・01 ダークドラモンの拳をオキグルモンは紙一重で躱す。 直ぐ様返す刀が閃き、装甲を斬り裂いた。 こちらの振るう拳は次々と回避される一方、敵の突く刀は確実にそのアーマーを傷つけていく。 「ネオデスジェネラル…やはり、強い!」 シュウは苦い顔でデジヴァイス01の仮想モニターを叩き、解析を進める。 ここで何をするつもりなのかは分からない…だからこそ、これ以上の進軍を許すわけにはいかない。 「単身向かってくるだけの度胸は認めてやろう…だが、私の"結刀術"は無敵。地を這いつくばる結果で終わるだけだ」 オキグルモンは静かに刀を構え直す。 その発言は、目の前にいる白いネオデスジェネラルにも言えたことだった。 だがそれ以上に気になるのは、彼女がこの状況を自分だけで十分だと判断しているらしいことだった。 ─東北某所に現れた巨大なデジタルポイントは、瞬く間に町を飲み込んだ。 「この規模なら、ネオデスジェネラルと見て間違いないでしょうねぇ」 イツキはモニターに映し出された映像を前にニコニコした顔のまま物騒なことを言う。 築45年を越した某区役所の会議室に納められた対ネオデスジェネラル会議室で、イツキはいつのまにか指揮官的なポジションに収まっていた。 「あの…俺たち、いつの間にかネオデスジェネラルくん係になってませんか?」 「ははは。社会人あるあるですね」 イツキはいつもの調子で笑う。 「シャカイジンって大変なんだなぁ」 「ま。ここまで来た以上は仕方ないでしょう。世界が終わるのも困りますし」 ユキアグモンがなにも考えてないアホ面でいたのを思い出しながら、シュウは視線を戦場へ戻した。 ─その瞬間、そのダークドラモンがビルに叩きつけられた。 【テラアイスレゾルブ】 オキグルモンが放った巨大な氷塊はダークドラモンへ迫る。 10mを越える巨体がビルを蹴って飛び上がり、上空へと回避する。 このまま世界が滅茶苦茶になるのも、妹がネオデスジェネラルを率いている事実も、放っておく理由などない。 「こいつでどうだぁぁっ!」 【バスターダイブ】 ダークドラモンは一回転から勢いをつけ、地上へと飛び込んだ。 そのまま突き出された足をオキグルモンは身を捻ってかわす。 そのまま追撃しようとしたダークドラモンの懐へ、刀が滑り込んだ。 「なっ…」 刃が装甲を掠め、ダークドラモンが反射的に距離を取った。 それは完全にワープかなにかとしか思えない速度だったが、オキグルモンも瞬間的に肉薄した。 「消えろ」 グッと姿勢を低くした白い侍が踏み込む。 その肩─ショルダータックルが、黒い巨体の脇腹へ深々と突き刺さった。 鈍い衝撃音とともにダークドラモンの巨体が宙を舞う。 地面を何度も跳ねながら転がり、土煙を巻き上げた。 青いアーマーの各部に配置さたれた推進装置が唸りを上げ、無理矢理その姿勢を立て直す。 「ンにゃろう……どうなってやがる!」 鼻先を擦りながら、ダークドラモンが立ち上がる。 「ダークドラモン!」 「ああ!」 シュウがデジヴァイス01の仮想モニターを叩く。 呼応するようにダークドラモンが両脚を踏みしめ、手を大きく掲げた。 「ギガスティックランス、発動!」 飛来したレールガン・アルタラウスからテクスチャが剥がれ落ちる。 露出した無数のワイヤーが宙を走り、互いを絡めながら瞬く間に形をモーフさせる。 新たなテクスチャがその表面へと次々にはめ込まれ、完成したギガスティックランスがダークドラモンの手に収まった。 同時に、背部から青白いエネルギーの翼が展開される。 「行くぜ!」 先ほどまでよりも荒々しく噴き上がるエネルギーが巨体を押し出し、音を置き去りにしながらダークドラモンが飛び出した。 右へ跳ね、左へ折れ、予測不能なジグザグを描く─まるで空を滑るUFOのような軌道のまま、ダークドラモンは一気にオキグルモンへ迫った。 突き出された槍にオキグルモンはぬるりと刀を滑り込ませ、激しい音を鳴らす。 槍の穂先が刀に弾かれ、軌道を逸らされた。 だが、シュウの見開かれた目には別の驚きがあった。 これは回避ではない─ダークドラモンの速度が、オキグルモンの回避を上回ったのだ。 オキグルモンの足が地面を削り、白い足元から土煙が舞い上がる。 初めて、確実に攻撃を止めるための動きを取らせた。 「っ…!」 シュウの胸の奥が、鋭く締め付けられた。 キリキリと、体の内側を直接削られているような痛み。 思わず片膝をつきかけるが、シュウはデジヴァイス01のバンドを絞め直した。 ダークドラモンの苛烈な攻めが続いた。 槍が唸り、青い巨体が地面を蹴るたびに、オキグルモンの周囲で土煙が舞い上がる。 オキグルモンは刀を滑らせ、受け、弾き、紙一重で凌いでいく。 それでも完全には捌ききれず、白い装甲には少しずつ傷が増えていった。 攻撃を受けるたびに刀へも負荷が蓄積していく。 「私の予知に割り込むか……!」 オキグルモンは刀を構え直し、静かに息を整える。 加速したダークドラモンを相手に、一手、二手先を見る程度ではこちらの消耗をより激しくするだけだ。 ならば、さらに先…より多くの可能性を見通す。 意識を集中させた瞬間、彼女の視界に幾つもの未来が浮かび上がった。 それはまるで夜空に散らばった星々を繋ぐように、無数の可能性が線となって伸びていく。 右へ避ける未来、左へ避ける未来、刀で受ける未来、後ろへ退く未来。 そのどれもが異なる軌道を描いている。 だが、その全てに同じ結果が待っていた。 被弾…違うのは、そこから導かれるダメージの大きさだけだった。 「なんだと…!?」 「隙ありぃぃッ!」 オキグルモンが選択肢を決めかねたその一瞬─ダークドラモンが目の前まで迫っていた。 咄嗟に刀を繰り出すが、受け流すには角度が悪い。 ダークドラモンの質量を全て乗せた体当たりが刀を捉え、これまで幾度となく攻撃を受け続けてきた刀がついに限界を迎えた。 甲高い音を立て、刀身が折れる。 「…!」 勢い余ったダークドラモンも、そのまま地面へ突っ込もうとする。 激突する寸前、背部の推進装置が一斉に噴き上がった。 推進エネルギーを滅茶苦茶に振り回し、巨体の軌道を強引に捻じ曲げながらもダークドラモンは地面を掠めて離脱する。 その直後、折れた刀を手にしたオキグルモンが反撃へと踏み込んだ。 振り下ろされた刃を、ダークドラモンはほとんどまぐれでかわす。 そのまま地面へ着地したダークドラモンは、拳を突き上げる。 「よっしゃぁ!ようやくやってやったぜ!」 勝ち誇った雄叫びが戦場に響く。 ここからだ…そう思ったシュウだったが、その身体から力が抜けた。 「…シュウ!?」 ガクッと倒れ込み、両手を地面につく。 息が上がり、肩が大きく上下していた。 ダークドラモンの声から、先ほどまでの勝ち誇った響きが消えた。 「俺に構うな!」 シュウが叫ぶ。 ダークドラモンは僅かに躊躇したが、すぐにその巨体を翻してオキグルモンへと一気に接近する。 ギガスティックランスと折れた刀が激しく噛み合った。 完全な形を失った刀身でも、オキグルモンの技量は衰えていない。 互いの武器が軋み、火花が散る。 「戦っている場合ではないだろう。それは私も元よりだがな」 「それはテメェをやってから決める!」 ダークドラモンはギガスティックランスを手放した。 空いた両手にエネルギーが収束し、鋭い電撃の刃となって腕を覆う。 【レーザーエッジ】 手刀が走る─電撃を纏った刃がオキグルモンの兜を裂き、そのまま目元を掠めた。 白い装甲が砕け、片目から赤いデータが飛び散った。 確かな手応えにダークドラモンは返す手刀を首筋へと振り抜く。 それよりも早くオキグルモンが踏み込み、鋭い頭突きがダークドラモンの顔面を捉える。 「ぐっ!」 巨体がのけぞったところへ、今度はオキグルモンの拳が叩き込まれた。 その瞬間、地面に落ちたギガスティックランスの眼が音もなく開く。 何かが放たれた様子はない…だが、オキグルモンの身体が突然動きを止めた。 「…!」 【テリブルゲイズ】 不可視の停止光線が、すでにオキグルモンを捉えていた。 動きを封じられた、その僅かな隙にダークドラモンは姿勢を整える。 腰を捻り、脚を振り抜く─強烈なソバットがオキグルモンの側頭部へ叩き込まれる。 「ぐぅッ!」 白い巨体が大きく吹き飛んだ。 ダークドラモンはその場へ着地するが、すぐには次の攻撃へ移れなかった。 肩を上下させ、荒い息を吐いている。 対するオキグルモンは、折れた刀を構え直す余力すら残している。 ただ、その顔からは一筋の赤いデータが流れ落ちていた。 傷ついた片目から血のようにデータを滴らせながら、オキグルモンは静かにダークドラモンを見据えていた。 (ヤツの最大出力はこちらに匹敵……いや、それ以上か) かつての上司、デジモンイレイザーがバルバモンから受け継ぎ、完成させた最終兵器・ダークマター。 その恐ろしい力を、オキグルモンは今自らの身をもって味わっていた。 だがどれほど強大な力であろうと、維持できる時間には限界がある。 (持って一時間…というところか) オキグルモンは霞む右目に手を当て、残された左目だけでダークドラモンを見据える。 そして、その視線がシュウと呼ばれた青年を捉えた。 先ほどから続いているシュウの異変…ダークドラモンの出力が増すほど、その身体にも負荷が蓄積している。 あれほどシュウを気にかけているダークドラモンが、それを無視して戦い続けるとは考えにくい。 (制限時間まで戦う必要はない。ヤツ自身が出力を落とす) ならば、こちらに必要なのは一時間ではない。 オキグルモンは右目から手を離し、残された左目へ精神を集中させた。 周囲の空気が震える。 大気中の水分が瞬く間に凍結し、無数の氷が一点へ集まっていく。 それらは幾重にも重なりながら形を変え、やがてオキグルモンの手に一振りの刃として収まった。 折れた刃の代わりとなる、氷刃。 (つまり…持って十分) 刃を構える─十分ならば、余裕で凌ぎきれる。 そう判断したオキグルモンは、ダークドラモンが動くより早く踏み込んだ。 ─だが、その行く手から無数の氷の礫が降り注ぐ。 オキグルモンは進路を変え、大きく飛び退いた。 迫る氷を刀で次々と切り裂き、砕けた欠片を撒き散らしながら地面へ着地する。 その正面に、巨大な影が現れた。 「…丁度よい。お前を探していた」 「探していたのは俺の方です…いや、俺の方だ」 低い声とともに、ホムコールモンが姿を現す。 「ホムコールモン…!?」 シュウは壁に手をつき、身体を支えながら立ち上がった。 オキグルモンは刃についた氷片を振り払い、ホムコールモンを真っ直ぐ見据える。 「お前はもう、無駄に命を殺める必要はない。私のようにはなるな」 「なっ…なにを…!?」 その発言に、ホムコールモンは拳を震わせた。 「俺をそういう風にしたのは、アンタだろうが…っ!」 「…そう」 その言葉にオキグルモンは目を伏せ、かつての部下を見据えて言葉を続けた。 「だから、だからこそ。私は責任を取り、お前をここで消す」 「負傷したアンタを倒すのは少し癪だが…確実に潰す!」 ホムコールモンが指を鳴らすと、その音を合図に空間へ幾田ものデジタルゲートが開く。 次々と飛び出した水龍軍団の完全体デジモン…かつて自分が率いていた者たちがオキグルモンを取り囲む。 「やれ」 そして、ホムコールモンの掛け声に答えて一斉に氷塊がや奔流が次々と放たれた。 「お前たちもここに来たなら、覚悟はしているだろう…」 彼らの放つ氷と水を、オキグルモンは素早いすり足で掻い潜っていく。 斬撃をかわし、身を捻る…攻撃の間を縫うようにして進んだオキグルモンは、開かれたデジタルゲートの中央へ躍り込んだ。 周囲を完全体たちに囲まれる。 オキグルモンは刀を構え、その角度を僅かに変えた。 「無銘式─」 身体を軸に、名も無きただの刀が回る。 全力で放たれた回転斬りが、オキグルモンを中心として円形の衝撃波を生み出した。 「氷雨」 細く研ぎ澄まされた寒波が周囲を走り抜ける。 迫っていたデジモンたちが凍りつき、その身体を両断される。 更には開かれていたデジタルゲートまでもが凍結し、その中央から真っ二つに断ち切られていた。 「ンだよ…どういうこった!?」 ダークドラモンが目の前の光景に戸惑い、シュウもまた状況を飲み込めずにいた。 「…内ゲバか?」 本来なら同じ陣営にいるはずの二人が、互いに刃を向けている。 「アンタは、こんなもんじゃないはずだ!」 ホムコールモンは自分に迫った衝撃波を殴り砕くと叫んだ。 「クシネトリカを出せ…!」 その声に込められているのは、部下を失った怒りではなかった。 彼が感じ取っていたのは、かつて自分が知っていたオキグルモンとの、あまりにも大きな力の差。 あの刀を持っていた頃の彼女なら、こんなものではなかった。 「既に私の手元にはない」 オキグルモンはあれは…と、答えかけるものの言葉を止める。 「彼らは、私の罪だ」 その手に握られた無銘の刀へ、力が込められた。 「ふざけているのかぁーーっ!」 ホムコールモンが吠え、一直線に突撃する。 オキグルモンは迫る巨体を紙一重で躱すと、その勢いを利用するように踏み込み、刀の柄を顎へ叩き込んだ。 「ぐっ…!?」 「ふざけてはいない。お前の技は知っている」 ホムコールモンの必殺技の一つ、ゼーベック─強烈な炎や氷の攻撃を受けた際、それを引き金として発動する放電攻撃だ。 かつて彼を育てたオキグルモンが、その技を知らないはずがない。 そう言いながら折れた刀を捨てると、拳を握って顔面へ叩き込む。 よろめきながら振り抜かれたホムコールモンの腕を受け止め、そのまま身体を捻る。 巨体が宙を舞い、背負い投げの勢いのままビルの壁へ叩きつけられた。 逆さまのまま壁にめり込んだホムコールモンへ、オキグルモンは容赦なく踏み込む。 顔面へローキックを叩き込み、その巨体をさらに壁の奥へと押し込んだ。 反動でビルの壁面が崩れ落ちる─瓦礫とともに地面へ着地したホムコールモンは、身体を起こすと右手を掲げた。 空気中の水分が一気に集まり、腕へ食いつくように氷塊が形成されていく。 それを左手で掴むと、掌から放たれた熱が氷を削り、瞬く間に一本の刃へと整形していく。 【アプ・オボコロベ】 次の瞬間、ホムコールモンの姿が消えた。 オキグルモンが反応したときには、すでに目の前。 氷の刃を構えたホムコールモンが、ゼロ距離まで踏み込んでいる。 オキグルモンの表情が変わった。 「片目が見えていないんだろう」 ホムコールモンは、オキグルモンから見て右側へ回り込んでいた。 負傷して視力を失った右目(しかく)からの接近。 未来を予知すれば避けられる─ならば、そのために未来を視るよりも早く。 「そこだぁッ!」 ホムコールモンが氷刃を振り上げ、オキグルモンの鎧に傷が刻まれていく。 一撃を避けても、次の一撃が来る。 未来を視て回避しようとしても、蓄積したダメージによって、その発動にはわずかな遅れが生じていた。 そのラグを逃がすホムコールモンではなく、間髪入れずに連撃を切り込んでいく。 氷剣が鎧を抉る─さらに踏み込み、横薙ぎ。 返す刃が肩を捉え、オキグルモンの身体が大きく揺らいだ。 「これも、定めか…!」 ついに片膝が地面につく。 未来が視える脳裏は自体は変わらない。 だが、未来を視てから身体を動かすまでのわずかな遅れを、今の彼女は埋められない。 ホムコールモンがトドメと言わんばかりに剣を振り上げたその時─轟音とともに、爆炎が地面へ叩きつけられた。 「なにっ!」 ホムコールモンは咄嗟に飛び退く。 着弾した炎が地面を焼き、周囲へ熱波を撒き散らす。 だが、その炎は長く燃えなかった。 ホムコールモンが右手をかざす。 「…消えろ」 炎から熱が奪われていく。 燃え盛っていた火炎が急速に勢いを失い、やがて煙だけを残して消えた。 「ちっ。嫌なやつが来たな…」 ホムコールモンが舌打ちする。 その視線の先、巨大な影が地上を睨んでいた。 翼を広げたエンシェントグレイモンが、オキグルモンとホムコールモンの間へ降下してくる。 巨体が地面へ着地した瞬間、凄まじい風圧が周囲へ叩きつけられた。 瓦礫が吹き飛び、舞い上がる砂埃の向こうから、エンシェントグレイモンがゆっくりと顔を上げた。 「オキグルモン、無事か。だから一人で行かせたくはなかったんだ」 エンシェントグレイモンの背から、聞き覚えのある声が響いた。 東日蓮也─その巨体の上から顔を覗かせたのは、シュウも見覚えのある少年だった。 オキグルモンはふらつきながら身体を起こす。 「…私が決着をつけるべき事だったんだ」 「なるほどね。大体わかった」 シュウは状況を眺めながら頷くが、ダークドラモンが首は傾げている。 「どーいうコトだよ」 シュウはその肩へ乗せてもらうと、エンシェントグレイモンたちの横へ並んだ。 「あいつは味方ってこと」 「最初っからソレ言えよ」 「俺も今わかったんだからしょうがないだろ」 「ならしかたねぇか…」 「あなたは…祭後さん?」 蓮也は知らないデジモンの肩に立っている見知った青年の姿に驚く。 だが先ほどまで一人で戦っていたオキグルモンの隣にシュウが並んだことに、蓮也の表情にはわずかな安堵が浮かんだ。 「わりぃ!さっきソイツと戦ってた!」 ダークドラモンが申し訳なさそうにオキグルモンを指差す。 「ネオデスジェネラルと勘違いした…今は違うんだろ?」 シュウはオキグルモンと蓮也を交互に見ながら言った。 「…そういうことだ」 オキグルモンの答えを聞いて、シュウは小さく頷いた。 「じゃあ、話は早い」 その向こうで、ホムコールモンが氷剣を練り直す。 刃を研ぐように氷が軋み、その切っ先がさらに鋭く尖る。 「…まだ終わっていないぞ」 次の瞬間、ホムコールモンの姿が消えた。 狙いは再びオキグルモン─だが、その進路へエンシェントグレイモンが割り込んだ。 巨体が地面を蹴り、真正面からホムコールモンへ突っ込む。 「ぬおっ!」 轟音とともに二体の身体が激突した。 ホムコールモンの氷剣がエンシェントグレイモンの装甲を擦り、火花と氷片が同時に弾け飛ぶ。 オキグルモンの前に、エンシェントグレイモンが立ちはだかった。 その背から蓮也が身を乗り出す。 「オキグルモン。もう一人で戦わなくていい」 「…蓮也」 その言葉に、オキグルモンはほんの少しだけ目を伏せた。 ・02 三体の竜が並び立っていた。 オキグルモンとエンシェントグレイモンは互いの動きを知り尽くしているかのように連携する。 オキグルモンが踏み込めばエンシェントグレイモンがその死角を塞ぎ、その隙間へダークドラモンのギガスティックランスが突き込まれる。 ホムコールモンはそれらを氷剣で受け流し、傷を増やしながらも一歩も退こうとはしなかった。 その攻防の最中、空間がカクついた。 ダークドラモンの身体がつんのめり、支えようとした槍の先が地面を削った。 「うおっ!?」 何が起きたのか分からず振り返ったシュウとダークドラモンの視界に、ひとつの巨体が映る。 いや、映ったというより─そこに"いた"。 いつからそこにいたのか誰にも分からず、現れた瞬間を見た者はいなかった。 ただ、処理落ちした空間が何事もなかったように動き始めた時には、巨大な竜人が戦場に立っていた。 ホムコールモンの顔から、初めて明確な緊張が滲む。 「テラケルモン…殿…!」 呼ばれた竜は、ホムコールモンへ視線を向けることすらなく、戦場全体を見渡した。 「手を貸そう。元より、粛清は我の責務」 静かでよく通る声は、一言で空気を変えた。 シュウはダークドラモンの肩から、その姿を見据える。 知らない相手ではない…かつて自分たちが叩き潰された、あの火竜将軍。 「…テラケルモン」 その名を聞いた蓮也が息を呑む。 「こいつは…!?」 「まさか…復活していたとは…!」 オキグルモンの声に、これまでになかった焦りが混じった。 かつて、ロイヤルナイツと七大魔王が激突した前大戦。 その戦いで両陣営が互いに致命傷を負った時、先代デジモンイレイザーはそれを好機と見た。 かつてのネオデスジェネラルたちは同時に戦場へ投入され、世界を取ろうとした。 だが…敗北したテラケルモンは地下深くへ封印されたはずだった。 その封印を掘り返し、再びこの世界へ引きずり出したのが今のデジモンイレイザーとホムコールモンだった。 「対ネオデスジェネラルとしての…ネオデスジェネラルだ」 オキグルモンは、目の前のテラケルモンを見つめる。 それが、火竜将軍に与えられた役割。 ネオデスジェネラルを討つために存在する、ネオデスジェネラル。 ホムコールモンだけなら、まだ戦えた。 傷ついているとはいえ、エンシェントグレイモンと蓮也もいる…ダークドラモンまで加わった今なら、勝機を作ることもできる。 だが、テラケルモンは違う…オキグルモンは無意識に刀を握り直した。 「撤退だ。そこの二人もいいな」 オキグルモンが告げると、ダークドラモンは不満そうに鼻を鳴らしながらもギガスティックランスを担ぎ直した。 「ちっ。しょうがねぇな…!」 ─ダークドラモンの背後に、テラケルモンが"いた"。 「危ないッ!」 エンシェントグレイモンが凄まじい反応速度で飛びかかり、黒き竜人へ食らいつくように巨体を突っ込んだ。 だがその身体を迎えたのは拳でも爪でもなく、テラケルモンの周囲に展開された黒く濁ったバリアだった。 エンシェントグレイモンは衝突の直前にそれを察し、咄嗟に身体を捻って急速旋回する。 しかし、その大きな翼の一部がバリアに触れてしまう。 瞬間、そこだけが消えた。 斬撃を受けたわけでもないのに、切断面すら残らず、バリアに触れていた部分だけが世界から抜け落ちた。 「ぐぅ─ッ!?」 「エンシェントグレイモンッ!」 蓮也の叫びが響く。 エンシェントグレイモンの身体が大きく傾くのを見て、オキグルモンは考えるより先に飛び出していた。 テラケルモンとの間へ割り込むが、その顔面へ拳が叩き込まれる。 まともに受ければ致命傷になりかねない一撃だったが、オキグルモンは拳が触れる寸前に身体の力を逃がし、受け方を調整して衝撃を和らげた。 それでも吹き飛ばされた身体は地面を転がり、瓦礫をいくつも弾き飛ばしていく。 オキグルモンはすぐに身体を起こした。吹き飛ばされた際に拾い上げた刀を握り直し、エンシェントグレイモンの前で起き上がる。 傷だらけの鎧を軋ませながらテラケルモンを見据えたところで、脳裏にひとつの感覚が蘇った。 (未来予知が通用しない…) この嫌な感じ…先程、ダークドラモンと戦った時にも感じたものだった。 未来を視ているはずなのに、視えた未来の全てが被弾という結果しか写さない。 相手の動きを予測しているのに、その予測そのものが追いついていないような感覚。 (成る程、少々理解はできた気がする) オキグルモンは折れた刀を構え直す。 背後では、片翼を失ったエンシェントグレイモンが蓮也を背に乗せつつも体勢を立て直そうとしている。 そして、隣にはダークドラモンとシュウ。 撤退すると決めたはずなのに、オキグルモンは動けなかった。 目の前に立つテラケルモンが、あまりにも危険だった。 しかし、そんな彼女の横をダークドラモンがギガスティックランスを構えて通り抜けた。 蒼黒の竜を阻むようにホムコールモンが踏み込み、アプ・オボコロベを振り抜いた。 槍と氷の剣が激しく噛み合い、互いの武器を押し付けたまま動きを止める。 「逃すと思ったか!」 ホムコールモンは力任せに押し込んでいく…まるでテラケルモンに触れる資格すらないと言わんばかりの勢いだった。 しかしダークドラモンの勢いにまかせた一撃は、ホムコールモンを押し出して見せる。 「蓮也、エンシェントグレイモン!」 オキグルモンは全身から一気に寒波を解放しながら叫んだ。 蓮也とエンシェントグレイモンは頷くと、翼を広げて炎の渦を前方に発射する。 やがて二つの力が激しく衝突し、轟音とともに爆発が起こった。 そして、激しい熱と氷が辺り一帯を濃い霧に包んだ。 「ちっ!」 ダークドラモンは鍔競り合いをいなし、槍を引き抜くようにしてホムコールモンとの接触を断つ。 そのまま翼を噴かせ、濃霧の向こうへ大きく飛び退いた。 「ぐっ、逃がすか…オキグルモォン!」 ホムコールモンが追おうとした、その時だった。 バチッと電撃が走ったような音が響き、ホムコールモンの動きが止まる。 一方、テラケルモンは微動だにはしなかった。 やがて濃霧が晴れると、そこに残っていたのは戦いによって崩れ果てた廃墟の町並みだけだった。 「くそ…逃がしたか…!」 ホムコールモンは悔しげに呟いた。 ・03 大きな駅の地下通路に、シュウたちは身を潜めていた。 正直なところ、ホムコールモンとダークドラモンが剣を交え始めた辺りからの記憶は、半分意識を失っていたせいで霞んでいる。 ともかく、地下通路という狭い場所なら、十メートルを越えるホムコールモンやテラケルモンが入り込んでくることはないだろう。 完全に安心できるわけではないが、今はそれだけでもありがたかった。 全身ボロボロになった蓮也と、エンシェントグレイモンから退化したドラコモン。 息も絶え絶えで、片目を包帯で塞いでいる小柄な少女。 そして、傷こそ浅いものの、ダークドラモンから幼年期まで退化したユキミボタモン。 状況が芳しくないことだけは、誰の目にも明らかだった。 「感謝しろよ。全く」 そんな状況でも生意気そうな口を叩いているのは、シュウの知り合いの少女・カノンだった。 「はいはい。わかってるよ…ありがとな」 シュウがいつもの調子で返すと、カノンは少し意外そうな顔でニヤけた。 「はえ〜。おじさん、感謝とかできるんだ」 「酷い言い様だなオイ」 濃霧が発生したあの場で、カノンとディノビーモンはグランクワガーモンへと進化していた。 戦場の状況を見たカノンは、戦闘への介入よりも負傷者の救助を優先することを選んだ。 グランクワガーモンの速度なら、戦場から離れた場所まで退化したドラコモンとユキミボタモンを運び出すこともできる。 濃霧に紛れて二体を回収すると、そのまま安全な場所まで運び出したのだ。 「久しぶりだな〜、カノン、ディノビーモン!助かったゼ〜!」 ユキミボタモンが嬉しそうに、ぽよぽよ跳ねながら声を上げる。 ディノビーモンは無言で手を上げて返事をした。 二人がいなければ、あの場から無事に逃げ出せていたかも怪しい。 カノンは戦場を見て、自分がすべきことを判断した…それだけだった。 「大体予想はつくけど…」 シュウは銀髪の少女へ目を向ける。 「一応聞く。君は誰かな」 「なぜわざわざ聞く必要があるのか?私はオキグルモンだ」 片目を包帯で覆った小柄な少女が、当然のことのように答えた。 「ほんげーーっ!うっそだろぉ!?」 ユキミボタモンの目が大きく飛び出し、そのまま勢いよくひっくり返る。 「うっさい」 カノンが即座に切り捨てる。 「まぁ、そうなるよね」 蓮也は苦笑しながら、ドラコモンへ回復ディスクを当てていた。 しかし、手元にあるのはあまり質の良いものではないらしい。 身体の一部を失うほどの損傷ともなれば、そう簡単に元へ戻るものではなかった。 「ヤツとの決着をつけるため、私は既にこのデジタルポイントへ一人で来ていた」 そんな喧騒をよそに、オキグルモンが説明する。 「その途中で祭後終…お前たちと遭遇し、ネオデスジェネラルと勘違いされたということか」 「喧嘩っ早いオキグルモンとユキミボタモンが揃ったらこうなっちゃうよなぁ」 ドラコモンは呆れたように笑う。 「だから一人で行かせるわけにはいかなったんだ…ネオデスジェネラルも更に増えるなんて危険に決まってる」 「それ、蓮兄さんも危ないから」 蓮也がそう言うと、カノンが呆れたように返した。 「それで…どうしてネオデスジェネラルを裏切ったんだ?」 シュウの問いに、オキグルモンは包帯を巻いていた手を止めた。 「…それは」 言葉は続かず、視線を横へ逸らす。 その先にいた蓮也も、何故か同じように目を逸らしていた。 「…?」 二人の反応を見ても、シュウには何が起きているのか分からない。 しばらく考えた末、なおも首を傾げるシュウの頭をカノンが軽く叩いた。 「アホ。察しろっての」 「は?何を…あ。あー…なるほどね?」 ようやく何かに気付いたシュウは、二人を見比べる。 それから一瞬ニヤけた顔を手で隠すと、それ以上は聞かなかった。 オキグルモンは小さく息を吐くと、改めて口を開いた。 「私は、かつて先代デジモンイレイザーにより作られたネオデスジェネラルの一人だった」 「先代…か」 義妹ミヨの前にデジモンイレイザーだった人物とは、一体どのような人物だったのだろうか。 シュウはなんとなく、そのようなことを考えた。 「命令に従い、必要とあらば他者の命を犠牲にして戦った。あの刀も、そうして私の部下たちの命を使い、作り上げたものだ」 彼女の手が、足元の竹刀に向かう。 そこにかつての刀はない。 「だが…もう、無闇に命を犠牲とするのはやめた。ネオデスジェネラルを裏切った後、私はあの刀を手放した」 「手放したって、どこかに捨てたのか?」 「捨てたのではない」 ユキミボタモンの質問に、オキグルモンは静かに答えた。 「デジタルワールドのどこかに隠した。あれは私が奪った部下たちの命そのものだ。だから、せめて彼らの墓標となるように」 シュウは何も言わず、彼女の言葉を聞いていた。 「そ、それに…誰かを愛するということを知ったからな」 そこだけは、やはり僅かに言い淀む。 蓮也は何も言わず、オキグルモンの手を取る。 「その結果として、私はネオデスジェネラルを裏切った。それだけだ」 「そっか」 シュウはそれ以上、理由を掘り下げなかった。 「そ、それより!あの敵ってなんなんだい!?」 蓮也が無理矢理話題を変えると、オキグルモンの表情が変わる。 「私がネオデスジェネラルを離れた後、まさかテラケルモンが復活するとは思っていなかった」 「テラケルモン…」 シュウに先ほどの戦いが脳裏に浮かぶ。 「ヤツは強い。少なくとも、今の私たちがまともに戦ってどうにかできる相手ではない」 オキグルモンは包帯を巻いた目に手を添えた。 「その理由の一つとして、ヤツの能力…竜のデータを持つデジモンを大きく弱体化させる力が厄介だ」 「エンシェントグレイモンも予想以上に負傷していた…それが原因だったのか」 蓮也は苦い顔をしながら、まだ治療を続けているドラクモンへ視線を落とした。 「封印が解かれた理由、そして力の正体も、私には分からない。ただ…」 オキグルモンは一度言葉を切った。 「この状況を、どう切り抜けるか。正直、悩ましい」 その言葉に、地下通路の空気が少しだけ重くなった。 「うーん。なら逃げるか」 しかし、シュウがあっさりと言った。 「ムカつくけど、それしかないよな」 カノンは頭を掻きながら、渋々頷く。 イツキは二人の反応を気にする様子もなく、指を一本立てて笑った。 「二チームに分ける。ダメージの少ない俺とユキミボタモン、それから余力のあるオキグルモンを先行させる。俺たちはホムコールモンにぶつかり、暴れる」 デジヴァイス01が仮想モニターを大きく広げる。 いつの間にか、この地下通路周辺の簡単な見取り図が表示されていた。 指でなぞった所に赤い線が表示され、二手に分かれた逃走経路を示した。 その説明を聞いたユキミボタモンは、身体をぷるぷると震わせた。 どうやら、やる気だけは十分らしい。 「東日ズはテラケルモンの誘導。グランクワガーモンならば、その能力も十全に発揮されることはない…しかし、相手を倒そうとはするな。即座にスピードで振り切って撤退だ」 蓮也とドラクモンは顔を見合わせ、頷いた。 一方、カノンだけは納得しきれないような顔をしている。 「悪いアイデアじゃないんだけどさ。問題アリだよ」 その視線が、シュウへ向いた。 「おじさん。さっきの戦いで気絶してたけど、大丈夫なワケ?」 「はは。バレてたか」 シュウは誤魔化すように笑うと、そのまま壁にもたれかかった。 その様子を見て、カノンは呆れたように息を吐く。 「オキグルモンの言ったテラケルモンの力がマジなら、なんでダークドラモンにはなんもなかったワケ?」 テラケルモンが周囲にいる"竜"を持つデジモンを弱体化させるというのなら、ホムコールモンも例外ではない。 実際、オキグルモンとエンシェントグレイモンもその影響を受けていた。 ならば、あの戦いで起きたことはおかしい。 テラケルモンが姿を現すより前、ダークドラモンはホムコールモンとのつばぜり合いで明らかに押されていた。 力比べでは勝てず、槍を押し返されていたはずだ。 ところが、テラケルモンが戦場に現れた後は違った。 ダークドラモンはホムコールモンを押し返してみせた。 救出の機会を窺っていたカノンとディノビーモンは、その変化を見ている。 「テラケルモンが近くにいたせいでホムコールモンが弱くなったってんなら、あのときダークドラモンが急に押し勝てた理由も説明できる。でも…」 カノンはそこで言葉を切り、シュウを見る。 「それなら、ダークドラモンだって弱くなってなきゃおかしくない?」 「恐らく…リュウのデジメモリかもな」 シュウはが呟いた。 「"竜"を打ち消す力に、"竜"のあらゆるデータを刻んだリュウのデジメモリが抵抗した…そう考えるのが自然だろ」 「守ってくれてるなら、どうして気絶なんか…」 蓮也が疑問を口にするも、その問いにシュウはすぐには答えなかった。 「…ダークマターか?」 「なにそれ」 オキグルモンが呟くと、カノンが聞き返す。 「ダークドラモンとテラケルモンの中にある力だ」 シュウが答えた。 「オレの中にはアイツと同じダークマターがあるんだゼ!」 ユキミボタモンが割り込む。 「…それは、どういうものなんだ?」 蓮也が尋ねる。 「いろんな世界を巡って集められた強者、デジモンですらないもの…あと、七大魔王のデータを一つにしたデジコアなんだとさ」 「それほどのものを、一つのデジコアにするとは…一体どのような技術なのだろうな」 オキグルモンは目を細める。 「だからスゲーんだゼ!」 ユキミボタモンは得意げに胸を張った。 「もしかしてお前…心臓(デジコア)が二つあるってコトか?」 「かもなー」 「んな適当な…」 本人も理解してないように返され、ドラコモンは呆れ返る。 シュウはそんな二人を眺めながら、さらりと続けた。 「そのダークマターを使うと俺の寿命が減ってくんだとさ。デーモンが言ってた」 「えっ」 「は…?」 蓮也の身体が固まり、カノンも声を上げる。 だが、二人がそれ以上問い詰めるより早く、ユキミボタモンがシュウへ飛び出した。 「それじゃオレが、シュウの命を奪ったってことじゃねーか!!」 ユキミボタモンの声が、地下通路に響いた。 シュウはぽよんと飛びついてきた身体を受け止めると、そのまま頭を撫でる。 「お前は悪くない」 「そうだ!」 間髪入れず、ドラコモンも口を挟んだ。 「悪いのは俺だ」 シュウがそう続けた途端、蓮也もすかさず首を振る。 「いや。この話に誰も悪い人はいません」 「…でもよ」 ユキミボタモンは納得できない様子で唸る。 「オレが進化して、お前の命が減ってんだろ?だったら…」 「違う」 シュウは静かに遮った。 「お前を強くしたいって思ったのは俺だ。お前が俺の命を奪ってるんじゃない。俺が、お前と一緒に戦うために使ってるんだ」 ユキミボタモンは黙り込む。 「だからお前だけが背負うことじゃない…それにさ、今すぐ死ぬってワケじゃないだろ?」 シュウはユキミボタモンのもちもちした肌をぐにぐにと弄って無理矢理笑わせる。 「そりゃ、そうだけどよ」 「これは、俺たちの問題だ」 しばらくの沈黙の後、ユキミボタモンは顔を上げた。 「…じゃあ、シュウが勝手に死ぬのはナシな」 「うん」 「絶対だゼ」 「分かったって」 完全に納得したわけではないようだが、それでもユキミボタモンはようやくシュウから離れた。 蓮也は苦笑いし、カノンは呆れたように息を吐いた。 「よーし。俺にできる範囲の無理をしてくか」 「無理って…」 準備運動を始めるシュウに、カノンが眉をひそめる。 「だけど、ダークドラモンの力が必要なのも事実だ」 「大丈夫だよ」 オキグルモンは事実を淡々と話し、シュウもなんてコトのないように続ける。 「だから。その"大丈夫"が信用できないって話してんだろ」 カノンが視線を鋭くした時、オキグルモンが立ち上がった。 「そこで、私に考えがある」 ・04 無人のスタジアム─照明の落ちた観客席に、ホムコールモンは一人で腰を下ろしていた。 誰もいないフィールドを見下ろしながら、握り締めた拳に力を込める。 「…また、逃がした」 オキグルモンを…幼い自分を拾い上げてくれた、あの人を。 あの頃の自分には、何もなかった。 そんな自分に戦う術を教え、ネオデスジェネラルとして生きる道を与えてくれたのがオキグルモンだった。 強くなりたかった…あの人のようになりたかった。 いつか追いつき、その背中を掴むことだけを目指してきた。 だからこそオキグルモンが姿を消し、不本意ながらもその後釜として水竜将軍の座に就いた。 ようやく一歩近づけたのだと思った…あの人が立っていた場所に、自分も立てたのだから。 だが、現実は違った。 「でも…全然、違うじゃないか」 軍をまとめようと、従わない者を切り捨てた。 それでも裏切りは止まらず、力で押さえつけるほど手の中から何かがこぼれ落ちていく。 今日だって、負傷したオキグルモンを追い詰めたはずだった。 結刀術を磨き、技を研ぎ澄まし、今度こそあの人に届くと思った。 それなのに、あの人が残した背中は遠いままだった。 「……俺は、あの人のようにはなれないのか」 こぼれた言葉は、誰に届くこともなく消えた。 「俺は…アンタの後を継いだんだぞ」 吐き出した言葉が、誰もいないスタジアムに虚しく落ちる。 自分を育ててくれた。憧れていた。感謝している。 だからこそ、許せない。 何も言わずに自分たちを置いていったことも、ネオデスジェネラルを裏切ったことも。 そして何より、あの人を追いかけていたはずの自分だけが、いつまでも取り残されているように感じることが。 「…オキグルモン」 名前を呟く。 胸の奥に残っているのは、怒りだけではなかった。 あの人に拾われた日のことを忘れられない。 教えられたことも、与えられたものも、今の自分を形作っている。 その事実だけは、どれだけ憎もうとしても消えてくれない。 殺したいほど憎い─それでも、あの頃のように自分を見てほしいと思っている。 その二つが胸の中で絡まり合って、どちらが本当の気持ちなのかさえ分からなくなる。 水竜将軍としても、あの人の後を継いだ者としても、自分は何一つ果たせていないように感じた。 「…くそっ!」 拳が座席を叩く…鈍い音が、静まり返ったスタジアムに響いた。 自分が掴んだのはあの人の背中じゃなく、こんな簡単にも壊せるコンクリートの破片だった。 「…ホムコールモン?」 背後から、小さな声がした。 振り返ると、そこにはオイナが立っていた。 ホムコールモンにこっそりついてきたのだろう…まだ幼いその顔には、不安そうな表情が浮かんでいる。 「どうしたの?どこか、痛いの?」 おそるおそる伸ばされた小さな手が、ホムコールモンの巨体へ近づく。 その手を、ホムコールモンは振り払った。 「触るな…!」 「ひっ…ご、ごめんなさい……」 オイナは怯えたように手を引っ込める。 オイナは何も悪くない─ホムコールモンにも、それくらいは分かっていた。 ただ、自分を心配してここまでついてきただけだ。 それでも今は、その顔を見ることすら腹立たしかった。 オキグルモンと瓜二つの顔…先代デジモンイレイザーがオキグルモンを生み出した際、残された失敗データ。 彼女は、それを再利用して作られた存在。 自分が育てている、幼い部下。 それなのに、その顔を見るたびに思い出してしまう。 自分を拾い、育て、憧れ、追い続けた人。 そして…自分を捨てた人。 「オキグルモン…!」 胸の奥で、消えかけていたはずの炎が再び燃え上がる。 その炎は、憧れなのか。怒りなのか。憎しみなのか。 もう、ホムコールモン自身にも分からない。 ただ一つ確かなのは、この戦いはどちらかが消えるまで終わることはないという事実だけだった。 ・05 メタルグレイモンViが、ビル街のスレスレを縫うように飛行していく。 デジタルポイントとなったこの場所に、人の姿はない。 巨大な翼が高層ビルの間を駆け抜け、その風圧が無人の街に残された看板や窓ガラスを揺らしていた。 「─シュウ、来るゼ!」 メタルグレイモンViが叫んだ直後、上空から大量の氷の礫が降り注ぐ。 メタルグレイモンViは素早く身を翻し、真上へ向き直った。 【オーヴァフレイム】 【ジガストーム】 口と胸部のハッチが同時に開き、そこから放たれた高熱が降り注ぐ氷を次々と砕き、溶かしていく。 その隙にシュウはメタルグレイモンViの背から手を離した。 宙へ放り出された身体をそのまま落下させ、マンションの屋上へ着地する。 足元のコンクリートから、僅かに土煙が舞った。 「…待っていたぞ」 ビルの谷間から響いた低い声が、無人の街をゆっくりと震わせる。 起き上がったシュウが顔を上げる。 その視線の先…二棟のビルの間から巨大な影が姿を現した。 【ホムコールモン:究極体】 巨体が地面へ踏み出すたび、重い足音がビルの壁面を伝って響く。 先ほどまでの戦いで負った傷を残したまま、それでも一歩、また一歩とシュウへ近づいてくる。 「オキグルモンもどこかにいるのだろう?もう逃がすつもりはないぞ…!」 ホムコールモンの声が、静まり返ったビル街へ轟いた。 シュウは首元のゴーグルを引き上げ、目元へ装着する。 デジヴァイス01とリンクさせ、周囲のデータ解析を一気に加速させた。 「メタルグレイモン、ヤツの能力は覚えてるな」 メタルグレイモンViは力強く頷くと、翼を広げて突撃する。 ハッチが開くとミサイルが一発、空中へ放り出された。 僅かに遅れて炎が点火─ミサイルは一気に加速すると、射手本人を置き去りにする勢いでホムコールモンへ迫った。 だが、ホムコールモンは動じない。 伸ばした手から冷気が走り、ミサイル内部の熱が一瞬で奪われる。 その推進力は失われ、敵の眼前でミサイルは空中に静止してしまった。 「上か」 その言葉と同時に、ホムコールモンの足元へエネルギーの渦が巻き起こった。 次の瞬間、そこから鋭い氷の矢が次々と撃ち上げられる。 【みだれアイスアロー】 氷の矢が向かった先にいたのは、メタルグレイモンViだった。 ミサイルの爆発を目くらましに、その爆風に乗じて上空へ回り込むつもりだった。 しかし、ミサイルはホムコールモンによって機能を止められている。 「チッ!」 メタルグレイモンViは口から炎を吐き出し、迫り来る氷の矢を次々と焼き払う。 それでも全てを捌き切ることはできず、氷の矢が翼や装甲を掠めるたびに細かな傷が刻まれていく。 シュウのゴーグルに次々とデータが走り、メタルグレイモンViはビル街の上空を飛び回る。 不意にその右腕から放たれた鉄爪・トライデントアームが、ホムコールモンへ向かって一直線に飛んでいく。 しかし、届くよりも早くその表面から白い蒸気が噴き上がった。 ホムコールモンが、超狭範囲の温度を瞬間的に引き上げていた。 高熱に晒されたトライデントアームはまるで沸騰する金属のように歪み、ターゲットの頬を掠める。 「完全体など、舐めているのかぁッ!」 怒号とともに、ホムコールモンの巨体が跳ね上がる。 その巨体が、飛行するメタルグレイモンViへと追いついた。 腕に生み出された氷の刃が振り抜かれる─メタルグレイモンViは身を捻るが、避けきれない。 氷剣が翼を切り裂いた。 バランスを失ったメタルグレイモンViの身体が落下していく。 だが、ホムコールモンはそれよりも早く追撃へ移った。 巨大な脚が振り上げられて顔面を蹴り抜こうとするが、その脚へメタルグレイモンViが食らいついた。 「ガァッ!」 噛みついた箇所から、白い霜が一気に広がっていく。 【アイスカムカム】 ユキアグモンの頃から使い続けてきた技だった。 ホムコールモンの脚が凍りつき、その動きが僅かに鈍る。 だが、それも一瞬だった。 「その程度…我が結刀術に叶う術無し!」 ホムコールモンは力任せに脚を振り抜き、メタルグレイモンViを振りほどく。 そのまま視線を落とすと、先ほど高熱で曲がったトライデントアームのワイヤーを掴み取った。 次の瞬間─メタルグレイモンViの身体が振り回され、轟音とともにビルの壁面へ叩きつけられた。 大量の瓦礫が降り注ぎ、その下からメタルグレイモンViが転がり出る。 翼を失い、片腕も使えない…それでも膝をついたまま、震える身体を無理やり起こした。 「オレがお前を倒してやるってンだよ!」 荒い息を吐き捨てながら、メタルグレイモンViは再び飛びかかった。 残された右腕に、デジタルのワイヤーフレームが展開される。 変形し、装甲が張り付き、内部から巨大な砲身がせり出す。 その形状は、先ほどまでのトライデントアームとはまるで違っていた。 【メタルグレイモンVi:アルタラウスモード:完全体】 シュウの端末へ、進化の通知が入る。 雄叫びを上げながら、メタルグレイモンViはホムコールモンへ肉薄した。 ゼロ距離─砲口が開き、必殺のポジトロンブラスターが放たれる。 凄まじい熱量と衝撃が周囲を震わせる。 「ぬぅ…ッ!」 しかし、ホムコールモンは逃げなかった。 両腕を交差させ、真正面からその砲撃を受け止めている。 巨体が押し込まれ、足元が削れていく。 何十メートルもの距離を後退させられながらも、ホムコールモンは砲撃そのものを横へ投げ捨てた。 「ぬおおおおッ!」 ポジトロンブラスターが、シュウの真下の階層を突き抜ける。 轟音─着弾点の壁面がまとめて砕け散り、無数の瓦礫が空へ舞い上がった。 その光景を見上げていたホムコールモンの目が、ふと大きく見開かれる。 瓦礫の向こう。 崩れかけたマンションの一角に、小さな少女が座っていた。 「……オキグルモン」 白い髪の少女を前に、ホムコールモンの声が低く響いた。 「そこか……!」 瓦礫の向こうにいた少女は、目を閉じていた。 座ったまま身じろぎひとつせず、静かに呼吸を繰り返している。 そこにいるはずなのに、気配がない。 戦場の喧騒の中にありながら、まるで彼女の周囲だけ時間が切り離されているかのようだった。 「くそ、バレたか…!」 シュウが舌打ちする。 メタルグレイモンViがすぐさまホムコールモンへ飛びかかり、その巨体へ組み付いた。 だが、これまでの戦いで受けたダメージは大きい。 翼を失い、身体も傷だらけになったメタルグレイモンViではホムコールモンの動きを抑え込むことはできなかった。 「邪魔だぁっ!」 ホムコールモンが腕を振り払う。 メタルグレイモンViの身体が弾き飛ばされ、瓦礫の上を転がった。 「少し早いが、こうなったら仕方ない」 シュウは懐へ手を入れた。 取り出したのは、黒い装置─ダークネスローダーだった。 それを構えた瞬間、ホムコールモンの目が大きく見開かれた。 「…それは!」 知っている。 そのダークネスローダーは、オキグルモンがネオデスジェネラルから抜け出す際に持ち逃げしたものだった。 力を、命を吸い上げて望まぬデジモン同士を強制的に一つへ組み込む装置。 それが今、シュウの手にある。 「─いくぞ!」 シュウが力強くスイッチを押し込むと、ダークネスローダーが唸りを上げる。 ダークネスローダーが唸りを上げた。 オキグルモンの身体から、凄まじい勢いで力が吸い上げられていく。 だが、その流れは常に一定だった。 強く、激しく─それでも数値は微動だにしない。 荒々しい吸収の中にあって、その推移は美しいほどに正確だった。 オキグルモンは目を閉じたまま、流れ込む力を自ら調整している。 ホムコールモンは、その不可解な光景に思わず動きを止めていた。 何が起きているのか分からない。 「な、なんだ?強制デジクロスにしては合体が始まらないではないか…!」 ただ、あのダークネスローダーがオキグルモンの力を吸い上げている。それだけは理解できた。 シュウはデジヴァイス01の仮想モニターに表示された数値を確認する。 そして─ダークネスローダーのスイッチから、指を離した。 吸収が止まり、オキグルモンの身体から力が抜ける。 「…っ」 彼女の身体は揺らぐがそれでも倒れることはなく、ゆっくりと柱に手を置いた。 そのエネルギーの送信先に、ホムコールモンは視線だけを背後へ送った。 ダークネスローダーから放たれた黒い光が、戦場を横切って伸び…メタルグレイモンViに命中していた。 黒い光がその身体へ繋がった瞬間、青白い光が全身を包み込んだ。 光は次第に膨らみ、やがて巨大な卵のような形へと変わっていく。 一度、二度…脈打つように光が明滅すると、やがて弾けた。 凄まじいエネルギーが突風となって吹き荒れ、周囲の瓦礫を巻き上げる。 遅れて地面が白く染まり、冷気が一帯を凍らせていった。 その中心から巨大な人影がゆっくりと姿を現し、その足が大地に触れた。 それを合図にするように、身体を包んでいた光が弾け飛ぶ。 ホムコールモンは、思わず振り向いた。 【オキグルモン:究極体】 ・06 市街地に、戦いの気配が迫っていた。 建物の間を抜ける風に、遠くから響く轟音が混じる。 つまり、戦場はすでに動き始めている。 シュウたちがホムコールモンを引きつけている今、カノンたちに残された役目もまた明確だった。 「…こっちはこっちで、やるしかないか」 カノンはデジヴァイスicを手に、通りの先を見据えた。 相手は火竜将軍・テラケルモン─現状、まともに戦って勝てる相手ではない。 それでも彼をこちらへ引きつけることができれば、シュウたちが撤退するための時間を稼げる。 必要なのは勝利ではなく、互いに離脱するための隙だった。 集中する彼女に、蓮也は声をかける。 「無理はするなよ、カノン」 「兄さんたちこそ隠れてな」 いつもより勝ち気な返事に、蓮也は一瞬面食らった。 だが、今は彼女の判断を信じるしかない。 歩けるまでに回復したドラコモンを伴い、二人はビルの影へと身を隠した。 テラケルモンさえ引きつけられればいい。 全速力でぶつかり、全速力で抜ける…やることはシンプル。それが今回の作戦だった。 やがて通りの向こうに巨影が現れると、カノンは身構えた。 見間違えるはずもない─威圧感をまとい、こちらへ歩み寄ってくるその姿こそ、待ち受けていた相手だった。 「…来たね」 しかし、カノンの視線がテラケルモンの背後へと移る。 彼に続いて複数のデジモンたちがデジタルゲートから現れ、そのまま統率の取れた動きで市街地へと進んでくる。 テラケルモン本人を引きつければいい…そう考えていたカノンの目論見は、出鼻から崩されることになった。 軍勢を率いている以上、目的は明白だ。 このデジタルポイントをしらみ潰しに探り、オキグルモンたちを見つけ出してデリートするつもりなのだろう。 「行軍の邪魔だ。退け」 圧倒的な威圧感を伴い、テラケルモンが無機質な声で告げる。 その視線は、進軍を阻む少女へと向けられていた。 自身と比べれば、目の前の少女は大した力を持っていないように見える。 ─だが、ただの無謀な挑戦者というわけでもない。 その佇まいから、力量差を理解した上でここに立っていることは察せられた。 「悪いがそうもいかない。あんたたちの目的は、元水竜将軍たちだろ?」 カノンの脳裏に浮かんだのは、従兄妹である蓮也と結ばれた者の姿だった。 二人とも間違いなく強者だが、その性質は共に純粋たる竜。 テラケルモンが持つ"竜の力を減退させる能力"とは、致命的に相性が悪い。 だからこそ、ここで足止めをする必要がある。 彼らが本来の力を発揮できない相手を、少しでも遠ざけるために。 「もう一度だけ言おう。此処で退け。力量差も相性も分からぬ身ではないだろう」 その言葉は、悔しいが正しかった。 相性の悪さで言えば、ジョグレス元にエクスブイモンを持つディノビーモンも大概だ。 テラケルモンの能力を前にすれば、まともにぶつかったところで不利は覆せない。 …それを理解しているからこそ、カノンには次の一手があった。 「そうだな。確かにディノビーモンだと無理だ」 テラケルモンの言葉を肯定しながらも、カノンは余裕の態度を崩さない。 彼女はポケットに手を入れると、一枚のIDプレートを取り出した。 「ホントはさ、あの性悪おじさんの前で見せて驚かせてやりたかったんだけど…」 プレートには、様々なムシクサキのデータが詰め込まれていた。 本来ならば、デジモンにデータをロードするための代物にすぎない。 しかしカノンは独自の調整を施し、特定の方向へ進化を促す機能を持たせていた。 彼女はそれをデジヴァイスicの端子へ、ぶつけるのうに読み込ませる。 「ディノビーモン、究極進化…!」 直後、背後のビルから轟音が響いた。 窓ガラスを突き破り、光り輝く卵状の光塊が飛び出してくる。 その内側で、シルエットが膨張しながら姿を変えていった。 六対の羽はすべて昆虫のものへと変質し、尾は脚と同化して蠍を思わせる形状へ。 頭部には、雄々しき兜の角がそびえ立つ。 進化の光を砕きながら、紫の巨体がテラケルモンへと襲いかかる。 【タイラントカブテリモン:究極体】 タイラントカブテリモンが生み出したエネルギーによって、無数の虫が形作られていく。 羽音を響かせながら空から飛来した虫の軍団は火竜軍へ次々と激突し、爆発を巻き起こした。 【インセクトナイトメア】 空を覆い尽くさんとするその数は、今回進軍してきた火竜軍に迫るほど。 市街地の上空が、瞬く間に戦場へと変わっていく。 そしてタイラントカブテリモン自身もまた、飛び出した勢いを殺すことなくテラケルモンへ肉薄し、その拳を叩き込んだ。 爆炎を背に、テラケルモンの結晶体のような眼が光る。 「…なるほど、木竜軍のごとき威容だな」 テラケルモンは拳を受け止めていた。 衝突の瞬間、周囲へ広がろうとした衝撃さえも、最善の角度で受け流す。 地面も建物も揺らすことなく、彼はその場に立ち続けていた。 「究極体、ウィルス種、昆虫型、45G、必殺技はシャインオブビー」 テラケルモンは、眼前の敵のデータを読み上げる。 「それ以上でも、以下でもない」 テラケルモンは残った左手でタイラントカブテリモンの右手を掴み、その動きを封じた。 力はテラケルモンが僅かに上回っている。 グランクワガーモンがスピード形態とするならば、タイラントカブテリモンはパワー形態。 それでもなお、純粋な力比べでは押し負けかねない。 瞬間─タイラントカブテリモンの残る四本の腕が鋭く伸びた。 テラケルモンが持つ黒曜石のような装甲の隙間へ突き刺さった爪は体内でねじ曲がる。 それは、岩壁を捉え決して離さぬハーケンのごとき形状。 タイラントカブテリモンは四本の腕で相手を捕らえ、押さえ返した。 (かかった─!) 掴み、離さない。それこそがカブトムシの本領だ。 タイラントカブテリモンは双角の内部に仕込まれた砲口に、高速でエネルギーを溜め込む。 逃れようとするテラケルモンの手首を逆に掴み返し、その動きを封じた。 【インセクトカノン】 タイラントカブテリモンが、前方へ高出力のエネルギー光を放つ。 強いエネルギーがテラケルモンを呑み込み、更にはその後方で戦う火竜軍団までも薙ぎ払った。 閃光と爆炎が広がり、周囲一帯を殲滅する。 爆発光が街路を呑み込み、火竜軍団を次々と吹き飛ばしていく。 高濃度のエネルギーが通りを焼き払い、建物の窓ガラスが一斉に砕け散った。 やがて閃光が収まったとき、そこには動く火竜の姿はなかった。 軍勢は一掃され、残されたのは炎と煙…そして破壊された市街地だけだった。 その中心で、テラケルモンはなお立っていた。 装甲の一部は焼け焦げ、表面には細かな亀裂が走っている。 それでも、結晶体のような眼は変わらぬ光を宿していた。 タイラントカブテリモンの腕を掴んだまま、彼はゆっくりと視線を上げる。 「…やるな」 その声に、怒りも驚愕もなかった。 「軍勢を巻き込み、我が身を拘束したうえでこの威力。なるほど力だけに頼った戦いではないか」 テラケルモンは、タイラントカブテリモンの全身を見定めるように目を細めた。 次の瞬間、世界が一瞬だけカクついた。 タイラントカブテリモンは、腕を掴んでいた感触が唐突になくなった。 相手の重量を支えていた力が一瞬で消え、反射的に腕を引き戻す…だが、目の前にはもう誰もいない。 互いに腕を掴みあっていたはずのテラケルモンが、姿を消していた。 カノンは周囲へ何度も視線を走らせ、消えた敵の姿を探す。 援軍の期待はなく、相手の全力も未だに未知数。 だが…ここで従兄とその相棒くらい、逃がせないのは自らの誇りを失う。 ならば、戦う理由はそれで充分だった。 「己が誇りを捨てぬ姿…悪くはないぞ、東日汐音」 テラケルモンは、眼前の少女を見据えていた。 「お前は、そういう人間だ」 「は…なんで、私の名前を」 問いには答えない。ただ、僅かに目を細める。 「その誇りを抱えたまま、塵と消えるがいい」 テラケルモンはゆっくりと腰を落とし、構えた。 次の瞬間、その身から放たれる威圧が一段と強まる。 全身を包む炎が猛々しく燃え上がり、周囲の空気が震えた。 「身は極黒の常闇、血は兆炎の焔…」 炎の向こうで、結晶体のような眼が鋭く輝く。 膨れ上がる威圧に呼応するかのように、空間が軋み、亀裂が走った。 「我は新たなる厄災となり、終末の夕暮れを地に注ぐ者なり」 その言葉とともに、威圧はさらに増していく。まるで、この場に存在することそのものが周囲の世界を圧迫しているかのようだった。 「我が名は、火竜テラケルモン─推して参る」 ・07 カノンは蓮也とドラコモンを連れ、雑居ビルの外階段を駆け上がりながら戦況を見極めていた。 撤退するために、まずは自分・蓮也・ドラコモンの二人と一匹がタイラントカブテリモンに乗り込む必要があるからだ。 そのためには、近くのマンションかビルの上から飛び乗るしかない。 危険な賭けだが、地上から飛び乗ろうとすれば、追いつかれる可能性が高い。 「雑魚は散らした…あとは、どうやって一発デカいのを当てるかだな」 シャインオブビーが決まればいい…先ほどの攻撃で、あれだけのダメージは確認できた。 ならば、出し惜しみせず全力で叩き込む。 即座にグランクワガーモンへと再進化し、最高速度でその場を離脱する。 テラケルモンを相手に、悠長に構えている暇はない。 テラケルモンは速度を活かして攻め、タイラントカブテリモンはその攻撃を堅牢な装甲で受け止め、パワーで押し返す。 浮遊要塞とも形容できる巨体は、見た目どおり並大抵の攻撃を通さない。 しかし…この攻撃を耐え抜いたところで、シャインオブビーを叩き込めるほどの隙は生まれなかった。 (戦況はほぼ拮抗してる…アイツが本気じゃないなら、だけど) 先ほど拘束されたことを警戒しているのか、テラケルモンは深追いせず、ヒットアンドアウェイに徹していた。 こちらの反撃が届かない間合いから攻め、反撃の兆しがあれば即座に離脱する。 その動きに無駄はなく、まともに大技を狙える機会すらない。 先ほどの拘束を二度と許さないという、徹底した立ち回りだ。 セオリーどおりなら、狙うべきはテラケルモンが強力な一撃を放つための隙。 だが、タイラントカブテリモンの技にはタメが長いという欠点があった。 土壇場での進化ゆえに、まだ十分な特訓を積めていない。 つまり攻撃を放つ瞬間を見極めるだけではもう遅く、予備動作に入る前から、その兆候を読み取らなければならない。 予測の予測─後出しジャンケンばかりでつまらないアニメみたいな話だ。 だが、それを今からやる。 「…カノン。タイラントカブテリモンって、虫を操れるんだよな?」 「ん?ああ、そうだけど…」 「それ、どうにか足止めに利用できないのか?」 その問いに、カノンは眼下の戦場へ視線を向けた。 進化直後にも使用した技・インセクトナイトメア。 自身のエネルギーを消費し、目視できる範囲に任意の種類の虫を発生させる技だ。 索敵にも攻撃にも使える便利な能力だが、その切り札はエネルギーの逆流による自爆にある。 タイラントカブテリモンが正面からテラケルモンの攻撃を受け止める。 反撃に振るわれた大きな爪をかわし、テラケルモンが後方へと飛び退いた。 「さっすが蓮兄さん。バレてた?」 カノンは口元を吊り上げ、指を鳴らす。 直後─テラケルモンの背中に、大爆発が起きた。 ビルの内部から噴き上がった炎と黒煙が、周囲の建物を覆い隠す。 轟音が鳴り止んでもなお爆風は街路を吹き抜け、砕けたガラスや瓦礫が降り注いでいた。 「インセクトナイトメアで発生させた虫は、タイラントカブテリモンの信号で動くんだ」 煙の向こうを見据え、デジヴァイスicに事前に打ち込んでいた指示を見せる。 そこには、【NMB1168】といつもの意味不明な文字列だけが書いてあった。 「正面であれだけ派手に高DPのタイラントカブテリモンと戦ってりゃ、そっちに意識が向くのは当然だろ?」 「その隙に低DPの虫たちを地下商店街からビルの内部へ虫を移動させたのか…でも、どうやってそこまで誘導を?」 その間も、タイラントカブテリモンの全身にエネルギーが集まっていく。 蓮也の疑問に、カノンは勝ち誇る。 「…テラケルモンがそこに飛び退くまで粘る」 「え…ええ…」 蓮也は予想を越えたゴリ押し感に唖然としている。 その間に蓄積されたエネルギーが、タイラントカブテリモンの全身で眩い光となって迸った。 「っし!吹っ飛べぇっ!」 【シャインオブビー】 全身から強く放たれるの爆発光が、テラケルモンを呑み込む。 その着弾を確認するよりも早く、タイラントカブテリモンの身体が光に包まれた。 進化の反動で巨体が縮み、ディノビーモンへと退化。 高速反転しながら、再び進化の光を弾き飛ばしてグランクワガーモンの姿へと変わった。 「二人とも、飛べ!」 カノンは蓮也とドラコモンを雑居ビルの屋上から突き飛ばした。 「うおっ!?」 「ぐげっ」 不意を突かれた一人と一匹は、なすすべもなく宙へ放り出される。 その眼下へ、グランクワガーモンの巨体が滑り込んだ。 落下してきた二人と一匹を背中で受け止め、三者がどうにか乗り込んだのを確認するや、翅を大きく広げる。 次の瞬間、グランクワガーモンは全速力で飛び立った。 爆炎と黒煙に包まれた市街地を背に、風を切って一直線に駆け抜けていく。 グランクワガーモンの眼前で、ビルが爆発した。 恐らく、テラケルモンの放った炎によるものだろう。 爆炎が進路を塞ぎ、砕けた外壁やガラス片が宙を舞う。 そんなものを見ている暇はない…グランクワガーモンは急上昇して爆発を乗り越えると、すぐさま進路を修正しようと大きく旋回した。 だが、その先でも炎が爆ぜる。 「またかよ……!」 カノンが舌打ちする。 グランクワガーモンは咄嗟に進路を変え、左右へ、上下へと飛び回った。 爆発を避けるたびに、その飛行ルートは少しずつ直進という本来の進路から逸れていく。 「それにしても、作戦をぺらぺらと自慢気に話すあたり、祭後さんに似てきたね」 「はあっ!?私は必要な情報を共有しただけ!」 「はいはい」 「絶対わかってないだろ、蓮兄さん!」 言い返すカノンの背後で、またしても爆発が起こった。 グランクワガーモンは急旋回し、爆風を振り切るように速度を上げる。 今は口喧嘩をしている場合ではない。 二人と一匹を乗せたまま、グランクワガーモンは炎の飛び交う市街地を駆け抜けていった。 ・08 「オ…オキグルモンだとぉッ!?」 新たなるオキグルモンの姿にホムコールモンが叫ぶ─体に纏う激しい気迫が明らかに淀み、揺らいだ。 「欠けた氷を繋ぎ合わせて産み出した姿…」 彼はゴーグルについた氷の粒を拭い払うと、口元を吊り上げる。 「あえて名乗るなら─欠白の装!」 指をパチンと鳴らし、そのまま人差し指をホムコールモンへ突きつける。 「残されたダークネスローダーから限界までエネルギーを引き出して、俺のメタルグレイモンを進化させる」 シュウは得意げに続けるが、この作戦はオキグルモンが提案したものだった。 『お前の進化後はユキアグモンだろう。蓮也から聞いている…つまり、オキグルモンへの可能性を秘めてるってことだ』 オキグルモンが自分の生まれ…ユキアグモンをベースとして産み出された自身について語る。 そして彼らは、それに全てを賭けた。 「だが…一気にそのエネルギーを全て受け取ったんじゃ、俺のメタルグレイモンは耐えられない」 その言葉に合わせるように、オキグルモンの身体から青白い光が漏れ出す。 片目からも、制御しきれなかったエネルギーが細く流れ落ちていた。 「だからこそ、彼女には流れ込んでくる力を抑えるための準備をしてもらった。あの瞑想は、そのためだったんだ」 「ヤツの気配を掴めなかったのは、そのせいか…!」 ホムコールモンはオキグルモンの挙動についての意図を知った。 「あとはお前をブッ飛ばして終わりだゼ」 オキグルモン…シュウの相棒が拳を握ると、腕をボキボキ鳴らす。 だが、ホムコールモンは低く笑う。 「くく…だが、雑魚と死に損ないの力を中途半端に合わせたところで、俺には勝てん!」 全身に闘気が漲っていく。 空気が震え、凍りついた地面が軋んだ。 対するオキグルモンの片目からは、なおも青白いエネルギーが漏れ続けている。 それでも、その姿には確かに─かつての水竜将軍と同じ力が宿っていた。 「よし、オキグルモン!」 シュウは腕をグッと握り、叫ぶ。 「なんだ」 返事とともに、シュウの横にいつの間にか元のオキグルモンが立っていた。 「あ、ごめんなさい…君じゃなくて…」 「そうか」 元のオキグルモンは特に気にした様子もなく、その場に正座する。 シュウは一瞬だけ彼女を見つめ、それから戦場へ向き直った。 「…ステータスの合計なら追い付いてる!まずは接近戦だ!」 シュウの指示よりも早く、欠白の装が推進エネルギーを後方へ放つ。 一気に間合いを詰め、ホムコールモンへ激突した。 「これならシュウに負担が無い!」 熱波には氷、冷気には炎を纏わせた拳が何度も叩き込まれる。 ストライクドラモンやメタルグレイモンViの要素が強く反映されているだろうその力が、炎と氷の両立といった形で拳に宿る。 連続する打撃にホムコールモンの巨体が大きく揺れ、ついには上体が反り返った。 だが、その手にはすでに熱が凝縮されていた。 ホムコールモンは蓄えた熱の弾丸を、ゼロ距離から炸裂させる。 「ぐっ!」 欠白の装は両腕をクロスさせ、正面から熱を受け止めた。 メタルグレイモンViでは防ぎきれなかったであろう一撃─それを、今の彼は真正面から耐えている。 「…ややこしいな」 シュウは戦場で戦う者と、すぐ隣で正座している者を交互にちらちらと見る。 それでも手は止めず、仮想モニターへ指示を打ち込む。 【とうしのこぶし】 「どおらぁっ!」 欠白の装が踏み込み、エネルギーを纏った拳を振り抜いた。 全力の一撃が、ホムコールモンの顎を正面から捉える。 「ぐおっ!」 ホムコールモンの巨体が揺らぐが、すぐさま踏み止まる。 「姿ばかり真似てもなぁッ!」 反撃の手刀が振り抜かれ、再構成されたオキグルモンの頭部をかすめた。 白い髪が数本、宙へ散る。 その直後、ホムコールモンの手刀に凍気が纏われた。 冷気が刃のように伸び、返す刀が再び振るわれる。 再構成されたオキグルモンは身を逸らしたが、完全には避けきれない。 氷によって僅かに伸びた攻撃の判定が鎧を捉え、白い装甲に傷を刻んだ。 一歩、二歩と引いて距離を取る欠白の装。 ホムコールモンは怒りを燃料に炎を生み、その熱を氷剣へ送り込んだ。 【アプ・オボコロベ】 錬成された刃は鏡のようにビルを、空を反射する。 なにより、その鏡面には二対のオキグルモンが映っていた。 「貴様程度の者がオキグルモンを名乗るなどと、烏滸がましいにも程がある」 「オレはオレだ。アイツじゃねーよ」 ホムコールモンの歯が軋む。 欠白の装は両手に激しい凍気を纏わせ、拳を構えた。 徒手空拳─先ほどから繰り出されるその戦法こそが、二匹のオキグルモンの違いを如実に映している。 だからこそ、ホムコールモンの怒りがさらに燃え上がる。 低く呟き、氷剣を握り直す。 「ならば!有象無象らしく此処で灰塵と散れ!」 強く地面が蹴られ、ホムコールモンの巨体が欠白の装へと迫った。 冷気を伴って剣が振り上げられる…そして、それを砕こうと拳が振り下ろされた。 いや、ホムコールモンの腕は寸前で動きを止めていた。 (フェイント…!) だがそれに気づいた所で、もう欠白の装は自らの拳を止めらない。 ホムコールモンは剣ではなく自らの前腕を壁のように突き立て、凍拳を捉えた。 その瞬間、ホムコールモンの左腕から激しいスパークが迸った。 「なっ…!」 【ゼーベック】 すぐさま振り上げられた左手が、周囲へ電撃と衝撃波をブチ撒けながら欠白の装の腹へ叩き込まれる。 まともに攻撃を受けた身体が大きく突き飛ばされ、ビルに激突してようやくその動きを止めた。 「気を付けろ。ヤツの力は炎と氷だけではない」 オキグルモンの言葉に、シュウは思わず顔をしかめる。 「なんでもアリかよ…」 追撃は止まらない。 氷炎─ホムコールモンは両足に二つの異なるエネルギーを纏わせると、身体を捻りながら連続で蹴りを繰り出した。 狙いは欠白の装の顔面─回し蹴りが一撃、二撃、三撃と立て続けに迫る。 三撃目を欠白の装は腕を上げて受け止めようとしたが、その腕が弾かれる。 体勢を崩したところへ、間髪入れずに四撃目が飛び込んだ。 炎を纏った蹴りが顔面を捉え、欠白の装の身体が大きく吹き飛ばされる。 地面を滑りながらも、欠白の装は倒れなかった。 「くたばりぞこないが…」 「やるじゃねぇか…俺の取り柄は諦めが悪い事だゼ?」 悪態をつくホムコールモンの前で、彼は両手に青と白のエネルギーを纏わせる。 拳の周囲で渦巻く光が、先程までとは異なる鋭い輝きを放っていた。 「ふん…少しは認めてやる」 「ありがとな」 欠白の装は目を細めて笑い、一気に懐へ潜り込む。 対するホムコールモンもただ待っているわけではなく、カウンターのために腕を突き出して迎え撃つ。 二匹の距離が、拳の届く間合いまで一気に縮まった。 「だが無駄だ!再び我がゼーベックの餌食となれ!」 ホムコールモンは前回よりも力を込め、迫り来る拳を正面から受け止めようとした。 だが─欠白の装の拳はそのガードを真正面から貫いた。 「なっ…!」 青と白のオーラを纏った拳が、そのままホムコールモンの顔面へ深々と突き刺さる。 「借りるゼ、オキグルモン!」 欠白の装は拳を引くと同時に、青と白のオーラを頭部の角へ集中させた。 【虚刀拳】 集束したエネルギーは角を覆うように伸び、一本の剣へと姿を変える。 そのまま身体を沈め、ヘッドバットの要領で角を振り下ろした。 鋭く振り抜かれたオーラの刃が、ホムコールモンの凍剣を捉える。 そして、腕ごと両断した。 ・09 腕ごとアプ・オボコロベを両断され、ホムコールモンは大きくよろめいた。 「な…何が起こった…!?」 自分の身に起きたことを理解できず、切断された腕と、その先に立つ欠白の装を交互に見る。 「知るかよ。オレは全力でかましただけだ」 欠白の装は拳を握り直す。 その姿を見つめながら、シュウはデジヴァイス01の仮想モニターへ視線を落とした。 次々と流れていくデータの中に、異常なエネルギー反応が浮かび上がっている。 「炎と氷…相反するエネルギーが互いを相殺することで生まれるマイナス…それを纏っているのか」 そう仮定したシュウの目が細くなる。 ストライクドラモンとメタルグレイモンViが持つ炎、ユキアグモンとオキグルモンが持つ氷─ここまでの進化ツリーがこの技を成立させていた。 「言わば…ゼロ度の炎ということか」 オキグルモンは、欠白の装の両手を覆う青白いオーラを見つめていた。 「君の予想通り、欠白の装(あのすがた)はダークドラモンのようにあらゆる行動の動力としてダークマターを直接消費してはいなさそうだ」 シュウは自身の体が痛まない事を確かめるように、服の上から心臓の辺りを触る。 そもそもあの身体には、テラケルモンによってダークマターそのものが埋め込まれている。 そこに相反する二つのエネルギーがぶつかり合うことでダークマターが作用し、通常とは異なる力を生み出しているのだろう。 「私の姿を借りて戦う限り、ダークマターの直接的な消費は抑えられる。お前の身体にかかる負担も、ダークドラモンとして戦うときとは比較にならないほど小さいであろう」 二人は口にしないが、この抜け道に代償がないわけではなかった。 この姿を生み出すために、欠白の装は本来のオキグルモンから一時的に力を借りている。 今もなお、その力を消費しながら姿を維持しているのだ。 次はない…一度でも解除されれば、欠白の装という力はもう使えない。 その先は再び、自らの寿命を削りながら戦うことになる。 「ここで倒す」 一人でも多くを守るために─シュウは誓いと共に、デジヴァイス01のバンドを握り締めた。 この一度に、すべてを懸ける。 『─もう戦いはやめて。あなたが傷つくのは、見たくないよ』 そのとき、何者かの声が戦場に響いた。 ホムコールモンの足元に、いつの間にか小さな少女が立っている。 白い髪が風に揺れ、その顔立ちはオキグルモンと瓜二つだった。 「…え?」 シュウは思わず息を呑む。 少女はそんなシュウには目もくれず、ホムコールモンを見上げていた。 切断された前腕から流れ落ちる赤いデータを見つめ、その表情を悲しげに曇らせる。 「痛いでしょ…?」 「…」 ホムコールモンは答えない。 ただ、少女を見下ろしていた。 「オイナ…」 「うん」 低い声がホムコールモンから漏れると、少女は小さく頷いた。 その短い返事に、ホムコールモンの巨体がわずかに揺れた。 「オキグルモンにそっくりだ…」 シュウが隣を振り返ると、彼女の視線は謎の少女にだけ向けられていた。 険しく細められた瞳には、驚きよりも困惑が浮かんでいる。 「…あの子は、きっと私の失敗作(あね)だ」 「君になれなかったデータを無理矢理ひとつの個体として成立させたって所か…」 それをやったのは、きっとデジモンイレイザーだろう…シュウはそう思った。 そして、デジモンイレイザーとしてリアルとデジタル二つの世界を滅ぼそうとする妹・ミヨのことが嫌でも脳裏に過る。 「でも…私はオイナだよ。貴方に貰った名前があるの」 小さく肩を振るわせながらも、彼女は精一杯に話す。 シュウは少女と、無言のホムコールモンを交互に見る。 先程まで怒りを爆発させていた彼だが、彼女へ向ける視線は先ほどまでの殺気と違うように見えた。 だからこそ、シュウは言葉を選びながら口を開く。 「ホムコールモン。お前がオキグルモンを大切に思ってたことは分かる」 「…」 「だったら、もうやめよう。ここで戦ってその子まで傷つける必要はない」 「そう、もう十分だ…」 オキグルモンも続けると、風が吹き抜けた。 ホムコールモンはオキグルモンを見つめ、それからオイナへ視線を落とした。 同じ顔─二人の白い髪が、瓦礫の舞う風の中で揺れている。 「……違う」 呟きが落ちた。 「違う…違う違う違うッ!」 ホムコールモンの声が轟き、周囲の空気が震える。 欠白の装が身構え、防御の姿勢を取る。 「貴様たちはオキグルモンではない!」 「ホム…?」 「黙れぇッ!」 オイナが怯えた声で呼びかけるが、ホムコールモンは巨大な腕を振り上げる。 大量の氷の矢が、豪雨のように放たれた。 「シュウ、あぶねぇっ!」 欠白の装がシュウの前に飛び出すと、自らを盾にして攻撃を防ぐ。 だが、取りこぼした攻撃が灰色の壁面を砕いた。 轟音と共に窓ガラスが一斉に砕け散り、シュウの身体は瓦礫と共に宙へ放り出された。 「─うっ!?」 「祭後終!」 オキグルモンが素早く飛び出すと、落下するシュウの腕を掴み、そのまま身体を翻した。 シュウを抱えたまま瓦礫を飛び継いで行くが、彼の手には握られていないものがあった。 その手から離れたダークネスローダーが、崩れた床とともに宙を舞っていた。 「まずい!」 「…仕方あるまい!」 オキグルモンは命を優先し、黒い端末が瓦礫の間へ落ちていくのを見送る。 だが…それを見つけたホムコールモンの目が、大きく見開かれた。 念力のような力でホムコールモンはダークネスローダーを引き寄せ、その手に掴んだ。 「ふはっ…ふはは!ついに取ったぞっ…!」 ホムコールモンは荒い息を吐きながら、手の中のダークネスローダーを見つめた。 かつて、あの人の腰にあったものを目にした瞬間…脳裏にかつての光景が蘇った。 『いて…』 幼いホムコールモンが傷ついた身体を押さえている。 その前に立っていたのは、かつての水竜将軍─オキグルモンだった。 こちらを冷たく見下ろす彼女の腰には、黒い光を僅かに帯びたダークネスローダーがあった。 『敵の撃破に躊躇いを持つな。実戦において我々は命のやり取りをする事を思い出せ』 『…でも、痛いのは嫌だよ』 『ならば、痛めつけられる前に倒すことだ─』 それだけ言って、オキグルモンは背を向けた。 「そんな貴方が…人助けなどっ…!」 ホムコールモンはダークネスローダーを握り締める。 その視線の先で、オキグルモンがシュウを瓦礫の上へ降ろしていた。 「誰かを助けたいのは悪いことじゃないよ…」 オイナが、震える声で言う。 「ホムコールモンも、オキグルモンと一緒にいたいんでしょ?」 その言葉に、自分の元を去った時のオキグルモンを思い出してしまう。 あのとき、引き留めたかった…理由なんて、今でもうまく言葉にできない。 ホムコールモンの目が揺れた。 「いなくなるあの人が一人で、寂しそうだと思ったんでしょ…?」 そうだったかもしれない…しかし、あの人の横にはもう。 否─そうなったアレも、足元にいるコレも、俺の知るオキグルモンではない。 だったら、どうすればいい。 あの人がいないなら。 ならば─。 「ならばぁ……っ!」 残った巨大な左手が伸びる。 「うっ…!?」 オイナの小さな身体を、ホムコールモンは引ったくるように掴み上げた。 「く、苦しいよ…」 それでも手は緩まない…いや、躊躇いはもういらない。 「もう俺の求めたオキグルモンはいない…!」 あの日の記憶が鳴り止まなず、声が震える。 怒りなのか、悲しみなのか、自分でも分からない。 ただ胸の奥から込み上げてくるものを、ホムコールモンは叫ぶしかなかった。 「ならば!」 ダークネスローダーの起動トリガーが念力によって震える。 「俺が!」 仮面越しの瞳がオイナを見上げる。 「真に!」 その顔に浮かぶのは、憧れへの幻。 「貴方になる!!!」 絞り出すような絶叫とともに、ホムコールモンはダークネスローダーを起動した。 「だめ…貴方が、死んじゃう…!」 オイナが拒絶する。 しかし、その声は届かない。 黒い端末が唸りを上げ、まだ小さい身体から凄まじい勢いでデータが吸い上げられていく。 「強制・デジクロス!!」 オイナの身体が悲鳴とともに黒い端末の中へと消えた。 「やめろ!」 何か嫌な予感がしてシュウは叫ぶが、既に遅かった。 足元から溢れ出した黒い氷が、ホムコールモンの足元から這い上がった。 脚を、胴を、腕を覆い、やがてその巨体すべてを飲み込んでいく。 「ふははは!ふははははは!!」 黒い氷の塊が激しく脈動する。 次の瞬間─内側から、氷が爆裂。 飛び散った黒い氷片の向こうから、新たな姿が現れる。 「あ…あれは…っ!」 オキグルモンは思わず怯む─その姿が、黒く濁った氷で作られた自分自身(オキグルモン)の氷像そのものだったからだ。 体も、鎧も、すべてが黒く濁った氷へと置き換わっている。 ただ一つ異質なのは、その胸の中心。 そこには頭部だけとなったホムコールモンが埋め込まれていた。 黒い氷の中に沈むコアのようにも、あるいは封じ込められているようにも見えた。 わかることは、その瞳にもう何の光もないことだけだった。 【ホムコールモン:ダークネスモード】 「DPが…激しく上昇している…!」 デジヴァイス01を見つめるシュウの顔が強張る。 仮想モニターを叩き、次の一手を探す。 ホムコールモンDMの背中から、二本の腕がゆっくりと生えた。 黒く濁った氷で形作られたその腕は、何かを探すように伸びていく。 やがて、胸の中心に埋め込まれた、かつてホムコールモンだった仮面を抱き締めるようにして自らの胸を包み込んだ。 「なんてことだ…」 オキグルモンも、後戻りの術を失ったその姿を前に言葉を失った。 「おい…これ、やべーぞ!」 欠白の装が拳を構える。 次の瞬間、ホムコールモンDMが絶叫した。 「ああああああああああ─ッ!!!」 その叫びに呼応するように、周囲の地面が一斉に凍りつく。 建物を、道路を、瓦礫を黒い氷が瞬く間に戦場を覆い尽くしていった。 オキグルモンの胸には、最悪の事態に限りなく近いことが起きている確信があった。 自分がホムコールモンに取り込まれ、蓮也やその仲間によって撃破されることは考えていた。 むしろ、かつて自分が犯した罪の果ての死こそを贖罪とするつもりだった。 だが、オイナの存在は想定外であった。 その生まれは自分になれなかったデータの寄せ集めかもしれない…だが、彼女は既に一人の"個"を得た命だった。 それが、よりオキグルモンの負い目となる。 「シュウ、どうすンだよ!」 オキグルモンは自らの代わりに戦う者の声により、現実へ引き戻される。 欠白の装は迫り来る無数の氷を拳で次々と弾き落とす。 砕けた氷片が白い火花のように周囲へ散るが、それでも黒い氷は止まらない。 地面を覆い、建物を這い、さらにその範囲を広げようとしていた。 シュウはデジヴァイス01を握ったまま、眉間を親指で叩いた。 考え込むときの、いつもの癖だった。 「んなこたぁ今考えてる!時間を稼げッ!」 「さっさとしろ!この姿が持たねぇぞ!」 欠白の装は距離を詰め、拳を振るう。 だが、4本の腕に発生したアプ・オボコロベによる乱舞が欠白の装の全身を切り刻む。 ホムコールモンDMは、六肢から生んだ強烈な炎と氷を自身で反射─周囲に電撃波動・ゼーベックをぶちまける。 飛び退こうとする欠白の装を追撃し、打ち落としては顔面に蹴りを打ち込んだ。 吹き飛ばされた欠白の装は、何度も地面をバウンドしながらも地面に手を突き刺す。 無理矢理軌道修正し、顔を上げる─その間にも黒い氷が街を覆い尽くしていた。 「このままだと、デジタルポイントが完全に凍結しちまうゼ!」 その時、不意に遠くから激しい破砕音が響いた。 シュウが振り返ると、炸裂した瓦礫の向こうから巨大な影が飛び出してきた。 崩れかけた建物の壁を蹴散らし、舞い上がる粉塵を背にして、黒い甲殻の巨体が一直線にこちらへ迫ってくる。 黒い甲殻に覆われた身体─巨大な鋏を構え、黒い雷を全身に纏ったその姿には見覚えがあった。 「グランクワーモン!?」 シュウが驚きの声を上げる。 グランクワーモンは答える代わりに、さらに速度を上げた。 その背には当然、見間違えるはずもない少女の影がある。 だが…彼女たちがこちらへ向かってきているということは、それだけで状況を物語っていた。 …そして、そのさらに後方。 これだけの低温に包まれた街でありながら、陽炎のように揺らめく巨大な影が、瓦礫の向こうに姿を現した。 「あいつか…」 シュウの表情が強張る─やはり、カノンたちはテラケルモンから逃げてきたのだ。 となればグランクワーモンがこちらへ向かっているのも、単に助けに来たからではない。 追い詰められた末に、ここへ逃げ込むしかなかったのだろう。 その時、蓮也とドラコモンがシュウたちの横に文字通り転がり込んできた。 グランクワーモンの上から飛び降りたのだろう。 蓮也はすぐさま身体を起こすと、オキグルモンの姿を確かめるように視線を向けた。 「大丈夫か!?」 「馬鹿者っ!なにをしにきた!?」 オキグルモンが声を荒らげる。 その剣幕に、蓮也は申し訳なさそうに眉を下げた。 「ごめん…でも、来たくて来たワケじゃないんだ」 「つまり、合流するように誘導されたって事か」 シュウは低く呟いた。 カノンたちが逃げ込める場所を失い、ここへ辿り着いたのだとすれば、テラケルモンは彼女たちの行き先をある程度読んでいたことになる。 こちらの作戦まで見透かされていた可能性を思い、シュウは内心で苦い顔をした。 一方、グランクワーモンは空中で大きく身を翻していた。 黒い甲殻が鈍く光り、巨大な鋏がホムコールモンへと向けられる。 再加速─その巨体が風を切り、黒い氷の戦場を駆け抜ける。 ホムコールモンDMも接近に気づいたのか、ゆっくりと顔を上げた。 鋭い鋏に、黒い雷が集束していく。 【ディメンションシザー】 空間そのものを断ち切る斬撃が、雷鳴を伴って黒い氷の巨体へと一直線に迫った。 対するホムコールモンDMは、全身を覆う黒氷をさらに腕へと纏わせ、力強く振り上げる。 激突─轟音とともに黒い氷が弾け、砕けた破片が周囲へと飛び散った。 衝撃が地面を震わせ、近くの建物の窓ガラスが一斉に砕け散る。 「ぐっ…凄い衝撃だ」 シュウは咄嗟に腕を上げ、顔を庇った。 飛び散る氷片が頬のすぐそばを掠めていく。 ようやく腕を下ろしたところで、聞き慣れた声が飛んできた。 「なーんだ。死んでないじゃん」 「カノンちゃん、平気か!」 「ったく、誰の心配してんだよ」 いつもの調子で返すカノンに、シュウは呆れたように息を吐いた。 残光を伴ってグランクワーモンが飛来し、シュウたちのいるマンションの横へと着陸する。 巨体が地面を踏みしめると足元の瓦礫が跳ね、積もった黒い氷に細かな亀裂が走った。 その背からカノンが周囲を見渡す。 シュウたちの姿を認めても、彼女は特に気負った様子もなく、いつもの調子を崩さなかった。 「それよりさ…」 シュウはそんなカノンから促され、その背後へ視線を向ける。 「あぁ」 テラケルモンは、すぐ後ろまで迫っていた。 だが…その視線はこちらの様子を窺うというよりも、黒い氷に包まれたホムコールモンDMへと注がれているように見えた。 シュウは眉を寄せる…ヤツは何を考えているのか。 なぜ、あの姿を見つめているのか。 疑問に駆られ、シュウはテラケルモンの視線を追うように、再びホムコールモンDMへ目を向けた。 そして、シュウは絶句した。 「…は?」 「お、おい…蓮也」 「…あいつがいない!?」 ドラコモンに裾を引っ張られて振り向いた蓮也も、シュウに続いて驚きの声を上げる。 つい先ほどまで、そこにいたはずのテラケルモンの姿が消えていた。 周囲を見回しても、あの巨体が移動した痕跡すら見当たらない。 「テラケルモンは昔から何を考えているかよくわからんヤツだ…しかし、今が残った勝機だ」 蓮也に支えられながら立つオキグルモンは、驚きよりも目の前の状況に意識を向けていた。 最大の脅威が去ったのなら、これ以上の好機はないと判断したのだろう。 しかし、素直に頷くことができないシュウの指先に力がこもった。 目的がオキグルモンの排除なら、ホムコールモンがこれほど強化された今こそ、確実に仕留める好機のはずだった。 自分たちが消耗しているこの状況を利用しない理由がない。 (それなのに、なぜここで引く?) 考えても答えは出ないが、今は立ち止まっている暇もなかった。 黒い氷の向こうではホムコールモンDMが再びその巨体を震わせ、身体の奥底から闘気を巻き起こしていた。 周囲の空気が軋むように冷え込み、砕けた氷片が音もなく地面へ降り積もっていく。 シュウは一度、カノンとグランクワーモンへ視線を向けた。 「…来たからには、頼らせてもらうぞ」 そう告げると、カノンが振り返った。 「へぇー。もしかして、任されちゃってる?私?ま、しょうがないな!」 胸を張って言い放つカノン。 その隣ではグランクワーモンが巨大な鋏を構え、黒い雷を纏わせている。 頼もしい援軍が加わったことは間違いない。 しかし目の前にいるのは、先ほどまでとは比較にならないほどの力を得たホムコールモンDMだ。 テラケルモンが去った理由も分からないまま、戦況が好転したと考えるには早すぎる。 シュウはデジヴァイス01の画面へ視線を落とした。 並ぶデータを追い、頭の中でいくつもの可能性を組み立てる。 そして再び顔を上げた。 「…さて。どうするかだ」 ・10 黒い氷の向こうで、ホムコールモンDMが四本の腕を素早く振るった。 「ちっ…シュウ、足元はすっかり凍らせてやがるゼ!」 欠白の装が左右に飛びながら斬撃や電撃をなんとか避け、組み付こうとしては弾かれる。 その隙を狙ったグランクワーモンの鋏も別の腕に受け流されてしまい、反撃の斬撃が二匹を退けた。 二匹がかりでも、ホムコールモンDMは体勢を崩すことさえない。 さらにホムコールモンDMが腕を振るうと、念力で操るかのように黒氷が宙を走り、飛行するグランクワーモンへと鋭い棘となって襲いかかった。 欠白の装もまた、踏み込むたびに足元を滑らせぬよう気を配らなければならない。 巨大な足が地面を踏みしめるたびに黒氷へ亀裂が走り、砕けた破片が飛び散る。 慎重に放った拳は四本腕の防御に阻まれ、決定打には届かなかった。 「おじさん、どうする?」 カノンは声をかけながら、視線はホムコールモンDMを捉えたままだ。 グランクワガーモンも連戦で速度が落ちてきている。 「こりゃマトモにぶつかっても消耗するだけだな」 シュウは顔を上げ、黒氷に覆われた街を見渡した。 駅周辺は、すでに廃墟同然の有様だった。 黒氷に覆われたこの戦場は、ホムコールモンDMの支配下にある。 少なくとも、あちらはそう考えているはずだ。 (ならば、その前提を崩せばいい…) シュウの視線が、ホムコールモンDMの巨体から地面へと移った。 「蓮也くん。地下商店街は、まだ使えるか?」 「えっ?地下って…さっきまでいたあそこですか?」 突然話を振られ、蓮也は目を瞬かせた。 だが、シュウが何を考えているのか察したのか、すぐに周囲へ視線を走らせる。 「入口は瓦礫で半分塞がってるけど、通れないわけじゃない。どうするつもりですか?」 「ちょっとばかり、地面を借りたい」 シュウはそう答えると、仮想モニターに指示を打ち込む。 その内容を赤外線でドラコモンを通し、蓮也のディーアークへ転送した。 「ただし、ドラコモンには戦わせない。君も無茶はするなよ」 「分かってる。俺だって、ただ突っ込むつもりはないさ」 ホムコールモンDMを見据え、蓮也はドラコモンの頭を軽く撫でた。 ドラコモンは短く鳴き、彼の意図を理解したかのように頷く。 「私も行くぞ」 「いやダメだ。ヤツの狙いは君なんだ…だから、ここから動いちゃならない」 オキグルモンがフラつきながらも前に出るが、蓮也はそれを制止する。 「カノンちゃん、グランクワーモン。このままアイツの注意を引いてくれないか」 「私たちをオトリにしようなんて…わかってんだろうな?」 カノンは口元を吊り上げると、デジヴァイスicに指示を打ち込む。 「作戦DS466!四本腕ヤロウを引き付ける!」 グランクワーモンが低く唸り、黒い雷を甲殻に走らせながら高速で旋回を開始する。 欠白の装は腰に拳を構え、マイナスエネルギーを発生・増幅させだす。 足元の黒氷の侵食が、彼の足元だけピタッと止まる。 シュウはその姿を見届けると、蓮也へ目配せした。 蓮也は頷き、ドラコモンを伴ってマンションを駆け降りて行った。 「ぐっ…!」 その時、欠白の装の頬を鋭い風が切り裂いた。 黒い巨体から繰り出される剣閃は空気を切り裂き、無数の真空波となって戦場を走っていた。 地上だけではなく、足元の黒氷が不気味にうねっては伸縮を繰り返す。 鋭く尖った氷柱が次々と地面から突き出し、空を飛ぶグランクワーモンへと襲いかかった。 剣による斬撃と氷の奇襲─逃げ場を塞ぐような全方位攻撃に、グランクワーモンも回避しきれなくなっていく。 甲殻をかすめる氷の棘、翼をかすめる真空波。 致命傷こそ避けているものの、細かな傷が少しずつ増えていった。 黒い雷をまとっていた巨体も、次第に動きが鈍り始める。 「グランクワガーモン…負けんな!」 ホムコールモンDMは、もはや何かを考えているようには見えなかった。 そこにあるのは言葉にもならない叫びと、敵を切り刻むことだけを求めるかのような猛攻。 ─しかし、その剣筋には乱れがない。 四本の腕は互いの動きを妨げることなく、欠白の装の逃げ道を塞ぎ、グランクワーモンの回避先にまで炎を走らせていた。 己を顧みる理性が消えようとも、戦うための技術は失われておらず、その姿はより破壊の使者として完成されているようだった。 次の瞬間─シュウたちが陣取るマンションのすぐ脇にあった商業施設が、轟音とともに両断された。 建物の壁面を斜めに走る切断面から、砕けたコンクリートやガラスが雨のように降り注ぐ。 剣そのものは届いていない…それでも、振るわれた刃が放つ真空波は、ここまで破壊を及ぼしていた。 グランクワーモンが身を翻して次の攻撃をかわそうとする。 しかし、積み重なったダメージがその動きを鈍らせていた。 翼が大きく揺らぎ、巨体が傾く…体勢を立て直そうとした、その時だった。 ホムコールモンDMの足元が、突如として大きく陥没した。 「─!?」 踏みしめていた黒氷ごと地面が砕け、巨大な足が崩落した地盤へと沈み込む。 足場を支えていた道路が瓦礫とともに崩れ落ち、ホムコールモンDMの巨体が大きく傾いた。 その大穴の底から、炎をまとった巨大な竜が飛び出した。 【エンシェントグレイモン:究極体】 その背中には、振り落とされまいと蓮也が必死にしがみついている。 エンシェントグレイモンは崩落に巻き込まれた瓦礫を振り払い、回復しつつある翼を大きく広げると、そのまま真上へと急上昇した。 自ら破壊した地下の空間から、崩れ落ちる地盤を背にして一気に離脱する。 「流石にドンピシャのタイミングだ!」 シュウは口元に笑みを浮かべ、指を鳴らした。 その眼前では、すでに欠白の装が大きく跳躍していた。 狙いは、上昇するエンシェントグレイモンの巨体。 「蓮兄さんのドラコモンを進化させて、巨体で地面をぶち抜くのを利用したの!?」 カノンが思わず叫ぶ。 地下から地上へと飛び出したエンシェントグレイモンの出現そのものが、シュウの狙いだったのだ。 「エンシェントグレイモン、いけ!」 蓮也の声に応えるように、エンシェントグレイモンは全身をその巨大な尻尾を激しく振るった。 「うおおおおっ!!」 欠白の装は足を空中へ向け、その尻尾を受け止める。 そして、エンシェントグレイモンの力も利用して地面へ反転・加速した。 拳に蓄えられたマイナスエネルギーが青白く燃え上がる。 狙うは、地盤の崩落によって体勢を崩したホムコールモンDMの腹部。 【地壊拳】 全身の力を込めた拳が、黒氷の巨体へと叩き込まれた。 ホムコールモンDMの腹部に亀裂が走り、内側から砕け散る。 黒い破片が周囲へ飛び散る中、その奥から現れたのは、かつてホムコールモンの顔を覆っていた仮面だった。 黒氷の巨体に埋め込まれていたそれが、ついに世界の目に晒された。 「──ッ!!」 ホムコールモンDMの拒絶するような叫び声が、戦場を震わせた。 直後、巨体の内部から炎と氷が爆発的に噴き出した。 灼熱と極寒が入り混じる奔流は、欠白の装も、エンシェントグレイモンも、グランクワーモンさえも容赦なく吹き飛ばす。 砕けた黒氷が嵐のように舞い上がり、周囲の瓦礫を巻き込んで広がっていった。 エンシェントグレイモンの巨体が大きく傾き、その姿が光に包まれる。 無理な進化を維持できなくなった身体はドラコモンへと退化し、蓮也もろとも空中へ放り出された。 「ああっ…蓮兄さん、ドラコモン!」 思わずカノンが声を上げる。 グランクワーモンはふらつく身体をどうにか立て直すと、二人と一匹のもとへ飛び込んだ。 傷ついた翅を動かして蓮也とドラコモンを回収し、シュウたちの待つマンションへと急ぐ。 着地は少々荒っぽくなったものの、どうにか全員を無事に連れ戻すことができた。 「上手くいきましたね」 蓮也が息を整えながら言った。 「ああ…だが、倒しきれなかった」 シュウは戦場へと目を向けた。 ホムコールモンDMの腹部には大穴が開き、その中心には仮面が露出している。 作戦は成功した─敵の巨体を崩し、隠されていたものを引きずり出すことはできたのだ。 それでも、まだ戦いは終わっていない。 グランクワーモンの消耗は深刻だった。 テラケルモンとの戦いで負ったダメージに加え、先ほどの攻防で速度はすっかり落ちている。 欠白の装も、これ以上マイナスエネルギーの出力を引き上げるわけにはいかなかった。 ダークマターの使用量が増えれば、その反動はシュウ自身の寿命にまで及びかねない。 敵の弱点を暴き、攻撃を叩き込むことには成功したが、こちらも残された手札は少ない。 『…やめ、て…』 その時、かすかな声が戦場に響いた。 シュウは顔を上げる…声の主は、ホムコールモンDMだった。 いや、その巨体の奥から聞こえてくる。 傷つき、黒氷に閉ざされた身体の内側で、押し込められていた何かがわずかに漏れ出していた。 『もう…戦わないで…』 露出した仮面が震える。 四本の腕が何かを振り払うように暴れ、ホムコールモンDMは再び叫び声を上げた。 「アアアアアアッ!!」 その叫びは、傷の痛みによるものだけではなかった。 『やだ…こんなの、もう…』 途切れ途切れにこぼれる声は、あまりにも弱々しい。 それでも、確かに意思を宿していた。 「きみは、オイナかい…?」 蓮也が呟く。 傷ついたことで、ホムコールモンDMの内側に束縛されていた心がわずかに表へと滲み出しているのだろう。 オイナの声は暴れ続ける巨体の叫びにかき消されそうになりながらも、必死に届こうとしていた。 『ホムコールモンは、オキグルモンとの思い出に苦しんでいるの…』 消えない思い出…捨て去ろうとしても、塗り潰そうとしても、決して消えてくれないもの。 彼がオキグルモンと過ごした日々も、彼女から教わった言葉も、彼女になろうと足掻いた時間も、すべてが彼の中に残り続けていた。 理性を失ったはずの巨体が、まるでその記憶から逃げるように身をよじる。 けれど…どれだけ叫んでも、どれだけ黒氷を重ねても、忘れることはできない。 『おねがい…もう、終わらせて…』 オイナの声が震えた。 『これ以上、ホムコールモンに…ひどいこと、させたくないよ…』 その言葉に、オキグルモンの表情が強張った。 彼女にも聞こえていた。 ホムコールモンの心の奥底から漏れ出した、押し殺され続けてきた悲鳴が。 目の前の怪物が、ただ破壊を求めて暴れているだけではないことを彼女は悟った。 「…ホムコールモン」 呼びかけても、返事はない。 届いているのかどうかさえ分からなかった。 それでも、オキグルモンはその名を口にせずにはいられなかった。 ここで止めなければ、ホムコールモンは自分自身を壊し続ける。 そして、その身体の中でオイナまで苦しみ続けることになる。 シュウはホムコールモンDMを見据え、決意を込めて口を開いた。 「…俺たちが、終わらせるんだ」 「なら私の残りの力を吸ってくれ…ヤツがああなったのは、私の責任だ」 そう告げたオキグルモンの声に迷いはなかった。 自分の力を差し出すことで決着がつくのなら、それでいい…そう言わんばかりの表情だった。 「でも、それじゃ…」 蓮也は思わず彼女の手を握った。 言葉の続きを見つけられないまま、ただ引き留めるように力を込める。 オキグルモンは一度だけ蓮也を見つめ、それから、その手を握り返した。 「やだね」 二人の様子を横目に見ながら、シュウは吐き捨てるように言った。 「それに、ダークネスローダーはもうアイツと合体しちまってる」 シュウがデジヴァイス01を操作すると、眼前の仮想モニターに映し出されていた解析映像が切り替わった。 それはホムコールモンDMの内部構造であり、その中心にある仮面の中にダークネスローダーと思しき反応が浮かび上がっていた。 「…俺とオキグルモンで、ちょっと変な使い方をしちまったからな。どっかでバグったのかもしれねぇ」 シュウは眉を寄せ、モニターを見つめる。 本来の機能から外れた運用をしたことで、ダークネスローダーそのものに異常が起きたのか。 あるいは、その異常をホムコールモンに利用されたか…今ある情報だけでは断定できない。 「ま、原因究明は後回しだ。今はあれをどうにかする」 「あれをブッ壊せばいいわけだ」 カノンが目を細める。 隣では、グランクワーモンがノイズに侵されたように明滅する身体を、それでもどうにか動かしていた。 パートナーに似て、その闘争心は揺るがないらしい。 「だが、あれ以上のパワーはどうやって…」 オキグルモンの言葉を遮るように、シュウが相棒を呼んだ。 「相棒」 「…シュウ」 それだけで、欠白の装には伝わった。 ダークマターの出力を引き上げる─今の状況を打開するには、それしかない。 シュウは欠白の装を見上げ、肩をすくめた。 「前ほどは死ぬつもりもないさ。前ほどはね」 そう言って懐から取り出したのは、デジメンタルだった。 シュウはそれを手の中で確かめるように握る。 地下通路を出てからの戦いで蓄えられた力は、ダークマターの反動をある程度相殺できるだけの量になっている。 無茶をしなくて済むわけではない…だが、ただ命を削るしかなかった頃とは違う。 「私たちが最後の力でぶつかる。その隙に決めろよ」 「あぁ。任せたぜ」 あまりにもあっさり返ってきた言葉に、カノンは一瞬だけ口元を緩めた。 すぐにいつもの不敵な笑みを取り戻し、誤魔化すように顔をそらす。 シュウはデジメンタルを握る手に力を込め、笑った。 「さーて。未来ある若者の明日を守りに行きますかね」 「キモ。自分の顔見て言いなよ」 カノンは即座に切り返すと、強気な顔でデジヴァイスicを操作した。 残されたデジソウルを、惜しみなく注ぎ込む。 グランクワーモンの身体に黒い雷が走った。 ノイズ混じりの輪郭が揺らぎながらも、その巨体は再び戦場へ向けて構えを取る。 欠白の装は両手に炎と氷を宿し、交差させた腕の内側で二つの力を激突させた。 右手の紅蓮が燃え盛り、左手の蒼白が凍てつく─その相反するエネルギーがせめぎ合う中心で、眩い光が膨れ上がった。 互いを打ち消すはずの力は、混ざり合うこともなく、衝突によって生まれたマイナスエネルギーだけを際限なく増幅させていく。 青白い光は腕の間から溢れ出し、欠白の装の巨体をも超える大きさへと伸びていった。 薄く引き延ばされた光は、やがて天を突くのではないかと思えるほどに巨大な柱へと変貌する。 その光の中で、欠白の装の輪郭が乱れた。 全身を走るノイズが装甲を明滅させ、形を保つ力さえ失われつつある。 次の一撃を放てば、この姿はもう維持できない。 それでも、構えた両腕は揺るがなかった。 シュウの手の中では、デジメンタルが焼けるような熱を帯びている。 増大するダークマターの出力に抗い、蓄積されたエネルギーがシュウへ返る反動を相殺しようとしていた。 握り締めた指に力を込め、シュウは光の向こうに立つ敵を見据える。 【グランデススクリュー】 轟音とともに、グランクワーモンがホムコールモンDMへと回転突進した。 すでに限界に近いその巨体を、なおも前へ押し出す。 しかし、ホムコールモンDMの内部でエネルギーが爆発し、黒氷と炎が四方へと噴き荒れた。 グランクワーモンの突撃は押し返され、その巨躯が宙へと吹き飛ばされる。 「きえない…きえないぃ…!」 黒氷の巨人が絶叫した。 胸に埋め込まれた仮面を覆い隠すように、四本の腕が暴れ狂う。 「行けッ!二人とも!」 ディノビーモンへと退化する相棒を見つめながら叫ぶカノンの声を受け、欠白の装は巨大な柱を振るうべく身を沈めていく。 両腕だけでは到底支えきれない光を、背中と両脇まで使って抱え込む。 「消えないって事は、大切だってことさ…」 突風が吹き抜け、シュウのマントを大きくはためかせた。 舞い上がる塵と光の粒の向こうで、彼はかつて失ったものを思い浮かべる。 もう二度と手の届かないもの…取り戻せない時間。 それでも、胸の奥には今なお消えずに残っている思い出があった。 失ったからといって、なかったことにはならない。 忘れられないからといって、それが弱さになるわけでもない。 でも、彼女はまだそこに"いる"。 「だから、お前にお前の大切なモンを奪わせはしない!」 シュウはデジメンタルを握り締め、ホムコールモンDMへと突き出した。 その手に宿る決意に呼応するように、欠白の装を包む青白い光が鋭さを増していく。 「あぁ…オレたちが、お前を助ける!」 欠白の装の全身を駆け巡るエネルギーがさらに研ぎ澄まされ、天地を掴み取るかのようにより深く構えた。 柱の青白い輝きが空を覆い、デジタルポイントを満たす景色が歪み始める。 地面が揺れているのか、それとも世界そのものが軋んでいるのか。 境界の曖昧な空間に、透明な亀裂が走った。 【天地開闢】 全身を捻り、欠白の装は柱を振り抜いた。 天地をかき混ぜるような一撃が、ホムコールモンDMの胴体を薙ぎ払う。 青白い閃光が視界を呑み込み、柱の通った軌跡に沿って空間が大きく引き裂かれた。 現実とデジタルが重なり合う世界は目に見えない巨大な手で砕かれたかのように、無数の亀裂を広げていく。 黒氷の大地も、そこに広がっていた景色も、衝撃に巻き込れて崩れ落ちた。 ホムコールモンDMは四本の腕を振り上げ、迎え撃とうとした。 だが、その手に発生した氷剣は柱に触れる間もなく砕け散り、黒氷の巨躯には亀裂が駆け巡る。 胸の仮面が露わになり、その奥から声が漏れた。 「俺は…!」 その叫びさえも、轟音に呑まれていく。 柱は巨躯を貫くように薙ぎ払い、ホムコールモンDMを青白い光の中へと消し飛ばした。 黒氷も、四本の腕も、胸に埋め込まれた仮面も、すべてが光に呑まれ跡形もなく消えていく。 振り抜かれた柱はなおも遠くまで光の軌跡を刻み、空間の亀裂を広げていった。 砕けた世界の断片が宙に浮かび、輪郭を失いながら光の粒へと変わっていく。 やがて柱の輝きが薄れ、荒れ狂っていた轟音も遠ざかった。 ・12 静けさが戻ったデジタルポイントにホムコールモンDMの姿はもうなく、戦いを終えたシュウたちが集まり始めていた。 彼はユキミボタモンにまで退化した相棒の小さな身体に、労いの言葉をかけた。 ディノビーモンとカノンも、互いに傷だらけの相棒の無事を確認しては安心していた。 そして、少し離れた所ではオキグルモンがひとつのデジタマを拾い上げていた。 「馬鹿者…」 『敵の撃破に躊躇いを持つな。実戦において我々は命のやり取りをすることを思い出せ』 『…でも、痛いのは嫌だよ』 『ならば、痛めつけられる前に倒すことだ…部下を失う前に』 かつてホムコールモンに教えた言葉が、脳裏に蘇る。 敵を倒すことをためらってはならないのは、大切な部下を失わずに済むようにするため。 オキグルモンの不器用な優しさは、昔から何ひとつ変わっていなかった。 だがそれはかつての部下と恋人を天秤にかけ、片方を切り捨てたということだった。 そればかりか、その実行さえもシュウとその相棒に委ねてしまった。 自分が教えたはずの強さを貫くことも、彼を救うことも。 その事実を前にして、オキグルモンはデジタマを胸元へと抱き寄せた。 「私は、弱い…」 ためらいながら、蓮也が彼女の肩を抱く。 何かを言おうとして、言葉を見つけられないまま、それでも彼は手を離さなかった。 残るネオデスジェネラルは、あと五体。