Q. FOX小隊だけでなく、最近のイベントの流れをさかのぼると、「Sheside Outside」の主人公であるアリウススクワッドのように、かつて重い物語を経験した生徒たちに平凡な日常を返してあげる手法が目立つようになりました。 実際、このイベントストーリーは、アリウススクワッドがほかの生徒たちと同じように夏や祭りを普通に楽しんだこと自体を気に入ったユーザーも多く、アニメPVの集合写真の構図も、殺人兵器として育てられていた頃のアリウススクワッドと同じ構図でありながら、明るく温かい姿で描かれる細やかな演出が非常に好評でした。 POIst: 第1部以降、日常的な物語を増やしていく過程で大切にしたポイントは、重い出来事を経験した生徒たちが、ずっと業に囚われたり、贖罪に押しつぶされたりする状況にならないようにすることでした。 これはコミュニティでよく語られる単純な「洗浄(ロンダリング)」とは性質が違うと考えています。生徒たちはこれまで生きてきた日々よりも、これから生きていく日々のほうが多い存在です。だからこそ、生徒たちが過去の枷からある程度解き放たれ、これからどんな日常を送っていくのかを見せてこそ、先生たちもその生徒を心から応援できるだろうと考えました。 先生が、過ちを犯した人を単に裁く「刑務官」や「矯正官」ではなく「先生」である理由も、まさにここにあります。生徒を諭し、教え導きつつも、「今後の進路を一緒に悩み、応援する人」というのが、このゲームをプレイする皆さんに与えられた役割だからです。 そのため、今後は過去に大きな過ちや重い事情を抱えた生徒たちにも、より良く前向きな方向へ進んでいく姿を多く見せていこうとしています。 Q. 「五塵来降」のイベントストーリーは、山海経の伝統と変化、キサキとカイの過去など、通常のイベントストーリーとしては学園内部の政治や歴史にかなり深く踏み込んだ物語でした。 さらに物語としては、「龍武同舟」―「月華夢騒 」―「五塵来降」と完全につながる三部作に近いボリュームで、当時関連コミュニティでも「これは事実上、山海経のメインストーリーなのでは」という反応が出ていました。 今後も、一部の学園についてはメインストーリーの代わりに、連続性のあるイベントストーリーを通じて世界観を広げていく計画はありますか? POIst: 山海経の連続イベントストーリーは、結果的に多くの好評をいただきましたが、最初からこのように長く重厚な連作にする計画だったわけではありません。 最初の物語「龍武同舟」を作った当時は、新しい生徒たちを登場させ、山海経という学園をもう少し具体的に見せることが主な目的でした。その後、続編のストーリーやピックアップの計画などを話し合う中で、「キサキ」が現在のような状況に至った理由を、短く軽い物語ひとつだけで説明するのは難しいと判断し、担当ライターと話し合いながら全体の形を調整していきました。 その過程で必要な話が少しずつ付け加えられ、自然につながり合って、今のような連続した物語が完成したのです。最初から三本立ての長編イベントを作ろうと計画していたわけではありません。 複数のイベントにわたってひとつの物語を続ける方式には、確かに多くの利点があります。しかし、復刻スケジュールの配置や、新規ユーザーの入りやすさという面では、かなりの負担になりうることも学びました。ですので今後は、多くの先生が必ず知っておくべき重要な話は、できるだけメインストーリーで扱うつもりです。山海経の事例は、やや例外的なケースだと思っていただければと思います。 あえてもうひとつ理由を挙げるなら、玄龍門主「キサキ」というキャラクター自体が、単に「病弱な生徒会長」というイメージだけで扱うには、解くべき話が非常に多く、深みのある人物だったことも大きいです。 実装前から多くの注目を集めてきた生徒でもあったので、ある意味「キサキならこのくらいの分量は仕方なかった」と言えるかもしれませんね。 Q. Code: BOX イベントは、ストーリーだけでなく、フィールドを実際に動き回る潜入プレイが好評でした。 特に、スネークのように怪しいほど段ボールを愛用したり、スミレに捕まって強制的にトレーニングメニューをこなさせられるのが、ほかのミッションよりずっと恐ろしかったと振り返る「突拍子もない姿のセイア」は、これまで築かれてきた神秘的な預言者の姿とのギャップが非常に大きく感じられました。 このように、メインストーリーでイメージが強く固まったキャラクターを、イベントストーリーで崩したり軽く扱ったりする際に、シナリオチームが守っている基準線のようなものはありますか? POIst: セイアの新しい一面を唐突に感じた先生方もいらっしゃいましたが、実はある程度の伏線は以前から張っていました。 たとえば、エデン条約の頃から、ほかの人の言及を通じて性格が決して良いばかりではないという内容が出てきたり、単なる知識よりも処世術が重要な外交を担当していて、茶目っ気がかなりあるといった描写があったりしました。 私たちシナリオチームがセイアを最初に企画した時点から、「健康な時はこういう性格のキャラクター」という設定が固まっていたので、結果として、健康を取り戻し、ふさわしい機会が生まれたイベントであるCode: BOXで、その姿を見せることができたわけです。 私たちは、単に面白そうだからという理由だけで、キャラクターの性格を突然180度変えることはしません。何の予告もなくそうすると、消耗的なキャラクター描写になりやすいからです。 ブルーアーカイブでキャラクターを企画する際は、基本的な性格だけでなく、どの程度までギャップを見せられるかという基準線も一緒に設定しておきます。そのうえで、のちのイベントストーリーで適切な状況と機会が来たときに、それを見せるという方式です。 作家の都合でキャラクターが崩壊することは望んでいませんので、どんなに見せたい姿があっても、状況に合わなかったり契機がなかったりする場合は使いませんし、即興的なギャップはなるべく使わないようにしています。 Q. プレイボール!イベントでは、「このチームは正直、地球が滅亡するまでダメです」「お前らが応援しろ、俺たちが野球するから」「今日負けたら一緒に死のう」「解散しろ」といった台詞が登場することから、KBOを観ている実際の野球ファンの濃い経験が反映されているのは明らかに見えます。私自身もハンファ・イーグルスを応援しているので、仏様の仮面をかぶったファンの心境に激しく共感できました。 ただ、前回の開発トリア(개발트리아、おそらくグロ生の開発者トークのこと)では、開発過程で「これは行き過ぎだったり、現実的すぎたりするので外そう」とした場面があったと聞きました。外した場面の中で、今になって「これは入れてもよかったのでは」と惜しく思う場面や内容はありますか? POIst: (笑)実際、そのイベントのライターさんは野球が大好きな方で、本当に熱心に書いてくださいました。おっしゃる通り、私が分量を減らしてほしいとお願いした部分はありましたが、それは面白さのためのミームや特定の表現が行き過ぎていたから削除をお願いした、というわけではありません。 そのイベントストーリーは、野球の試合が進行すると同時に、テロリストを装った熱狂的ファンを捕まえるという構造で進んでいたのですが、そのライターさんの暴走(?)によって、野球を扱う部分の描写があまりにも現実的かつ具体的になり、二つの話の解像度に差が出てしまったんです。 ストーリーの初稿を読んでいると、ふと「そういえばテロリストはどうなったんだっけ?」と思うほど引き込まれる力がすごかったので、全体の話のバランスのために、野球パートの分量を少し調整してほしいとお願いせざるを得ませんでした。 それでも、ファンの反応や野球にまつわる奇談のような面白い表現は、できる限りそのまま活かしました。特定の表現に問題があるから外してほしいと指摘したわけではありません。 今になって削除された内容を見返すと、もう少しコミカルに誇張してもよかったかもしれない部分もあります。当時は「コーギー・ブレイブス」が本当に弱いチームだということを見せるために、エース打者の「レイ」が100回振って8回しか当たらないという「8分台の打率」や「20連敗」といった誇張した記録を出したのですが、その後実際のKBOの試合を見ていると、それよりも非現実的に感じられる点差や連敗が出ることもあったんですよね。 マーク・トウェインの名言に、「現実は小説より奇なり。小説はありそうな話を書かなければ説得力を得られないが、現実はそうではない」という趣旨のものがありますよね? なので、面白さのために、その話を「もう少し誇張してもよかったな」と思ったことはあります。 Q. 「魔法少女ヘビーキャリバー」のイベントストーリーは、「スズミ」のようにサービス初期からいたものの、長いあいだ大きな物語の中心に立てなかった生徒が再び注目を浴び、好評でした。 最近は、既存の生徒を新しいイベントの主役として再発掘する作業も重要に見えますが、「今あらためて語る生徒」を選ぶ特別な基準のようなものはありますか? POIst: 特定の基準をひとつ決めておくというよりは、できるだけ多くの生徒がまんべんなく登場できるよう機会を与えようとしています。 現実的に、すべての生徒をまったく同じ比重で登場させることは不可能ですが、「ブルーアーカイブ」は先生ごとにそれぞれ推し(最愛)の生徒がいるゲームなので、自分の推しがあまりにも長く登場しないと、残念に思うのは当然です。そのため、社内でも、各生徒が最後に登場してからどれだけ時間が経ったかを継続的に確認しています。 もうひとつ重視しているのは、その生徒にまだどれだけ成長と葛藤の余地が残っているかです。その生徒が心の中に抱えている悩みや葛藤について、さらに語れる部分があるかどうかを見るんです。先生という立場からすれば、悩みの多い生徒を優先して相談に乗り、話を聞いてあげる必要があるからです。 そうなると、すでに大人びた面が強い生徒たちは、相対的に登場の機会が少なくなりがちなのですが、今後はそうした生徒たちがほかの生徒のメンター役を務める方法も考えています。 Q. 実は「魔法少女ヘビーキャリバー」は、ストーリー自体も面白かったのですが、グローバル特典映像に出てきた「さあ、恥ずかしそうな顔で」や「ピラニアとズワイガニ」といった言及のように、キム・ヨンハPDの「忘れられる権利」を侵害する、実に不気味なテキストが圧巻でした。 実際、こうした内容をこっそり仕込んだことを本部長に見つかったと聞きましたが、最初に入れたときの心境と、見つかったときの心境を聞いてみたいです。 POIst: (笑)統括PDに関するネタは、社内ではほとんど公共財のように使われています。今では統括PDだという意識が薄れるほど自然にいじる雰囲気なので、書くときに特に大きな罪悪感は感じなかったと思います。 実際、そのネタがゲームに入っていることを知ったときも、大きく問題にするというより、笑って済ませる雰囲気でした。もちろん、統括PDご本人がどんなお気持ちだったかは分かりませんが。 実は社内にはいろいろな趣味のサークルがあるのですが、コスプレサークルの名前が「いつもおとぎ話のように(언제나 동화처럼)」なんです。かつて統括PDがKBSで出演されていた番組と同じ名前です。それくらい、社内では統括PDに関するネタを使うことに大きな抵抗がない雰囲気です。 それでも統括PDは、恥ずかしがりながらも、ゲームの役に立つならいくらでも使っていいと配慮してくださる方です。なので今後も、ゲームへの没入を損なわない範囲で、あまり気兼ねせずに活用していくことになると思います。 むしろ、私たちMXスタジオには、以前から統括PDと一緒に仕事をしてきた方が多いので、いじりの強度だけで言えば、外部よりも内部のほうがはるかにひどいです。統括PDが公開しないでほしいと言っていた昔の資料が、社内で共有されることもあるくらいですから。 ですので、統括PDが在職されている間は、「忘れられる権利」を主張するのは難しそうです。 Q. 最近の流れを見ると、イベントストーリーで新しい学園や生徒、あるいは既存の生徒たちの新しい関係を十分に先に紹介したうえで、その設定がのちのメインストーリーやほかの物語の素材につながるケースが多く見られます。 今のイベントストーリーは、長期的にメインストーリーのプロットを設計しながら一緒に配置する比重が、以前より大きくなったのでしょうか? POIst: イベントストーリーはそれぞれ目的も設計方法も異なるので、一括してお答えするのは難しいです。 たとえば水着の季節イベントなら、当然、水着キャラクターの魅力を見せる話を最優先にするので、メインストーリーとの接点や連関性はほとんど考慮しません。逆に、新しい学園を初めて紹介するイベントであれば、生徒一人ひとりの葛藤よりも、まず学園そのものを十分に紹介するようお願いしています。 そのため最近は、むしろメインストーリーのためにイベントストーリーへ意図的に伏線を入れてほしいとお願いするケースは減る傾向にあります。先ほどの「五塵来降」の質問でお答えしたとおり、イベントストーリーには季節性があるので、メインストーリーでその伏線を回収する時点でイベントが復刻されていなかったり常設化されていなかったりすると、新規の先生方が内容を理解しにくくなる可能性があります。実際、そうした不便についてのご意見も何度か確認しています。 ですので、必ず知っておくべき話や重要な登場人物は、グループストーリー、ミニストーリー、メインストーリーのように、いつでもアクセスできるコンテンツで扱うようにしており、常設イベントへの編入もそうした方法のひとつだと考えていただければと思います。 Q. このようにブルーアーカイブは、キャラクターやストーリーを書く際に本当に気をつけるべき基準点も多く、非常に悩みも多く込められていますが、誰かがロールケーキを拷問道具として使うとか、誰かの腕力がゴリラ並みだとか、誰かが4年間声がなかったとか、シナリオ企画チーム内部では決して意図せずに生まれたミームが非常にたくさんあります。 もちろん、こうしたミームを公式に認めることはできないでしょうが、その中で一番好きなミームは何ですか? POIst: 先生方が生徒たちをたくさん愛してくださっているぶん、数多くのミームも二次創作の一分野だと考えているので、私も一人の読者として、二次創作やミームを楽しく見ています。 個人的に一番印象に残っているのは、アル社長の知能が粉砕されるBGMとして知られる「Unwelcome School」の導入部で、まさに本格的な大騒ぎが始まるタイミングに、みんな示し合わせたように「Let’s Go!」という大合唱が付いたミームでした。 いつ、どのようにして生まれたのかは私にもよく分かりませんが、それが音楽と絶妙に合っていて、いつの間にかその掛け声が最初から曲に含まれていたかのように感じられるほどでした。昨年の4周年フェスティバルの土曜日のサウンドアーカイブバンド公演でも同じように再現されたので、今回の5周年フェスティバルでも大いに期待しています。 いつも先生方が作ってくださるミームを楽しく拝見しており、ありがたく思っています。