がこん、という音とともに扉が開いた。どこかからの生臭い空気が部屋の中に忍び込む。 四つ足はそちらの方をちらりと見て、空気とともに入り込んだもう一つの四つ足に視線をやる。 体格は一回り大きい。といっても、体高そのものに対した差はないだろう。 威圧感を感じるのは、その比較対象が小柄であることに由来する。 大きな方の四つ足は、鼻をひくひくと鳴らしながら、元から部屋にいた方の周囲を回った。 硬い底面の上を、かつかつと爪が叩く。整然と並べられた床材はひんやりと冷たく、 冬、毛皮も脂肪もないような獣にはひどく居心地の悪い環境となろう。 だが壁も天井も、同じくしっかりと締め切られて出口は件の扉一つである。 がちゃんと鍵が掛かれば、四つ足どもはどこにも逃げることはできない。 大きい方は、一通り部屋と相手の様子を伺うと、低く唸って頭を下げた。 小さい方は、その声に応ずるように身体を縮こめて警戒と恭順を示した。 それを合図に、丸まった身体の上に大きい方がのしかかれば、もう勝負は決まってしまう。 多くの哺乳類のやる、身体を乗せての上下関係の承認、固定化―― その体勢は時に、飼い主たちから性的な色彩を帯びたものとして解釈される場合がある。 腰をかくかくと振るのだから、人間の尺度に当てはめて理解すれば自然、そうなろう。 この行為はそのどちらでもあった。ちょうど雄と雌の一対、共に若い個体だからである。 だが後者と解する場合、そこには根本的な矛盾――本能への反逆がある。 既に小さな方、雌の側は、その子宮に新たな生命を宿していた。 しかも十分に育った胎児は、外から見ても其の存在が明らかなぐらいに大きい。 妊娠中の雌に、妊娠させるための行為を行うのは、繁殖の観点からは無意味なことだ。 まして、床にも着きそうなほどに重たく実ったその腹、直に出産が始まってもおかしくない。 ならば、その胎が空いてからの方が――余っ程合理的というものではないか? それでも大柄な雄は、雌のに体重を掛けながら、その首輪に繋がる紐を咥えた。 赤い紐は、握り手の部分を誰にも掴まれていない。だから、事実上首輪に意味はない。 なのに、その儀礼的な首枷によって――雌は、己が囚われの身だと理解していた。 雄が、自分の首輪の紐を引くということは――お前を支配するぞという宣言ということも。 身重の胎に獣の性器が挿入されても、やはり雌はおとなしく、身体を開いている。 無抵抗に、雄たちに身体を差し出す方が、結果的な被害は小さくなると知っているのだ。 そうでもしなければ――胎児ごと、どんな目に遭わされたものか知れない。 他の部屋との仕切りに付いた大きな硝子窓から、向こう側の様子を知ることはできない。 ただ、ひそひそと声がし――時に、笑い声のようなものが聞こえてはくる。 壁一つ挟んだ先には、その様子を酒肴にする悪趣味な輩がいるか、 あるいは部屋中をじっと睨みつける、四つ角の小さな目――撮影機材たちが、 一部始終を、雌の胎内のそれとはまた別の商品として仕立て上げようとしている。 その冷酷な瞳に、雌はぶるぶると小さな身体を震わせるのであった。声がうっすら聞こえる。 その声には聞き覚えがあるようでもあったし、気のせいだったかもしれない。 いずれにせよ、そんな人の声を聞き覚える機会など――ここに囚われてから久しくなかった。 右腕には、少女の存在意義を示す、繁殖用、との文言が刻まれている。 真皮にまで到達した墨は、獣どもの爪で引っ掻かれたぐらいでは消えることはない。 そして胎の中の――人間のものでないことだけは確かな胎児も、同じく消えてはくれない。 日替わりで様々な獣と交わらされて、その精を子宮にぶちまけられているのだから。 犬。豚。馬。牛。哺乳類ならまだいい方だ。蛇、鰐、亀。海豚のいる水槽に落とされたことも。 そして彼らの流儀に従って、彼女は交尾に協力せねばならなかった――もし断れば、 頭に丸い穴が空き、獣どもの餌に仕事が変わるだけである。 捕虜として捕らえられ、生命だけは助けてくれと願った代償にしては――重くはあるまいか? だがもはや、生命への執着は――彼女を二つ足で歩かせる理由にはならなかった。 獣として扱われ、人権も尊厳もなく、餌は犬皿、身を清めるのだって自分ではできない。 冷たい水流を顔に身体に掛けられて――濡れ鼠のまま、ぶるぶる震えて乾くのを待つ。 人の言葉を話せば鞭打たれる。立ち上がってもまた打たれる。恐怖と疲労が心身に染み込み、 自分から何かをしよう、この境遇を脱しよう、との想いを完全に削ぎ取っていた。 与えられる餌を犬食いし、部屋に入ってきた獣と交尾し、疲れ果ててごろんと寝転がる。 その様を、連中は笑っているのである――自分たちに逆らった愚かな民兵の末路を。 そのためだけに、わざわざ彼女の子宮を作り変え、獣と交われるようにした。 人の子を宿すための場所に――穢れた四つ足の仔が寄生できるようにした。 お前はもう人としての生命を全うできぬのだと――あらゆる方法で、少女を辱めた。 唯一救いがあるとすれば、天使よ聖女よと護られてきた彼女を今も捜索する仲間たちに、 この姿を伝えてはいないことだ――しかしそれも、痛みにうずくまる彼女の姿を見れば、 今の今まで、もったいぶった理由がわかろうというものだ。硝子の目はしっかりと、 その小さな膣口――獣の性器で無残に掘り抉られ穿たれて腫れ上がった――から、 薄汚れた水の噴き出すのを捉えていた。腿を伝うその滴も余さずに。 背丈が小さい、ということは必然的に骨盤も未発達、ということになる。 それを無理やり押し開いて出ようというのだ――彼女のこれまでの人生において、 これだけの痛みがあったろうか?右の二の腕を貫通し今も跡の残る銃創でさえ、 比べてしまえば呆気なかったように思う――それが、ずっと続いているのである。 人の子のための子宮にいる異物を押し出し、あってはならない生命に見て見ぬふりをする―― 少女の全身は、今まさに、人間としての生と獣としての生の間に揺らいでいた。 そして同時に、未産婦と経産婦の境を――望まぬながらも越えようとしていた。 何か、が出始めている。しかしそちらを見ることはできない。単純に、角度が悪い。 その姿を確認することもまた恐ろしい。何が産まれ出ようとしているかも自覚せぬまま、 ほとんど悲鳴に等しい――一年ぶりぐらいに許された人語の断片を――無茶苦茶に叫ぶ。 床に立てられた爪は剥がれかけ、真っ赤だ。その痛みなど全く小さなもの。 めりめりと内側から音を立てて軋む骨は、生命を揺るがす恐怖感を与える。 産む、という行為がこれほどまでに辛く、恐ろしいものであったとは。 しかもそれが、獣畜生によって孕まされたおぞましいけだものの仔であるならば―― 自分の醜態、痴態が撮影されていることに気を回す余裕はどこにもない。 少女の股間から這い出ようとする赤黒い塊。耳の位置から、それは明らかに人ではなかった。 だがまだ、どの種の胤であるかを判別することはできない。仕切りの向こう側では、 どの生物の仔なのかを当てる賭けが、今まさに最高潮を迎えている。 肩がずるん、と出切った瞬間に締め切られた募集は――唸るような額の紙幣を巻き上げ、 狂喜とそれに倍する怒号と失望、少女への罵りの言葉の台風を吹き散らかした。 彼女の頭の中では、助けに来てくれない仲間たちへ縋る想いと――裏腹の、恨みつらみが募る。 吐物まみれの床をのたうち回り、羊水と血の中にぐるぐる回転し、涙と汗に濡れきって、 小さな母は、ようやく己の股間の――間から悍ましく伸びる肉の紐を見た。 その先には、自分の心拍の動きに連動するかのように、赤黒いものが呼吸している。 そしてその心臓は――まさに、まだ胎内に残る胎盤によって動かされているのだ。 そのことを自覚した瞬間、堪えきれない悲鳴ががらがらになった喉を潜り抜けた。 産んでしまった、もの。宿してしまった、もの。それが今、そこに、ある。 臍の緒という、否定できない確かな証拠とともに――自分に、繋がっている。 その絶叫は――彼女の仲間の心を折るには、十分すぎるほどに切実だった。