泥の中に沈んでいくような感覚。 底なし沼のような昏い闇の中に、ゆっくりと飲み込まれていくような感覚。 上も下も、右も左も分からない。 ただ、果てのない暗闇だけがどこまでも広がっていた。 何か声を上げようにも喉は震えず、身体は金縛りに遭ったかのように動かない。 手を伸ばそうとしても、指先一つ動かせない。 足を動かそうとしても、何かに包み込まれているかのように、ぴくりとも反応しなかった。 まるで、身体そのものが自分のものではなくなってしまったかのようだった。 ——けれど、不思議と恐怖はなかった。 むしろ、どこか安らかな気持ちで、心地よい暖かさに身を任せている自分がいた。 (‥‥あったかい) それは、冬の寒い日に毛布へ潜り込んだ時のような。 あるいは、幼い頃、誰かに抱き締められた時のような。 そんな、懐かしくも優しい温もりだった。 ふと、暗闇の向こうから何かが伸びてきた。 ——手だ。 白く、細く、しなやかな指を持つ、誰かの手。 その手が、僕の頬にそっと触れる。 ひんやりとしているはずなのに、不思議と冷たさは感じなかった。 むしろ、触れられた場所からじんわりと温もりが広がっていく。 続いて、もう一本、さらに、もう一本。 気付けば、暗闇のあちらこちらから、沢山の手が伸びてきていた。 ある手は髪を梳くように頭を撫で、ある手は肩を優しく包み込む。 また別の手は、僕の指に自分の指を絡めるようにして、そっと握ってきた。 胸元に添えられる手、背中を支える手。 腕を包み、脚に触れ、まるで壊れ物を扱うように僕の身体を慈しむ手。 数え切れないほどの手が、僕を取り囲んでいた。 ぼんやりとした感覚に意識を委ねていると、その感覚が現実とリンクしていく。 それまで夢の中の出来事として受け入れていた感覚が、急に生々しさを帯び始める。 髪を撫でる指、肩を包む掌。 手首に添えられた、柔らかな感触。 それら一つ一つが、ぼんやりとした夢の感触から、確かな現実の感覚へと変わっていく。 衣擦れの音、誰かの息遣い。 微かに漂う、花のような甘い香り。 夢とうつつが繋がっていって、次第に感覚が研ぎ澄まされ、意識が浮上していった。 「‥‥ぁ‥‥?」 ぼんやりと目を開くと、視界に最初に入ってきたのは病的なまでの白。 アルビノですら、まだ血色による赤味があるというのに。 目の前に広がるそれは、そんな生物らしい色彩さえ持ち合わせていない。 まるで、降り積もった新雪に光を透かしたような。 あるいは、あらゆる色を塗り潰してしまったような。 そんな、現実離れした純白。 「——あら、起きちゃいましたか?」 カルテシア。 その姿を見た時に、頭に浮かんだのは彼女の名前だった。 彼女を僕は知っている。 だって、僕の持っているカードの一枚だから。 彼女はふわりと僕に近づいてきて、額を触る。 「随分と気持ちよさそうに眠っていらしたので、もう少しこのまま見ていたかったのですが‥‥」 そう言って、彼女は小さく首を傾げる。 「お目覚めになったのでしたら、仕方ありませんね」 どこか楽しそうな口調だった。 夢の中でも感じていた、あの奇妙な温もり。 それが、今もなお続いている。 いや、続いているどころか、意識がはっきりしてきたことで、その感触がより鮮明になっていた。 手首に感じる、柔らかな圧迫感。 二の腕を包み込む、温かな感触、肩に添えられた何か。 胸元や腹部、腰回りに至るまで、まるで全身を抱き締められているかのような感覚がある。 (‥‥これ、何だ?) 試しに右腕を動かそうとするが、動かない。 左腕も同じだった。 足も、腰も、ほとんど動かせない。 けれど、麻痺しているわけではなかった。 指先には感覚があるし、筋肉にも力は入る。 ただ、その動きを何かが妨げている。 しかも、それは硬い鎖や縄のようなものではない。 柔らかく、温かく、どこか弾力のある—— ゆっくりと、視線を下げる。 そしてそこには。 僕の肩を包み込む手、二の腕を掴む手、肘を支える手。 手首を握る手、指と指の間に絡みつくように添えられた手。 それだけではない。 脇腹にも、腰にも、太腿にも。 膝から足首に至るまで、数え切れないほどの白い手が伸びていた。 その全てが、僕の身体を掴んでいる。 痛くはない。 むしろ、驚くほど柔らかい。 けれど、びくともしなかった。 今度は脚を動かそうとする。 すると、太腿を包んでいた掌がぴたりと密着し、膝を支えていた指が、その動きを優しく押し留めた。 ぞわり、と背筋が粟立ったけれど、それと同時に、ある記憶が脳裏を掠める。 絵違いの方のカードイラスト。 彼女の背後から伸びる、沢山の手。 つまりこれは、全部カルテシアのものだ。 カルテシアは僕の困惑した表情を見て、くすりと微笑んだ。 「どうですか? 『私達』の手は。痛くないと良いのですが‥‥」 理解が追いつかない。 そもそもカードの中の彼女が現実に現れていて、こうして捕まって‥‥ そう思いながら、無意識に視線を向ける。 そして。 「‥‥あ」 今度こそ、本当に思考が真っ白になった。 目の前のカルテシア、その姿を、改めて見てしまったからだ。 最初に目を覚ました時、視界を埋め尽くしていた純白。 雪のように白い髪、血の気を感じさせないほど白い肌。 異様な状況に気を取られて、今まで気付かなかった。 カルテシアの肩が見える。 それ自体は、別に不思議ではない。 けれど。 その肩から続く鎖骨も、胸元へと続く白い肌も。 純白の中で唯一桜色に色づく場所も、一切、布に覆われていなかった。 「服、着て‥‥ない?」 ようやく絞り出した言葉に、カルテシアはぱちぱちと瞬きをした。 それから、自分の身体へと視線を落とす。 「あら」 まるで、今初めて気付いたかのような声。 「ふふっ。そんなに驚かれることですか?」 カルテシアは悪戯っぽく笑うと、白い胸を揺らしながら、少し顔を寄せてきた。 彼女はそのことを気にするどころか、むしろ僕の反応を確かめるように、少しだけ身を寄せてきた。 「そんなに恥ずかしいですか?」 「‥‥っ」 反射的に、顔を背ける。 すると、くすくすと笑う声が聞こえた。 「困りましたね。これから貴方を犯すつもりだというのに、この程度で恥ずかしがっていただいては」 「‥‥は?」 あまりにも唐突な言葉だった。 一瞬、意味を理解できなかった。 「今、なんて?」 「ですから、貴方を犯すつもりなのです」 彼女は、まるで今夜の予定を告げるような穏やかな口調で繰り返した。 「そのために、私はこうして実体化したのですから」 絶句する僕を見て、カルテシアは小さく首を傾げる。 「あら。もしかして、恥ずかしいから目を逸らしたのではありませんか?」 「‥‥違う」 「では、どうして?」 「‥‥それは」 言葉が詰まる。 どう説明すればいいのだろう。 目の前にいる彼女は、確かに美しい。 けれど、僕が目を逸らした理由は、単なる羞恥心ではなかった。 もっと根本的な、僕にとって、決して無視できない理由があった。 「‥‥それは、見ちゃいけないでしょ、僕は」 ぽつりと、そう答えた。 すると、カルテシアの笑みが、止まった。 「どうして、そのように思われるのです?」 僕は、少しだけ迷った。 けれど、彼女のことを知っている以上、黙っているわけにはいかなかった。 「‥‥だって、その身体は‥‥エクレシアの、身体だろ?」 その瞬間、僕を拘束していた無数の手が、ぴたりと動きを止めた。 「‥‥ああ」 カルテシアが、小さく息を吐いた。 「やはり、そうなのですね」 その声音には、驚きがなかった。 むしろ、予想していた答えを聞いたかのような、静かな納得があった。 エクレシア。 本来、目の前の身体は、彼女のものなのだ。 過去の聖女たちの魂を入れられ、混じり合い、虚ろな自我となった姿。 それが、カルテシア。 僕を掴んでいるこの無数の手だって、犠牲となった聖女たちのもの。 その背景を知っているからこそ、僕には、この光景を単純に受け入れることができなかった。 「‥‥ふふ」 その笑い声は、不思議なほど寂しげだった。 「本当に‥‥」 白い指が、僕の頬に触れる。 「やっぱり、貴方は、そういう方なのですね」 「‥‥え?」 「ええ。分かっていました」 彼女は、ゆっくりと頷いた。 「だからこそ、私達はこうするしかなかったのです」 「どういうこと?」 「ただ実体化して、貴方の前に現れるだけでは‥‥貴方は、私達を受け入れてくださらないでしょう?」 一拍。 「『その身体はエクレシアのものだから、僕なんかが触れるわけにはいかない』‥‥と」 「‥‥っ」 図星だった。 あまりにも正確に、僕の考えを言い当てられてしまった。 「だから、困ってしまったのです、貴方が優しい方だということは、よく知っていますから」 カルテシアは、僕の手を取った。 正確には、僕の手首を掴んでいた無数の手のうちの一本が、ゆっくりと指を開いたのだ。 その代わりに、彼女自身の手が、僕の掌を包み込む。 「例え私達が実体化しても、きっと貴方は、私達を‥‥というよりも、物語の中のエクレシアを穢さないように距離を置く。そして、その距離を決して越えようとはなさらない」 彼女は、僕の目を真っ直ぐに見つめた。 「たとえ、私達自身がそれを望んだとしても」 「‥‥だって、それは」 「エクレシアの身体だから、ですか?」 彼女は、自分の胸元に手を添えた。 「この身体が、エクレシアのものであること。それは間違いありません」 その言葉に、僕は思わず彼女を見た。 カルテシアは、静かに続ける。 「けれど、今こうして貴方とお話ししている『私達』は、エクレシアではないのです」 「貴方が呼んでくださった時。必要としてくださった時。指先がカードに触れる度に。その温もりを感じていた魂が、幾つもありました」 白い手が、僕の肩をそっと撫でる。 「その中に、貴方に惹かれた者たちがいたのです」 「‥‥」 「一人ではありません」 カルテシアは、柔らかく笑った。 「二人でも、三人でもありません」 周囲の手が、力を入れる。 幾本もの白い指が、まるで花弁のように広がっていく。 「貴方に呼ばれることを喜び、貴方に選ばれることを幸せに思い‥‥いつしか、貴方自身を愛おしく思うようになった魂たち」 その声は、どこか重なって聞こえた。 一人の少女が話しているはずなのに。 その奥に、幾つもの声が潜んでいるような。 「その想いが集まり、表層に現れたものが‥‥私達なのです」 「‥‥それでも、身体はエクレシアのものだろ」 「ええ」 「‥‥だったら、やっぱり」 「ふふっ」 カルテシアが笑った。 「そうおっしゃると思っていました‥‥だから、こうしているのですよ」 僕を包む無数の手。 それぞれが、僕の身体をしっかりと掴んでいる。 「貴方は優しいから、絶対に思いに応えてはくれない‥‥ならば、もう無理やり距離を詰めてしまうしかないでしょう?」 カルテシアは、悪戯っぽく笑う。 「今から、貴方を犯します。エクレシアの身体を使って」 「‥‥っ!」 「貴方の倫理観を押し退けてでも、私達のものにしてしまうのです‥‥その罪悪感ごと、ぜんぶ」 それは、恐ろしい宣言のはずだった。 けれど、彼女の瞳には、慈愛すら宿っているように見えた。 「それに‥‥こんなに近くで『私達』を見ているのに、顔を背けてしまうのは酷いです」 「でも‥‥」 僕は、何かを言おうとして、言葉が詰まってしまう。 僕の倫理観としては、やっぱり目の前の身体はエクレシアの物だし、エクレシアはアルバスと結ばれるべきで‥‥ だけど、それを告げる事が彼女達への拒絶になってしまう事を考えると、それ以上は言えなくて。 不意に、カルテシアが口を開いた。 「‥‥それにしても」 僕の頬に添えられていた白い手が、するりと離れる。 その代わり、彼女は人差し指を自分の唇に当て、何かを思い出したように微笑んだ。 「一つ、気になっていたことがあるのですけれど」 「‥‥何?」 「ふふっ。貴方、先ほどからこうおっしゃっていますよね?」 彼女は、にこやかな笑顔を浮かべたまま、小さく首を傾げる。 「エクレシアはアルバスと結ばれる筈で、その身体を持つ私達とは、そういう関係になれない、と」 「‥‥そう、だけど」 「なるほど、なるほど」 うんうん、と頷くカルテシア。 その仕草は、どこか楽しそうだった。 そして。 「‥‥でも、おかしいですね?」 「‥‥何が?」 「貴方が私達を使ってくださっていたデッキ、どれも『烙印』入りではありませんでしたよね?」 「え?」 「ふふっ」 カルテシアは、悪戯っぽく笑った。 「アルバスと結ばれるべき、とおっしゃる割には‥‥私達、アルバスと一緒に戦った記憶がほとんどありませんもの」 「ウィッチクラフト、ティアラメンツ、シャドール‥‥むしろ、他の方々とご一緒することの方が、ずっと多かったような‥‥?」 彼女は、わざとらしく考え込むように首を傾げる。 「おかしいですねぇ。私達の記憶違いでしょうか?」 確かに、確かにそうなのだ。 僕はカルテシアを何度も使っていた。 けれど、それは『烙印』のパーツとしてでなく。 むしろ、彼女の効果を活かして、別のデッキへ採用していた。 彼女自身が物語の中でどのような存在であるかとは、また別の話として。 カードとしての性能を見て、自分のデッキに必要だと思って、何度も、彼女を選んでいた。 「‥‥それは、まあそういう事もあるだろ」 すると、カルテシアは嬉しそうに目を細めた。 「ええ。そうなのです!まさに、そこなのですよ!」 彼女は、僕の手を包んでいた掌を少しだけ持ち上げる。 「貴方にとって、私達は『赫の聖女カルテシア』というカードでした」 「‥‥‥‥」 「物語に登場する存在でありながら、貴方のデッキの中では、その物語とは異なる役割を与えられていた」 彼女は、ゆっくりと言葉を重ねる。 「貴方が私達を呼ぶ時、そこにアルバスがいる必要はありませんでした」 「‥‥うん」 「それでも、私達は貴方に呼ばれて、力を振るうことができた」 彼女は、穏やかに微笑んだ。 「そして、私達はそれが‥‥とても嬉しかったのです」 「‥‥嬉しかった?」 「はい」 迷いのない返事だった。 「だって、貴方は私達を必要としてくださったのでしょう?」 白い指が、僕の掌をそっと撫でる。 「このカードがあれば、こんなことができる。この組み合わせなら、もっと面白いことができる。そんなふうに考えながら、私達を選んでくださった。それは、私にとって、とても幸せなことでした」 その言葉には、責めるような響きは少しもなかった。 むしろ、心から喜んでいるようだった。 「ですから、勘違いなさらないでくださいね?」 カルテシアは、くすりと笑う。 「別に出張要因だからって、怒っているわけではありません」 「‥‥そうなの?」 「もちろんです」 彼女は頷いた。 「むしろ、私達自身の力を見て、私達を選んでくださったことが嬉しかったのですよ」 そう言って、彼女は少しだけ身を乗り出す。 「‥‥でも、それって不思議だと思いませんか?」 「‥‥何が?」 「貴方は、私達を物語に縛られ、その通りになる存在だと考えていらっしゃる」 彼女は、僕の目を真っ直ぐに見つめた。 「けれど、貴方自身は、カードである私達を、その物語から切り離して使ってくださっていた」 そして、カルテシアは。 もう一つ言いたい事があると、口を開いた。 「それに‥‥貴方は、先ほどから随分と私達との間に線を引こうとなさいますけれど‥‥」 「‥‥?」 「‥‥結構、私達のことがお好きなくせに」 ぷくっ、と。 彼女の頬が膨らんだ。 思わず、間の抜けた声が漏れる。 今まで穏やかに微笑んでいたカルテシアが、突然むくれたのだ。 しかも、どこか拗ねたような目で、じっとこちらを見つめている。 「‥‥な、何?」 さっきまでの神秘的な雰囲気はどこへ行ったのだろう。 目の前にいるのは、どう見ても機嫌を損ねた女の子だった。 違和感を覚えるような表情、それはある意味で、彼女が物語の中のカルテシアその物と違う事を表すような。 もっとも、その女の子は今、無数の白い手で僕の全身を拘束しているわけだけれど。 「私達、知っているんですよ?」 「‥‥何を?」 「貴方が、私達のカードをどれだけ大切にしてくださっているのか」 そこで、彼女は再び頬を膨らませた。 「‥‥それなのに、私達を好きになるわけにはいかない、だなんて」 「いや、それは」 「だって」 カルテシアは、僕の言葉を遮るように続けた。 「私達のカードをイラスト違いにするためだけに、あんなに高価なセットを三つも買ったではありませんか」 「しかも、欲しかったのは私達のイラスト違いだけだったのでしょう?」 「‥‥‥‥」 「他のカードは、ほとんど使わずにコレクションとして保管していらっしゃいますし」 「‥‥そ、それは」 「ふふっ。知っていますよ?」 カルテシアは、少し得意げに微笑んだ。 「だって、私達は貴方のカードなのですから」 カルテシアは、にっこりと笑った。 「私達のイラストが、お好きだったのですよね?」 「‥‥うん」 「しかも、三枚とも揃えたかったくらいに‥‥それで、結構なお値段のセットのを」 「‥‥っ、ふふふっ」 楽しそうな笑い声が響いた。 (‥‥なんか、ものすごく恥ずかしいんだけど!) いや、別に悪いことをしたわけではない。 欲しいカードのために商品を買った。 ただ、それだけの話だ。 カードゲームをしている人間なら、珍しくもないことだろう。 けれど、そのカードに描かれている本人から、こんなふうに指摘されるとは思わなかった。 「‥‥別に、いいでしょ」 「ええ。もちろんです」 カルテシアは、あっさりと頷いた。 「とても嬉しかったですよ?」 「ああ、そうでした」 何かを思い出したように、ぽん、と手を打った。 「一つ、先にお伝えしておかなければなりませんね」 「‥‥何?」 「ふふっ。ご安心ください」 彼女は、妙に真剣な顔で頷いた。 「通常の絵柄の私達が、イラスト違いの私達に嫉妬している、なんてことはありませんからね?」 またしても、思考が止まった。 「‥‥え、何の話?」 「ですから、カードを入れ替えたことについてです」 カルテシアは、丁寧に説明するように続けた。 「貴方は元々、通常の絵柄の私達を使ってくださっていたでしょう?それを、イラスト違いのカードに交換なさった」 「‥‥まあ、そうだけど」 「ですから、元々使われていた私達が、寂しがっているのではないかと気にされるかもしれませんので」 彼女は、嬉しそうに微笑んだ。 「別々の私がいて、片方が選ばれなかったことを恨んでいる‥‥とかはありませんから大丈夫ですよ?私という精霊は、貴方が持つカルテシアの概念の集合体みたいな感じですから」 「‥‥そうなの?」 「ええ、そうですよ」 彼女は、こくりと頷いた。 「貴方が何枚私達を持っていても、嫉妬したり、怒ったりしませんからご安心くださいね?」 そこはまあ、確かに言われてみればちょっと気になったかもしれないけど。 とりあえず問題が無いのならそれでいいのだろう。 問題はそこでは無い‥‥とは思うのだけれども。 そして、カルテシアはふと、何か良い事を思いついたように微笑んだ。 「そういえば、あの絵柄」 にこぉ、と。 何とも悪戯っぽい笑みが、彼女の顔に浮かぶ。 「あの絵柄は、おっぱいが随分大きく映っていましたものね♡」 思考が停止した。 「は?」 「ですから、イラスト違いの私達です」 カルテシアは何でもないことのように言いながら、僕の目の前で身体を僅かに左右へ揺らした。 ゆらり。 それにつられて、露わになった豊かな乳房が揺れる。 ぷるん♡ 反対へ。 ぷるん♡ 先ほどまで「見る権利がない」だの「エクレシアの身体だから」だのと散々考えていた理性が吹き飛ぶ。 雪よりも白い肌。 その胸元で、柔らかな肉が重力に従って、柔らかそうに揺れている。 「視線は正直ですね♡」 カルテシアはくすくすと笑った。 「さっきまで、あんなに必死に目を逸らしていたのに」 「‥‥っ」 反論しようとして、言葉が出ない。 実際、僕は彼女の胸を凝視していた。 無意識のうちに、目が釘付けになってしまっていた。 「‥‥やっぱり、好きなものは、身体が勝手に見てしまうのですね♡」 「ち、違っ」 「違わないですよね?」 カルテシアは、小さく首を傾げた。 「‥‥あら♡」 カルテシアの笑みが、ふと止まった。 「ちゃんと、魅力的だと思ってくださっているのですね」 「‥‥!」 その一言で、何を指摘されたのか理解した。 同時に、自分でも否定しようのない身体の変化を意識してしまう。 さっきから散々、目の前で裸身を見せつけられて、胸を揺らされて、耳元でからかわて。 理性では必死に線を引こうとしているというのに——身体は勝手に反応して、はっきりと勃起していた。 「これはその‥‥反射みたいなもので」 「ええ。だからこそ、嬉しいのです」 「‥‥へ?」 カルテシアの声から、からかうような調子が少しだけ薄れた。 「貴方の理性が何を考えているのかは、私達も分かっています」 彼女は静かに言う。 「極端なお話ですけれど。女の子の身体なら、相手の身体が反応していなくても、無理に行為へ及ぶこと自体はできてしまうでしょう?でも、男の人は違うじゃないですか」 その声は、あくまで穏やかだった。 「だから、どれだけ私達が強引な手段を選んでも、貴方の身体がどう頑張っても硬くならないのでしたら——そこだけは、私達にもどうしようもありませんでしたし♡」 ふふっ、と小さな笑い声が漏れる。 「私の身体がちゃんと魅力的だって証明してくださって、もう、襲えない理由は無くなっちゃいました♡」 彼女は、頬を朱に染めながら、嬉しそうに目を細めた。 「それじゃ、改めて♡」 彼女は、両手でこちらに体重をかけ、腰を上げる。 気が付けば、器用にベッドから生えてる手にズボンが脱がされていて、 彼女は、ゆっくりと、熱い粘膜を持った秘裂を、亀頭に触れさせる。 柔らかく濡れた感触に包まれたと思うと、次の瞬間、一気に奥まで引き込まれた。 ぐぷり、と。 「んっ♡」 カルテシアが小さく喘ぎ、僕の耳元で熱い息をこぼす。 「ふふっ‥‥思ったよりも、簡単に入りました♡」 「‥‥っ」 鮮血が、白い肌に伝う。 けれど、そのことを気にする様子もなく、彼女はゆっくりと腰を動かし始めた。 「‥‥やっぱり気にします?」 彼女は、どこか悪戯っぽく尋ねてくる。 「‥‥そりゃ」 「まあ、聖女の身体だった訳で、そこからカルテシアになるまでの間に、そういう事になる事が起きて無いわけですしねぇ」 水音が、狭い部屋に響く。 「勿論、貴方がこれを駄目な事だと思ってるのは知ってます。ですが、貴方の倫理観を押し退けてでも、私達のものにしてしまいますからね♡」 彼女の言葉と共に、規則正しく腰が揺れ、粘膜が擦れ合う。 「んっ♡ はぁ♡ んぅ♡」 甘い吐息が耳元にかかるたびに、胸が苦しくなる。 腰の動きが次第に激しくなり、ぬるりとした蜜路が脈打つたび、僕の神経を灼き抜いていく。 一度穢してしまった物を元に戻す術はなくて、ならばもう溺れてしまえという声が頭の中でして。 それと共に彼女の手が、優しく、けれど逃がさないように僕の指を絡める。 「ほら♡ 貴方の倫理観なんてもう関係ないです♡」 彼女の艶っぽい声が漏れ出る。 「もう、私達のことしか考えられないくらい気持ち良くしてあげますから♡」 「‥‥っ」 甘く囁く声。 僕の上に跨がる彼女が、ぷるん♡と、そのたわわな胸を揺らす。 それを見て、息を呑む。 「‥‥大好きでしょ?♡」 カルテシアは、僕の顔を覗き込み、愉しげに問いかけてくる。 それは、胸の事か、彼女の事か。 判断がつかないまま、熱に浮かされたまま、僕は小さく頷くしかなかった。 「はーい、いい子ですね♡」 彼女は満足げに微笑むと、両手でそっと僕の頬を包み込む。 そのまま、優しく額を重ねてきた。 互いの吐息が混ざり合う。 「‥‥♡」 彼女の舌が、僕の唇をなぞった。 湿った温もりが、じわりと沁み込む。 「‥‥っ」 カルテシアは、微笑を含んだ唇を、そのまま軽く触れさせた。 一度、二度、三度。 啄むような、けれどどこか執拗なキスが繰り返される。 「んっ‥‥♡ ちゅ♡ ちゅぷっ‥‥♡」 唇同士が、ぬめりを伴って吸い合った。 彼女の唇は、しっとりとしていて、柔らかく、まるで果実に歯を立てた時のように、控えめながらも確かな甘さがあった。 「‥‥んっ♡ はぁ‥‥♡」 舌が、ぬるりと滑り込んでくる。 僕の舌を探るように、内側の柔らかな部分を丹念に舐めていく。 唾液が絡まり、擦れるたびに、背筋を走る快感が増していく。 カルテシアは唇を離すと、小さく笑った。 穢さない事は出来なかったけど。 このまま拒否し続ける事は出来る。 だけど。 「はぁ‥‥♡ ほら♡ こうやって動くと気持ち良いでしょう♡」 彼女の身体は熱く、柔らかい肉襞がぬるぬると絡みつき、腰を振るたびに膣内の壁が、じわじわと快楽を送り込んでくる。 こんなにも僕を愛してくれる存在の愛を、自分の中の正しさと違うからと拒否するのは、それはそれで間違いな気がして。 ならばもう、沈むしかなかった。 「っく‥‥」 射精の衝動が、堪えきれずに押し寄せる。 我慢しようとした抵抗は、柔らかな肉にあっさりとこそぎ落とされる。 「‥‥あ♡」 カルテシアは、ふふっと喉を鳴らした。 「‥‥んっ♡ 出ちゃってますね‥‥♡」 腰を跳ねさせた僕の体を抱きしめるように、さらに深く密着してくる。 「‥‥全部出して下さいね?♡」 彼女の指が、僕の指を包み込む。 「んっ‥‥ふふ♡ ちゃんと、私の身体で気持ち良くなってもらえて良かったです♡」 耳元で囁く声は、満ち足りていた。 「‥‥ふぅ♡ うんうん、ちゃんと出せましたね♡」 彼女は微笑みながら、僕の手をぎゅっと握った。 「‥‥これから、たっぷり愛して差し上げますね?」 カルテシアの腰が再び、ぬるりと動き出す。 先ほどまでの快感が、残滓となって腰の奥にまだ燻っていた。 しかし彼女の動きは、それを掬い上げるように、僕の神経を再び引きずり出す。 「‥‥っ」 快感を覚え込まされたばかりの身体は、刺激に対して抗いようもなく反応してしまう。 「んっ‥‥ふふ♡ 可愛い♡」 彼女の艶やかな声が、鼓膜を撫でた。 「そんなにぎゅっと目を閉じて‥‥頑張って耐えてるんですね♡」 囁く声と同時に、腰を打ち付ける律動が容赦なく続く。 ぬるりと秘裂が擦れ合い、柔らかく搾り取ろうとする肉襞が、僕の意識を快楽の坩堝へ引き摺り込んでいく。 「ほら♡ もっと気持ち良くしてあげますからね♡」 彼女の指先が、僕の手の甲を優しくなぞる。 それだけでも、堪えようとしていた喉が僅かに鳴る。 「あらあら♡ またすぐに出そうになっちゃいます?」 愉しげな声。 僕の理性を完全に蕩かすように、腰使いは徐々に大胆になっていった。 「えい♡ えい♡ もう一度出しましょうね♡」 「‥‥っく!」 二度目の射精は、抵抗の余地なく放たれた。 頭が真っ白になるほどの快楽が、脳を灼く。腰から下が溶け落ちそうな感覚に襲われ、全身が痺れていく。 「‥‥あ♡ 出しましたね♡」 彼女の声が、耳元で甘く揺れた。 「ふふ‥‥えらいですよ♡」 カルテシアは、親指の腹で頬をそっと撫でてきた。 その優しい仕草さえも、今の僕には甘美な毒にしか感じられない。 「さて、一度休憩にしましょうか♡」 彼女の腰が結びついたまま、一番奥で止まる。 その位置が、心臓を貫かれるような熱をもたらした。 「‥‥まだ、終わりじゃないですから♡ ちゃんと休憩しないとですね?」 そう囁く彼女の声は、甘いながらも、どこか逃れられない檻の響きを孕んでいた。 正直2回だけでも、大分消耗はしているのだけれども。 「ええ、大体6割位の私達が貴方の事が大好きでたまらないんです♡」 「‥‥何の六割?」 「魂です」 さらりと言われた。 「私を構成している魂は、六百六十六」 それは知っている。それだけの数の聖女が犠牲になったのだと。 「その全てが、今こうして表へ出ているわけではありません」 彼女は自分の胸元へ手を添えた。 「今の私——こうして貴方の前に実体を持って現れている『カルテシア』の主体になっているのは、その中でも貴方を好きになって‥‥」 そこで彼女は、妙に嬉しそうに頬を染める。 「貴方と、そういうことをしたいと思ってしまった子たちなのです♡」 「‥‥‥‥」 「もちろん、残りの四割も、好意は持ってるけど信頼に近い、とか‥‥諸々ですが、貴方を嫌いな魂が居るって訳じゃないですよ?」 そう言うと彼女は、にっこりと悪戯な笑みを浮かべた。 「だから、あと大体四百回は、頑張りましょうね?」 「‥‥‥‥は?」 その言葉が頭に届いた瞬間、脳がショートしそうになる。 数秒、意味を理解するまでに時間がかかった。 四百回? いったい、どんな単位の話だ。 いや、さすがに冗談だろう。比喩表現に決まってる。 そう思いながら、彼女の顔を見る。 「‥‥ふふ♡」 「‥‥よん、ひゃく‥‥?」 「はい♡」 「‥‥回?」 「はい♡」 聞き間違いではなかった。 カルテシアは、平然と言ってのけた。 まるで、コンビニに飲み物を買いに行くくらいの気軽さで。 「ちょ、ちょっと待って!?四百回って何の冗談!?」 「冗談じゃないですよ?」 カルテシアは、頬に手を当てて首を傾げる。 「だって、六百六十六体の魂が私を作ってますよね?」 「‥‥まあ、そうだね」 「そのうちの大体六割が、貴方に好意を持ってくれていますから」 「‥‥‥‥」 「全員分、愛してもらう必要があります♡」 にこにこと笑顔を浮かべるカルテシア。 一方で、僕の思考は凍りついていた。 さっき二回出しただけで、体力的にかなりきついのに。 「え、無理じゃ‥‥?」 「ちゃんと、無理のない計画を考えてありますよ?」 そう言って、カルテシアは指を折りながら、淡々と説明を始めた。 「一日四回ずつ愛していただいて、大体百日ですね♡」 もう言葉が出なかった。 「それじゃ、休憩も終わったので動きますね♡」 限界だった筈なのに、腰の上でカルテシアが跳ねると、すぐに屹立する。 そうして、最後の一滴まで容赦なく搾り取られて、僕の意識は静かに闇へと沈んでいった。 次に目を開けた時。 「あら」 真っ白な少女が、僕の顔を覗き込んでいた。 「おはようございます♡」 「‥‥」 「よく眠れましたか?」 「‥‥気絶したんだよ」 「まあ」 カルテシアは頬へ手を添えた。 「では、よく気絶できましたか?」 「そういう問題じゃない‥‥」 そして、胸の奥に罪悪感が蘇る。 溺れてしまったけど、彼女の身体は元はエクレシアの物で、更にそれは純潔でさえあった。 僕が犯してしまった。 「あ、後悔はダメですよ?」 彼女が指を振る。 「一応エクレシアからは、身体を使う許可はいただいているんですから?」 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥え?」 「はい。『私達はマスターと結ばれたいのですが、そのために貴女の身体を使わせていただいてもよろしいでしょうか』と」 「魂なのに、あんなに赤面出来るものなのですねぇ」 「‥‥‥‥」 その光景が妙に鮮明に浮かんだ。 『自分の身体を使ってもいいか』 それだけでも十分に恥ずかしい。 しかも用途が。 自分の想い人ではない男と、そういう関係になるため。 エクレシアからすれば、とんでもない話だったはずだ。 「最初は、『えっ』と。それから、意味を理解して、真っ赤になりました」 「だろうね‥‥」 「『わ、私の身体で!?』と」 カルテシアは思い出すように目を細めた。 「だけど。——私達が、幸せになれるのなら、と、赦してくれたのです」 彼女は微笑んだ。 「それならそうと、最初に言ってくれれば‥‥」 当のエクレシア本人は、事情を知った上で。 犠牲になった聖女たちが幸せになれるのなら、と。 死ぬほど恥ずかしがりながらも、身体を使うことを許していたという。 「先にそれを知ってたら‥‥」 「——余計に苦しんだでしょう?」 言葉を遮られる。 カルテシアは笑っていた。 「エクレシアを尊重する為に、貴方は私達を受け入れられない」 「‥‥‥‥」 「けれど同時に、そのエクレシア自身は、犠牲になった私達のために勇気を出して許可してくれた」 「‥‥‥‥」 「私達を拒めば——」 カルテシアは静かに続ける。 「『自分はエクレシアを尊重している』と思える一方で、『エクレシアが私達のためにしてくれた厚意を、自分が無駄にしているのではないか』と考えたでしょう?」 胸の奥を、そのまま言葉にされたようだった。 「そして、もし私達を受け入れれば」 白い指が、そっと頬を撫でる。 「今度は、『本当にこれでいいのか』『エクレシアは優しいから無理をしただけではないのか』『彼女の厚意に甘えているだけではないのか』と」 「‥‥結局、どちらにせよより苦しむだけじゃないですか」 カルテシアの指が、僕の頬を優しくなぞる。 「そうして苦しんで進めない位なら、私達が無理矢理押し倒して進めた‥‥その方がいいでしょう?」 カルテシアは、僕の顔を覗き込んだ。 「それに、一度してしまえば」 ほんの少し、悪戯っぽく目を細めて。 「もう、吹っ切れてしまいますよね?」 今でも、あの考え方自体は間違ってないと思う。 カルテシアの身体はエクレシアの身体であることは事実。 エクレシアには、アルバスという大切な存在がいることも事実。 だから、自分が触れるべきではない。 その考え方は一つの正しい答えだろう。 正論は、正論故に残酷だ。 正論を盾にすれば、僕は絶対に間違った側には立たなくて済む。 そして、カルテシアはその正論を論理や理屈で踏み越えられるわけがない。 それは拒絶とも等しい行為で。 そして、こうして思い返してみれば。 僕は僕の為に拒否していたのではないか、という事に気付く。 自分の持つ好意に蓋をし、正しい側に立つ事で潔癖でいようとした。 自身の好意に罪悪感を感じたくなかった、そんな気持ちが混じっていなかったかと言われればきっと嘘になってしまう。 だから、彼女はその正論を物理的に踏み越えるしかなかった。 それ自体は、悪い事かもしれない。 だけれど。 「どうしようも無かったんですよ」 そう、お互いにどうしようも無かったんだ。 だから、彼女の言う通り。 一度線を踏み越えてしまった今の視点から見れば、互いにそう考えるのは仕方なかったし、 間違いでもなかったように思う。 「‥‥とはいえ、毎日4回はちょっと多いかな」 「あら、これからも私達に応えてくれる、と考えて良いんですね♡」 「それは、まあ‥‥好きな子の事を蔑ろにするのも、間違ってるし」 カルテシアが、ほんの少し瞳を潤ませた。 頬が紅潮して、どこか嬉しそうな、けれど泣きそうにも見える、複雑な表情をした後、照れ隠しのように笑顔を浮かべた。 とりあえず僕は、これからは自分の好意に素直になる事にしよう。 それだけは、ちゃんと決めた。