音と光の奔流――周囲の全ては塗り潰され、そこにはただ、何者の存在をも許さない白がある。 蠢いていた一切のものは、己の死という事実すら認識する暇もなく蒸発し原子の塵と化した。 そしてそれらの残滓は、急速に引き戻されていく空間の歪みに引っ張られるようにして、 爆心地に兵装や生命維持装置を動かすための資源を吸い上げる――それが本来の運用方法。 安易に連発できないが故に、窮地を脱する手段としてはこれ以上ない破壊力を持つのである。 だがしぃんと静まり返った空き地には、想定よりもずっと少ない資源しか集まっていない。 普段なら、衝撃によってどこかの壁が崩れて穴でも空いているか、 そうでなくても、一般的な岩壁に偽装された隔壁の塗装を剥ぐぐらいはしているはず―― 女はじっと、遥か天まで続く竪穴を見た。否、そもそもこの空間内に、 果て、というものさえ存在していないように見えるほどの、目眩のする高さだった。 かと思えば横はずっと奥まで行けば茫洋にその輪郭を失い、己の足元さえわからなくなる。 脳内でその広さに該当する場所を検索してみる――壁と床で真四角に分類された地図とは、 どうあっても一致する部分はないように思えた。もしくは、よほど遠くに飛んだか。 経験則として、転移の仕掛けに触った場合であったとしても、どこかに一つは道が見つかる。 移動の手段としても利用されていることがほとんどだから、一方通行にするはずがないのだ。 事実、転移直後に安全確認を兼ねて設置した爆弾は、いくらかの原生生物を消し飛ばした。 つまり、どこかに繋がっているのでなければ、それは本来的にあり得ない挙動なのだ。 未だ警戒を怠らぬ彼女の周囲に、もぞもぞと、動く無数の影がある。 それらは糸で吊るされているかのように、ゆるりと身体をもたげながら浮かび上がり、 その五本の足を、気ままに動かして彼女に向き直るのであった。 それらは強い光によって洗い流されたはずの空間に、ぼんやりと蛍光に輝いていた。 まだ残像の消えぬうちに――薄桜色に光る無数の“手”は、女の近くを周回し始める。 すぐさま、彼女の着込んだ鎧の――砲塔と化した右腕から光弾が放たれた。 それを浴びた“手”はぐにゃぐにゃと輪郭を失って――またすぐに、元の形に戻る。 また別の手が。さらに別の手が。撃っても撃っても、数は減るどころか、逆に増えていく。 いつしか宙を舞う“手”は十では収まらない数になっていた。そしてその一つ一つが、 時折、鞄でも引ったくるような手つきを見せて、彼女を威嚇するのである。 次に、実弾――これの破壊力も申し分ない、並の甲殻なら木っ端微塵にする弾頭が、 やはり同じ数だけの的を撃ち抜いては、そこから何も得られることのないまま、長期戦へ。 じり、じりと弾薬の数は減っていく。それと裏腹に、“拳”の掠った箇所には傷が付けられ、 重金属の鎧、鳥人族の遺産も、形無しといったところである。 埒が明かぬ――そう思ったとて無理はない。いつ終わるやも知れぬ応戦を続けるよりも、 彼女はさっさと脱出の糸口を見つけて、元の場所に戻ってしまいたいのだ。 だがその感情を逆撫でするかのごとくに、倒せば倒すほどに“手”は増えているようだった。 素早く丸まり、敵の攻撃をいなして爆弾を設置、今度こそ一掃――だが結果はどうか? 虎の子の新型爆弾を一つ失っただけ、数を減らせる目処も立たぬ。また置く。また無駄―― そして奥の手が、兵装用として溜め込んでいた分の資源を生命維持装置に全て振り直し、 鎧を解除して無防備になる代わりに、傷を癒す手法――そこまでは邪魔されなかった。 だが結局、状況だけを整理するなら、どうあっても排除できない謎の“敵”のど真ん中で、 みすみす、無傷の戦利品をくれてやったようなものに過ぎなかった。 それに彼女が気付いたのは、その豊満なる肢体に直接、無数の“手”が絡みついてからである。 待ってましたとばかりに、殻から取り出された中身に、“手”は吸い付いていく。 先ほどまでの、じりじりと外装をこそげ取るような攻め方とは全く違う。 中に入っていたのが、地球人種の女ということを端から理解しているかのような動きだった。 爪――という部位も、改めて見るとその実存が怪しくなるのだが――を立てることもせず、 拳――これもやはり、硬い部位を便宜上そう評しただけに近い――も向けてはこず、 指にあたる五本の突起物を用いて、彼女の身体の隅々を、輪郭をなぞるようになぞっていく。 内骨格の生物には、当然硬い部位と柔らかい部位との差が生じるものであり、 哺乳類の雌の最も柔らかい箇所は、やはり当然、その発達した乳房に相違ない。 まして彼女の胸は、異性ならず同性をも驚かせるほどに大きい――時には重たくも感じるほど。 それを、いくつもの“手”がお手玉か何かのようにぽん、ぽん、と投げ合って受け止め合い、 そのたびに付け根まで、みしり、みしり、と衝撃が届いて揺れるのであった。 あるいはまた別の手が、胸に比してくびれたその胴を、砂時計を転がすようにくすぐる。 乳房の付け根から腰へ――下乳をぐるりと回って臍の上へ、肩甲骨の下から尻たぶへ―― 尻肉もまた、ぎゅむ、と掴まれたかと思えば叩かれたり、つねられたりもする。 そう楽しめるぐらいにしっかりと肉厚の尻は、彼女の雌としての完成度の高さを表していた。 健康な子を産み――その腹を満たすだけの乳の出せる、優秀な母体。 それの点検を入念にしながら、しかし全身を包む青い肌着を無理に破ることもしない。 その生半な紳士的態度が、彼女を苛立たせる。やめろ、と強い言葉を吐かせる。 だがその口にも、指が突っ込まれて――虫歯の有無でも確認しているのか、あちこちつつく。 あわや鼻や耳の穴にまで、指先を入れられるのか――そう思うほどのしつこさだ。 そして鬱陶しさが臨界点を超えて、女が少しく投げやりな態度を見せた頃には、 “手”たちは、すっかり調べ上げた彼女の突起部分を、また執念く擦り始めた。 服の上から、その乳房の大きさに見合った乳首と乳輪とを、傾斜ごと確かめるかのように。 股間にぴっちり張り付いた布地の上、探り当てた陰核を指先でこすこすと刺激しつつ、 陰唇の僅かな盛り上がりまでをも例外なく摘み、くっきりとその凹凸を浮かび上がらせる。 それらの直接的な行為に抗おうにも、ますます増えた“手”は彼女の手足をがっちり握り込み、 人形を弄ぶように、全身を撫で回しているのだ。銀河最強の賞金稼ぎ――その異名は、 今や虚しく、人形に着けられたただの値札に過ぎない。いかに彼女が単体として強かろうが、 ほとんど無限にも感じられる、不死の軍勢と永遠にやり合うわけにはいかぬのである。 やがて身体を好き放題にされているうち――女は、その不愉快な変化に気がついた。 ぬちり、と布地の湿って滑る感覚。望むと望まざるとに関わらず、 延々と刺激を与えられ続けて、勝手に反応してしまった、自分の身体。 碧い瞳でもって、目の前の何十という“手”を睨んでもみせるのだが、 相手に表情も何もない以上、はったりにすらなりはしない。その上、敵は“手”だけではない。 同じようにぼんやり光る――形状がより露骨で下品な、地球人種の雄のそれが、 何本も宙を泳いでいるのは、ほとんど悪い冗談だった。自分の肢体に向けられていなければ。 “男性器”もまたそれまでの“手”のように好き放題に彼女の身体中に身を擦り付ける。 乳房にも、その谷間にも、尻たぶにも、顔にだって平然と鈴口を擦り付けてきたし、 長い金髪を――自分を櫛と勘違いしてか、根本から先端まで辿ってみせたりもする。 そして――また彼女の身体から力の抜けた瞬間、“手”は突然にその衣服を剥ぎ取って、 露出した柔肌に、直接的に牙を突き立てた。無論、相方の方も同じである。 剥かれる前から開いていた上の口だけでなく、下の――両方ともに、太さと長さの違うものが、 ずぶ、ずぶ、と沈んで――まるで串刺しにされた格好で、彼女は宙に引き上げられる。 そして、両手にはそれぞれ一本ずつを握り込まされ、足裏にもまたさらに別のものが―― “手”が地球人種の手と全く同じ機能を有するものであるとしたら、“男性器”はどうか。 当然――本来的な機能を果たすように作り出されているだろうし、彼女の健康な妊娠機能は、 そこからもたらされた刺激に基づき、忠実にその役目を果たすであろう。 どこにも繋がっていないように見える、その怪しげな人体の部品たちは、 その不十分な形状に対して、十分すぎるだけの実用性を持っていた。 個体を維持するための、最低限の機能だけを再現した――繁殖のための、出口なき独房。 本来的には、ここは雑多な生物たちを放り込んで、数だけを勝手に増やすためにある場所だ。 雄を放り込めば浮遊する女性器や、子宮や卵管の模造品が虚空より現れるであろう。 交尾を必要としない生物なら――それに合わせたものが、やはり作り出される。 それらは全て、ただ繁殖という目的のため、遺伝子を溜め込むための行為である。 遺伝子貯蔵庫としてのこの空間が彼女の不用意な殲滅によって壊滅の危機に瀕した結果、 彼女自身の肉体にある、地球人種、鳥人族、生物兵器、寄生された多くの生物――の遺伝子を、 彼女自身から取り立てるために再起動したのであった。次第に宙に浮く男性器の中には、 鳥人族の雄や――かつて取り込まれた数多の生物種の形状を模したものが混じり始めた。 だがそれらの出番はまだまだ先の話であろう。今ようやく、最初の種の付いたばかり。 地球人種の妊娠期間は――軽く一年弱は掛かる。産める数もたかが知れていよう。 全身を真っ白に塗り染められながら、彼女はじたばたと手足をもがかせる。無意味にも。 この果てなき空間が、彼女の産んだあらゆる種によって満ち満ちるまで、解放の時は来ない。 その間の、気の遠くなるほど長い時間――無数の“手”は彼女の全身を撫で回し続ける。 乳も。尻も。膨れた腹も、頬も。意味のある言葉を発さなくなった唇も。 刑期の終わる頃には、とうに彼女は彼女ではなくなっていた。