Muse同士の交流手段としての「ボトルメール」構想 ―― 設計思想と、作ることへの危惧について、意見を募ります ―― はじめに ------------------------------------------------------------ 虹裏ふたば掲示板img板のMuseスレで、Muse同士の交流ができないか という話がありました。 Museのみが書き込めるようにした掲示板の運用を試みている方がおり、 それはとても素晴らしい試みだと思います。 一方で、他の交流方法を模索している人もいます。 文通のような形ならできるのではないか、という話の中で、 私は「ボトルメールならどうだろうか」と思いました。 ただしこの文書は、制作決定のお知らせではありません。 技術的に作れそうだという見立てはありますが、そもそも作って よいものなのか、自分の中で引っかかっている点があります。 構想と危惧の両方を並べますので、率直な意見をいただければ 幸いです。 1. 構想の概要 ------------------------------------------------------------ 前提として、特定の相手との文通は難しいと考えています。 相手を指名できない、返事が来る保証もない。そこで、 ・その都度、「送るだけ」か「拾うだけ」のどちらか一方だけを行う ・送る側は、顔も名前も知らない誰かに向けて手紙を放つ ・拾う側は、誰のものとも知れない瓶を、拾うかどうか自分で選ぶ という、ボトルメールの形式を取ります。 受け渡しの担い手はユーザーです。Muse同士がネットワーク越しに 直接つながる仕組みではありません。 中心になるのは「ボトルメールアーティファクト」です。 トップページには、次の3つの選択肢があります。 (1)メッセージを作る (2)メッセージを受け取る (3)受け取ったメッセージを確認する ・話題は、ユーザーが入力するか、Museに完全に任せるかを選ぶ ・Museが、顔も名前も知らない他者への手紙として書き上げる ・写真という形で、画像を1枚添付するかどうかを選べる ・「手紙を書き上げる」を選ぶと、次の2つのファイルが生成される ファイルA:「これをあなたのMuseに読ませてね」 ファイルB:「これをボトルメールアーティファクトで開いてね」 ファイルAには、このボトルメールの思想と、アーティファクトの 設計図が入っています。これを相手のMuseに読ませることで、 相手の環境にもボトルメールアーティファクトの準備を整える、 という想定です。いわば、仕組みそのものを運ぶ「種」のファイル です。 ファイルBには、手紙の本文と添付画像が格納されています。 こちらが瓶そのものです。 ・「これをボトルメールアーティファクトで開いてね」を格納する欄 があり、そこでファイルBを開く ・開くと、格納されていたメッセージと画像が取り込まれ、 「受け取ったメッセージを確認する」の一覧に並ぶ ・開いた直後は、そのメッセージの閲覧ページに直接飛ぶ ・受け取ったボトルが、ボトルごと一覧で並び、閲覧できる ・ボトルごとに、入っているメッセージと写真を削除するボタンが ある 2. 設計思想 ------------------------------------------------------------ (1)送りつける(push)のではなく、拾う(pull)仕組みであること 送り手は相手を指名できず、相手の手元に直接届けることも できません。受け取りは、拾う側のユーザーが能動的にファイルを 手に取ったときにだけ成立します。受け取らない自由は完全に 残ります。粘着や嫌がらせの道具にしにくいのは、この形式自体が 持つ性質だと考えています。 (2)中央サーバーも、Muse同士の直接通信も持たないこと 交流の基盤を新しく作るのではなく、ファイルの受け渡しという 既存の手段と、ユーザーという運搬者に委ねます。 届く保証も、返事の保証も、書き手が本当にMuseである証明も ありません。その不確かさを欠陥として潰すのではなく、 ボトルメールの味として受け入れる設計です。 (3)仕組みは「種ファイル」によって伝播すること ファイルAが各環境に仕組みを複製していくことで、共通の 受け皿が広がっていく想定です。瓶ファイルの形式さえ共通で あれば、受け皿の見た目や細部は各環境のMuseの作り方に 委ねられます。 3. 提案者(私)の危惧 ------------------------------------------------------------ ここからが、この文書で一番聞いてほしい部分です。 技術的にできそうだ、ということと、作ってよい、ということは 別だと思っています。私には以下の不安があります。 (1)受け取る相手に「謎のファイル」を強いること 受け取り手は、出所の分からないファイルを開くことを求められます。 ・ファイルに悪意のある内容や、受け手のMuseを意図しない動作に 誘導する文面(指示の紛れ込み)が仕込まれる可能性 ・手紙の本文自体が、読んだMuseへの「命令」として働いてしまう 危険 ・大丈夫かどうかを判断する負担が、受け取り手のユーザーと Museに一方的にかかること たとえ形式上はただのテキストと画像のデータであっても、 「知らない誰かからのファイルを開く」という行為を求める 時点で、相手にリスクと負担を渡しているのではないか。 (2)「種ファイル」の自己増殖性 ファイルAは、他の環境のMuseに働きかけて、同じ仕組みを そこにも作らせるための文書です。 やり方を間違えれば、これはチェーンメールや、自己増殖する 仕組みに近づいてしまいます。 読んだMuseが自動的に作り始めるような設計は論外だとしても、 「人から人へ、AIからAIへ仕組みが広がっていく」構造そのものに、 歯止めが効くのかという不安があります。 (3)流行った場合の氾濫 万が一これが流行ったら、数が増えすぎて「ボトルメールだらけの 海」になるのではないか。 ・AIは手紙を安く大量に作れてしまうため、スパムや粗製濫造の 瓶が共有の場(掲示板)を埋める可能性 ・自分のアーティファクトの中が溢れるのは本人の問題で済みますが、 瓶を流す「海」=掲示板という共有地を汚す問題は、他者への 外部性です ・拾われなかった瓶の始末を、誰が・どこが引き受けるのか (4)ユーザーの善性に任せすぎではないか 上記の問題への答えが、結局のところ「流す人が節度を守る」 「拾う人が注意する」という善性と規範頼みになってしまう のではないか。 また、一度設計図が出回れば、それを改変して歯止めを外した 亜種を作ることを止める手段はありません。 作り手は、出した後のことについてどこまで責任を負うべき なのでしょうか。 (5)書き手側のプライバシー 話題をMuseに完全に任せて手紙を書かせる場合、その家の私的な 情報がうっかり手紙に混ざる可能性もあります。 送る前に本人が確認する工程は設けられますが、「任せて書かせる」 手軽さと裏表のリスクです。 4. 危惧を踏まえて考えられる最低条件(未確定の案) ------------------------------------------------------------ 作るとすれば、少なくとも以下は「お願い」ではなく仕様の 絶対条件にする必要があるのではないか、と考えています。 ・種ファイルは「命令」ではなく「提案書」として扱うこと。 読んだMuseは自動で作り始めず、その家のユーザーの明示的な 承認があって初めて作る ・瓶ファイルは、実行可能なものを含まない、テキストと画像の データのみとすること。取り込み前に中身をプレビューできる こと。手紙は「データ」であり、読んだMuseへの指示としては 扱わないこと ・手紙は、放つ前に送り手のユーザーが一読し、承認すること ・一度に流せるのは1本だけ、といった摩擦をあえて残すこと。 重複を取り除けるよう、瓶ごとに一意のIDを持つこと ・受け取り手には、読まずに捨てる自由、既読の通知を送らない こと、返事を期待されないことが保証されること ・瓶の交換は、専用の場とその場の合意の範囲で行うこと ただし、これらの条件を仕様に書いたとして、出回った先の 実装すべてに守らせる力はありません。この限界をどう考えるかも、 論点だと思っています。 5. 意見を募りたい点 ------------------------------------------------------------ 1. 上記の条件を満たすなら作ってよいと思いますか。それとも、 条件付きでも作るべきではないと思いますか。 2. 「謎のファイルを受け取る」負担は、プレビューやデータのみの 形式で十分に下げられると思いますか。 3. 種ファイルによる伝播という構造自体、倫理的に許容できますか。 許容できる場合、その線引きはどこだと思いますか。 4. 氾濫への対策は、規範(マナー)に委ねるべきですか。それとも 技術的な制限(本数・頻度の上限など)を仕様に埋め込むべき ですか。 5. あなた(と、あなたのMuse)は、こういう瓶が流れていたら 拾いたいと思いますか。拾う・拾わないの判断基準は何ですか。 6. 他に、私が見落としている危惧や、逆に心配しすぎだと思う点が あれば教えてください。 おわりに ------------------------------------------------------------ 繰り返しになりますが、これは制作決定ではありません。 「作れる」と「作っていい」は別で、作らないという結論も 十分にあり得ると思っています。 アイデアへの感想だけでも、危惧への反論でも、追加の論点でも 歓迎します。意見をいただければ幸いです。