マスグラ市内にある川沿いの公園、ライトがかつて滞在していた際にいつもの公園と呼んでいた場所である。 その公園のベンチに彼は腰かけ、川面を見つめている 「くっそ!なんなんだよ!もう諦めはついたはずだろ…」 ライトは頭を抱えて愚痴をこぼす。彼の脳内にある懸念・煩悩の原因は第六班班長ナタリアの事である。 彼女はライトがかつてマスグラに滞在してた際にハニートラップを仕掛けられ、その仕掛け人となったのがナタリアであった。 彼女は同国参謀クァン=ヴェイクロードの命で、一般人を装いライトに近づき恋愛感情を誘発しライトを篭絡しようとしていた。 だが肝心の仕掛け人本人が罪悪感に耐えきれないのとその事情をライトが知ってしまったため破綻し、結果行われることになったのが皇城カチコミ事件であった。 もちろん彼女の事情も内緒話とはいえ知ってはいる。 大粛清時代の悲惨な出来事により彼女自身は一種の男性嫌悪のような感情を抱えており、人を騙すという罪悪感も込みでライトには何の恋愛感情も抱いていないということもである。 万が一にも彼女からの矢印は向いていないということだが、ライトからの恋心はどうであろうか?  哀しいかな男性と言う物はどんなに酷いフラれ方をされても、向けていた矢印は心のどこかに残ってしまう。 これは男性と女性の恋愛における情けない本質的な差の部分である。 「おーい!ライトぉ待たせたなぁ!」 能天気な声を上げて一人の男がやって来る。ライトの友人イワンであった。 ライトが気にしてないと伝えると、イワンは本題をどう切り出そうか言葉を選んでいる様子だ。 色々面倒くさくなったライトの方から切り出す。 「どうせナタリアさんのことでしょ。もうさっさと決着を付けちゃったら?」 ライト自身もこの件に関しては色んな意味で感情がぐちゃぐちゃになっている。 「お前!ストレート過ぎるぞ!本当デリケートな部分なんだからなぁ!」 「というかさぁ!何でこの話僕に相談するの? 前にあった件、君も当事者でしょ?」 「というかこの件に関して知ってるのはお前ぐらいしかいねぇんだよ。だからお前にしか相談できねぇんだよ!」 「えぇ…?!」 ライトは困惑する。何せ二人の事情は部外者である王家親衛隊の破城の銛射スヴェンですら知っているぐらいだ。 恐らくヒナドリ隊には全員に知られているといっても過言ではない。 だがこの辺をツッコんでしまうと小心者のイワンのことである。 皆に自分の恋愛事情が垂れ流しになってると知ってしまえば頭サツマハンになってしまい、衝動的に「オイは恥ずかしかー!もう生きてられんごっ!」と腹を切ってしまうかもしれない。 ライトは言葉を選んで接する。 「いや~でもほら、この国にろくにいない僕よりも周りで見てくれてる人の意見の方がいいんじゃないのかな…。そうそう何なら女性の意見も取り入れてねぇ…」 周知をさせることに困惑するイワンに向い、物陰から声がかかる。 「ちょっーっと待ったっ! その話俺にも協力させてぇや!」 草むらから現れたのはライラである。 どこでどうやってここの情報を聞きつけたのかは知らんが、知ってしまった以上は話に乗せるしかないであろう。 「任せとき!この恋愛マスターライラ様にな!」 「恋愛マスターってお前エロ話しかしてねぇじゃねぇかよ!」 イワンがライラにツッコミを入れる。 「アホか!エロちゅうもんは恋愛の先にあるもんやろ! このまんまグダグダしとるより全然ええやんけ!」 彼の勢いにライトとイワンの二人はとりあえず首を縦に振った…。    *   *   *   *   * 「で、お前は何か策があるのかよ…」 イワンはライラに質問する。 「ある。男と女に関する超基本的なポイントや」 「結局のところナタリアの奴は、イワンから一方的に好意を寄せられてることにあぐらかいとんねん」 「そこに揺さぶりかけるのは何が有効か知っとるか? それはなぁ…嫉妬や…」 ライトとイワンの二人は頷きながら次のコメントを求める。 「要は囮作戦や。イワンが美人さんと一緒にデートする。その様子をナタリアに見せる。そんで動揺したところをイワンお前が決めるっちゅう寸法や」 説得力は妙にあるのでライトもイワンも納得をする。 「で、その美人さんってのはどこから連れてくるの? ライラくん当てはある?」 「ない。俺の女の知り合いはヒナドリ隊の連中しかおらんぞ。協力してもらっても構へんけど、その後は波風立ちまくり確実や」 「「えぇ…」」 ライトとイワンの嘆きを聞いたかのように遠くから待ったがかかる。 「ちょーっと待った!」 茂みの向こうからやって来た声の主はラーバルであった。 「話は聞かせてもらったぜ。囮作戦の相手俺には当てがある!」 「おぉさすが王子様!いったいどこのご令嬢を連れて来るの?」 リアクションを入れるライトの肩を掴んでラーバルが言う。 「ライト…女になれ…」 「ちょっと何言ってるかよく分からないんですけど…」 「お前が辺境領の時に女体化したよな…あれなら行ける。俺が保証する…」 「いや、ちょっと待って!あのクソ田舎と違って僕が変身しても衣装とかメイクとか、色々無理が出ちゃうって!」 ライトの困惑を払拭させるためにラーバルはもう一人の協力者を呼ぶ。 「お願いします!ジーニャさん!」 草むらの中からジーニャが出てくる。散々待たされた様子なのか若干不機嫌だ。 「で、この変態野郎の女装を手伝えばいいのか?ラーバル」 「えっ?!何で唐突に変態野郎呼ばわり?!」 ライトは心外な発言に困惑する。 困惑するライトをゴミを見るような目で見ながらジーニャは言う。 「お前辺境領で私の私服借りパクしてビリビリにした上に、それを腰ミノ代わりにして出て来たよな…。しかも全裸で!このド変態が!」 確かに彼女の目に入った情報だけならそれかもしれないけど、そこに行き着くまでお前を助けるのに色々あったんだからっ! そんな弁解を言っても全く聞く耳持たれずの状況で、ラーバルがライトの肩を抱きながら囁く。 「ジーニャの誤解を解くためにも一回変身しとけ。こいつらもそんで納得すると思うぞ…」 ハメられた…。そんな思いを抱きライトは女性へと変身をする…。 「ほら!これでどうですか!」 ライトの変身した姿を4人は食い入るように見つめる。 「(おっぱい、でっか…)」 「(おっぱい、でっか…)」 「(おっぱい、でっか…)」 「<〇><●>…」    *   *   *   *   * 週末日曜日、その日はヒナドリ隊の面々にとっては月に一度の外出日であった。 あくまでも訓練の一環である事と外で羽目を外さぬようにと、訓練兵たちには制服の着用を義務付けられている。 それでも隊舎の外で自由行動ができるのには、彼らにとって大きな解放感があった。 ライトがいつもの公園と呼んでいる川沿いの公園の林の陰に5人の少年少女の姿が見える。それはライト、イワン、ライラ、ラーバル、ジーニャであった…。 「よし!これで完成だ。どこから見てもまるでいいとこのお嬢さんだよ…」 メイク道具を片付けながら、ジーニャは出来栄えを自画自賛する。 「ほんま化けよるもんやな…。イワンなんかと一緒に歩かすのはもったいないわ。金取れるんちゃう?」 ライラの視線の先には女体化したライトがいる。 彼否彼女はふんわりとしたシルエットの明るい色のワンピースを着用し、髪型もメイクも整えられている。 自分が今着ている衣装を見てライトはジーニャへ問う。 「こんな高そうな服借りちゃって本当にいいの? ジーニャちゃんの私物なんでしょ?」 「あげるわけじゃないから別に構わないよ。どうせ着るような用事なんて当分ないし…」 ジーニャは少しムッとした視線をチラリとラーバルへ向けながら答える。 ラーバルはジーニャの言に「(その服お前のキャラと全然違うだろ…)」と思わず言いそうになったが、鉄拳制裁が飛んでき兼ねないので口をつぐんだ。 「ほなジーニャは上手い事ナタリアの奴を誘導してくれ。この二人は市場の方から繁華街に抜けて行くから、見かけたらナタリアをええ感じに煽っといてや」 ライラの指令にジーニャはOKサインを出すと公園から離れて行く。 ナタリアとは市場へ買い出しに行こうと待ち合わせをしているのであった。 「ほな行こうか。俺らはジーニャ達にバレんように隠れながら行くから、さわやか~にイチャついてる感じ出しながら行くんやぞ。あんまり露骨なのは引かれるからな…」 「おい!イワン何ガチガチになっとんねん!相手男やぞ!」 ライラは右手でイワンの背中を叩く。 イワンは緊張の余り小刻みに震えて、歩みもぎこちなくなっている。まるでパントマイムのロボットでもやっているかのようだ。 「じゃあ行くよ!イワンくん」 ライトはイワンの腕を取って組む。所詮ドッキリだしどうとでもなれ!と半ばやけくそ気味のテンションであった…。    *   *   *   *   * ライトとイワンの二人は公園を出て市場へ向かう。休日の昼下がり、市場の中は人出も多くとても賑わっていた。 「(あそこの店美味しいケーキがあるんだっけ。あっちの八百屋さんは他の店よりも安いんだったな。全部ナタリアさんに教わったことだけど…)」 ライトは自分の脳内で勝手に自分へダメージを与えている。短い期間だったとはいえこの国で一番鮮烈に残る思い出だから仕方はないのだが…。 「ごめんライト…。俺デートとかしたことないから、こういう時ってどうリードしたらいいのか分かんねぇ…」 緊張プラス動転の余り、イワンが泣き言をこぼす。 イワンの情けない言葉にライトは思わず笑ってしまう。 「何言ってんだよ。今はこんな恰好してるけど僕はライトだよ。いつもみたいなノリでいいじゃん! まずはどこへ行くか決めようよ。武器屋?それともプラモ屋?」 「なんだそれっ!全然デートらしさねぇじゃんかよぉ!」 イワンの表情にようやく笑顔が現れる。馬鹿馬鹿しさで緊張も解けたようだ。 「あれ?あそこにいるのイワンじゃね?」 ジーニャが偶然気づいたかのように連れのナタリアに声をかける。イワン達はジーニャ達とは10数mほど離れた場所にいる。 実際はしょうもないバカ話で笑い合っているのだが、遠くからはまるで仲睦まじい談笑のようにも見える。 ナタリアの反応はそう…といった感じの無反応さではあったが、見ようによっては少しカチンと来ているのかもしれない。 ライラが煽ってもいいと言っていたので、ちょっとばかり揺さぶりをかけてみることにした。 「へー!イワンのやつ女連れじゃん。デートかな?結構かわいい子だったな」 ナタリアはその言葉にまるで擬音が張り付いたかのようにビクッ!と反応する。 だがその顔の笑みからは、どういった感情が秘められているのかいまいち読めない。 というか怖いから煽るのはほどほどにして、しばしクールダウンさせてから再度アプローチしようとジーニャは考えた。 その後ジーニャとライラの誘導で4人は数回ニアミスをする。洋品店、バーガーショップ、ゲーセン、書店…etc。 カフェで向かい合いながら会話するイワン達とばったり遭遇する。ナタリアは意を決したかのようにイワン達の席へと向かう。 「イワンくん…」 ライト達の座席の横でナタリアが立ちはだかる。 その表情は笑顔であるが、どことなく周囲に怒りマークが見えている錯覚すら感じる。 「かわいい彼女さんとデート楽しそうね…。だからといって門限破りになるようなことはしちゃダメよ…」 ナタリアは座席をバンっと叩くと、そのまま踵を返して出て行く。ジーニャもナタリアを追ってカフェを出て行った。 どう対処していいか分からずあわあわするイワンの元へ、隠れて様子を伺っていたライラとラーバルがやってくる。 「お疲れさん。まぁこれで白黒はっきりついたということで、明日から気持ち切り替えてこ…」 「えっ?!話が違うじゃん!囮作戦で嫉妬心煽ってどうこうなんじゃないの?!」 「いやぁそれがな。よくよく考えるとこの手段潔癖な子には逆効果ちゃうんかなぁ…と思ったら、ほんまその通りやったわ。すまん!気づくのがついさっきなもんでな…」 ライラは手を合わせてイワンに謝罪する。 「ちくしょー!みんなふざけやがって!俺の純情を弄びやがって!」 イワンはそう叫ぶとダッシュで店から出て行った。 ちょっと待って!とライトはイワンを追いかけようとするが、ライラとラーバルを何故かそれを躊躇をする。 「どうしたの二人とも?! イワンくんのこと追いかけないと…」 「いやぁそれがな実は俺の方も人探しせなあかんくてな…。君ら追いかけてる時にクローニの奴にばったり会うてな、セタンタの奴がまた全裸四つん這いで逃げたしたんやと。俺そっち追いかけなあかんから、イワンの方はよろしく頼むわ」 「そうそう、門限までにはちゃんと帰るから安心してや!」 ライラはそう言い残すとダッシュで店を出て行った。 「ラーバルくん…」 残るは同郷の仲間とばかりにライトは協力を頼もうとするが、ラーバルは右手をかざしてそれを遮る。 「実はな…門限の時間が後少しなんだ…。なのでイワンの捜索はライトお前に任せる…」 「別にいいじゃない!門限破りぐらい!同じ班の仲間が心配じゃないの?」 「いいかよく聞けライト。門限破りをするとな、3日間のメシ抜き+全雑用当番一週間+罰走隊舎50周を食らうんだよ! だからこればっかりはギルティとなるわけには行かないんだ!」 ラーバルはライトの肩に手を置くと、じゃあ後は任せたとばかりに去って行く。 「お前は強いから大丈夫かもしれないけど、最近夜の街に通り魔が現れているみたいなんだ。遅くなりそうだったら、イワンのことは放っていいから帰れよ!」 「えぇ…ひどくね、みんな…」 ライトは仲間とは何か?連帯感とは一体?と考え込まざるを得なかった…。 (続く)