ふと、お姉ちゃんがいた頃の話を思い出した。カフェで新作のドリンクを二つ頼んだ帰り道、お腹をたぷつかせながら太ったらやだな…なんて思った日の話。お姉ちゃんが来るまでに買ったファッション誌があったことを。 日常に戻りたいのなら、ファッションだって大事だと思う。お姉ちゃんが似合うって言ってくれたあの恰好をまたしたい。 そう思って、着合わせをどうしようかと参考元を探すために、その時の雑誌を手に取って……ふと、気づいてしまった。 表紙のモデルさんの指に、見慣れたリングが嵌っている。 バックナンバーを漁る。……ある。その前にもある。ずっと前からある…! スマートフォンで古い号の表紙を見ても、確かにそこに存在する銀の輝き… 会ってみたい。この人は一体どれだけ長く魔法少女をやって、どんな出会いと別れを経てきたんだろう。 ……だから私はその雑誌…BiBiを抱えて、見滝原から数駅の街、神浜へと足を伸ばした。 これが物語の始まり。…お姉ちゃんを失った私と、幼馴染を失ったあの人…七海やちよの、物語が繋がる、一歩目の出来事。 続きはKoitoboxで公開中です ──私は一人でやるって決めたの。迷惑だから近寄らないでもらえるかしら 嘘 ──また仲良くできるって信じてるから、わたしががんばらないと 嘘 ──やちよさんはおかしくなったんだよ。もう付き合う気にはなれないね 嘘 ──かえではレナの下僕でしょ!友達なんかじゃないわよ! 嘘 ……この街は嘘だらけなのに、まるで気分が悪くならない。 誰かを気遣う優しい嘘が街を堂々巡りしていて、お互いを気遣う気持ちがお互いを遠ざけている。 なんて優しくて悲しい街なんだろう。 ……美国先輩も、そうやって気遣って言ってくれたのかな。 ……当然答えはなかった。当たり前だ。もう美国先輩はどこにもいない。 …けれど、あの人たちはまだここにいて、それならまだやり直せる。 続きはKoitoboxで公開中です 神浜は広くて、街自体が東西の対立もあって魔女が出やすい環境になっている。 だから結界を感知することはそう珍しくない…というのは後から聞いた話。 その時の私はまた覚悟を決めて踏み入ったもので、だから中に入って血の匂いがした時に驚いて、使い魔たちや魔女がぼろぼろのバラバラにされていることに驚いて、……それから、倒された魔女から流血するなんてことがありえないことに気が付いた。 血みどろの嵐の真ん中には知らない魔法少女の姿がある。たぶん、盾だっただろうものが真っ二つに折られていて、その中からあふれ出しているのは口にするのも憚られるような悍ましい道具たち。 ……そして辺りに散らばる赤がこの人からだと気づいた時には、その片腕が失われていることに気づいたときには、そしてソウルジェムが真っ黒なことに気づいた時には、 ──私はひとりぼっちでした ──どこにもいていい場所なんてなかったんだ ──あなたに私が見えるなら、魔法少女なら見えるって気づいていたら ──生まれてきて、ごめんなさい 嘘。 最後の言葉が嘘だったなら、それは、それは…!! 続きはKoitoboxで公開中です 「あなたは、あまり動揺していないのね」 実際に誰かが魔女になるのを目にしたのははじめてだったし、ショックではあった。ただそれでも、知らないよりはずっとメンタルへのダメージは少ない。 あの後うまく戦えていなかった私を助けてくれたのは、私が探していた件のモデル…七海さん当人だった。 なんとかその場で魔女を倒すことができて、その日はご厚意で泊まらせていただいて… 「…困ったものね。まさか遺体になっても誰にも認識されないだなんて」 魔法少女の遺体は見つかるようにそっと置く。それは不文律だったらしいけど…彼女の最後の言葉からするに、なにかしらの魔法で一般人には見えなくなってしまっているらしい。 片腕を失い、1日で痛んだ遺体を2人がかりで修復して今この家…みかづき荘に寝かせている。 「二葉さな。水名の生徒で、数週間前から行方不明。親はそんな娘は知らないの一点張り」 家庭環境がよろしくないのは見てとれた。実の娘が行方不明になってそう言い張る大人を、親とは呼びたくなかったけれど。 「……ほんとうに、この街の魔法少女は面倒ごとばかり起こすわね」 嘘。 …つい口に出てしまって驚かれて、 続きはKoitoboxで公開中です …遺体を抱えたまま電車に揺られることになるとは思わなかった。 結局彼女の体をどうするか悩み続け、私は巴さんを頼ることにして、巴さんはずっとずっと悩んだ末に佐倉さんへとバトンを繋いだ。 そして今、私達は廃教会の傍の墓地にいる。 「……あんまりやりたくはないんだけどさ。……誰からも弔われない死者なんてあっちゃならないだろ」 佐倉さんは非常に難しい顔をしていたけど、その言葉に嘘はなくて、ゆまちゃんはずっとずっと、悲しそうに二葉さんの遺体を眺めていた。 参列者はたった数人、血のつながった肉親がいるのに並ぶことはなくて、誰にも知られないまま消えていった魔法少女に弔いをする。 「主よ、どうかこの哀れな子羊に安息を与えたまえ」 ……なぜか堂に入ったその祈りの言葉は、彼女への慰めになっただろうか。 …誰も訪れない墓に、体を埋める。残されていたわずかな遺品から、きっと好きだったのであろう人形劇のマスコットと一緒に、ゆまちゃんが小さな花を添えた。 それから、別れを終えて、亡くなった彼女への責任を果たした七海さんがふと口を開いて 「……あなた達はこんなところで生活しているの?」 続きはKoitoboxで公開中です 紆余曲折あり、佐倉さんとゆまちゃんが神浜に下宿することになった。 ひとつは、佐倉さんがゆまちゃんに泥棒をさせていたこと。これについては七海さんと巴さんがたっぷり絞りあげたので、佐倉さんはしなしなになっていた。 ひとつは、今の風見野に魔女が増えようがないこと。…あれ以来キュゥべぇを見つけ次第倒すようにした結果、街の中ではもう見ない。 …美国先輩が魔法少女たちを死なせた結果、魔女になる魔法少女がもういないこと。 近隣からの流入については、隣町で一番大きい見滝原は巴さんが入念な処理をしているため問題がないこと。 そんなこんなで風見野はたまに見に来ればいいだけになり…ゆまちゃんがふと知っている街並みで過去を思い出してしまうなんてこともあって、ホテルの部屋を勝手に使ったりするより健全な生活でしょ…と七海さんが押し切った。 いくつかの理由に嘘を感じたけど、それがなんなのかはまったくわからなくて…でも、 「これ以上こんな生活を送らないほうがいいわ」 嘘はついていない。 これが本心なら、どこか厳しくて壁を感じるけれど、やっぱり本当は面倒見がいいのかななんて、そう思った。 続きはKoitoboxで公開中です 「私は七海やちよ」 嘘はついていない 「私はモデルをやっているわ」 嘘はついていない 「私はポイント9倍デーが好き」 嘘 ……最後のが嘘になるのは驚きかもしれない。どうしてだろう?私だってスーパーの娘だから、ポイント9倍なんてお客さんは大好きだろうと思うのに。 「なるほどね。本当に嘘か本当かしか判別できない、と」 思ったよりも融通が利かない能力なのはわかっていた。相手の嘘を感じ取れても、どういう意図かまではわからない。だから相手の発言の真意を知るためには踏み込む必要があって、私は興味本位でこの人に話しかけている。 「私が好きなのは…ポイント10倍デーよ」 ……………やっぱり、思ったよりずっとひょうきんで面白い人なのかもしれない。 「やちよお姉ちゃん、ゆまもお買い物行きたいなー」 「フフ。なんでも買ってあげるわね…なんでも…」 嘘。たぶんこれは予算に上限がある。 続きはkoitoboxで公開中です 太鼓の様な魔女だった。 やちよの小言がうるせーんだ、と辟易した佐倉さんとの当て所ない散歩の最中、強烈な穢れの反応に向かってみれば、そこには倒れ伏した片腕を失った魔法少女の亡骸がある。 強い血の匂いがして、竜の紋が入った陣太鼓の魔女が猪突猛進、こちらへと向かって来た。 なにかに飢えているようなそれは私たちを食べてしまおうとでもしていたのかもしれない。私一人ならやられていたかもとぞっとする。 乾坤一擲の一撃が太鼓を破り、結界が消失するとなぜか穴蔵だった。こんなところで彼女はなにをしていたのかな。 「……まぁわかっちゃいたけど、だめだな。やちよに連絡してくれよ。アタシらじゃこいつが誰なのかわかんないし」 二葉さんと同じ制服…多分彼女も水名女学園の生徒なのかな。 どんな人生だったんだろう。どんな願いをしたんだろう。 遺体は答えない。答える人は誰もいなくって… 強烈な違和感があるのに、私はそれの正体がわからずにいる。 「考え過ぎるなよ。重いぞ」 ……それでも…… 続きはKoitoboxで公開中です ゲームセンターで魔法少女が三人遊んでいるのを見つけて、向こうから声を掛けられた。 「見ない顔だから気になってさ」 嘘。 …ただ、嘘だからって断るのもよくない。向こうは三人組で、私になにか敵意があるわけでもなさそうで、だから誘われるままに対戦台に座ることにした。 「アンタ虫も殺せなさそうな顔してるけどレナの相手できるの?」 アーケードは慣れてないので、つまらない対戦になったらごめんなさい。それから、数戦。 「ちょっと今の設置技ハメでしょ!!?レナのシマではノーカンだから!!」 なんだかお姉ちゃんを思い出してちょっと元気が出る反応だった。 「…ごめんな、ケンカ売るような真似して。…かえでがさ、あんまり元気なくって」 「……こいつの友達が音信不通なのよ」 嘘。……レナさんは本当。疑いの目を向けると、ももこさんが喋り出した。 「……君さ、なんでみかづき荘に出入りしてるんだ? やちよさんに何かされてるのか?最近アタシらの知らない子が後二人もいるって」 ……この人たちは、やちよさんとなにかあったのかな。ともかく、別になにかされたわけじゃなくて… 続きはkoitoboxで公開中です 最近は週末になるといつも神浜にいるような気がする。あの時感じた違和感の正体を探るためだ。 街に慣れるためにゆまちゃんと一緒に歩く。 やちよさん曰く、もう少し慣れたら学校に入れることも考えているらしい。 …そんな私達を魔女が襲った。ここは大病院がそばにある。評判のいい病院らしいけど、やはり口づけを受けやすい心が弱った人が多いのか、今日も結界内に成人男性が倒れていた。 今日の魔女はとても小さくて、毒をまき散らしている。頭から生えたチューブと青ざめた顔が特徴的で、結界内にはあちこちによくわからないものが転がっていて、……毒はゆまちゃんがなんとかしてくれるし、私も飛ばすものがたくさんあるのですごく楽に倒すことができた。 助け出した男性に声をかける。あなたは気を失っていたんです、とお決まりの文句だ。 「……ああ、済まない。こんなところで気を失うとは…いや、そもそも私が病院外にいることに気づかんとはな…」 私と同じ影を感じる。……誰かを失った人間の影。 「すまないね。娘を亡くしてからというもの、どうにも身が入っていないようだ」 …名札には、里見の文字。 続きはkoitoboxで公開中です 里見院長からいろいろと話を聞いた。 娘さんの死は、仲が良かった友達二人のお姉さんが交通事故で亡くなったことから始まったらしい。 ……それだけじゃなく、病院を最後に目撃情報が途切れた芸術家の少女のこと。 遺体安置所から監視カメラに映らない形で遺体が消失したこと…度重なる問題に疲れ切っているみたいで… ただ、そこで冷静に休むことを選択できる人だった。 「……働いていれば、忙殺されていれば、と思っていたんだが。それで仕事に支障を来していれば世話はないな」 ……そもそも見ず知らずの私たちに、そんなことを溢してしまう人でもないんだと思う。言葉には何の嘘もなかったから。 疲れた足取りで去っていく彼がもう二度と結界に捕まらないことを祈りつつ、私たちもみかづき荘に戻ることにして…… そして、そんな頭の中で疑念だけが膨らみ続けている。 ……帰り道、駅の前でビラを配っている人たちを見つけて、あの日を思い返してため息をついた。 栄総合の美術部にいた生徒らしくて、それが病院で行方不明になっていた芸術家の少女なんだろうなって。 ……病院で最後に、だから、多分、私たちが倒した魔女が…… 続きはkoitoboxで公開中です 神浜には調整屋というサービスがあるらしい。 東側の団地のシャッター商店街の隅でこじんまりと営業しているそれを、私はももこさんから聞いた。 ──怪しいし正直めんどくさいやつなんだけどさ、調整してもらうとすごく調子がいいんだ 私のことを疑っていたお詫びだったのだろうと思う。お代になるグリーフシードまで分けてくれた。 お父さんとお母さんを短期間で娘を二人失った親にはさせたくない……そう思う。 果たして何度目だろう。向かう途中で魔女の気配がして、…そして消えた。 件の調整屋に向かうと、そこに厳格そうな銀髪の魔法少女と、息も絶え絶えの多分大学生くらいの女性がいる。 「む……君は誰だ?」 射貫くような視線に、このタイプに嘘をついてはいけないと思って本当のことを言う。 「すまないが失礼する。……ふむ、なるほど。神浜の外の魔法少女か。…ああ済まない、顔を見ればわかるだけだ」 嘘。 「済まないが八雲も疲れ切っていてな。感じなかったか?さっきまで魔女がいたんだが…」 話を聞くと、執拗に脚を狙われ続けたらしい。 「一体何が目的だったのか、自分には目もくれずに脚ばかり狙っていてな」 続きはkoitoboxで公開中です いらっしゃいませ。そう口に出して、馴染みのお客様に接客をする。 誰もお姉ちゃんのことを触れようとはしない。当たり前だ。……みんな覚えているはずなのに、みんなの中でお姉ちゃんが過去になっていく。 言いようがないもやもやが広がって、お父さんとお母さんに心配されてしまった。 いけない…ちゃんと集中しないと。そう思って顔を上げると、いるはずのない顔が目に入る。やちよさんだ…わざわざ数駅離れたうちのスーパーにどうして? (急に来てしまってごめんなさい。…ゆまちゃんのことで聞きたいことがあって) テレパシーが送られてきた。 (髪が傷んでいてね。だから伸ばしたいなら切ってしまってから改めて伸ばしたらどう?って言ったのだけれど、切るのを嫌がるものだから) …過去は過去で、厳然と存在する。 忘れられても、消えることなく。…消したいものの方が強く痕跡を残して、こびりついている。 (お仕事が終わったらどこか喫茶店にでも。…あの子は…どんな目に遭ってきたの?) …だから多分、私も。きっとずっと、お姉ちゃんのことを忘れないままでいられるんだろう。 ……いいことなのか悪いことなのかは、わからなかった。 突然入ってきた女性に面食らって、休日のみかづき荘の平穏が破られた。 「あの子をどこへやったの!!」 やちよさんに掴みかかる女性がいったい誰なのかがわかる人は、ここにはやちよさんしかいなくて。 「行方不明になって…なんの傷もなく死んでしまって…!それだけでもあなたたちのせいなのに!」 …魔女化してしまったのかな。 「あの子の体をどこへやったの!?葬式から弾いたのにまだ私たちを傷つけるつもりなの!?」 やちよさんの顔がどんどん歪んでいく。ゆまちゃんはトラウマがぶり返したのか震えていて、佐倉さんはずっと女性を注視している。 「返しなさい!体を盗んだのはあなたたちでしょう!?」 ……そこまで叫んで、やちよさんが泣き出したのを見て、勘違いに気づいた女性はふらついたまま出ていった。 「みふゆ…」 絞り出されたようなかすれた呟きに、誰も答えられなかった。 「あー…バッドタイミング、だな」 …見慣れない女の子を一人連れて、悲しい顔をしたももこさんがやってきたのはそのすぐ後だった。 続きはKoitoboxで公開中です 静寂の中にすすり泣く音だけが聞こえて、全員が困る中で一番最初に動いたのはゆまちゃんだった。 泣いているやちよさんの傍に寄って、手を取って寄り添っている。 ももこさんは自分の考えを恥じるような顔をしていて、もう一人連れられてきた付属の制服の子は…表情がわからない。何を考えているのかが掴めない。 「あー…クソ。アタシらバカみたいじゃんか」 ももこさんがゆっくりと躊躇ってからぐいっと近寄って、 「なあやちよさん。アンタはアタシらに憎まれ口を叩いて遠ざけた。そうだな?」 「…………」 「やちよ……わたしも言ってくれないとわかんないよ」 嘘の音がしない。やちよさんはずっと泣いていて、それから絞り出すように声を出した。 「……私の傍にいたら、かなえみたいに…メルみたいに…みふゆみたいにみんな死んでしまう」 誰も何を言っているのか理解できない内に、やちよさんは自分の能力についての推察を話す。誰かを犠牲にして生き残る能力。 ……嘘は、ついていない。けれど、 「だから離れて。もううんざりなの。私は一人でやっていく…一人でやっていけるわ。あなたたちは、もういらない」 「嘘」 続きはkoitoboxで公開中です 私に嘘は通じません。そう伝えるとやちよさんはがっくりと肩を落として黙り込むしかできなくなってしまった。 「…自分の魔法を怖がる気持ちはわかるよ。あたしも言えた話じゃないしな」 誰もが沈黙するなかで、躊躇いながらも佐倉さんが口を開いた。 「ただまぁ…怖がりすぎるのはよくない」 …私自身、この能力が嫌になるときもある。この街は嘘ばっかりだ、なんて話じゃない。 この世界は嘘に溢れていて、私はその嘘の理由がわからない。ただ……一つだけ、聞いていたことがあった。 ──そうか、七海のところで世話に……なら伝えてほしい。梓になにかあった時、その後を頼まれている。いつでも頼れ…これは東西ではなく個人的な友誼だ 「みふゆが…十七夜に?」 彼女たちになにがあったのかを、私は知らない。だから伝えるだけで、その他に私たちから言える言葉は後一つだけ。 失ってばかりの私たちのいまを祝福するための、慰めで、希望の言葉。 ゆまちゃんが小さな手をやちよさんの頬に当てて、慈愛を込めて微笑んだ。 「いつかはいまじゃないよ」 誰かを救う誰かをこそ救う、魔法の言葉。 続きはKoitoboxで公開中です いつかは今じゃない……いずれ必ずやってくるけれど、それでもそれは今じゃないんだと、そう伝える言葉。 「ま、そういうことだ。アンタも怯えて縮こまるより、前出てみんな守るほうが好みなんじゃないの」 ぶっきらぼうな言い方だったけれど、佐倉さんの物言いは的を射ていると思う。……この人はずっと攻めて攻めて攻め続けてきた人だった。微妙な距離を感じつつも、その中で嘘がなかったとき、いつだって前に出てその槍で突破してきた人だった。 「みんないなくなってしまったの……」 枯れ果てた声で、手を握ってくれているゆまちゃんに縋るようで…… 「ももこ…鶴乃…いなくならないで」 来てくれた二人に、甘えるような声を出して。 「ごめんなさい……ごめんなさい。今度こそ私に守らせて……だから、私を一人にしないで……」 ゆまちゃんがそっと離れて、二人がやちよさんを囲んで抱きしめた。 ……これでもうやちよさんも一人になろうとはしないだろうと思う、それを見つめてほっとする私の頭の中で、何かが繋がろうとしている。 ……今この神浜で起こっている問題の情報が、やっと揃った……そんな気がする…… 続きはkoitoboxで公開中です 結局その日は解散になって、次の日にもう一度集まることになった。 ……電車に揺られながら、起こったことを一つずつ考える。 …二葉さんの魔女化から始まり、竜城さん、そして八雲さんが狙われた。この時、全員が体の一部を狙われていた。 病院からの遺体の消失…これが、多分魔女化して残った梓みふゆさんの遺体の盗難だ。 …八雲さんも元は水名にいたらしい。水名女学園の生徒が狙いだったのかな。…和泉さんには目もくれなかったのなら、そんな気がする。 芸術家の生徒の魔女は、多分倒している。これもなにか関係があるのかもしれない。 ……魔女を倒す……どうしても記憶から消えてくれない、二葉さんの魔女化を思い出して…… あの時、二葉さんの周りには使い魔だけじゃなく魔女の残骸も落ちていた。…二葉さんは、魔女を倒していたんだ。あの破壊された大盾が彼女の武器なら、片腕と一緒に失って魔女を倒せるわけがない…! そもそも魔女が倒されていたのに結界が維持されていたってことは、いたんだ、あの時!別の魔女が、すぐ側に…! 続きはKoitoboxで公開中です 「来たわね、小糸」 玄関を開けていきなり名前で呼ばれて驚く。見ればみかづき荘にはゆまちゃんに佐倉さんに、何か虚脱したような顔の由比さんとリラックスしたももこさんが座っている。 「……まあ面食らうだろうけどさ、結構不器用なんだこの人」 「やちよは寂しがりだもんね!ふんふん!」 「うるさいわね!」 やっぱり、きっと愉快な人なんだろう。 ……それから、昨日の電車内で立てた予測を話す。水名の女生徒を狙う魔女がいること。その魔女が体を集めていること。 「……みふゆの遺体も、取り返せるかもしれないわね」 「アタシらで取り返してやろう」 後はどう呼び寄せるかだけど、それも考えてきた。狙っているということは、水名の生徒である…あるいはあったことを理解しているということ。それならもっとも簡単にそう思わせる方法がある。 「……いいのね?」 危険よ?とそう聞いてくれているけれど、私もこの一件に関わったものとして、…彼女の魔女化を見つめたものとして、その原因になった魔女に一矢報いたい気持ちがある。 だから、それを手に取った。 二葉さんが遺した、水名女学園の制服を。 続きはkoitoboxで公開中です 格好つけてみたはいいものの、着てみたら二葉さんの制服は胸元がぶかぶかだった。 やちよさんから撮影の時に使うらしいパッドをお借りして、足りないから別の布を詰めて、下着をお借りして…なんとか不自然ではない膨らみが生まれている。 どうにも正気に戻ってしまいそうになるけれど、これも魔女をおびき寄せるためだ。明らかに自分のものではない制服を着ていると悟られるわけにはいかなかった。 ……美国先輩やお姉ちゃんならこんなことしなくてよかったのに。 そう考えて、…久々に重苦しいことなく2人のことを思い出せた気がして笑った。 …大丈夫。辛い思い出や相反した感情だけじゃなくて、なんてことない他愛ない冗談のような思い出や想像だって私の中に残ってる。 今だけでいいから、お姉ちゃんの素直じゃない勇気と、美国先輩の目的のための意思を私に貸してください。 被害者が多かった水名区内を歩いて、夕方過ぎ。栄区との境界のあたりでとうとう魔女が来るときのあの間隔。 連絡をして、結界へと身を委ねる。 入った直後、体を奪い取っていたであろう魔女からの一撃が襲いかかってきて── 続きはKoitoboxで公開中です 魔女の一撃が頭を貫く。がくついた体は言うことを聞かないかのようにぐらぐらと揺れて、魔女の二撃目が脚を刈り取った。 ──のを、私は少し後ろから眺めていた。 殺されたはずの私が、解けてリボンになって、魔女へとバレないように絡みつく。 「これでいいわね。さあ、最深部まで追うわよ」 ──相手が複数の魔法少女を狩った強大な魔女かもしれないなら、最大限の戦力をぶつけるべきよ 頭の中の美国先輩がそう言う。だから私は、今日のために巴さんに助けを求めた。 ──逃げる魔女なら追い詰めればいい!巣の奥の奥まで追い込めば、もう逃げ場なんてないんだから! 頭の中のお姉ちゃんがそう言う。だから私は、囮を使うことにした。 ……あとは私の知り合った魔法少女達全員で、この結界の奥へと歩を進めるだけだ。 ヘンテコな絵が転がった空間の中に、場違いなほど明るい音楽が聞こえてきている。 その一方で空間は檻に覆われていて、進めば進むほど入り込んだものを外へ出す気が感じられない。 まるで所有権を主張するような。もっと言うなら、子供が駄々をこねてこれは私のだと叫ぶような…そんな結界だった。 そして、 続きはkoitoboxで公開中です カボチャにキャンディ、旋律の狂った明るい鎮魂歌。 結界の最奥部は檻に覆われた以外は概ねそんなものでできていて、その中心部にその魔女はいた。 頭部には棺桶のような、あるいは金庫のようなものがくっついていて、その中には行方不明になっていた著名な芸術家…アリナ・グレイの遺体が収まっている。 更に奥にはイーゼルとキャンパスらしきものが置かれていて、その横に…いくつかの腕と脚が、胴体が…人体構造がわからないのか適当に繋ぎ合わされたまま放置され、そしてそばの椅子には、 「みふゆ……」 魔力で綺麗に修復された遺体が座らされていた。 「モートセーフかしら。随分強欲な魔女のようね」 言い表す言葉を持たなかった私に、巴さんが答えをくれた。 この魔女がなにを思ってこんなことをしたのかはわからない。けれど脚や胴体があるのなら、私たちの知らない犠牲者まで出てしまっている。これ以上野放しにはできなかった。 だから……私たちの返答はたった一つ。 巴さんが伸ばしたリボンで魔女の体を拘束して、そこにここにいる全員の全力を叩き込むだけ。 それに耐えられる魔女なんて、いるはずもなかった。 続きはKoitoboxで公開中です ……それから、いろいろ大変だった。 魔女に繋ぎ合わされていた体については、せめてその一部だけでも発見させないと行方不明者の身元がわからないままになってしまうので、これも一回ばらばらにしないといけなかった。 遺体も各所にわざと発見されるように配置しなければならなかった。これも、魔法少女の責務なのかもしれない。 ……それから数日して、神浜市内で著名な芸術家が亡くなったという報道が流れて、それに伴ってバラバラ殺人が起きていると話題になって、結局犯人なんて捕まりようがないので風化していった。 けれど、私の中でこの事件は終わっていない。 その魔女が、そしてその結界の様子から、やちよさんとももこさんは果たしてそれが誰なのかを知っていた。 ──ちくしょう。かえでになんて伝えればいいんだよ 苦々しげに、吐き捨てるようにそう言った彼女の表情を、私は忘れることができないだろう。 ……彼女達から聞くのは憚られたけれど、だからって知らないで済ませようとは思わなかった。 だから報道で流れた、未だ行方不明のままのその名前…御園かりんさんについて聞くために、栄区でキュゥべえを呼び出した。 続きはkoitoboxで公開中です 「例によって僕らは感情を理解できない。起こったことをそのまま伝えるだけになるけれど、いいかな」 元からそこは期待してなかった。公園のベンチに座ったまま、地べたにお行儀よく足をつけているキュゥべえを見やる。 「僕らは強い因果を持っているアリナ・グレイに注目して、ずっとその動向を見守っていた。……ある日のことだ。街で魔女化寸前の梓みふゆを見かけた彼女は、何かしらの美意識に引っかかったのかひどく興奮していてね」 ──デッドとライフの境界線にいるフェイス……パーフェクトボディ……たまらないんですケド 「その後梓みふゆはなんでもなく魔女化してくれたのだけれど、アリナはその後もしばらく彼女を探していて、それを後輩…かりんにも話していたんだよ。水名の生徒らしいとか、その肉体美についてだとかね。それからしばらくして、かりんがアリナに手紙を手渡した」 そこからはいまいち要領を得なかった。その手紙に何が書かれていたのかをキュゥべえは知らなかったし、その後は突然いなくなったアリナさんを探してかりんさんは街を探し回ったらしい。 「アリナは契約した直後に自殺を図ったんだ。わけがわからないよ」 ──わたしがお手紙を渡しちゃったから、先輩は目を覚まさなくなってしまったの? 「君が手紙を渡した直後にアリナの様子が一変したのは事実だね」 よくもぬけぬけとそんなことを言える…と思ったけれど、ぐっとこらえる。 「追い詰められた人間の考えることは不思議だね。かりんはアリナが死んだという事実を受け入れようとしなかった。ソウルジェムは濁りに濁って、その間ずっとアリナが探し求めていた梓みふゆを探していた」 ──わたしが先輩が探していたパーフェクトボディさんを見つけたら、先輩もびっくりして飛び起きるに違いないの ……普通の女の子なら、いつか気づいて諦めて悲しみに暮れるだけになったんだと思う。魔法少女はそれが許されない。 「そうだね、彼女は限界だった。あとは知っての通りだ。魔女となって尚探し続けた彼女は、断片的な情報に該当する少女達を襲い続けた。水名に関係する女生徒で、豊満な子達だね」 やりきれない。 「僕らとしては、それに誘発される形で何人も魔女になってくれたから助かったよ」 それだけ聞ければ十分で、私はキュゥべえが座っているところに予め埋めておいた鉄片を動かして、その頭を吹き飛ばした。 こうして、事件は幕を閉じた。 ──みんな元気にしています。あなたのおかげで、もう一度仲間に戻れたわ ──かえではまだ時間がかかりそうだ。でもなんとか元気づけてみせるよ ──みんなでおいしいオムライスをたべにいきました!こんどは小糸おねえちゃんもいっしょにいこうね ──またいつでも頼って頂戴ね。美味しい紅茶と一緒に待っているわ。おいしいケーキ屋さんもあってね… スマートフォンにはいろんなメッセージが届いていて、失うものの多かった街で私たちが得た繋がりだった。 あの時期のように毎週末に向かうわけではないけど、それでも少なくとも月に一回か二回は遊びに行くようにしている。 逆に開けている風見野の様子を見に神浜から来てくれることもあったりして、私たちの繋がりが、途切れることはきっとない。 これがいつまで持つのかはわからない。けれどきっとこれからはこれが日常になっていく。他愛ない会話と、命がけの戦いが同居した生活が続いていく。 これからも続く物語の向こう側に、私の日常が形作られて行く。 美国先輩のことも、お姉ちゃんのことも、答えはまだないけれど……大切な何かが私の中に残っていると、そう思えた。 あの騒動から暫くして、あの時に救われたらしい水名の生徒だというアイドルから、次のイベントに来てほしいとお誘いがあった。 たった2日の小旅行。この二木という街で、人生はじめての旅行を楽しむ…それだけのはずだったのに。 街の隅にあるゲームセンターの傍のそれから、私は目を離せないでいて、それを見つめる一人の魔法少女がいる。 カッターナイフのような刀身は輝いていて、彼女から感じられる魔力はとても強くて…そして、その足元に転がる青い乱れた髪の誰かがとうに絶命していることなんてわかっていて、 足が、動かない。 だってそれは、その亡骸は、私にとってはもう二度と見たくないもので、だって、だって…! 「あなたも魔法少女?」 ひゅっ、と喉を鳴らした。声が出ない。 「私の名前は天乃鈴音。あなたの名前を教えて?」 まるで場違いなような自己紹介に、声を返すことができない。たぶんきっと彼女が犯人なのに、私は傍の亡骸から目を離せない。 だって、その亡骸には顔がない。 ぐちゃぐちゃにされた顔は、もう二度と見たくないお姉ちゃんの亡骸のそれと一緒で── 続きはkoitoboxⅱで未定です 後退りして壁際に追い詰められる。お尻と太ももが床に擦れて痛い。 魔法少女ならどうとでもできるはずなのに、パニックを起こした脳は働いてくれなくて、振り上げられた刃に目を閉じることしかできなくて… そうしたら、突然横合いから凄まじい熱波が飛んできた。 「よぉ…随分派手にやったじゃねーか。よそでもやってんだってな?」 黒髪の小さな魔法少女だ。私より年下かもなんて思って、それからその膨れ上がった魔力に驚く。 魔法少女狩りと呼ばれた魔法少女は、顔のない死体を見て一瞬顔を顰めて、それから向き直って武器を構えた。 「つまらん言い訳してたら口の中から焼いてやるとこだったぜ?いい判断だ」 それから顔を魔法少女狩りに向けたままテレパシーで、 (見ない顔だな。今追っ払ってやるからちょっと大人しくしてな) そんな面倒見良さげな言葉が送られてくる。 「悪いがストレスがたまってんだ…結菜との喧嘩を台無しにしやがって!」 言葉とともに膨れ上がった魔力が放出されて、目の前の人ごと空間を焼き払って── 続きはkoitoboxⅱで公開中です 爆炎が晴れたときには、もうそこには誰もいない。倒せたとは思えなかった。形勢不利とみて逃げ出したのかもしれない。 「逃がしたか…それでお前、なにもんだ?」 明日の夜にやるイベントのために旅行で、と答えると彼女は値踏みをするようにこちらを見ている。 この目は知っている…鏡に映る私の目。誰かの嘘を見抜ける人の目だ。 「なるほどな…災難だったな。この街は荒れてるから、ヘンに出歩かねえことをおすすめしとく。もっとも魔法少女狩りはこの街のせいじゃないけどな」 それだけ言って、返事も聞かずに歩き去っていった。 近くの遺体には目もくれず…たぶん、人の死に慣れているのかも。なんだか残酷には思えたけど、不思議と嫌な感じはしなかった。 ……あまり意識を向けたくはない。どうしても私は、その顔のない遺体にお姉ちゃんを見てしまう。その大きな胸元もそれに拍車をかけている。 それでも。それでも、そのままにはしたくなくって、だから私はハンカチを顔にかけて隠した。 見たくないだけなのか、せめてもの手向けにしたかったのか、自分でもわからなかった。 ホテルに戻らなきゃ。やちよさんたちが待ってる… 続きはkoitoboxⅱで公開中です 「それは災難だったわね」 コンビニに行くと出てきたのに戻りが遅かったからか、やちよさんは私を探しに出てきてくれていた。そんな気遣いが嬉しい一方、この人が失うことを恐れるのはこんなところにも出ているのかな、なんて思って、それは自分だってそうだったから心の中でため息をつく。 「ちょっとまずかったかもしれないわ。…決してあなたが悪いことをしたわけではないけれど…殺人の現場に私物のハンカチを残したのよね?」 …あっ。そうだ。そうなっちゃうんだ! 我ながら軽率な行動だったと思う。…美国先輩が頭を抱えている姿が思い浮かんだ。 「現場に戻るのも危ないのよね…警察もそうだけれど、治安の悪い街のようだし」 街の中のいがみ合いで、外の魔法少女に危険が及ぶのかな?なんて思って、 「あなたが出くわした子は線を引いているようだけれど、全員とは限らないわよ。敵勢力の隠し玉だって思われるかも」 …この人、対立が根深い神浜の西のトップなんだった。 ホテルへの帰り道、悩みながら歩いていると、そこに声をかけられる。 「ごめんなさいねぇ…そのハンカチのことでお話があるのよぉ」 また知らない魔 続きはkoitoboxⅱで公開中です (抜け。二木が二勢力で争っているが今は休戦中、この街の魔法少女を悼んでくれてありがとうと言う結菜さん、襲ってくる蛇の宮みたいな話だったはず) 魔法少女の群れが私たちにじりじりとにじり寄ってくる。休戦中じゃなかったんですか?と聞くけれど、結菜さんも困惑していた。 「見慣れない奴がいるぞ」 「こいつらが紅晴結菜の隠し玉か…!」 なにかどうしようもない誤解をされている気がする!あわあわしている私を二人は後ろに下げてくれて、 「無力化?撃破?」 「少しくらいなら痛い目を見せてもいいわぁ」 その言葉にやちよさんは変身すると、大きく魔力を…わざとらしく使って、自身の頭上に大量の槍を生成し、それを思いっきりぶつける…直前で、全てを水に戻した。 強烈な水圧にふっ飛ばされ、びしょ濡れにされた魔法少女達が捨て台詞を吐いて去っていく。 「我々蛇の宮はアオの下で竜と虎を討つ!覚えておけ!」 その言葉に、結菜さんの顔にしわが浮かんだ。ありえなぃ…そう呟く音が聞こえてくる。 「どこの誰だか知らないけれど、ひどい話ね」 「ひどい話よぉ…だって、蛇の宮のリーダーならそこの彼女が見ているのよぉ。…ついさっきあなたが見た遺体。それが蛇の宮のリーダー…笠音アオよぉ……」 …死人が軍勢を率いて、襲ってきた。 続きはkoitoboxⅱで公開中です ホテルの部屋に戻ると、先に連絡していたメンバーが一室に集まってくれている。私とやちよさんに、あの事件の時はあまり話せなかった由比さん、それからゆまちゃんと、私たちを招待してくれたアイドルさん。そしてその大ファンのレナさん。もう一人、アイドルさんの付き添いで魔法少女が来ているらしいけれど、そっちは今は席を外しているらしい。 …彼女たちも大変で、騒動の時には一人友人を失ったらしい。少し誤解を招きやすい、けれど優しい素敵な女の子だったそうな。 …ゆまちゃんは人生初の旅行がこんなことになってしまってかわいそうだと思っていたけど、この手の修羅場には耐性があるのでダメージを受けている様子がない。むしろ、 「鶴乃お姉ちゃんやドアお姉ちゃんと遊ぶの楽しいよ!」 と嬉しそうにしていた。…多分ドアではない。おそらくミアとかそんな感じの名前だったはず… ともかく、騒動に巻き込まれないようにホテルから出ないように、という話をしなきゃいけなかったんだけど… 「あのぅ…沙優希は練習しないといけなくて…ファンの皆さんを裏切りたくはなくて…」 …結局、固まって動くことになってしまった。 続きはkoitoboxⅱで公開中です 話し合いが終わって、出発前にそれぞれの部屋に戻ることになった。 「まったく。せっかくの旅行なのにトラブルばかりね…あ…きさん?も呆れ果てていたわ」 なぜかは分からないけれど、私たちは彼女の名前がヘンに頭に入らない。ただ愛生さんという名前にはちょっと心当たりがあったので、気づかれないようにふふっと笑った。 「ところで、足を痛めているんじゃないかしら」 …こういうところをよく気づくから、隠し事なんてできなくて困ってしまう。確かに路地裏で震える体を無理に動かした時に、お尻は服に、太ももは地面に擦れて擦過傷になってしまっている。 これくらい放っておけば治りますから、なんて言ってはみるけれど、 「ダメよ。魔力で治るからこそ無駄遣いに慣れないで。…縄張り争いをしている街で余所者がグリーフシードを手にするのはまずいのよ」 やちよさんはため息をついて、それから私を抱き上げてベッドに放り投げる。 ぴゃ…と声にならない声が出て、驚いているとバッグから消毒用のアルコールが出てきて、 「ほら、足を上げなさ 続きはkoitoboxⅱで公開中です 手当の後、全員で連れ立って街へ繰り出す。 やちよさんはアイドルさんとなにやら話し込んでいるし、レナさんはその姿をひどく縮こまりながら眺めている。あ…じさん?はゆまちゃんを抱きかかえてくるくる回っている。随分楽しそうだ。 そんなわけで、私の隣には由比さんがいて…酷く虚ろな目をしていた。 ぼーっと、前を見ているのかいないのか、なにか考えに耽っているのか、足を踏み出す速度だけ一定で、傍目にはよくわからない。 「えっと…浅古さん…でしたよね」 微妙に使い慣れていなさそうな敬語で話しかけられた。そうですと友人の友人のような距離感の返答が続く。 「その…やちよが元に戻ったの、あなたのおかげだって。ももこもそう言ってて…」 …私にはお為ごかしとかはいりません。嘘とかわかっちゃうので。 「あっ…うーん…えっと、ごめん!敬語やめるね!」 なんだかよくわからないけれど、こんな距離感は普通に嫌です。敬語、慣れてないでしょう? 「これでも優等生だからね!慣れてる慣れてる!」 嘘。絶対普段から誰にでも馴れ馴れしい。 続きはkoitoboxⅱで公開中です 信じられないほど黒黒としたノートは、彼女の努力の結晶らしい。 「沙優希は物覚えが悪くて…だからライブの前はこうやって忘れないように何度も何度も書くんですぅ」 関係者以外立ち入り禁止の事務所の一室で、きらびやかで悩みなんてなさそうに見えた彼女の弛まぬ努力を見つめている。 「ほーんと、不器用な子ですのよ」 生練習が眼前で繰り広げられてレナさんが推しの過剰摂取にオーバードーズを起こしかけている中、アギさんがしみじみと語っている。 穏やかな時間に一瞬、そもそもなぜこんなに大人数で集まっているのかを忘れそうになって、だから彼女が踊るすぐそばに、いつの間にかあのカッターのような刃を持つ彼女がいて現実に引き戻される。 「あなたの名前は…ここ数日よく聞いた」 沙優希さんの名前が入ったチラシを投げ捨てて、 「会場で魔女になるかもしれないから、ここでさよなら」 続きはkoitoboxⅱで公開中です 誰もがまるで動けないでいた。 …いや違う。後になって思えば、誰もが『動かないのが当然だと思っていた』。 だってあの時私たちは、その人…天乃鈴音がそこにいて、ソウルジェムを破壊するのは当然のことだと思っていた。 だからみんなごく自然なこととしてそれを見送って、 「──見送っていいわけないでしょ! 何やってんのよ!!」 レナさんが弾かれたように立ち上がって、沙優希さんの手を掴んで無我夢中に走って部屋の外へ出る。 それを見て全員それがおかしいことだとやっと気が付いて、その後を追った魔法少女狩りを捕らえるべく走り出した。 部屋の外、廊下の角を曲がる二人の姿とそれを追う魔法少女狩りの姿があり、私たちが角の向こうに追いついた時には、沙優希さんが廊下の奥に追い詰められていて…… そのソウルジェムを魔法少女狩りの一撃が叩き割ろうとして… ……だっていうのに、沙優希さんは倒れることもなく、それどころか不敵に笑って、 「姿が一緒でもレナなんかとさゆさゆの見分けくらいつけなさいよ!ばーかっ!!」 反撃の鋭い槍の一閃が、振り下ろされた刃を弾き飛ばした。 続きはkoitoboxⅡで公開中です レナさんの手痛い反撃を受けて、魔法少女狩りは逃走に入る。 「捕まえて!」 やちよさんの声が響いて、それから私たちは動きを止めた。 特にレナさんは完全に固まっている。 だって捕まえたら捕まってしまうからそれはいけないことだ…そう思う。 …思って、ほんの一瞬動きを止めて、それがおかしいことに気が付いたのは全員しばらく経ってからだった。 「どうしちゃったのよ!こんなのおかしいでしょ!?」 変身を解いて、レナさんが怒鳴っている。頭の中に二つ自分がある。なんで捕まえなかったことを怒っているんだろう…?という思いが頭の中から消えてくれない。その一方、動けなかった自分に対する疑問もまた頭の中で渦巻いている。 助けられた感謝感激で沙優希さんがレナさんに抱き着いて、ずーっと感謝の言葉を述べていて、レナさんはまた完全に固まったままもしかしたら死んでいるんじゃないかというくらいに微動だにしない。 そんな微笑ましい光景を見ているのに、私の心はもっと別のものに支配されていた。 ……そう、支配されている。スマホを手に取ろうとして、やめた。 ……ふと思った。……今、誰が信用できる? 続きはkoitoboxⅡで公開中です これが何らかの精神操作なら、私は気づいたことに黙っていなければならない。 「まったく…事務所ですら油断できないとなるとどうしたものかしらね」 「ほんとだよねぇ。練習してただけなのにさ?魔法少女狩りも空気読めないよねー」 だから、今発言したこの紫髪の人は誰?という当然の疑問も、絶対に顔に浮かべてはいけない。 レナさんだけが動けたのは、多分自分の推しが傷つけられるのはおかしいという強固な思いがあったから。現に今、知らない誰かがいることには反応しない。 つまりこれは、なにかしらの疑問を持てば打ち破ることが可能で… 「魔法少女狩りもさぁ、あいつのせいで何人死んだんだろうね?」 嘘。 どこに嘘があるのかはまるでわからないけれど…私は、能力の発動自体がトリガーになって違和感が操作に干渉してしまう。 「困ったものね。私たちに狙われる覚えはないのだけれど」 「えーやっぱり?じゃあ誰がやってるのかな…人の顔を剥ぐなんて」 ……嘘をついていない。 それだけ聞くと知らない彼女はどこかに行ってしまって、私は慎重に周りを見渡した。 …私は、誰にこれを話せるのかがわからない。 続きはkoitoboxⅡ公開中です 聞くだけ聞いて、紫髪の魔法少女は去っていった。まるで最初から誰もいなかったみたいに、やちよさん達は会話を続けている。 「アイドルと濃厚接触しちゃった…ファン失格よぉ…助けてかえでぇ…ももこぉ…」 全力で感謝を示されて死にそうになっているレナさんはともかく、それとなく聞いてみてもここには私たちしかいなかったことになっている。 …本当のことを言うと、私自身すでにおぼろげだ。忘れたくない。多分、操作されているって感触だけでも覚えておかないと。 ともかくもう夕暮れ時。あ…びさん?のチェックでも沙優希さんのパフォーマンスには問題がないとのことだったので、日が落ちる前に早めにホテルに引き上げることになった。 …それが良くなかったのかもしれない。暗かったらきっと気づきはしなかった。 帰り道の路地の裏手、見覚えのある魔法少女が倒れている。結菜さんに声をかけられた時に襲ってきた、蛇の宮の魔法少女と名乗っていた数人。 その数人が、顔を剥がされた死体になって路地裏に転がっている。 ……近くには、割れ砕けたソウルジェムがあって…… 続きはkoitoboxⅡで公開中です 折り重なった死体。剥がれた顔。6つの生気のない目に睨みつけられているようで、私は目を背けた。 一日に二回も見ることになるなんて思わなかった…どうしてもお姉ちゃんを思い出してしまう。 傍に散らばったいくつもの破片…さまざまな色とりどりの魂のかけらがその死を保証しているようで、私は到着一日もせずにこの街が嫌になりつつあった。別にこの街が悪いわけではないのに。 やちよさんがそっと片手で私の目を覆うと、ゆまちゃん達が路地裏を見ないように先導して、私がぼーっとしていたことにしてくれた。 (紅晴さんに連絡しておいたわ。…遺体のことは任せましょう) …今頼っていいのかはわからなかったけれど、私は素直に甘えたいなと思ってその手を握る。 正直、だいぶ限界だった。 無心で足を前に動かす。そういえば、宿泊先のホテルの地下階にオーナーの趣味でアーケードゲームがあると聞いていた。 人間を操作して入り込むことはできても、ホテルの玄関の機械認証までは騙せないはず…そう信じたい。 今はただ気晴らしがしたい。CPUをいじめてなんになるのとは思ったけれど。  続きはkoitoboxⅡで公開中です 閑散とした、けれど整備の行き届いたゲームコーナーにはメダルゲームもあるらしく、ゆまちゃんともうとにかくさゆさゆから離れていないと申し訳なさで死ぬと言い続けているレナさんがそっちで遊んでいる。お互いがお互いの護衛役になるように、一人ではいないようにしている。 私が懐かしい古い台に座って、家庭用のものとあまり変わらないCPUを嵌め殺していると、筐体の向こう側にコインを入れる音が聞こえて、私の流れ作業は妨害された。 様子見のような動き。ある程度ゲームに慣れた人間…でも私が設置技を置くたびに嫌そうなためらいがちのレバー音が聞こえてくる。 少しずつ範囲を狭めてみる。動きがだんだん乱雑になってくる。…多分、お姉ちゃんと同じく煽りに弱くて怒りやすい相手だと踏んだ私は、わざとコマンドミスを装い隙の大きな技を出して、まんまと引っかかった対戦相手をキャンセル必殺技で狩ってあげることにした。 台を叩く音が聞こえたので、CPU戦を取りやめてそのまま部屋に戻ることにする。ちょっと悪いことをしたけど、挑戦してきたんだからしょうがない。 私は地団駄の音を無視して部屋に戻った。 続きはkoitoboxⅡで公開中です 深夜、強烈な魔力の奔流で目が覚めた。 隣で寝ていたやちよさん(相部屋だ) も目を覚ますと、息を潜めて魔力を感知している。 「魔女…かしら。本当は行くべきではないのだろうけど…」 放っておけるやちよさんじゃないのは、もうよく知っている。 部屋を出ると廊下にはアギさんがおり、気付かず眠っているメンバーの警備は任せてほしいと言ってきた。結構頼りになる人なのかもしれない。やちよさんも名前を覚えていないのか、任せるわとだけ返していた。 非常階段のドアが空いている。やちよさんが先行して、一呼吸置いて階段から飛び降りると同時に変身し、槍を階段にして下へと駆け下りていく。 早く追いつこうとドアの外に出ようとしたところで、後ろから声をかけられた。 ……この状況でやちよさんが私を置いていく? まさか。あり得ない判断だ。つまり… 「こーんばーんは」 紫髪の魔法少女…! 「話を聞きたかったんだよね。…だってほら、バレてそうだし?」 気付いたのがバレている。冷や汗が出てくる。一対一…周囲に飛ばせそうなものもない。 「答え合わせがしたいだけだから、そんな怖がらなくていいよねぇ」 続きはkoitoboxⅡで公開中です 「今魔法少女狩りが勝手に暴れてるじゃん」 嘘。…今の言葉の、どこが? 「ただ顔を剥いでるのはスズネちゃんじゃないんだよねぇ。狙われてるのは蛇の宮の魔法少女」 …嘘をついていない。 「今正気だと思うのあなただけだからさ、考えを聞かせてよ」 ……言外に自分は正気じゃないよと言っているようで、なんだか少し悲しくなった。彼女は天乃鈴音の名前を知っている。この街の様子には明るくないから、ここの魔法少女ではない。…事務所への襲撃の後に現れたあたり、おそらく二人は共に行動をして… とまで考えて、目の前の魔法少女の能力に思い至る。…あなたは、天乃鈴音に認識されていますか? 「されてないよ」 …嘘を、ついていない! 「やっぱり。嘘がわかる魔法かな?違和感持たれたら解けちゃうってことね」 …だとしたら、最初の言葉の嘘は『勝手に』だ。 それはつまり、天乃鈴音は実行犯で、あなたが主犯…! 「確認しに来てよかった…ほっといたら絶対気付いてた!やっぱり生かしとけないよねぇ!」 強烈な魔力のあと、私はその場に立ち尽くしている。体が動かない…!私はただ、ソウルジェムに迫る一撃を呆然と眺めて── 続きはkoitoboxⅡで公開中です ソウルジェムに攻撃が直撃する直前、壁が壊れて紫髪の魔法少女がふっ飛ばされた。 壁の向こうから出てきた魔女は荒い息をついていて、明らかな敵意を向けている。それから、明らかに悪意を込めた表情をして、 「へびのみや」 とだけ呟いた。 …壁に叩きつけられた彼女は、腰が曲がってはいけない方向に曲がっている。彼女が体制を立て直す前に、魔女の爪がその顔を抉りとった。 執拗なほどの顔への損壊。恨みの籠もっていることが誰にでもわかるそれは、絶命するまで延々と続く暴力の嵐。 …お姉ちゃんも、こんな風に殺されたのだろうか。 だとしたら、目の前の彼女が何の理由か他人を操って殺人をさせていたのだとしても、それだけは許せなかった。 魔女がこっちに向き直る。恨みの類は感じなかったけど、これはわかる…舌舐めずり。獲物を見る目だ。 だから私は立ち上がって、開きっぱなしの非常階段への扉へと脚を進める。 向こうのほうが足が速いし、姿から想像できる動物は多分空を飛ぶ。馬鹿正直に階段を下っていたら、確実に捕まることになる。 だから私は、その向こうの誰かを信じて階段から外へ向けて、飛んだ。 続きはkoitoboxⅡで公開中です 虚空に向けて飛び降りる。暗がりの街の明かりの中、上空の暗闇の中を落下する。 …あの紫髪の魔法少女が天乃鈴音を操っていたなら、きっと下で戦っているのは彼女のはず。紫髪の魔法少女が死んでしまった今、魔法はきっと解けている。 やちよさんが感知したのは魔女のような反応。きっとさっきの音で上に登ったことに気づいてくれているはず。 …我ながら希望的な観測が過ぎると思って、でもあのままホテルで戦うよりずっといいし、最悪落ちても魔法少女なら無事で済む…そう思って、真下から複数本の見慣れた青い槍が飛んできて周りに滞空してくれてとても嬉しくなった。 そのコントロールを、私の魔法で奪い取る。 槍を掴んで、それを操作して自由落下に逆らって浮かんで、残った槍を周りに浮かせた。 向き直ると、私を追う魔女は不気味な羽根を広げて爪をこちらに向けている。 …下からは音は聞こえない。なにかあってもケリはついたのだと思う。 …だから私は、やちよさんが登ってくるまでの間…人生初の空中戦の覚悟を決めて、開戦のために槍を飛ばした。 ──負けたくない!人の顔を剥ぎ取る奴に! 続きはkoitoboxⅡで公開中です 目が回る。ベクトルを操作された槍は重力に逆らって飛ぶけれど、私はそうじゃない。 三半規管がぐるぐるだし、夜に保護色のように溶け込む魔女の位置が見えづらい。目で追うのは諦めた。 瞼を閉じて、魔力で位置を把握する。少しだけホテルから離れて、大きく飛び回ってもぶつからない位置に陣取った。 敵が近づいてくるたびに、近くに設置した槍を飛ばして距離を取る。時には手持ちの槍を手放して急降下したり、逆に真っ直ぐのベクトルを真横や真上に変えたり。その時だけ目を見開いて、手に持った槍を飛ばして反撃をする。 それから残しておいた別の槍を自分の傍に寄せてそれを掴んで浮力を確保する… 変な話だけれど、これは設置技を切らさないように立ち回る戦い方そのものだ。 …さっきの目つきからして、目の前の魔女は私を与しやすい相手と見て見下している。だからきっと、何度も何度も細かく邪魔をされ続ければ絶対に苛立つはず。 自分より下の敵に小馬鹿にされてあしらわれることを、この魔女は絶対に嫌うという確信があった。 そうしたら、なにか大技を切ってくるはず。魔女は口を大きく開くと 続きはkoitoboxⅡで公開中です 口を開けて…構えて…止まっている。なにかをするつもりなのかと身構えて、その時にはすでに遅かった。頭がぐらぐらして、耳から血が流れ出す。音が聞こえない…… 目の前の魔女が見た目通りの動物の形質を持っているなら、それはやってきて当然のこと… それは人の耳では感知できない音。 超音波に魔力を乗せて攻撃してきたんだ…そう気付いた時には、悲鳴を上げる頭と固定を維持できなくなった槍が落ちて行く音が聞こえて、今持っている槍を浮かせるので精一杯だった。まるで煽るように魔女は私の周りを飛んで嘲弄する。 それからゆっくりとこちらに近づいて、大仰に爪を振り上げて…ぴたりと止まった。 その腹に、見慣れた槍が突き刺さっていて… 「これで罪滅ぼしになるとは思っていないけど」 非常階段の見慣れた姿の傍から、人影が飛び上がって腹に突き刺さった槍の柄に着地していた。 「魔女は倒すよ。ツバキがそうしていたように」 炎を纏った煌めく刃が、その体を切り裂いて…それを見ながら、私の意識は途絶えた。 …ここまでが、この旅行の一日目。今思い返すに、まだ二日目があるのが困 続きはkoitoboxⅡで公開中です 目が覚めると、信じられないほど寝心地がいいふかふかのベッドの上にいた。 「おっ、目ぇ覚めたか小鳥」 ことり…?小糸です、と寝ぼけた頭で返答する。この人は確か…天乃さんに最初に襲われた時に助けてくれた人。 「お?よろしくな。私は大庭樹里。悪いな、空飛んで戦ってたもんだからよ。いいもん見たぜ」 …大庭さん曰く、ホテルでは壁の破壊に外の異音に、極めつけはあの魔女の超音波でガラスが割れ、と大変だったらしく、紅晴さんのご厚意で家に避難することになったらしい。 治療をしてくれたのはゆまちゃんだったらしいけど、嫌な夢でも見たのか元からソウルジェムが濁り気味だったらしく、今は部屋で休んでいるそうな。 「あの魔女は…燃え尽きて死んだろうな」 嘘。…多分、信じてない。 「お、やっぱわかるクチか?…なーんか、くたばってねえ気がすんだよな…」 大庭さんはひとしきり考え込んだあと、出てすぐ隣に仲間がいて、年長は結菜の部屋で会議中だと場所を教えてくれた。 …それはいいんだけど、なんであの人は私のそばにいたんだろう…?首を傾げながら、とりあえず隣の部屋に向かうことにした。 続きはkoitoboxⅡで公開中です 隣の部屋に入るとゆまちゃんがベッドの上で遊んでいた。軽い身体がゴム毬のように跳ねている傍、由比さんがそばの椅子に座って何か申し訳なさそうにしていて、レナさんが落ちないかどうかに細心の注意を払っている。 「小糸お姉ちゃん!」 勢いのままゆまちゃんが飛びついてくる。ケガを直してくれてありがとうねと頭を撫でてあげた。嬉しそうにすりついてきてかわいい。 荒れたベッドをそれとなく直しているレナさんに声をかける。 「お疲れ様。…えーと……ご、ごめん…寝てて…その…」 襲ってくるほうが悪いし、状況的に紫髪の魔法少女が暗示をかけていた可能性が高いので、気にしていないと伝える。 「それなら、まぁ。…二木の魔法少女が体を回収したらしいわ」 殺人事件が起きたという報道はない。隠蔽はうまく行っているみたい。ところで由比さんは? 「部屋に…大庭って魔法少女いたでしょ?」 なぜかいました、と言うとレナさんは笑って、 「アンタが起きてくる前に実力試しをしてたんだけど、鶴乃のことが気に入ったらしいのよ」 それならなんでそんな申し訳なさそうに? 「そしたら鶴乃が生理的に無理ってアイツに言っ 続きはkoitoboxⅡで公開中です 合わない人というのはいるものなので、きっと前世かどこかで不倶戴天の敵だったんだろう。 そんなことを考えながら会議をしている部屋をノックして開くと、やちよさんと紅晴さんと天乃さん、それから見覚えのない黒髪が綺麗な女の子がいる。 「よく眠れたかしらぁ」 送られて来る視線は暖かなもので、その人柄が伺える。おかげさまで…と答えると席に座るように促された。 沙優希さんは念のためドムさんが護衛についているらしいけれど、狙われているのが誰なのかが分かった今、特に問題はないだろうとのこと。 天乃さんが正気に戻って、真の黒幕が倒されたので、狙われているのはあの魔女のターゲットのみ、ということを他人事のように聞いていると、やちよさんが眉を顰めた。 「あのね、小糸。今一番危ないのはここの智珠さんとあなたなのよ」 えっ…? 「そうねぇ…あなたが直接戦ってあれを退けた…今狙われる可能性があるのは、蛇の宮…の前身となったとあるチームに属していたらんかと、あなただけよぉ」 自分がターゲットになったという衝撃以上に、紅晴さんの言葉に気づいた方が衝撃だった。 嘘。 続きはkoitoboxⅡで公開中です 嘘のことは置いて、纏めると、こうなる。 最初にあの魔女が、蛇の宮のリーダーである笠音さんを襲撃した。それと同時期に、あの紫髪の魔法少女がリーダーを失った蛇の宮を乗っ取った。 その頃天乃さんは魔法少女狩りに出かけていて、私は殺された笠音さんとそれの第一発見者となった天乃さんが「なぜ自分が狩っていない魔法少女が死んでいるんだろう」と立っていた場面に出くわした。 件の魔女の標的が蛇の宮だったから、リーダーの笠音さんを殺したのに突然新しいリーダーが出てきて魔女は紫髪の魔法少女を標的とした… 蛇の宮の魔法少女に他の街を攻撃させようとしていたのは、お互いの街に魔法少女狩りによる被害を押し付けて紛れ込ませるため。 結局、彼女はなぜ魔法少女狩りなんてやらせていたのだろう…? 「ところでなぜ天乃さんが魔女が死んでいないと断定できたのかしらぁ」 「私は倒した魔女の魔法を吸収することができるのだけれど、あれを斬った時に上書きするかどうかを選択する感覚がなかったのよ」 嘘をついていない。 つまり、あの魔女にトドメを刺せていないのは確定できる。……まだ、私は安心できないらしい。 続きはkoitoboxⅡで公開中です 「狙われてるんなら実力不足じゃねぇの」 いきなり現れた大庭さんの言葉で、移動して特訓が始まった。よく使う廃工場らしい。当の大庭さんは由比さんに近寄って失礼なこと言ってごめんと謝られたあと秒速で二歩距離を取られて以来ずっと口を開かない。 それはともかく、模擬戦の相手はやちよさんが務めてくれている。 昨日の夜と同じように、出してもらった槍…と、瓦礫や鉄骨を宙に浮かせる。 何度か飛ばしてみるけれど、こともなげに槍ではじかれてしまう。見た目がスピードキャラなのに中身がゴリラ系パワーキャラなのかも。 「失礼なこと考えてないかしら」 考えてません!と慌てて返す。目に入った周りでは、智珠さんがやちよさんの強さにドン引きしていた。 …あの事件以降、やちよさんの強さは常軌を逸している。…考えが横に逸れて、飛んできた槍を回避するために雑に槍を手放して落ち、飛ばしてある鉄骨を掴── 「バカ小鳥!得物から手ぇ離すんじゃねえ!」 大庭さんの声が聞こえた次の瞬間、自由落下のわずかな隙をついて突っ込んできたやちよさんの槍が私の魔法少女服を縫って、そのまま浮かした。 「これで一回死んだわね」 続きはkoitoboxⅡで公開中です そこからは酷いものだった。飛ばした瓦礫は正確無比に打ち返されるし、槍を振り下ろしてみれば雑に弾き返されるし、高速機動してみたらフェイントを入れたはずなのに行き先に槍が置いてあるし、向こうが一切攻撃をしていないのになぜか私のほうが追い詰められている。 「ドン引きだわ…なにあれ」 「強すぎてビビるわよ。ちょっとキモいまであるわ」 いつの間に仲良くなったのかレナさんと智珠さんが引きながら好き勝手言っている。紅晴さんは由比さんとやちよさんの戦い方についてあれこれ議論しているし、ゆまちゃんは休憩ごとに細かい傷を癒して応援してくれる。 つまりこれは、こちらの手の内を理解した実力が上の相手にどう戦うか…という話。 …そんな方法、一つしかない。 数回の模擬戦の後、それを実行した私はやちよさんにだいぶ怒られた後、一応の合格点をいただいた。 「いや…お前すげーな。対人慣れしてねえし一見小動物なのにえらい度胸だ。…なにと戦った?」 …確かにあの魔女は強いけれど、ワルプルギスの夜に比べたら別に怖くも何ともない。 それを聞いた紅晴さんと大庭さんは顔を見合わせた後、笑っていた。 続きはkoitoboxⅡで公開中です 夜にはライブがある。ライブ会場にあの魔女が襲撃してきたら… 「それだけは避けないといけないわぁ」 二木市の人たちは、一貫して一般人に迷惑をかけるなというのを徹底している。 この言葉には何の嘘もなくて、だから彼女が抱えている嘘が何なのかをずっと考えている。 もうきっと証拠は出揃っていて、私の中でそれが繋がっていないだけ。 「結菜は頭が固くていけねぇよ」 「向こう見ずなあなたほどではないわぁ…」 頭が、硬い。そうなのかもしれない。証拠が揃っていると感じるのに答えが出ないのなら、証拠の解釈に問題があるんだ。 「なにがあっても対応できるように備えは万全にしておかないとね」 やちよさんの言う通り、前回はそうした。投入できるだけの戦力をすべて投げつけて、あの事件の裏にいた魔女を倒したんだった。 …対応。思えば、この事件で出た死体のすべてがかなりの高速で隠蔽されている。最初の笠音さん以降はまだわかるけれど、最初すら早いのはこれはそもそも、紅晴さんはあらかじめ人を動かしていたんじゃないのかな…? だったらそれはどうして…?はじめから思い出してみよう…そもそも紅晴さんは、この街は2勢力が争っていると言っていた。 つまり、この蛇の宮という勢力は潜伏していた勢力だってことになる。 …にも関わらず、蛇の宮のリーダーが笠音アオだと紅晴さんは断定していた。つまり紅晴さんは蛇の宮の内情をある程度把握していて、蛇の宮が襲撃をかけてきた以上、向こうはそれを把握していなかったということ。 解釈に問題があるとするなら、きっと前提が間違っている。 …例えば紫髪の魔法少女が偶発的に蛇の宮を乗っ取ったことで魔女にターゲットにされたように、最初から予定外が起きてるんじゃないかな。 この事件の始まりは魔法少女狩りにあったようで、笠音アオを殺したのは魔女だった。 つまりあそこがすべての始まりなんだ。結菜さんがついている嘘の根源がそこにあるなら、私の前提が、間違っている…なら、 ふと、お姉ちゃんの顔が思い浮かんで…それですべてが繋がった。 そうだ…私たちって、魔法少女なんだよね。 私は組み立てた推理をテレパシーで紅晴さんに伝え、その答えが間違っていなかったことを確認する。 (嘘を見抜く魔法…なるほどねぇ) 彼女は柔らかく笑っていて、この人の優しさを疑う理由がすべて消えた。 続きはkoitoboxⅡで公開中です 私か智珠さんが狙われるなら、どちらかが囮になろう…というわけで、わざとらしく一人で街中をぶらついている。 彼女もどうもあの魔女の元になった誰かと強い因縁があるようだけれど、今回ばかりは譲れない。 追い返した私の方に来るはずだとかなんとか言って、私が一次的に蛇の宮のリーダーを名乗れば寄ってくると笠音さんの制服を借り受けた。 …あの時みたいに誰かの制服を着て囮になって街を歩いている。また胸元がぶかぶかで、大庭さんが笑い死にしそうになって智珠さんと由比さんに引っ叩かれていた。 …今度はお姉ちゃんか美国先輩の制服で街を歩く日が来るのかも…なんて考えて、笑った。 近場に魔法少女の反応が感じられないけれど、そこは紅晴さんが用意しているという味方を信じることにして、街のはずれの廃ビルに入り込んだ。 廃ビルの中をゆっくり歩く。心臓が高鳴って、上気した頬に汗が伝う。 ──来た。 開け放たれた窓の外から、一人きりの私を狙って魔女がやってきて…私は追い込まれたように部屋の奥に逃げ込みながら窓をこっそり操作して閉めて、渡されていたスイッチを押す。 振動。ビルが崩れ始める…! 続きはkoitoboxⅡで公開中です 柱を爆破された廃ビルがムカデのように蠢く。大きめの瓦礫を投げつけて魔女を怯ませると同時、別の瓦礫を手に取って飛び、天井の穴から上階に抜けた。上の階の窓から外に出て、追ってきた魔女の目の前で窓を操作して閉め、そして崩落するビルの瓦礫を当てる。 舌を出して煽ってやる。やがて下の階の崩落が終わったところで、上の階がぐらりと揺れた…のを、私が抑えた。 そのまま横倒しになるはずのビルの8割が空を飛ぶ。 …ワルプルギスの夜は、何回もやってきたっけ。その度に別のビルをぶつけたり、顔面にビルを投げ返したりしてやっと追い返せた。 瓦礫から這い出てきた魔女に向けて、空からビルを投げつける。 …当たるなんて思っていない。魔女は高速で移動して、ビルの制御に手いっぱいに見える私の傍を煽るように移動して、それから口を開けた。超音波が来る…けれど、詰んでいるのは私じゃなくてあなたのほうだよ。 ニヤつくコウモリに挑発的な笑みを向けて、中指を立てるように指揮棒を上に向け、それと同時にビルが地面に落ちて、 「対象変更…!」 落下の衝撃、質量と私たちからの怒りのすべてが、魔女に向けて飛んだ。 続きはkoitoboxⅡで公開中です 夜の静寂に響き渡る轟音が、衝撃となって大気を震わせる。 広範囲を陥没させるはずのビルの破砕が、たった一点に集約されて直撃した。これで終わるなんて微塵も思ってない。 殺す。そう聞こえたような気がして、ボロボロになったはずの蝙蝠の体が再生した。 慌てて瓦礫を飛ばして身を守る。やっぱりおかしい。 やちよさんに腹を貫かれても、天乃さんに斬られても、ビルの直撃を受けてもぴんぴんしているなんてありえない。 ……まるで、意味のないガワ…ハリボテを攻撃しているような…… ただ、意地を張ったのは私だった。この謎は解けないかもしれないけれど、それでも私は勝ちたかったんだ。 人の顔をぐちゃぐちゃにして殺す誰かを、私はこの手で倒したかった! どこまで行ってもこれはエゴでしかない。本当はもっと因縁のある人を差し置いて、私がここに飛んでいる。 それでも、それを応援して協力してくれる人がいる。再生の間に下から頼もしい青い槍が複数本飛んできて、私はそれをコントロールして浮かべた。 ただ見てくれている私よりずっと強い人たちの、信用か、呆れか、あるいは興味を背に受けて、私はまっすぐ空を飛ぶ。 続きはkoitoboxⅡで公開中です 夕日が落ちてきた、オレンジ色の戦場。昨日の夜と同じように、基本は槍を用いてのカウンター。 もう準備に時間がかかる超音波は使わないはず。それなら一手一手丁寧に詰めて行けばいいだけ… この期に及んで直進的で大雑把な一撃を捌いては隙を見せたところに槍を飛ばして串刺しにする。 反撃が叶わない時は、せめて挑発するのだけは絶対に忘れない。 ……怒っているというのに、こちらが格下だって思い込みがずっと態度に現れている。…もしかしたら、誰かを虐げたり上に立つことばかりしてきたから、見下されることに耐えられないのかもしれない。 だったらこの魔女にはお姉ちゃんのような負けん気すらないんだ。相手が上であることを悔しがる気持ちすらないんだ…それを認めて上回ろうと思わないんだ。そう思うと、途端に小さく思えた。 …でも決定打がない。なら…とわざと槍を手放して、自由落下する。武器を手放すなというアドバイスを思い出す。絶対にこの隙を狙ってくる… でも私の武器はこの指揮棒!突進してくる魔女と軸が合ったのを確認して、背中側に隠した槍を飛ばして自分のお腹ごと魔女を串刺しにする。 捕まえた……! 続きはkoitoboxⅡで公開中です お腹がじくじく痛む。穴の開いた私の真下には文字通りの血の雨が振っているかもしれない。 でも、こんなのワルプルギスの夜に比べたら怖くないし、お姉ちゃんや行方さんの苦しみに比べたらなんてことはない。 私ごと串刺しにされた魔女はもがいて、私も動けないことに気づいてまた超音波で攻撃しようとした。 頭突きする。 もう一回! いきなりの頭突きに面食らったのが目に見てわかる。それから爪で切り裂こうとしてきたのを、飛ばした槍で相手の体に腕を縫い留める。もう片方の腕も脚と一緒に串刺しにする。 羽ばたこうとした羽根も槍を横に通して固定する。 …これで、もう動けないでしょ? これは、私怨だ。この魔女がどんな残虐なことをしたって、お姉ちゃんを殺した犯人ってわけじゃない。私が勝手に重ねて怒っているだけ。こいつを倒していいって大義名分があるだけ。 それでも許せなかった。だから私は、魔女の顔に向かって、最後に残った槍を思いっきり突き刺した。 力が抜けて、魔女の身体が闇に溶けていく。 …そんな中、脚の先からグリーフシードらしきものを運ぶコウモリが見えた。 ……悔しい。頭が核だと思ったのに。 続きはkoitoboxⅡで公開中です 「そんなこったろうと思ってたよ。アンタのずる賢さと生き汚さは身に沁みてるし」 暗くなり始めた街に消えゆく蝙蝠を、飛んできたクレーンアームががっちりと掴んだ。 蝙蝠は逃れようと抵抗していたけど、私が浮力を失って地面に叩きつけられる衝撃を対象変更されて大人しくなる。おかげで助かった。 「握り潰してやってもいいけど…アタシはアンタだけで我慢してやるわ」 大人しくなったコウモリを掴んで投げると、クレーンアームから放たれたビームがそれを丸焼きにする。 手の中の多分グリーフシードを智珠さんはくるくると回して、ため息をついた。 「アホくさ。逆恨みもいい加減にしとけっての。恨むんならアタシらの方からアンタにだろうが。…ねぇ?」 そこにいる誰かに向けて、それを放り投げる。高く飛び弧を描くそれに、きっとそれをすべき人の刃が迫る。 「ゲーム…オーバー!」 大斧が空を切る音、それが割れる音が聞こえて。 私の推理通り生きていた彼女が、顔をぐちゃぐちゃにされた恨みを晴らしてくれた。 ……ああ。 これが見たかったんだ。理不尽な被害を受けた誰かが、ちゃんとやり返して、生きて帰ってくるのが。 続きはkoitoboxⅡで公開中です 「結菜さんは早い段階から蛇の宮が存在してることには気づいてたっす。単細胞の竜ケ崎の連中ならともかく結菜さんは…あっそういうのよくない?控えるっす。とにかくそれでひかるは蛇の宮に潜入するために本拠のゲーセンに向かってたっすけど、そしたら目の前でアオさんが顔面破壊されてたっす。結菜さんはあくまで融和メインっすから最終的には蛇の宮丸ごと飲み込むつもりだったみたいっすけど、そうなると蛇の宮をまとめてるアオさんに死んでもらうわけにはいかないっすよ。だからこっそりひかる軍団でソウルジェムだけ盗んで離れたとこにあんたが通りがかってそこに魔法少女狩りが来たっす」 治療を受けながら詳しい話を聞く限り、多分舎弟の人が裏方でいろいろやっていたらしい。 私の思い込み…つまり、『顔面をぐちゃぐちゃにされた人は死んでいる』という思い込み。たとえ目の前にあるのが死体でも、魔法少女ならソウルジェムさえ無事なら大丈夫だけれど、こればっかりは私の頭にお姉ちゃんのことが焼き付いていたのがいけなかった。 「そういうわけなんでひかるはほんとに頑張ったんすけど、結菜さんもご褒美に膝枕くらいは 続きはkoitoboxⅡで公開中です それからは忙しない。私の傷が落ち着いたと見るや紅晴さんの家にとんぼ返りして、すぐに身なりを整えてライブ会場に突撃する。 席は関係者席を元から空けてもらっているからいいけど、にしたって弾丸みたいなスケジュール。呆れ顔のあどさんが印象に残ってる。 アイドルのライブを見るのなんて生まれてはじめてだったけれど、普段のほわほわが嘘みたいに、無数の不断の努力に支えられた沙優希さんがステージで輝いていて、1日目の夜に嫌いになりそうだったこの街の印象を、輝かしき思い出へと変えてくれた。 席には空きがあったから、二木で世話になったここの魔法少女の中から、沙優希さんのファンだという子を呼ぶことになった。…レナさんと一緒にテンションを上げ続けてる。よかったね… 大盛況のステージが終わって、あっという間の旅行は幕を降ろそうとしていた。いろいろあったけれど、また代わり映えしない日々に続く帰り道だ。 「忘れ物はない?」 帰りの駅のホームでやちよさんの言葉が聞こえて、荷物を確認しながらやってきた電車に目を向ける。 ガラガラの電車の中で、広げた傘を手に座席に寝そべるマナーの悪い客が 続きはkoitoboxⅡで公開中です 瞬間、駅の喧騒が嘘のように引いた。 静寂の中で電車のドアの開閉音が場違いな音を鳴り響かせている。 傘を投げ捨てて、紫がかったしなやかな黒髪の彼女が歩を進め、私へと近寄り、突然顔に手を当てると私の唇を捲る。 「例えるならば、出立前。ふと玄関の鍵を閉めたかどうかを確認してみれば、やはり忘れていたなんてこと」 困惑して何も返せずにいる私に、彼女は言葉を続ける。 「それで済めばよろしかったのですけれど。けれどずる賢く愚かな子が一人」 謎に手を広げて大仰なポーズを取る。なんなのこの人。 「これはいけないと責任を取りにやってきたはいいものの、来てみればとうに終わっておりましたとさ…めでたしめでたし」 …少し申し訳なさそうに見える。 「特にこの世界にはマルグリートがおりませんもの。あなたに言うのはどうかと思いますけれど、私は彼女を決して許さない…でも!わたくしを退け今を生きるあなたのことは言祝ぎましょう」 それから、ぱん、と手と手を合わせた乾いた音が聞こえて、頭のモヤが晴れるような感覚が来て。 「ええ、カムパネルラの言う通り。忘れ物は、ございませんの?」 続きはkoitoboxⅡで公開中です 喧騒が帰ってきて、ベルが鳴る。 早く乗らないと電車が出るわよと声をかけられて、私は乗らずにホームを駆けた。 考えるべきだった…ゆまちゃんはこの街にいる間ずっと楽しそうだった。あの子は我慢はできるけれど我慢しているのが顔に出る…変な夢を見てジェムを濁らせたなら、絶対に顔に出ていた…! なら答えは一つしかない。魔力を使うようなことを夜の間にしたんだ! それはいつか?私が1日目の夜に外で魔女と戦っている間…! 思えばあの時、あ…みさんは部屋の見張りを買って出てくれたけれど、あの魔女の登場以降助けに来ようともしなかった! だとしたらそれは、私と魔女がホテルの外に飛び出して誰の目もなくなってから動いた誰かがいるってこと! 気づくべきだった!!『顔をぐちゃぐちゃにされた人は死んでいる』という思い込み! 駅を出た私のことを、掴む手がある。…阿見さんだ。そう、阿見さんだ。 「なにをしていますの? ほら、早く帰りますわよ」 ……。 「まったく、心配してきてあげましたのに…なんの用事もないでしょう?」 ──嘘! あの紫髪の魔法少女はまだ生きていて、この街に潜んでいる…!! 続きはkoitoboxⅡで公開中です 「ベラ・スピィィィィンナッ!!」 やけに巻き舌気味の必殺技が飛んできて、慌ててゴミ箱を飛ばして空中で受けた。 「あっ…!きたな、もうっモデルなんですのよ!キーッ!あーもうやちよちゃんいるのにこれじゃ会えないよぉ!臭くなっちゃうぅ」 …精神操作されていても人柄が変わるわけじゃない。たぶん、私を攻撃することに違和感を持っていないだけ。 あわあわしている阿見さん(のはず。名前を覚えられないのも精神操作に違いない※)を置いて、夜も深い街に駆け出す。 こうなると、あの日残っていたメンバー…由比さんにゆまちゃんにレナさんはダメだと思う。 特にレナさんは紫髪の魔法少女の遺体を二木の魔法少女が回収したと言っていた。…あれも、伝聞調だった。だれも誰も把握していないのに誰かが処理したと思い込まされてる。 それどころか私がいまこうして単独で走り出したなら、置いてきたやちよさん達もこの街の魔法少女も、いったい誰が影響を受けていないのかわからない。 私一人じゃ考えが纏まらない。果たして誰に接触すべきなのか…そう思い… 私は物陰に隠れながら、確実に正気の一つの連絡先をタップする。 続きはkoitoboxⅡで公開中です 『事情はわかったわ。時間がなさそうだから要点だけ伝えるわね』 さすがに見滝原まで洗脳できているとは思えない。電話の向こうの巴さんは魔女と戦うときの冷徹な口調で話している。 『洗脳されているのね…その手の魔法は強力な反面、魔力消費もあるから乱発はできないはずよ。最低限機能する範囲と人数の洗脳で留めているわ』 出会う人全員がやられているわけじゃない。けど、重要な人はやられているかも。 『だから重要なのはその魔法少女が何をしたいのかよ。…その天乃さんという魔法少女に殺人をさせたいなら、その状況を作るようにするはず』 誰かが誰かを殺していてもおかしくない状況にする…ってこと。…この街の事情を考えると、なにをするのかは予想できる。少なくとも紅晴さんと大庭さんはクロになる。 『最後に、まだあなたが気づいたことには気づいていないと思うわ。仲間にいきなり撃たれるなんて、そのまま死ぬ罠だもの』 …おかしいと思っていなければ、あのままわけもわからず射抜かれて死んでいた。 『気をつけて。私はそれとなく七海さんを探ってみるわ。あの人が正気なら助かるのだけれど』 …望みは、薄い。 続きはkoitoboxⅡで公開中です 夜の街に身を潜めながら、街を行く魔法少女の様子を探る。終電を過ぎた街は静寂に包まれているから、澄ました耳の先に誰かいるならそれは魔法少女だ。 「魔法少女狩りが片付いたからすぐ抗争再開なんてね…」 「結菜さん、こんな喧嘩っぱやかったかなぁ」 魔法少女たちは困惑していて、それは洗脳は上層部だけということ。一縷の望みにかけて、あのゲームセンターに向かう。 薄明かりの向こう側に魔力反応がある。私は意を決して、扉を開いた。 「止まって!」 静止の声が響いて、全員から武器を向けられた。 「…帰ったんじゃなかったの?ダメだよ今大変なんだからさ~」 笠音さんは驚いた様子で、一旦は武器を降ろしてくれた。 私は「そう言って隙をつくつもりですか?」とわざと挑発的なことを言う。仮に潔白なら否定するし、攻撃する気でも否定するだろう。それが嘘かどうかだけが判断材料になる。 「ないない。あなたは敵じゃないし」 …嘘はついていない。…よかった。 「…あんま考えたくないんだけどさ? やっぱこれ、あいつ生きてるよね」 その確信があって来ました。…笠音さんは、奥に私を迎えてくれた。 続きはkoitoboxⅡで公開中です 笠音さん曰く、蛇の宮は元々比較的平和主義者の集団らしい。 「ま、要はもっかい搾取される側に戻りたくないんだよね~。抗争とかごめんだし」 …嘘。 「あー…そっか、バレちゃうんだっけ。ごめんね。わたし、そもそも人と戦いたくない」 それなら、止めないといけませんね。そう言うと彼女は嬉しそうに微笑んでいた。 いざというときのための作戦があるらしく、私はそれを聞いて同意する。確かにそれなら、あの紫髪の魔法少女の意表をつけるかもしれない。 蛇の宮のメンバーがほうぼうに散り、彼女を探すために走っていく。 全員を見送って、私は土地勘がないから笠音さんと行動をともにしようとして、そこにメッセージが届いた。 『アウトよ。迎えに来たら逃げ出しなさい』 巴さんだ。……スマホをポケットに戻して、ため息をつく。それと同時、 「小糸、どうしたの? 急に走り出したりして。探すのが大変だったわ」 耳に馴染む声がして、冷や汗が背中を走る。 「早く帰りましょう? 怒ったりしないから」 …嘘! 続きはkoitoboxⅡで公開中です 逃げてとだけ笠音さんにテレパシーを送り、駆け出す…その一歩目を潰すように、あれだけ頼りがいがあった青い槍が、その先に刺さって行き止まりが出来上がる。 「ちゃんと殺してあげないといけないから、大人しく座りなさい」 まるで普段のような優しい口調に微笑みを浮かべながら、それが親愛の表現だとても言うように殺意の籠もった一撃が迫ってくる。 笠音さんは…動けない。当たり前だ。やちよさんの強さは常軌を逸している。当人曰く、梓さんが亡くなられてから更に強くなったと悲しそうにしていた。 …だからこそ、殺されるわけにはいかない。もしもこの人に仲間殺しをさせたなら、その時この人は終わってしまうと思う。 …馴染みのあるみんなならともかく、私を仲間と思ってくれているかな? 少しだけ自惚れたい気分になって、突き刺さった槍を飛ばし返して、笠音さんの手を取り走り出した。 路地裏の門を曲がる。逃げた先の構造が見えているのか、段々と行き先に槍が飛んできて動けなくなる。 笠音さんの案内のまま逃げ続ける。出口のない迷路の中の虜囚になった気分だった。 …そして、行き先のない路地の奥へと追い込まれて、 続きはkoitoboxⅱで公開中です 路地の奥に追い込まれて、私は覚悟を決めて指揮棒を手に取った。 「逃げるのが上手くなったわね。…あまり嬉しくはないけど、体を張って戦ったかいがあったんじゃないかしら」 槍をこちらに構えながら、やちよさんはゆっくりと歩いてくる。地面を叩く靴の音は、威圧と恐怖を伴う重たい音階で、私は実力だけでこれを出せるのだからかなわないななんてどこか他人事のように思う。 …だめもとで問いかける。どうして私を殺そうと? 「殺さないと連れて帰れないじゃない。もう遅いのよ?あなたの親にも心配させてしまうわ」 ……帰るのが最優先なのかな?手段がおかしいと思わなくさせられている? どうしてもやらないといけないことがあるんです、と言ってみる。 「旅行の最後に電車を飛び出してまで?どうしてもやりたいことなの?」 小さく、頷いた。 「まったく…言い出したら聞かないんだから。またお腹をぶち抜いたりしないようにしなさいね」 やちよさんはそのまま呆れたような、心配したような顔で帰っていく。 「みんなと駅で待ってるわ。戻ってきたら殺してあげるから早く帰ってくること。いいわね」 …改竄が雑で助かった…! 続きはkoitoboxⅡで公開中です 去っていくやちよさんを尻目に、尻もちをつく。汚れるだとか気にしていられなかった。 笠音さんも壁に手をついている。脚に力が入らないんだと思う。私もそう。 「…雑な洗脳だったね。もう少し殺意が高いほうが…」 それはそうですね…と答えて、疑問符が浮かぶ。私を油断させて殺そうとしていたのは間違いないけれど、洗脳が緩い。 あの魔法少女は用意周到だ。こんな雑なことをするのかな? 「…この街さ、グリーフシードが少し足りないんだよね。魔法少女は多いのに殺し合いをしてるじゃん?割れて死んじゃう子が多いから」 ……? 「わたしもそうだし、蛇の宮の子たちもソウルジェムが割れた偽装をして生き延びてたんだよ。路地で見たでしょ?死体の数が三つなのに、散らばってるジェムの色はたくさんあったよね~」 あっ…!色とりどりの散らばる宝石を思い出す。じゃあ、誰も殺されてないんですね。 「そいつ、腰を折られて顔をぐちゃぐちゃにされたんでしょ?生き延びたのはすごいけどさ…それって」 ……魔力が枯渇してて、グリーフシードが足りてない?じゃあ、雑なんじゃなくて… 「たぶんもう、余裕ないんだ」 続きはkoitoboxⅡで公開中です 真夜中の街を走る。…この街には複数の橋があり、それがこの街の二つの町の決戦の場になるらしい。 あの紫髪の魔法少女の魔力が尽きかけているなら、2勢力を衝突させた上で魔女化を狙うに違いない。 狩るのは…天乃さんにやらせるつもりなんだ。 だから万が一にも気づくかもしれない私を、やちよさん達を使って始末しようとした。 だから私は、逆に私がこの街にいるという噂を流すことにした。 やちよさんでだめなら、私を直接操って始末しに来るかもしれない。向こうが実働を天乃さんに任せられる以上、引きずり出さないと捕まえられない。 「うわさを流すってもね…」 …蛇の宮は各勢力にメンバーを送り込んでますよね? 「なんでバレ…いやバレるか。どうやって把握してたのかを考えたら当然…結菜と樹里には言わないでおいてよ~?」 私は言わないけれど、蛇の宮の存在が明るみになった今早晩バレるだろうなとは思った。 後はわざと目立つように走るだけ。…なんかずっと体張ってるなぁ。お姉ちゃんでもぐちぐち言いそうなくらい…なんて、一人で笑った。 続きはkoitoboxⅡで公開中です 橋を挟んで二つの勢力が並び立っている。それを遠くから眺める私がいて、けれど見られている気配は感じない。 …あの日以来敏感な私は、視線にはすぐ気づく。振り返ろうという気が起きないということは、誰もまだ私に気づいていないということ。 でも絶対にそばにいる。そう信じるしかない!あの紫髪の魔法少女の魔法だって別に万能じゃない。射程には絶対に限界があるし、魔力にだって限りがある。それなら私のそばには絶対に近寄ってくるはず… もう時間がない。数分もしないうちに紅晴さんと大庭さんが戦闘を始めるだろう。そうなる前に誘き出すしかない。 それなら、こうするしかない。 私は深く深呼吸をすると、強く魔力を込めて探知を行う。これは魔法少女や魔女の位置を知るために大半の魔法少女がやるものだけど、強く魔力を込める必要はない。 やられた側は探知されたことに絶対に気づく。だからこれは、示威行為で宣戦布告。正面を切って喧嘩を売る、果たし状のようなもの。 台に100円を入れて、今からお前を倒してやるぞという宣言! 断続的な魔力の波を飛ばし続けて、そして… 続きはkoitoboxⅡで公開中です 魔力探知に引っかかる反応は、4つ。一つは少し離れた位置にいた。 「なんのつもりか知らないけど…そっちから出てくるなら助かった」 紫髪の魔法少女の隣に、天乃さんの姿がある。 操れるなら操って見せてくださいと挑発して、次の瞬間体のコントロールが奪われる感覚がある。 「ざーんねん。なんの対策してきたのか知らないけどさぁ、そんなんでどうにかなるヤワな魔法じゃないんだよねぇ!」 こっちに来なよ、と聞こえて、体が操作される。彼女を挟んで天乃さんと向かい合う…冷たい目。…本当の彼女じゃない。 「スズネちゃん、いい感じに痛めつけて魔女にしちゃってくれ──もがっ」 指示を出して大口を開いた紫髪の魔法少女の口に、私の指揮棒が突っ込まれる。喉の奥を思いっきり叩かれた彼女が噎せて、それから混乱している隙に、がら空きの腰にあたりに落ちている物が次々と飛んできて直撃し、彼女がくずおれた。 「ごめんね~? その子の操作、もうわたしがしてるからさー」 あらかじめ決めておいた符丁で、笠音さんから私への操作を容認する。いくら私に魔法使っても、笠音さんには影響がないから意味がない。 最後に頭に石が飛 続きはkoitoboxⅡで公開中です ふっ…と、街に漂っていた殺気みたいなものが薄れたのを感じる。全面衝突は回避できたみたい…ほっと胸をなでおろした。 笠音さんが連れてきた蛇の宮のメンバーが、手慣れた動きで彼女を拘束していく。 「はぁ~…なんとかなってよかったぁ」 笠音さんが大きく胸を揺らしながらため息をついた。 すみません、ちょっと来てもらえますか?と声をかけられて、なにか問題でもあったのかと駆け寄る。 なにか話したいことがあるみたいで…と言われて、紫髪の魔法少女のかすれた声を聞き取るために、口元に耳を近づける。…聞き取れなくて、集中して── 「ばーーーーーか!!」 突然、大声で叫ばれた。くらくらする頭を抑えて前を見ると、そこではさっき私を呼んだ蛇の宮の団員がチェーンソーを振りかぶっている。 ぁ…と小さな吐息ともつかない声しか出なくって、襲いくる攻撃に目を瞑って… 血の匂いがするのに、痛みがやってこない。 私を庇って、天乃さんが斬られていた。 倒れている紫髪の魔法少女が驚いて目を見開いて、多分命令がそのままのチェーンソーが私を狙って振り下ろされて…二回目は、どこからか高速で走ってきた蹴りが止めてくれた。 続きはkoitoboxで公開中です 返す刀、鍛え上げられた脚の、目がまんまるの見慣れない魔法少女がチェーンソーを持つ腕をナイフで斬りつける。 それから紫髪の魔法少女の背中から馬乗りになって首元にナイフを突きつけやめさせろと叫んで、でも彼女はそんなことを気にしないで、血塗れの天乃さんだけを見つめている。 「なんで?スズネちゃんにはその子は殺せって言ったじゃん」 「言われた。…でも、守らないとって思ったのよ」 「なにそれ」 心の底から、何を言っているんだという顔をしている。 「違うよね?スズネちゃんが守らないといけなかったのはその子じゃないじゃん!だったら椿の代わりにお前が死ねばよかったんだよ!」 「私も、そう思う」 紫髪の魔法少女が言葉を失って、 「違うじゃん…じゃあなんで…お前…スズネちゃん…椿は…」 血塗れの腕が、彼女の手に伸びる。二人の間にだけある、失った痛みがある。それは失った私には表面的には理解できる、けれど誰にも伝わらないもの。 二人の手が重なって、お互いに縋るように結びついて、 「なんでつばきのことまもってくれなかったの」 もしかしたらできたはずの絆は、魂が真っ黒に染まって弾けた。 続きはkoitoboxⅡで公開中です 影絵の魔女の姿が飛び出す絵本。なにもない結界の中に、私と天乃さんだけが取り込まれる。大怪我のせいか動けない天乃さんが別の本の中にさらに取り込まれて、私は一対一で魔女と対峙することになった。 飛ばすものが、ない。 指揮棒を構えはする。音符型の魔力弾を飛ばしたりもするけれど、当然決定打になりはしない。 彼女が最後、何を思ったのかはわからない。そもそも私は、彼女が何を思ってこんなことをしたのかさえ── 背中から、影の触腕の一撃が私を貫いて、瞬間脳を焼かれるような痛みが頭を走る。それは彼女の記憶。なにを思い、なぜそんなことをしたのかを理解させられて、私は、 ──だったとしても、それは許せない。 言いたいことはわかるよ。私だってお姉ちゃんを奪った誰かに復讐したい気持ちはあるよ! けどこの街に来た私たちも、この街の人たちもそれには関係ないし、何より天乃さんがかわいそうで…戦わなきゃいけないと心から思う。 だから私はどれだけ厳しくても武器を構える。私は、私は… 私の周りの守るべき世界を守るためになら、命を賭して戦える! 絶望的な戦いに身を投じようとした刹那、結界がひび割れ 続きはkoitoboxⅡで公開中です 閉じられた天蓋が割れ砕け、白の向こうに外が見えた。人一人すら通れなさそうな細い穴の向こうから、頼れる青い槍が飛んでくる。 複数本が音を立てて飛んできて、地面に突き刺さった。 …駆けつけるのが早いなぁ、なんて思って、さすがに来るのが早すぎるから、待ってるなんて言って後ろにいてくれたんだなぁ、って心が暖かくなる。 洗脳が解けて今頃申し訳なく思ってるかもしれないから、早く出て気にしてないって言ってあげなきゃ。 こんなときだって言うのに、心に余裕が出来た気がして…目の前からの強烈な殺意に震え直す。 …天乃さんをどう思ったのかはわからないけど、わかるよ。私のことは殺したいんだよね。 だって私がいなかったらうまくいってたもんね。二木は大混乱で、グリーフシードを掠め取ってあとはさよなら…そんなつもりだったんでしょ? わかるよ。私も今あなたを殺さないといけないと思ってる。 天乃さんとは、たぶん仲良くなれたと思うよ?でも私とあなたは絶対に無理。 そんな気持ちを込めて、託された槍を目の前の魔女に飛ばす。 二木の魔法少女たちに倣おう。これは、譲れないなにかのための喧嘩だ…! 続きはkoitoboxⅡで公開中です 大量の触腕からの攻撃を捌くたびに、嫌なことばかりを思い出さなきゃいけなくなる。 ぐちゃぐちゃにされた顔を思い出す。路地裏に転がる死体を思い出す。痛くて苦しい思い出ばっかりで、それだけじゃないって思っても塗りつぶされそうになる。 でもこの街での出会いは絶対にプラスだった。あの輝かしいライブだって、言葉を交わした人々だって、戦いの記憶だって。塗り替えさせたくない…! 執拗に攻撃してくる触腕を飛ばした槍で縫い留めて、強引に前に出る。たった一本、腕に握った最後の槍を思いっきり影絵の魔女に突き刺して…… けらけらと笑い声が聞こえて、触腕ごと魔女が消えて、別の本が開いてそこからもう一度出現する。 …だから、気づいてないふりをしてもう一回同じことをして、影絵の魔女を突き刺して…… それから、影絵の魔女に刺さった槍を下の本に突き刺し直して、腕を縫い留めていた槍を全て影絵の下の本に向かって飛ばす。 慌てて追いかけてきた複数本の触腕が私を貫くのと、本が串刺しになるのは、完全に同時だった。 …触腕が決してソウルジェムを狙わないようにしていたのに気づいたのも、その時だった。 続きはkoitoboxⅡで公開中です 目が覚めると、紅晴家のベッドの上だった。隣のベッドには天乃さんが転がっていて、ベッドの横では椅子に座ったゆまちゃんが小さな寝息を立てている。 す「おはよう。迷惑をかけたわね」 あの魔女に取り込まれた彼女が無事だったのは、不幸中の幸いだった。 「攻撃は…されなかったの。あの後は記憶を復元されていてね」 …天乃さん曰く、今まで失った記憶が逆流してくるような、そんな感覚だったらしい。 …少し、気まずい。私も流し込まれた記憶で、事情を知ってしまっている。 「許されないことをしたわ」 それはあなたのせいじゃない…と言おうとして、止められた。 「なにより私だって、ツバキを守れなくて悔しいの。…だから、カガリはたぶん…」 …妹さんを? 「うん…ホオズキに行くつもり」 目が見えなかったらしい、彼女の妹。もし最後に思ったのが、親の仇のように思っていた彼女に妹を託すような思いだったなら…それはきっと、許さないという宣言で、それに対する刑罰で、だからこそ最後の最後に芽生えた許したいという気持ちだったのかもしれない。 …こうやってしたり顔で断じてやるのが、たぶん一番効くだろうな、って。 続きはkoitoboxⅡで公開中です まだ色々考えたい…そう言う天乃さんを置いて、私が寝ていたベッドにゆまちゃんを寝かせて外に出る。 「よっ。助かったよ」 大庭さんが声をかけてきた。 「しばらくは停戦だってことになった。あとはまぁ、結菜曰く喧嘩をデカくしすぎたってよ。私もそう思う」 個人的な執着なら、個人同士でやり合うべきです。 「だな…私と結菜の間の喧嘩に戻していきゃいいんだろうよ。しばらくは折衝だ」 …やめられないんですか?それ。 「お前はやめられたか?最後の喧嘩」 黙って、首を横に振る。譲れないものは、きっとあるんだと思う。 …たぶん、美国先輩にとってもあったんだろうな、と思って、答えのない問に思索が沈みそうになる。 「そういうこった。…ろくでもない思い出になっちまったかもしれねぇけど、また来るなら歓迎するよ」 ま、次来たときに生きてりゃだけどな。なんて、本気の籠もった冗談とともに彼女は去っていく。 …いつか片方が、あるいは両方が命を落とすことになるんだろう…それがあのふたりにやってくる、いまじゃないいつかの話。 この三日の私にはやっては来なかった、まだ遠いいつかの話。 続きはkoitoboxⅡで公開中です 結局お世話になった人たちへの挨拶回りだので、電車に乗る時間が昼前になってしまった。 もともと祝日休みを含めての旅行だから、急に学校を休んだりしなくて済んだのはよかったのかもしれない。 「やっほ~」 駅の見送りに来てくれたのは、笠音さんと智珠さん。智珠さんは仲良くなったレナさんに声をかけに行ったけど、肝心のレナさんは今回の一件ですっかり推しに懐かれてしまって、電車の席も隣にされて固まってしまっており、智珠さんは固まるレナさんに笑いをこらえていた。 「蛇の宮は停戦の調停役になったよ。とはいってもどっちかが激発したらおしおき、って役目だけどね」 もう戦わなくていいならいいんだけど…と少し不安がっている。私は二人が喧嘩の規模を小さくしようとしているとは言ったけど、血の毛の多い人たちが収まるかはわからない。 「あっ、そうだこれこれ」 渡されたメモに書かれていたのは、blue_axeというフレンドコード。 「決着は熱帯でつけようね~」 …あっ、ホテルの地下での対戦相手って…! それだけ渡して、彼女は去っていく。…まぁいっか、これからたまにぼこぼこにしてファンメールが飛んで来 続きはkoitoboxⅡで公開中です 帰り道の電車で、ゆまちゃんが外の景色に目を輝かせているのをやちよさんと一緒に微笑みながら眺めている。 楽しかった?と聞くと満面の笑みが帰ってきた。…いろいろあったし、治療を頑張らせてしまったけど楽しい思い出にはなってくれたみたいで本当によかった。 …この旅行のあとしばらくしてから、神浜大付属の方に通うことになるらしい。新品のランドセルに目を輝かせる彼女のことを、私は多分一生忘れないだろうと思う。 ……これから。 この旅行は私にとって、ある種の覚悟を決めるためのものだったように思う。今まで出会ったことがなかった、敵対的な魔法少女の存在。 一人だけで戦う時の覚悟と、戦い方。 これから先、いつだって誰かがいるわけじゃない。…見滝原では一人、私を知らないのに助けに来てくれた魔法少女がいたけれど、いつだってそんな人がいるわけでもない。 だから二日間で私が決めた覚悟は、私のいつかを遠くに追いやる一助になってくれたらいいなと思う。 …少し、疲れた。 目を閉じて、力が抜ける。隣の席のやちよさんの肩に身を預けて、やがて柔らかな手が頭に触れて髪を漉く感触に微睡んで、夢の中へと落ちていった。