい! 外は大変なことになってますのよ!」 声こそ荒げたがそれ以外に反応はない。この場で活躍できるデジモンと組んでいるテイマーが、避難を促すか救助にきた。そう判断した宮瀬は迷わずに頷き、早足でその場を去ろうとした。 「おい。荷物は置いてけ」 そして隣を通り抜けようとした瞬間、ファングモンの低い声に宮瀬は舌打ちをし、足を止めた。 「オレもお前らの事は言えない立場だが、この場は端金にする荷物は捨てた方が身のためだぞ」 「あ!?何適当こいてんだてめぇ!!」 「なんだ、此奴らも火事場泥棒か」 ファングモンに凄むエクスブイモンに構わず、その後ろのミミックモンの呆れた声音に、宮瀬は眉間に皺が寄りかけたのを感じ、瞬きして戻した。 「あなた達と同じで逃げ遅れた人がいないか確認してただけよ。 荷物は食べ物。見たことないデジモンに少し取られたけど」 宮瀬は取り繕った真顔で客船で経験したことをつらつらと話し、少女達を見据える。 エクスブイモンが同調し「分かったならさっさと行かせろ!」と少女たちに怒声を浴びせると、それに恐れも驚きもせず、えんじ色の髪の少女は悩んだように呻き、息を吐いて睨み返した。 「問答は結構!鞄の中身はファングモンの鼻が察してますからね! それとも引きずっていきましょうか!?」 話の余地なし。怒鳴り返してきた少女に宮瀬は鞄の重みを一際強く意識した後、既に自分の所業は察されたことに呆れ混じりのため息で返し、少女を睨み返した。 「生憎。こっちにも成したいことのために先立つものが必要なの。邪魔しないで頂戴」 「おい!もう開き直んのかよ宮瀬!?」 「これ以上は無駄よ。さっさと押し通「自白が早いのね、泥棒さん」 エクスブイモンが身構えた瞬間、褐色肌の少女の指示でミミックモンが腕の銃から黒い羽根と共に衝撃波を放つと、エクスブイモンはそれを爪の一振りで打ち払った。 「カラテンモンの【衝撃羽】あたりか?でも大したパワーじゃ……んなっ!?」 エクスブイモンは、足元へといつの間にか這い寄った黒い霧に驚き蹴り払うも、空を切る。宮瀬も足元の霧に舌打ちした後、檻が開かれたミミックモンの姿を見て、吐きかけた悪態を堪えた。 「ヒンダーマイアズマ。 泥棒には灸を据えてやるのがよかろう」 「そのままミミックモンの中で、囚人の気持ちでも味わってなさい」 囚人の気持ち。何も知らずあの褐色肌の少女とミミックモンが感情のまま発した言葉に、宮瀬は青筋が立った感覚からまたしても、自分を値踏みした目で見下ろす忌々しい金の義眼の光を思い出した。 彼女達は、何も知らないはずだ。その一欠片の理性で怒りの一部を抑え前へ歩みかけたが、踝から下の感覚は何時しか、消失していた。 痛みは無く、恐れは怒りが全て打ち消している。宮瀬は外套に手を入れ観念したような表情を無理矢理作ると、顎を引いてミミックモンを睨んだ。 「……もう察されてるなら、言う事はないわ。 でもね、ただじゃ済まさないから」 「てめぇら!!後で半殺しにしてやうおおぉぉ!?」 ミミックモンの目が睨むものに変わり、エクスブイモンが叫びながら霧に呑まれ、檻の中へと吸い込まれていく。宮瀬はそれにため息をつくと、背中の重みがするりと抜け落ちたと同時に…外套の中にある「仕返し」の算段を強く握りしめ、檻に呑まれた。 ──── 未だに身と甲板を打ち続けるガソリンの雨と恐慌を堪えるざわめきが入り混じる中、乗客達は不死原が水上に浮かせたアルティメットブラキモンを架け橋とするか、海や空を渡れるデジモンで暗い緑の輪郭を目指し進んでいく。 恐らく火花一つで、船は燃える。篤人はジャンクモンをデストロモンに進化させ船から離れると、三連装砲の全てをパージし、爪さえも取り外した。 赤鉄の腰部、戦艦の部位から現状は問題無く進む避難を眺め、反対で続く竜崎のダイナモンとリュウグウモンの争いを確認し、また橋を渡る乗客へと視線を戻す。 「今の所は無事だが、絶対に出番は来るぞ片桐君」 「水上戦はアリーナで訓練してますから。 例え武装が無くても、力になれます」 同じように目線を動かした不死原の話に、篤人は自分を奮い立たせるためにも硬く笑って返すと、彼女は柔い声音で「その時は任せた」と言い、海中を抑えるジャンボガメモンとの通信のためデジヴァイスの操作を始めた。 (どっちも究極体か……) ふと不死原と竜崎のパートナー達に目を向けると、場違いな嫉みが湧く。篤人はそれを奥底に何度も叩きつけて押し込むと、まだ動きのない海面に目線を落とし、続けざまにまた思いつく。 かつての仲間達で究極体になれたのは、不死原と同じ誠実の紋章を持っていた水嶋と、今は犬童三幸が持つ勇気の紋章を持っていた火置麗子の二人で、自分は、なれなかった側だった。 お前にはテイマーの素質が、価値がある。ひと屋の構成員達から度々聞かされ、全て唾棄した言葉を今になって思い出すと、あの領域に至れない自分のどこに素質があるんだと、囁きかけたその記憶ごと握り潰してやりたい気持ちとなり、歯を軋ませた。 (僕には、何が足りなくて……) 消しきれず、脳から薄煙のように口元まで流れた言葉を篤人はまたクシャミのフリで消し飛ばし、すべてをまた押し込みデストロモンを見上げた。 「デストロモン。今の所は大丈夫?」 「全然大丈夫じゃねェ。こんなことなら嵐の中の戦いもアリーナでやれば良かったぜ」 「大丈夫じゃないのは僕もだよ。これ以上風が強くなったら、ハッチを開けて中に入るからね」 篤人は横殴りの風を堪えつつ、低く唸ったデストロモンへ不安を口にすると、彼は更に低く唸りながらも避難先の島を指差した。 「あの島、この船を怪しんだ連中がデジタルゲートを用意してくれたみてェだ。 というより、そもそも船の周りはゲートが開けねェ仕組みになってたんだとよ」 「それが策かは分からないけど、やっぱり何かあったねこの船……。 とにかく、皆で必ずあっちまで行こう。僕らはまたバロッコに強制転送だけど」 「おう。戻ったらサンドリモンの所で風呂に入ろうぜ。綺麗に洗ってくれよな」 自分の気持ちを知ってか知らずか朗らかな声音のデストロモンに、篤人は緩めた表情へと変わる。 それからすぐ、船内の入口から他の乗客と共にソフィーと三幸がミミックモンを担いで現れた。 「どうしたの二人とも!?というかミミックモン!!」 「火事場泥棒も含めて全員連れてきたけど……一人取り込んでから……」 「す、すまん……もう堪……っぉぁ!!」 甲板に降ろされ、一際強く震えたミミックモンが黒い煙を檻の外へと撒き散らすと、それらは多くの人間とデジモンの形を少しずつ作り上げていく。 何があった。そう篤人が聞く前にソフィーと三幸が最後に形作られた薄青の外套を纏った女と黒いエクスブイモンを睨みつけると、女が荒い呼吸のまま鼻で笑った。 「随分と耐えたじゃない。 これ、結構強いウイルスのなんだけど」 「ごげっぼ……内側から手を打たれるのはよくあることぞ……多少は堪……ぅぉご!」 咳き込み甲板に手を付けたまま苦しむミミックモンを女が忌々しげに睨むと、振り注ぐ雨の異変に気づいた様子で舌打ちをする。それからすぐ、同じように苦しげだったエクスブイモンが立ち上がった。 「おいてめぇ!!よくもあんな狭……なんだこのくせぇ雨!?何混じってんだ!?」 「ガソリンよ。だからここ、何の拍子で燃えてもおかしくないの。 ……それでも、戻る?」 「……畜生!こんな真似してんのはどいつだ!!」 強引な作り笑いを浮かべ冷たく話すソフィーに、エクスブイモンは顔を顰めて呻くと、悪態を吐き捨てて顔を背けた。 「わかったならさっさと避難なさい火事場泥棒。 やられたことは、見逃してやりますから」 獣の唸り声のように怒りを滲ませ話す三幸に、女は言葉を堪えた舌打ちをすると、夜闇から振り注ぐ雨を渋面で見上げた。 「しかし、ガソリンの雨か……まさかテロリストにでも目をつけられたの?」 「いいからさっさとズラかろうぜ宮瀬。 あっちにあのポリ公がいやがる」 「うわっ……しかも究極体とやりあってる……テイマーじゃなきゃ避難すら無理よこの状況……」 エクスブイモンが指差した先、竜崎とダイナモン、そし争うリュウグウモンを見た女が心底嫌そうな顔で立ち上がる。 無言で見ていた篤人は、彼女達の間に何があったか聞くつもりは起きずとも、碌でもない出会いだと察し、眉が不快げに動かした。 「とにかくこれで全員よメグミ、悪いけどミミックモンを少し休ませてあげて」 「動かずに済むうちはいいが、いつ何が起こるかは……」 不死原が話した瞬間、海面から飛沫と共に現れたサブマリモンが鼻のドリルを鈍い音で回転させ、アルティメットブラキモンへと突撃していく。 瞬間、篤人の視界が炎の色で埋まり、ずぶ濡れの体が焼けていく錯覚が見え、デストロモンの巨腕がサブマリモンの体を掴み取り力任せに放り投げると、錯覚はすぐに消え失せた。 「火花一つで危ねェなら、これしか思い浮かばねェぞ、アツト」 忌々しそうなデストロモンへ「それしかないよ」と篤人が返そうとした直前、アルティメットブラキモンを挟んだ海面から顔を出したルカモンが、乗客を向き口元に何かを収束させると、船上からファングモンが放ったブラストコフィンがルカモンに直撃し、0と1へと霧散した。 「……発火と乗客狙いか?随分と手口が悪辣だな」 「あのリュウグウモンも、グルでしょうね」 低く唸ったファングモンの言葉に、三幸は海を睨んだまま返した。 「……竜崎さん、そっちは!?」 「俺達への心配は無用!そのまま乗客を頼む!!」 額に汗を滲ませ叫ぶ竜崎とリュウグウモンへ蹴りを叩き込んだダイナモンの姿を確認し、篤人は再び向き直る。それからすぐ、眼前に浮かび上がった波紋に反射で腕を伸ばしたデストロモンが、乗客へと突撃しようとしたトビウモンを無造作に掴み、握り潰して0と1へと変えた。 「助かったよ片桐君……ジャンボガメモンと話をしたが海中にもかなりの数がいるみたいでね……海賊どころか、軍隊のようだと」 「その打ち漏らしを仕留めるのが僕らの役目です。 海中は、僕らには何も出来ませんから」 軽く息を吐いた不死原の話に篤人は身が強張るのを感じ、更に海面全体に意識を向けると、嵐が少しずつ弱まり始めたのを感じ、張り詰めていた緊張が嵐が終わる期待で、ほんの少し緩んだ。 (嵐か……水嶋、さんはこれより、もっとすごいのも起こせたな……こんな雨は流石、に……) 一時的であったとしても、篤人は嵐の弱まりで生まれた思考の余裕から、海面を注視する間に唐突に思い出した。 (……鳥谷部を、灰かぶりの城でのことを考えたら、まさかこの嵐……!) その唐突な思考は、数日前に灰かぶりの城を目指す最中に知った、かつての仲間の紋章とデジヴァイスがひと屋に利用されている事実と繋がり、篤人は目を見開きつつも、まず鼻から息を吸い、一気に身を熱する憤りを収めようとした。 「……?匂いが、薄れてきた?」 そうして篤人は、ガソリンの臭いが薄れていることに気づいた。 湧いた怒りで鈍ったか、雨風と潮の匂いと混ざり分からなくなっているだけか。篤人はそう思いながら眼鏡を拭き取り、またしても強まり不快に響き合う雨風を堪えながら、デストロモンを見上げた。 「デストロモン。何か変な感じはしない?ガソリンの臭いは減ってきたけど……」 「それなんだがよォ、少し体が重てェ……」 やけに低く聞こえたパートナーの言葉から、篤人は咄嗟に雨に毒が混ざっているのかと思い、治療ディスクを出すためにデジヴァイスの操作を始めようと視線を落とした。 「……錆?でもどうして……あっ!?」 落とした視線が、雨が打ちつける度に無骨ながらも力強く光る赤金の装甲を錆びつかせていくのを見つけ、篤人はすぐに船上の不死原に顔を向けた。 「不死原さん!!アルティメットブラキモンに異変は!?」 「……デストロモンも錆び始めたのか?」 篤人の声に、不死原は険しい表情で振り向いた。 「ぐっが……今は心配はねぇが……このまま降られたらやべぇかもしれねぇ……」 デジヴァイス越しにアルティメットブラキモンが不調を堪え話す中、彼の鈍く輝く銀の装甲は遠目にもはっきりとした錆が見えていた。 「敵は手を変えたか、ガソリンはもういいと判断したようだな。 ……このままだも、火花以外でもまずいぞ」 「嵐を起こしてる奴を叩ければいいんですが……姿は見せませんよね。僕も敵なら同じ事をします」 「ジャンボガメモンが発見出来ればいいが、あっちもそれどころじゃない。 何にせよやる事は変わらない……というより、変えられないよ」 不死原が割り切った言葉を苦々しく言うと、それからすぐに三幸達のほうへと振り向いた。 「ファングモンとミミックモンは無事か?雨の種類が、どうも変わったみたいだ」 「オレは何ともないぞ。流石にヘルガルモンにはまだ進化は出来んが」 「我はもう動ける故、ワイズモンへの進化の用意をしておく。 このまま檻が錆びては敵わん」 「……海中のジャンボガメモンにもまだ影響が出てはいないが……何の雨だ、これは」 一通り見渡し、デジヴァイスからの通信も聞き終えた不死原が忌々しげに降り続ける雨を見上げる中、避難列の最後尾にいた薄青の外套の女が自分の髪と肌に手を触れ、足を止め不満と疑問で顰めた顔を不死原に向けた。 「マシーン型のデジモンとかがこんなに早く錆びるような液体浴びて、なんで生身のデジモンや人間は無事なのよ」 「……憶測だけど、思いついたわ」 女の言葉を受けた不死原が考える様子を見せる前に、ソフィーが雨を掌で受けながら口を開いた。 「理屈は分からないけど、この雨の理由が人体に影響を出したくないなら、思い当たる敵がいる」 「……その理由だったら、まさか……」 ソフィーの仮説から、海面を睨む三幸が更に険しい目に変わった瞬間、デストロモンの後ろから水飛沫と共に、黄金の金属で身を包んだ巨大な海竜が現れた。 「っ!メタルシードラモン……究極体がまだいやがるのか!!」 デストロモンが現れたメタルシードラモンを睨みつけると、海竜は視線を船上に移し……ソフィーに対し値踏みする目で鼻を鳴らした。 「小娘……いや、ソフィー・カンブルランか。 察しがいい。やはりオークションに出す予定だっただけのことはある」 眼光と巨体にソフィーは怯まむことなく海から自分を見下ろす海竜に無言を返すと、大きく息を吸ってデジヴァイスを強く握り、ミミックモンをワイズモンへと進化させた 「貴様もひと屋か。雇われかは本隊かは知らぬが……大人しくバカンスでもしとけば良いものを」 「これほどの人と貴様らが居る船を襲わぬ理由はなかろう。 誠実に仕事をこなそうとする姿勢が、我々の一番のウリだからな」 鼻で笑ったメタルシードラモンを、肩を竦めて話したワイズモンはそれ以上は続けず睨みで返した。 「おい、いまの聞こえたか?」 「ええ、勿論……こいつらもひと屋の手先か……」 「む、貴様は確か……まぁ…よいか」 改めて避難を始めようとしたエクスブイモンと薄青の外套の女が低い声で呟くと、メタルシードラモンが女に顔を向け逡巡したが、すぐにソフィーへ向き直った。 「……恩賞としては最上だな。 ソフィー・カンブルラン。そいつを消して囚えたら、俺のテイマーになってもらうとしよう」 「究極体になってもテイマーを付けて貰えないのね貴方。理想高すぎなんじゃない? 私も貴方みたいなその成金みたいな金ピカ装甲、趣味が悪いしお断りよ」 値踏みするメタルシードラモンの目と声音に、ソフィーは間髪入れずに笑顔と煽りで返すと、メタルシードラモンが一瞬、怒りを堪える呻きを漏らした。 「ひと屋か……そんな連中がダークエリアに居ると噂は聞いたことはあったが、テロ紛いの真似もする奴らとは」 「色々あって、僕らはあいつらと戦ってます。 そして……こいつかは分かりませんが、この嵐……僕の、かつての仲間の、デジヴァイスの記録を参考に起こしてるかもしれません」 篤人は押し込んでなお蒸気のように吹き上がる怒りを叫ばぬように不死原に話すと、彼女は「詳しい話を後で頼む」とどこか感情が滲んだ声音で返し、同じような表情でメタルシードラモンに顔を向けた。 「……はっ!錆びつき始めた橋と海中で動けない鈍亀の2つでどうするつもりだ!?」 「今は乗客の避難が最優先。全てが無事に終ったら覚悟しておくといいさ。 最も、私の出る幕なんていらないと思うけどね」 「っ……なら精々、時間稼ぎでもするといい。  その時間で乗客共が新しい買主への思い出話の一つでも考えてくれるなら、我々も願ったりだからな!!」 不死原に一瞬怯んだメタルシードラモンの蔑みに構うことなく、篤人は更に強まりだした雨の中、冷え切った身体を怒りの熱で突き動かし、髪の冷たさで僅かに冷えた頭で思考する。 武装も爪も使えないデストロモンで、これから究極体を抑える。 海中は一人で抑えなければいけないジャンボガメモン。そして乗客が渡り切るまでこの錆びる雨の中を堪えねばならないアルティメットブラキモン。 この雨が仮にガソリンを流していたとしても、自分が知る通りのガソリンならば水に、海面に浮く。 つまりは火花一つで船も、アルティメットブラキモンも……デストロモンも燃える。そして、この錆で弱まった装甲は、燃えることはない攻撃でも砕かれるかもしれない。 幸いソフィーとワイズモン。そして三幸とファングモンで海面に現れたデジモンは対処出来る。だが、あのメタルシードラモンを倒す決め手が、自分には見つからない。 (……竜崎さんがリュウグウモンを倒すまで、堪えるしかないのか……!?) 真っ先に導き出した、後ろ向きな決心。それでも篤人は歯を食いしばり、軽く拳を握りしめる。 それからすぐ、避難を続ける乗客達の姿を一度確認すると、列の最後尾にいた薄青の外套の女が船へと引き返したのが見えた。 「お、おい宮瀬!一体どうした……」 「あんた達もあいつら……ひと屋と戦ってるの?」 宮瀬という名であった女の言葉に三幸とソフィーが頷き、目線があった篤人も続くと、女は口元を打算的に緩ませた。 「この場は手を貸すわ。 私もひと屋に恨みがあってね……その辺は、あんた達もでしょ?」 「……事情は違うけどね」 宮瀬の言葉に篤人は嫌々と返すと、彼女は赤目を僅かに動かし、エクスブイモンが合点が行った様子で手を叩いた。 「……いいぜ!手数が足りないんだろ? ここは特別に貸しにしといてやるよ!!」 「そこの警官にお前らが何かやってたことを黙っておいてあげるよ。 どうせデジヴァイスの中にもまだ何かあるんだろ?貸し借りはそれで無しだ」 「っ……このクソガキがよ……!」 こいつらに貸しを作るな。そう思考する間もなく反射で突き返した篤人にエクスブイモンと歯噛みし俯くと、女も仕方なさげに息を吐いた。 「名前だけは教えておくわ。 浅見谷宮瀬。元ひと屋の売り物で……このエクスブイモンがパートナーで、買主よ」 「……僕は、片桐篤人……デジタルワールド・バロッコの、選ばれし子供の一人」 宮瀬に続き篤人が名乗ると、彼女は何かを思い出そうとした素振りで目を開くも、海面の波紋に反応しエクスブイモンがエネルギー波を放ったことですぐに思考を取りやめ「海面の敵を叩くから」とだけ言い、海面に向き直った。 「俺とダイナモンも何とか急いでみよう!悪いがそれまで、持ち堪えて欲しい!」 「だったらワタシ達がダイナモンを支援する! ミユキ!ここ、お願いしていい!?」 「勿論!任されましたよ!! ……というわけで篤人さん!こっちに構わずそいつをやっちゃってください!!」 竜崎の元へと駆け寄ったソフィー達を見送った後、手を振り激励する三幸に篤人はデストロモンと共に引き攣った顔で応えた後、メタルシードラモンに向き直る。 「はっ!武装も爪も使えない、そんな状態で俺と……究極体とやる気か!?」 「あァやるさ。なァ、アツト」 「勿論だよ……その趣味の悪い金ピカ装甲引きちぎって、ジャンク屋にでも売り飛ばしてやる」 鼻で笑うメタルシードラモンにデストロモンも篤人も怯むことなく返し、荒れ狂う波風と雨の中をデストロモンは進み始めた。